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ギルバート

ブクマ、評価ありがとうございます。


 ああ。なんてことだ。また繰り返している。


 今回はどうやら弟のギルバートになったようだ。

 兄の立ち位置よりは幾分マシだろうか?


 どうして、こう何度も何度も同じ時を繰り返しているのだろうか。

 そして何度も同じ結末を辿って。

 そのたびに救うことができなかった後悔に苛まれる。


 始まりの時は彼女の兄だった。年が離れていたせいか、あまり上手に接することができずにいた。可愛い妹を素直に可愛がればよかったのに、可愛いとは言えないでいた。あの奇麗な金髪を撫でてあげたかったのに、照れくささで触ることもできなかった。もしかしたら嫌われていると思われていたかもしれない。


 2度目の時は弟だった。姉になった彼女にやはり家族としての愛を示せず、死なせてしまった。


 3度目の時は双子の兄だった。何もかも似ていたから、何も言わなくても伝わると油断していた。やはり寂しい思いをさせて死なせてしまった。


 4度目の時はまたもや兄だった。間違えない様にと大切にしようと思っていたのに、やることなすこと、すべてが裏目に出てしまった。最後に見た泣き顔はいつまでたっても忘れることができない。


 5度目の時に、彼女が変わった。何かに気が付いたようだ。ようやく、力になれる。

 そう思っていたのに、こうして彼女の墓標の前にいる自分の力のなさに項垂れる。何故、同じ結末になってしまうんだ。何故だ。


 何度繰り返しても、間違えてしまう。


 何度も何度も何度も。彼女の死を前に、何度狂いそうになったことか。


 そして、ある時、気が付いた。


 あの男が……あの婚約者がいるから間違えるのだ。

 あの婚約者がいなければ、きっと彼女は幸せになれるはずだ。冤罪を掛けられることもなく、死ぬこともない。彼女は美しく優しいから、強くて何からも守ってくれる夫に愛されて幸せになれるはずだ。そこに自分が遠くから見守れたら……。

 

 恐ろしく幸せな光景が目に浮かぶ。


 今回もまた、あの婚約者がいるのなら。


 今度こそ、今度こそ華麗に排除してみせよう。


******


「この家は政略結婚などしなくても大丈夫です。だから、姉上は好きな人のところへとお嫁に行ってください」


 たった1歳しか違わないのに、どうしてこう頼りない感じになるのだ。

 理不尽な思いを噛み締めながらも無邪気さを装って、きょとんとしている姉に婚約をしないように勧める。8歳の姉はこてんと首を傾げた。


「侯爵家の娘が好きな人と結婚?」

「そうです。大丈夫ですよね、父上?」


 思いっきり頷くと、娘バカの父親に振る。父親は目じりを下げてデレデレの様子で同意した。母親が病で亡くなってから、母と瓜二つの姉を目に入れてもいたくないほど溺愛していた。


「そうだとも。まだ婚約者なんて早い。お前はお父さまだけのお姫さまでいておくれ」


 毎回、父親の姉に対する態度は気持ちが悪い。回を重ねるごとに気持ち悪さが際立ってくる。

 これは、あれか。

 何度も何度も見ているせいで、感覚がおかしくなっているのか。

 娘を溺愛する父親はあれが普通なのか?

 デレた父親を目に映すのも空寒いものを感じるが、同じ視線を自分に向けられなかっただけ良しとしよう。あれでも王城では冷酷な宰相で通っているはずなのだ。


 最高に気持ちが悪い父親でも最大の味方だ。王家との婚約をしないようにするには、この父親の力なくしては実現できない。まだ7歳の自分は家督を継げるだけの実績もなく、ただ継嗣となっているだけだ。父親の決定の前に意見は通らない。


 わかっている、わかっているが。


 この気持ち悪い父親を真っ先に排除したいと思うのは仕方がないことだと思う。


「ふうん。わかったわ」

「姉上、誰か好きな人がいるんですか?」


 ほんのりと頬を染めて頷いた姉に、思わず聞いてしまった。誰かを思って頬を染める可憐な姉をつい異性の目で見てしまう。同じことを父親も思ったのか、少しこわばった笑顔になった。


「やだ、聞かないで。恥ずかしい」


 もじもじする姉に、父親が長椅子を降りて姉の前に膝をついた。そしてゆっくりと目線を合わせる。ひと際、優しい口調になって尋ねた。悪魔のささやきのように見えるのは気のせいではないだろう。


「その相手は誰かな?私のお姫さま」

「お父さま」


 どうするか迷ったような顔をしていたが、心を決めると小さな声で恥ずかしそうに告白した。


「あのね、アベル様が大好きなの。この間会った時に、結婚したいと言われて。婚約してもいい?」


 嘘だろう?


 姉の発言に、一瞬にして呆けた。衝撃を受けた父親も固まっている。ちらりと父親を見ると、父親の顔が恐ろしい形相になっていた。


「ほとんど会わせないようにしているのに、いつの間に。……殺すか?」


 その意見、概ね賛成だ。

 没落後の姉のことは任せてほしい。絶対に幸せにする。


******


 どんなに排除しようとも、姉が第二王子と婚約したいと言ってしまえばすぐに婚約が調ってしまう。王家にとっては侯爵家の、しかも、宰相の溺愛する一人娘はとても優良物件だ。美しく優秀となれば、手放しで喜ぶ。


 姉をこよなく愛している父親は仏頂面をしているが、国王、王妃、第二王子はとてもすがすがしい笑顔だ。婚約が調った後の顔合わせである。最悪なことに、今日という日はとても晴れ渡り、姉たちを祝福しているようにも思える。


 久しぶりに会うあの男も記憶の中と姿が違うが、不思議なことに姉を愛して不幸にしたあの男だと分かる。優しい笑みを浮かべて、姉の手を取るあの男はとても幸せそうだ。そんな二人を見て、不幸になるからやめろと叫びたくなる。


 あの男は姉のことを絶対に不幸にするくせに愛している。

 何度も何度も何度も何度も。


 今回だって姉が嫌だと言ってもきっと婚約したに違いない。

 婚約が調って嬉しそうな笑みを浮かべている姉を見て、あることに気が付いた。


 姉に、前の記憶がない。


 そう確信したのは、姉が何もしないからだ。5回目以降はなんとか回避しようと色々と抗っていた。5回目は婚約したくないと駄々をこねていた、6回目は学園に行くのを辞退しようとした、7回目は何だったか……8回目は婚約破棄のために浮気をしようとしていた。それ以降も色々あの手この手で抗っていた。

 どれもこれもあの男に潰されてしまったが、確かに姉は幸せになろうと努力をしていた。


 しかし、今回はどうだ?


 姉の無邪気な笑みを呆然として見つめた。


 これではまるで初めての時のようじゃないか。あの男への好意、そして信頼へと変わっていく様は。

 記憶のない姉が辿る道筋はあまりにも辛いものだ。信頼していたはずの男の裏切り、そして冤罪。後から王家から説明された内容を考えれば仕方がないこととはいえ、一人の令嬢の心を壊した行為でもある。簡単に言えば、国家の名のもとに姉は切り捨てられたのだ。


「ギルバート」


 呆然としていたところへ、あの男が歩み寄ってきた。咄嗟に頭を下げた。


「殿下」

「堅苦しい挨拶はいい。少し話がしたい」


 この男にも記憶がある。その一言で確信した。だが、こちらにも記憶があることを気取られるつもりはない。


「何でしょうか?姉上の好みなら内緒で教えてあげますよ?」


 年下の弟に相応しく無邪気な笑みを浮かべてそっと告げた。彼はちょっと笑ってから、手を振った。


「うーん、そうじゃなかったんだけどな。まあ、いい。クリスティーナの好きなお菓子を教えて欲しい」

「お菓子ですか。奇麗なものは何でも好きです。あ、最近はマカロンにクリームでフルーツを挟んだものを好んでいますね」

「そうか。今度、城の料理長に作らせよう」


 当たり障りのないことをその後も話し、その場はお開きとなった。


******


「私のお姫さまは何て素晴らしんだ!」


 ほくほく顔で帰ってきたのは、相変わらず犯罪臭の漂う父親だ。年を取っても衰えない美貌があるから許されるようなもので、普通の禿おやじだったらきっと捕まっているに違いないほどダレ切った顔で褒めまくる。褒められた姉は恥ずかしそうに少し俯いた。


「お父さま、今回はとても頑張りましたの。でももう一度同じことはできそうにないわ」


 姉は学園の最終学年に上がる前にどうやら授業免除の試験を受けていたらしい。当然、一年分を前倒しで受けるのだから、相当大変なことだ。しかも、最終学年。


「姉上は……どうして受けたのですか?」


 今までにない行動に混乱した。ずっと初めの時の姉だと思っていた。繰り返した記憶を持たず、婚約者を愛して過ごしている姉に何の違和感も感じていなかった。だけど、これは何かが違う。

 姉はうふふと笑う。


「お妃教育を頑張ろうと思って」

「そのお妃教育もほとんど終わっていると聞いている」


 父親の何気ない一言に、唖然とした。


 どういうことなのだ。

 何が起こっている?


「王妃様のご指導が分かりやすいのですわ。卒業したらわたしはこの家の帰ってこられなくなるから……できれば大好きな領地でもっと過ごしたいわ」

「お前は領民が大好きだからな。時間があるならしばらくあちらに戻ってもいいぞ。王城にもしばらく領地に下がることを伝えておこう」


 父親は優しく目を細め、姉を見つめていた。姉も嬉しそうに父親に笑みを向けた。


 違う。姉は記憶がないのではない。記憶があるから、あの男に気が付かれない様に振舞っていたのだ。だから、あの男の裏切りの始まるこの時期に王都を離れるのだ。


「姉上……」

「どうしたの?ギルバート」


 蒼白になっているだろうことはわかる。だが、言葉が続かなかった。きょとんとした顔をしている姉に何と言ったらいいのか、わからなかった。言葉が詰まって何も言えない。


「変な子ね?」


 姉は奇麗に笑った。


******


 何だ、これは。


 姉が領地へ戻っている間、姉の部屋に入ってみた。色々考えたが、何を考えているのか全く分からなかったから、少しでも考えが分かる何かが欲しかった。部屋に何かあるとは思えなかったが、今度こそ手助けしたい。

 そう思っていたのに、広げたメモに呆然とする。

 姉はいつからこれを考えていたのだろう。

 

 広げたメモには繰り返し訂正が入っている。初めの一枚目は繰り返した記憶を記したもの。

 1度目の出来事。2度目の出来事。3度目の出来事。それぞれに異なることをペンで訂正されている。

 もう一枚の紙には、何をしたかが書かれていた。5度目のやったこと。6度目のやったこと。そして、最後には結論が書かれていた。


 結末は一緒。


 頭が真っ白になりながらも、次のメモに移る。それを見てまたもや驚愕した。


 8歳で婚約、15歳で学園入学、18歳で断罪。

 断罪後は領地の古い屋敷に蟄居。数年暮らした後、結婚と出産。結婚相手は商人希望。


 蟄居後の屋敷で必要なもの。

 古い家具の撤去とお気に入りの家具の搬入。着心地の良い簡素なドレス必要。

 裏庭を薬草畑にすること。

 刺繍の腕を人気作家程に高めること。暮らしていけるだけのお金は必要。


 その他、沢山の項目がずらずらと並んでおり、その横にチェックが入っている。チェックが入っているということはすでに対応したということなのだろう。


「これは、ダメだ」


 これを実現されたら、自分たち家族は必要とされなくなってしまう。姉はあの男から逃げる必要があるだけで家族とは離れる必要はないはずだ。

 かたんという音がして、はっとした。顔を上げると、いつの間にか父親が立っていた。


「ようやく気が付いたか」

「父上」


 いつもとは違う、冷酷な色を滲ませた声。どう対応していいのかわからず、固まった。


「お前達だけじゃない。繰り返しているのは」


 つかつかと部屋に入ってくると、テーブルに広げた紙を一枚手に取った。


「これを写してあの男に渡せ」

「しかし」

「繰り返しを起こしているのは、あの男だ。あの男が納得する最後にならなければ永遠と繰り返される」


 そんな馬鹿な。


 幸せを望んで繰り返しているのは姉ではないのか。


「この繰り返しは呪いだ。王族だけが持つ呪い。おとぎ話のような眉唾物だと思っていたが、こうも繰り返されると本当だと信じるしかない」

「……これを渡したら、姉上は逃げられない」

「逃げる必要はない。あの子がそれでも幸せだと思えば幸せとなる」


 私たちが、あの子の側にいる方がもっと幸せにしてあげられると思わないか。


 そう囁かれて、父親の持っている紙を受け取った。


******



 結局、姉はあの男に捕まった。今までとは違う方法で逃げ道を作っていたことにあの男がとうとうキレたのだ。今ではあの男の用意した豪華な離宮で姉はのんびりと暮らしている。


 あの男は今回は間違えなかった。

 姉が長い年月をかけて徐々に集めていた蟄居となる場所に用意した物をすべてここに移動してきた。姉の気持ちを尊重し、離宮から出るという選択肢以外は全て叶えた。第二王子としての仕事もあるが、大抵は離宮の執務室で仕事をしている。出入りする人間も制限を掛けていた。


「姉上は幸せですか?」


 ある日、姉の好きなお菓子をもって訪れた時にそう口にしていた。姉は困ったような、恥ずかしがるような笑みを浮かべた。


「そうね、今までの中では一番幸せだわ」

「そう、ですか」


 何があってもあの男を愛していたのだろうか。

 あれほどのことがあっても、愛し続けていたのだろうか。

 だったら、これは父親の言う様に幸せな結末ということなのだろうか。

 あの男を排除して幸せにしたいと思っていた自分の思いは不要だったのだろうか。


「でもね」


 次はもっとうまく逃げて見せるわよ?

 そうしたら、もっと幸せになれるかもしれないでしょう?


 小さな、小さな呟きが聞こえた。数回、姉を見つめたまま瞬いた。姉はにっこりと笑みを浮かべた。


「わたしはいつでも幸せになるための生活設計をしているの」


Fin.



あまりにも性格の異常さにドン引きされるかと思っていましたが……。

多分、ここに出てくる人たちは皆、繰り返されることで性格破綻してしまったんだと思います。


あと一話、ヒロインの話で完了です。


10/27 誤字修正


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