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アベル

ブクマ、評価ありがとうございます。少しでも楽しめてもらえたら、嬉しいです。


 こんなことになるなんて、思っていなかったんだ。


 眠る様に横たわっている彼女を見下ろしながら、そう呟いた。

 彼女は精神的に追い詰められていたのか、一時的に蟄居されていた屋敷で飲むべき薬を間違えたようだ。自殺ではなかったというのが、唯一の救いだ。


 明日に予定していた準備を整えていた。通いのメイドの話だと、気晴らしに少し遠出をする予定だったという。最近よく眠れないので、体を動かすつもりだったようだ。ぼんやりしていたのだろう。よく眠れなかったのだから、ラベルも確認していなかったのかもしれない。よく似た瓶に入っていた薬を飲み干してしまった。

 それが命を奪うものだとは知らずに。


「殿下」


 悲しみを表しているかのような小雨に立ち尽くしていると、そっと傘がさしかけられた。少し視線を上げると、彼女の兄ギルバートが無表情に立っていた。


「ああ、すまない」

「体を壊します。屋敷へ移動しましょう」

「お前は……彼女に説明しなかったのか」


 卒業パーティーで行われた、冤罪による断罪。


 彼女を追い詰めるためのではなく、身分不相応にも長兄である王太子にすり寄ろうとした後ろ暗い噂を持つ男爵令嬢を陥れるために第二王子である自分が起こした茶番だった。

 茶番だと知らずに冤罪を掛けられた彼女の蒼白な顔を思い出す。反論することを期待していた。反論してくれたら、その後は筋書き通りに冤罪が表に出て男爵令嬢を罪人とする手はずだった。


 なのに、彼女は衝撃が強すぎたのか、全く言葉が出ず固まっていた。それ故、シナリオが崩れ、有耶無耶になったままパーティーが終わってしまった。後で冤罪を晴らすことはすでに彼女の父には伝えていたので、速やかに彼女は領地へ蟄居となった。蟄居と言いながらも、命を狙われないための策だった。


 ぐっと拳を握りしめた。


 やはりどんなに危険があっても彼女にはきちんと説明して協力を求めるべきだったのだ。


「……説明はしましたが、呆然としていて理解できていなかったようです」


 少し苦しそうに聞こえたのは、罪悪感故か。


「もう一度、もう一度、やり直せたら」


 そんな意味のない言葉を力なく呟いた。



******



 これで何度目だろう。


 無邪気に笑う彼女を愛おしく思いながらも、これからのことを思うと気持ちが沈んでいく。何度も何度も繰り返すけど、彼女は同じ選択しかしない。


「アベル様、大好きです!」


 そんな風に笑いかけているのに、最後のあの瞬間には言葉が出てこないのだ。


 愛していると強い言葉が欲しいのに。

 わたしだけを見て、と独占欲を見せて欲しいのに。


 そして、ある時気が付いた。何度目かの繰り返しの中で、彼女が出会う前から自分たちの関係を諦めていることに。どうにか逃げられないか、と考えていることに。

 

 5回目の時には、婚約自体をしたくないと駄々をこねた。他の男と婚約するなんて許せなくて、無理やり婚約した。


 6回目の時には、学園自体を辞めようとしていた。一緒にいる時間が少なくなるのは許せなくて、却下した。


 7回目の時には、婚約破棄をする条件を聞いてきた。本人に聞くなんて、なんてバカなんだと思いながらも真剣に聞いてくる彼女は愛おしかった。もちろん、婚約破棄する条件はないと突っぱねた。


 8回目の時には、浮気をしようとしていた。これは一番許せなかった。だから、二週間、王宮の自室に閉じ込めた。彼女が誰のものであるかをよく理解させた。最後にはごめんなさいと泣いて謝っていた。反省したと思ったから、家に帰した。


 その後も何度も何度も少しづつ変わりながらも、彼女と同じ時を繰り返した。納得できる最後が得られなくて、最後には彼女の死に顔を見つめながら繰り返しを望んでしまう。

 そんな風にしてずっと続いていくのだろうな、とぼんやりと考えていた時もあった。愛する彼女は婚約者である自分へ不信感を持ったまま、繰り返していくのだろうと。


 だけど、それは慢心だった。心が壊れてしまうのは自分を愛しているからだと無理やり納得させていたのに、何回目かの繰り返しの中で、初めて彼女は何もしなかった。


 婚約して、仲良くなった。これは最初の時と同じだ。

 学園に入るまではそれなりに交流があって、彼女はいつも大好きと囁いてくれる。これも最初と同じ。


 今回は何も思い出さずに一番最初の動きをしているのだと思っていた。動きが分かれば、対策は簡単だ。前と違ってきちんと彼女には説明する。たとえ王太子である兄がそのことに難色を示しても、命の危険があってもちゃんと前もって説明する。彼女が絶望しない様に。


 今度こそ、今度こそ彼女を守って見せる。


 それなのに学園に入学した年、彼女が初めて違う動きをした。前の記憶がない彼女は最初の動きをしていると思い込んでいたため、油断していた。

 授業免除の試験を受けたのだ。しかも、一週間に一度出席すればいいものも、一カ月に一度に変わっていた。衝撃だった。相談も何もなかった。


「どういうことだ?」


 そう問いかければ、困ったように彼女は笑った。


「お妃教育に時間を取ってもらおうと思って頑張ってみたの」


 イライラした。

 何回目かの時と同じように彼女を拉致って部屋に閉じ込めようにも、時期が悪かった。兄にすり寄っていた子爵令嬢を自分に向けさせ、裏を取るために子爵令嬢を口説かなくてはならない。子爵令嬢の父は隣国のスパイである疑惑が持ち上がっていて、それを令嬢からも情報を引き出そうというのが役割だった。そのために彼女だけに時間を割くことができなかった。今回もまた、説明するタイミングを逃してしまった。


 子爵令嬢の裏を取ることに駆けずり回っていた。

 明日でようやく終わる、とほっと一息ついた卒業パーティーの前日。


「殿下」


 学園で声を掛けてきたのは彼女の弟ギルバートだった。これといった事情を説明していないが、彼には彼女が可笑しな行動を取ったら連絡するようにと頼んでいた。ギルバートは少し困ったような顔をしている。


「なんだ?」

「姉が……これを」


 そっと渡された紙を見て愕然とした。


「なんだ、これは」

「どうやら姉は隠居したいようでして」


 紙に書かれているのは、自立して暮らすための色々。そして、これから起こる出来事の時系列。

 住む場所、生活の方法、生活費を稼ぐための手段。

 婚約破棄後、蟄居と書いてあり、最後には数年後に結婚して子供とまで書いてある。結婚相手には商人希望となっていた。


「最近領地へよく戻るので何をしているのかと調べました」


 ギルバートは説明する。そして留守をしている間に彼女の部屋に入り、メモを見つけた。急いで書き写したそうだ。

 貰った紙をぐりゃりと握りつぶした。


「……今夜、彼女に会う」

「わかりました。父には伝えておきますので、姉の部屋へ直接おいでください」


 頭が沸騰しそうだったが、なんとかその場を立ち去った。


******



「やあ、クリスティーナ」


 部屋に入ると、彼女は部屋の中をすべてひっくり返していた。ドレスや宝飾品、化粧品など様々なものが所狭しと広げられている。考え込んでいた彼女は声を掛けると、驚いたようにこちらを向いた。一カ月ぶりに会う彼女はとても生き生きとしていて美しかった。自分から逃げる準備をするのがそれほど嬉しいのかと思うと、ぎりぎりと胸が痛んだ。


「ごきげんよう、アベル様」

「何を準備していたんだい?」


 つい、追及してしまいたくなる気持ちを抑えこみ、貼り付けたような笑みを浮かべて見せた。彼女は首を傾げる。


「準備ではありませんわ。要らないものを少し処分しようと思って」

「ふうん。こんなにもひっくり返す必要はないんじゃないか?」

「気がついたらこんな感じになっていて。どうやらわたしは片付け下手のようですわ」


 そういって、手に持っていた紙をそそくさと片付けた。あれが貰ったメモなのだろう。取りあげて破り捨てたくなったが、ぐっと抑える。これほどまで激情を抑え込まなくてはいけないなんて、思ってもみなかった。


「明日の卒業パーティーだが」


 お願いだ。一緒に行ってほしいと縋ってほしい。

 そうしたら、今ここで茶番の内容を説明する。


「何でしょうか?」

「エスコートができなくなった。お詫びに、これを渡したくて来たんだ」


 お願いだから、エスコートして欲しいと一言言ってくれないか。


 言葉とは矛盾した思いを抱えながら、大ぶりの首飾りの入った箱を差し出した。彼女は少し困った顔をしたあと、付け加えるように言った。


「お気遣いありがとうございます。でも、これは持ち帰ってくださいませ。できれば、卒業した後に贈って頂きたいですわ」


 断られるとは思っていなかった。縋ってほしいとは思っていたが、贈り物を拒絶されるなんて思いもしなかったのだ。思わず反応が遅れる。彼女は気分を害してしまっただろうかと心配そうな顔をした。


「何かまずかったでしょうか?エスコートされないパーティーに着けていくよりは、皆様の前で贈ってもらいたいというわたしの気持ちはおかしいでしょうか?」

「い、いや大丈夫だ。君がそう言うならそうしよう」


 縋ってもらえず、贈り物を受け取ってもらえず。


 自分の中の何かが壊れた音がした。



******


 初めからこうすればよかったのだ。遠回しに自分に執着する彼女を見たいとか、何があっても愛してもらいたいとかそんな馬鹿なことを考えずに、行動すればよかったのだ。


 初めの時も、繰り返す時間の中、何度でも。


 卒業パーティーへ出かけようとしていた彼女を無理やり自分の馬車に乗せそのまま屋敷へと連れてきた。呆然としていて、何が起こっているのかわからない状態のまま彼女を連れて応接室に入る。長椅子に押し倒しながら、逃げられない様に強く押さえつけた。


「気が付かれていないと思っていた?」


 ゆっくりと血の気の引いた頬を撫でると、彼女の体に震えが走った。じっと瞳を覗き込み、彼女が何を考えているのかを見落とさないようにする。


「君はいつもそうだ。どうして俺を頼らない?」


 呟くような小さな声で囁きながら、彼女の髪飾りを外した。美しく結われていた長い髪がさらりと解ける。血の気のない顔に乱れた髪がとても扇情的に映った。

 だけど、これだけでは逃げられてしまう。逃げられない様に、今度はドレスの胸のリボンを解いた。流石に脱ぎ掛けた状態では逃げることもできないだろう。


「アベル様、何かの思い違いで……」

「思い違い?君は俺から逃げようと色々していたでしょ?」

「そんなことは」


 往生際悪く否定する彼女に見せつけるように、上着の内ポケットから一枚の紙を取り出した。もちろん、彼女が持っていたものではない写しの方であるが、十分自分の物だと思っただろう。


「じゃあ、これ何?」

「どうしてそれが……」


 とうとう認めた。唖然とする彼女のドレスを脱がせる。彼女は紙の方へと意識が向かっているのか、自分がドレスを脱がされていることに気が付いていない。


「家はすでに準備完了のようだね。薬草を育てたり、高級な刺繍を施したストールを作り出したり。これだけあれば、慎ましい生活だったら困らない。感心するほどよく考えられている」

「褒めてくれてありがとう?」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、紙を床に投げ捨てた。少しだけ彼女の体を持ち上げると、ドレスとコルセットの間に手を滑らせた。これで上半身は脱げた。まだ頑丈なコルセットがあるが、この状態なら部屋から飛び出せない。靴も念のため脱がせておこう。


「領地には行かせないよ」

「え、っと。ではわたしは修道院かどこかですか?」


 混乱した彼女は明後日なことを言う。


「修道院にも行かない。君はずっと俺の横にいればいい」

「ですが、アベル様は子爵令嬢がお気に入りなのでしょう?」


彼女の問いに喉の奥で笑った。そうだった。彼女にはまだ説明していなかった。だけどそれはどうでもいいことだ。


「あの娼婦か。兄上のためとはいえ、忌々しい」

「え?えええ?」

「俺はあの娼婦を側に寄せるつもりはない。あれは兄上に取り入ろうとしていたから排除したまでだ」


 端的に伝えれば、戸惑ったように声を上げる。ゆっくりと違和感を持たれない様にコルセットに指を這わせた。

 まだ、彼女は気が付かない。


「今までだって……君の関心を引きたかっただけなのに。すぐに諦めてしまって」

「あの?」


 彼女は混乱しているのか、忙しく瞬いていた。きっと頭の中で情報を整理しているのだろう。そんなことに気を取られている隙に、首元に唇を寄せた。


「君はただ冤罪だって声を上げたらよかったんだ。そうすれば目的通りにあの女の罪が暴かれ、君は被害者ながらも和解した俺とそのまま結婚できた」


 滑らかな肌だった。少し練り香水をつけているのか、ふわりと優しい花の香りがする。ほのかに香る匂いに彼女の体温を感じ、体が熱くなった。痛めつけるように彼女の肌に歯を立てた。


「いつだって君は逃げることしかしない。だから、今回は捕まえることにしたよ」


 驚きに目を見張った彼女を見てどろりとした笑みを浮かべた。どうやら彼女はこちらも記憶を持っていることに気が付いたようだ。

 そろそろ種明かしをしてあげないと。


「君が何度も繰り返しているわけじゃないんだよ。繰り返しているのは俺だから」

「そんな」


 それ以上の言葉はいらない。乱暴に唇に噛みつくようなキスをした。わずかに空いていた唇の隙間に舌をねじ込み、中を蹂躙する。


「むう……うん」


 満足するまでむさぼってから、顔を上げた。彼女の顔は上気して瞳が涙で潤んでいた。濡れた唇も誘う様に半開きになっている。


「可愛い。キスだけでこんなに蕩けて」


 そう呟くと、もう一度キスをしようと顔を近づけた。だが、キスをする前に伝えることがあった。


「俺の失敗は遠回しに嫉妬させようとしたところだ。そして、君の失敗は」

「何……でしょう?」


 かすれた声で彼女が反応する。


「君の失敗は俺を強く愛し続けようとしなかったことだよ」

「それは」

「選ばせてあげるよ。ずっと監禁されるか、俺の隣だけで笑っているか」


 監禁が一番だけどね。


 心の声が聞こえたのか、彼女はわずかに体を震わせた。



Fin.



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