ミスターと堂島(青虫)
これか!
近所のコンビニで一般紙とスポーツ芸能紙を各々二部づつ買って家に帰った鴨原が、これかと掴み上げたのは駅伝ランナーの火傷事件を報じた箇所だった。火傷のうしろには(?)がついていた。
――糞。なんてことだ。しかし、おかしい。白バイの警官もランナーも重傷?・・・なんだこれは・・・さては堂島のやつ、沢田に抱き込まれておかしなことをやったな。なんてやつだ、俺を裏切るとは。あれだけ稼がせてやったのに。・・・それにしてもあの髭の男は誰なんだ。どうしてあんな・・・よし永田町駅で張って正体を掴んでやる。まずは青虫の堂島だ。こっぴどく叩いておかねば。
堂島は電話の前で待っていたようである。相手が鴨原と知るや、弁解するどころか声を震わせて詰ってきた。
(ミスター・バード、酷いじゃないか。どういう事なんです? あんな風にテストしてどうするんです。テキはもう気がついて今頃は犯人探しに乗りだしてますよ。金はどうなるの。え? だから出さないなんて言うのならこっちにも覚悟が有るよ。第一、本体は今でも中で生きているんだから。もしもし。聞いているの?)
鴨原は目を細めて聞いていた。青虫こと堂島薫の興奮した話ぶりの中に異質なものが混じっているのに気がついたのである。ミスターの称号は伊達ではない。
――なんだこれは。柄にもないへたな芝居をうってる。どういうことだ・・・沢田に抱き込まれてのひと芝居? いやそれだけではないな。俺には決してばれないという何かをやらかしたんだ。妙だな、この野郎。なんだろう・・・こいつの過去をもう一回洗ってみる必要があるな。
「聞いてるさ、堂島よ。えらく強気じゃないか。で、どんな覚悟かね。言ってみろよ。火傷それも重傷というのはどういうことだ。俺は聞いてないぞ。どうした黙り込んで。読めてるよ堂島。おまえは沢田の奴と直接取引をしたんだろう。カネは沢田から貰いな」
電話の向こうが完全に沈黙をした。
――正直なやつだ。図星だ。
「恐らくは、あのイタチ野郎がどうかしておまえを割り出して話を持ちかけたんだろうがな。堂島。ようく聞けよ。俺に文句をいうなどはもっての他だぜ。おまえは俺の顔に泥を塗った。これまでそういうことをしでかしたやつらがどうなったか、知ってるな? 確かにお前には覚悟が必要だ。えらいもんじゃないか、それが分かっているとはな」
堂島の声の調子が一変した。
(ミスター、すみません。俺が言いすぎました。すみません。勘弁してください。ちょ、ちょっと動転していたもんですから。沢田さん、いえ沢田とのことは、あの、俺は気がすすまなかったんですよ。でも沢田のやつが)
「どうせそうだろう。いいさ今度は。俺もミスったのだ。おまえはこれまでずいぶん俺に稼がせてくれた。だから教えておくのだが、沢田がいうところの依頼人というのはハンパじゃない連中だ。おまえ、沢田にそこの場所などを教えてはいないだろうな? ・・・そうか、それならいい。暫くは外にも出ないことだ。それからな、これはちといいにくいんだが、あれはテストじゃないんだ。まあまあ、落ち着けって。今、調べている最中なんだが、沢田がいうには依頼人は受け取っていないというんだ。どうも別人の手に渡ったらしい」
(・・・あ、いや・・・でもミスター、その、沢田になんか騙されてませんか。だってですよ。パスワードですよ。忘れたんですか。最初のインプットでミスをした場合にはそれっきり中身が消されてしまうから注意してくれと言ったでしょう? ミスターは、パスワードを書いたカードは、封も切らずに沢田に渡したといってたじゃないすか)




