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クリスティーナ



 1回目は何も知らなかった。

 というよりも、何も思い出さなかった。だから、普通に第三王子と婚約し、お妃教育を受けた。忙しくしている間に、ぽっと出の男爵令嬢に誘惑された第三王子はわたしに冤罪を吹っかけてきた。卒業パーティーでのことだった。わたしの婚約者である王子の後ろに庇われていた令嬢の口が、悪役令嬢ざまぁとか呟いていた。何だかよくわからないけど、ひどく心に刺さった。

 それからはもう過去にないほどの醜聞にまみれ、わたしは何も悪くないのに領地に蟄居となった。この時は本当に胸が張り裂けそうなほど辛くて、部屋にこもっていたのを覚えている。


 2回目は茶番が始まる直前に思い出した。ここが前と同じような世界だということを。違うとすれば、今回の婚約者は第二王子で、ぽっと出の毒婦は子爵令嬢だった。断罪の合図でもある婚約破棄宣言を聞いて思い出したのだ。もちろん、何ができるわけでもなく結果は同じだった。


 3回目は学園の入学式で思い出した。違うのは婚約者が王弟だったこと。まあ、後は同じ。


 4回目になると、考えるようになった。どうやらわたしはこの役を永遠と繰り返しているようだと。

 変わるところもあるが、変わらないところもある。


 変わらないところは、侯爵令嬢であることと、ちょっと顔立ちがきつめだということ。学業もとても優秀で、領地の発展に貢献していること。婚約者とも幼い頃はそれなりに仲が良く、お互いに好意はあるよねと思っているにもかかわらず、最後は顔を合わせることもなくなって迎える結末までの流れは同じ。


 変わるところは婚約者とそのぽっと出の相手。第三王子だったり第二王子だったり、色々。そして、相手の女性も身分の低い平民から子爵令嬢まで幅広く、金髪から桃色髪まで色々。


 そして、何度も何度も繰り返すうちに、思い出す年齢が低くなっている。5回目の時は5歳に思い出した。婚約する前だった。

 もしかしたら、婚約しなかったらわたしにもそれなりの幸せがあるんじゃないか。

 そんな風に考えるのも当たり前だと思う。すべて覚えているから、わざわざ不幸になることはない。


 でも、婚約自体は避けられなかった。避けられないことで、色々わかっていることは回避しようと思ったけど、やっぱりいつも同じ結末だった。

 それを確認するのに、10回は繰り返した。

 条件を変えて行動しても、何もしなくても同じ。

 結末は一緒。


 そこでようやく気が付いた。何もしてもしなくても、同じ結末なんだって。これだけ検証したのだから間違っていないと思う。どんなに頑張っても、婚約破棄はされるし、冤罪は掛けられる。婚約者とも初めは仲がいいけど、最後には顔も合わせない。


 これだけしつこく繰り返して、大体辿るべき未来が分かった。


 冤罪は必ずかけられるけど、半年以内にはそれが払拭されること。

 家には一時期迷惑をかけても、致命傷にはならないこと。家を継ぐ兄だったり弟だったりは侮蔑の視線を向けてきたけど、大したことじゃない。元々仲良くなかったから。

 死罪とか国外追放とかはなくて、たどり着くところは必ず同じ場所。領地の片隅にある古ぼけた屋敷への蟄居。


 何もしなくてもたどり着くところは一緒ならば、たどり着いた後、快適に暮らせるようにしたらいい。そんな風に考え方を切り替えた。

 回避しようとするから辛くなるばかりで、意識して変えられるのは自分だけ。辛いのもたった一年だけだ。今回も学年に上がる最初に免除試験を受けているから、ほとんど学園には通わなくていい。一週間に1度だけ出席を取りに行けば終わりだが、それも面倒だから、一カ月に一回の顔出しを学園からもぎ取った。その代わりにと論文の提出を求められたのは仕方がない。

 妃教育も過去の経験が生きていて、すでに終わっている。こちらも一週間に一度のご機嫌伺で済むように頑張った。記憶が残っていることが有利に働いたのだ。


 学園に通わなくてよくなったため時間ができた。その時間で考えつくあらゆる準備を最大の力をもって実現した。今から住む我が家は小さいけれどとても居心地がよく、快適に暮らせるようになっている。お金にも困らないし食べ物にも困らない。若干、ボッチであるけど、今だってボッチだ。今更なことに、あまり気にならない。

 引き出しからリストを取り出すと最終確認をした。細かく書かれたリストに再度チェックマークを付けていく。


 ああ、どれもこれも完璧だ。


 じわじわとやり切った感が半端なく押し寄せてきた。拳を天に突き出して、大声で叫びたい気分だ。


「やあ、クリスティーナ」


 明日の断罪後の生活に向けて、そわそわと準備をしていると知らないうちに部屋まで婚約者である第二王子アベルが入り込んでいた。いつの間に、と驚きに目を瞬いたが、まあ、大丈夫だろう。ここしばらく尻軽令嬢の後をおかっけていたのだし、今までだってさほどわたしに興味を見せなかった人だ。この際、気にしない。どちらかというと、今ここにいること自体が不思議なんだけど。


「ごきげんよう、アベル様」

「何を準備していたんだい?」


 部屋の中をひっくり返したように色々と広げているわたしに不思議そうに尋ねる。この問いに答えるつもりは全くなかったので、適当なことを言う。


「準備ではありませんわ。要らないものを少し処分しようと思って」

「ふうん。こんなにもひっくり返す必要はないんじゃないか?」

「気がついたらこんな感じになっていて。どうやらわたしは片付け下手のようですわ」


 肩をすくめてそう答えると、慎重にリストを折りたたんで引き出しにしまった。これだけは見せるわけにはいかないからだ。


「明日の卒業パーティーだが」


 アベルは少し言いにくそうに言いよどんだ。ああ、あの尻軽令嬢をエスコートするから断りに来たのか。理由が分かれば、ほっとする。


「何でしょうか?」

「エスコートができなくなった。お詫びに、これを渡したくて来たんだ」


 そういって差し出されたのは、ここ何回も繰り返している馴染みのもの。実はこれ、尻軽令嬢に贈ったもので、これを付けて卒業パーティーに行くと盗んだことにされてしまうのだ。なかなか大胆だと思うよ。自分で贈っておいて泥棒呼ばわりするのだから。追及されたとき、もっと言い訳しやすい事件を用意しろよ、と怒鳴りたくなったものだ。茶番に付き合ってあげるのだから、乗っかりやすい言いがかりの方がいいに決まっている。

 ただ今回は受け取るつもりはない。


「お気遣いありがとうございます。でも、これは持ち帰ってくださいませ。できれば、卒業した後に贈って頂きたいですわ」


 やんわりと、断る。アベルは驚いて固まった。断られるとは思っていなかったんだろう。

 追い打ちをかけるようにしょんぼりとして見せる。


「何かまずかったでしょうか?エスコートされないパーティーに着けていくよりは、皆様の前で贈ってもらいたいというわたしの気持ちはおかしいでしょうか?」

「い、いや大丈夫だ。君がそう言うならそうしよう」


 うふふふ、これで盗んだとかいう冤罪は潰したわ!


 まあ、潰したって別の手を使ってくるから意味ないけど。たまにはちっちゃい反撃もいいわよね?


 さあ、明日は人生最大の見せ場だ。気合を入れて進むよ!


******


 何がダメだったんだろう?


 慌ただしく、今までの記憶の底を浚う。だけど、どれもこれもこんな展開はない。


「気が付かれていないと思っていた?」


 さらりと頬を撫でられ、震えが走った。長椅子に体を押し倒され、のしかかるようにしているのは元婚約者となるはずだった婚約者。事実だが表現が紛らわしい。

 卒業パーティーで断罪され、婚約破棄になるはずだったのだが。

 何故かこうして卒業パーティーに出ることなく、彼の屋敷に拉致られ長椅子に押し倒されている。


「君はいつもそうだ。どうして俺を頼らない?」


 いつも?


 唖然として、怪しい手の動きをするアベルを見続けていた。手は器用に髪飾りを外し、胸のリボンを解いていく。


 もしかしてわたし、貞操の危機?


 驚いているばかりではいられない。慌てて気持ちを引き締めた。


 ここで失敗しては明るい生活が!

 今までの努力が!


「アベル様、何かの思い違いで……」

「思い違い?君は俺から逃げようと色々していたでしょ?」

「そんなことは」


 ない、と言い切りたかったが、アベルの内ポケットから出てきた紙を言葉なく凝視した。


「じゃあ、これ何?」

「どうしてそれが……」


 間違いない。わたしの明るい生活設計リストだ。引き出しにちゃんとしまって、鍵をかけておいたのになぜ今ここにあるのだろうか。


「家はすでに準備完了のようだね。薬草を育てたり、高級な刺繍を施したストールを作り出したり。これだけあれば、慎ましい生活だったら困らない。感心するほどよく考えられている」

「褒めてくれてありがとう?」


 どう反応していいのかわからず、とりあえずお礼を言ってみた。アベルは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、大切なリストを床に投げ捨てる。


「領地には行かせないよ」

「え、っと。ではわたしは修道院かどこかですか?」


 計画が破綻してしまって、混乱していた。領地に行けないとなると、残るは修道院だ。修道院でも刺繍とか薬草とかは役に立つだろうか。


「修道院にも行かない。君はずっと俺の横にいればいい」

「ですが、アベル様は子爵令嬢がお気に入りなのでは?」


 思わず眉根を寄せてしまった。アベルは喉の奥で笑った。


「あの娼婦か。兄上のためとはいえ、忌々しい」

「え?えええ?」

「俺はあの娼婦を側に寄せるつもりはない。あれは兄上に取り入ろうとしていたから排除したまでだ」


 排除?


 理解が追い付かずに、混乱する。


「今までだって……君の関心を引きたかっただけなのに。すぐに諦めてしまって」

「あの?」


 よくわからない。何を言っているの?


「君はただ冤罪だって声を上げたらよかったんだ。そうすれば目的通りにあの女の罪が暴かれ、君は被害者ながらも和解した俺とそのまま結婚できた」


 ちゅっと首元に唇が落ちた。かりっと噛まれて、体をすくませた。


「いつだって君は逃げることしかしない。だから、今回は捕まえることにしたよ」


 恐ろしいものを見るようにアベルを見つめた。アベルはどことなく老成した表情を浮かべる。ほの暗い瞳に息を飲んだ。


「君が何度も繰り返しているわけじゃないんだよ。繰り返しているのは俺だから」

「そんな」


 それ以上の言葉は出なかった。乱暴に唇を塞ぐようにキスされる。そのままねじ込むように舌が入ってきた。責め立てるような舌の動きに息が上がる。


「むう……うん」


 初めての濃厚なキスに、目を白黒させながら抵抗を試みた。だが、がっちりと抑え込まれた体はピクリともしない。どれほどそのままでいたのだろうか。ようやく彼が顔を上げた。


「可愛い。キスだけでこんなに蕩けて」


 見下ろす帰れの瞳はとても獰猛で、否とは言えない雰囲気だ。あまりの事態に頭も働かず、ただただ彼の奇麗な顔を見つめていた。


「俺の失敗は遠回しに嫉妬させようとしたところだ。そして、君の失敗は」

「何……でしょう?」


 声が掠れた。しかも少し震えている。


「君の失敗は俺を強く愛し続けようとしなかったことだよ」

「それは」


 そんなことはない、と言おうと思っても彼のひやりとした目を見たら言えなくなってしまった。


「選ばせてあげるよ。ずっと監禁されるか、俺の隣だけで笑っているか」


 どちらも遠慮します。


 もちろん……言えなかった。次は、うまく逃げよう。



Fin.


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