#004「八月二十日土曜日」
――那覇ではステーキ、札幌ではパフェ、宮崎では釜揚げうどん。酒を呑んだあとは締めは、ラーメンとは限らないのか。今度、茹蛸オヤジにスイーツを勧めてみようかなぁ。
洋服にドライヤーの温風を当てると、煙草や焼肉の嫌な臭いを軽減できるのか。詰襟は簡単に洗えないから、覚えておこう。
どっちが似合うと訊かれたら、両方の長所を具体的に褒める。迷ったら背中を押す。長引いたら休憩を提案する。ここまで気を配らないといけないなら、一緒に買い物に行きたくなくなるって。
*
「お疲れさま、垣内くん」
「お疲れ、土屋。近頃の若者は、社会人としての一般常識に欠けるという意見について、どう思う?」
「そういう人が常識だと思ってることの大半は、狭い組織内のローカル・ルールに過ぎないから、気にしないことにしてる。井の中の蛙、何とやらだよ」
「なるほど。レジでお金を投げて渡す客がいるけど、お釣りを投げ返してやりたいと思ったことは無いか?」
「前世は虫けらだったんだと思って相手にしないけど、神様へのお賽銭ですって投げ返せたらスッキリするだろうね」
「それは良いな。そうそう。さっき、ユニセフおばさんが来たぜ」
「今日も玉葱頭で、お釣りを全て募金して行ったの?」
「おぅ。羽振りの良いことだよ。店長曰く、あのオバサンは、ほぼ毎日来てるそうだ」
「一回一回は小額だけど、結構な額を寄付してることになりそうだね」
「貯金する気が無いんだろうな」
「特売に惑わされず、あらかじめ決めた物だけを週に一回程度まとめ買いするのが賢い消費の仕方だと言われてるけど、真逆だね」
「浪費する人間が居なくなったら、お金が回らなくなってしまうから、結構なことじゃないか」
「消費者が全員、経済合理的選択をしていたら、小売業は壊滅してしまうからね。店長からは、その話だけ?」
「いや、違う。二年後あたりに、いよいよ沖縄へ進出するらしいという話も聞かされた。何でも、一気に三百店舗の展開が試算されているそうだ」
「特定地域に短期間集中で出店して、効率配送や認知度向上を狙う戦略で、シェアを握って経営を有利に進めたいんだろうね」
「出店といえば、渋谷に、原宿系モデルの二人が監修したアメリカン・ポップなカフェができたり、代官山に、ファッション・モデルがディレクターを務めた洒落たカフェができたり、恵比寿に、プロ・テニス・プレーヤーが監修したドイツ・パンの店ができたりと、有名人の店が続々とオープンしてるというトピックがあった」
「へぇ。モデルや俳優、お笑い芸人が副業として開業するのは珍しくないけど、テニス選手の店というのは気になるね」
「そうだろう? 有名人については、映画やドラマの人気女優たちも、挫折を味わったりや逆境に立たされたりして引退を考えたことがある人が多いというトピックもあった」
「檜舞台に立ち続けるのも、他人には知られない努力があってこそなんだろうね」
「それくらい自分でも出来るとか、こんなこと誰でも思い付くとか言って、他人の言動を軽視する奴が居るけど、俺から言わせれば、頭の中で単純に考えているだけのことと、実際に行動することとでは、雲泥の差があるものだと思うぜ」
「理論ばかりで実践が伴わない頭でっかちには、僕も辟易するよ」
「頭と辟易で思い出したけど、ジャッキー女子も来てたぜ」
「いつも前髪が短すぎたり、ガタガタだったり、アホ毛だらけになったりしてる、あの人?」
「そうそう。目元にカーキとグリーンとブラウンの三色をあしらうことで、秋らしい色合いを意識してるという、どうでも良い話のオマケつきでな」
「テレビの受け売りだろうね、その話。頑なに眼鏡を掛けようとしないけど、絶対、老眼だよね?」
「俺も、そう思う。手元が良く見えてないのが傍目で丸分かりだ。――話を戻すが、五輪メダリストの天然エピソードを集めたトピックもあった。報道陣の質問に、ちぐはぐなコメントをした柔道選手に、記念品を歯ブラシ立てと勘違いした体操選手、声援が多き過ぎて退場させられた卓球選手が取り上げられてたんだ」
「選手以外にも、有名人に顔が似ている監督が注目されたり、観客席や五輪会場周辺で、海外セレブの目撃されたりしてるよね」
「でも、一番の注目は、女子レスリングの怪物についてだ」
「四連覇こそ逃したけど、レスリングの競技人口増に寄与した偉大さに変わりは無いものね」
「彼女を倒した米国選手は、十二歳のときにテレビで彼女を観て憧れ、両親の反対を押し切ってやって来たというし、しかも、その選手を育てたのは、十二年前に彼女が倒したことで五輪の切符を逃した選手だっていうんだから、運命的な何かを感じるよな」
「そうだね。ハンマー投げの金メダリストが、アイ・オー・シーの選挙で三度目の落選したそうだね」
「あぁ。組織的ドーピングで欠場したロシア選手は当選したのにな。選挙といえば、米国大統領選挙で宗教や民族、女性に対する差別発言が目立っていた共和党候補が反省の弁を述べたそうだ」
「いまさら過去の軽率な発言を謝罪されても、信頼されないのに」
「そうだよな。それから、英国でも世界を騒がせるトピックがあった。イー・ユー離脱通告の発動は来年の秋以降で、離脱するのは三年以上先になるのだが、早くも国内で、民族主義者によるヘイト・クライムが急増しているそうだ」
「憎悪犯罪か。国民投票の結果とはいえ、真面目に投票しなかった有権者が多かったらしいし、つくづく、民主主義のありかたを考え直させられるね」
「移民や異教徒に対する差別が深刻化していることから、かつてナチス・ドイツの迫害を逃れ英国に亡命した人やその子孫が、ドイツの市民権を取得する動きも目立っているんだと」
「皮肉なことだね」
「皮肉といえば、北の将軍さまの国が、野生生物の安息の地になっているそうだ」
「農薬による土壌汚染や、工場による水質汚濁がないから?」
「そう。絶滅危惧種にとっての最後の楽園は、人間にとっては過酷な環境なんだから、おかしいよな」
「笑えないジョークだね」
「あとは、夏休みの宿題に関するトピックもあった。夏休みの自由研究がフリーダムすぎるということや、研究を助けるアプリケーションが紹介されてた」
「この時期らしいね。自由研究というと、化学実験、天体観測、ペット・ボトル・ロケット、観察日記、調べ学習なんかが定番だよね」
「それで、面倒だから父親に手伝ってもらうと、父親が子供そっちのけでのめり込んでしまうんだよな」
「そうそう。調べ学習といえば、いかにインター・ネット上の情報が信用できないか、百科事典サイトの間違いを詳らかに指摘して説明する先生が居たんだけど、その場で編集し直せば良いのに、と思ってしまったことがあったよ」
「先生も、分かってないよな。俺も、いま一秒の検索で済むことを、数年前は一日かけて調べてたんだって言われて、インター・ネットを使わずに調べさせられたことがあったんだが、わざわざ図書館で時間を掛けて確かめさせなくても良いと思ったぜ」
「いま一日かけてやっていることも、数年後には一秒で済むようになるかもしれないと言えば、共感できるのにね」
「まったくだな。それから、盲導犬に声を掛けてはいけないが、視覚障害者には危険を知らせないといけないから、危ないと思ったら遠慮なく声を掛けろって注意を呼びかけてるトピックもあった」
「たまに危なっかしい人がいるけど、声を掛けて良いんだ。今度から、引き止めるようにするよ」
「あぁ、そうしてくれ。えぇっと、そうだな。あ! 恋人や友人に、安易にエス・エヌ・エスのアカウントを教えると、趣味や交友関係、行動範囲が露呈するから、気をつけろというトピックもあった。偶然を装って、心理戦を仕掛けてくるらしい」
「情報戦も良いけど、直接会うことも大切にしないとね。今朝は、それくらい?」
「そんなところだな。お! 茹蛸オヤジだ」
「まだ明るいのに、相変わらずの、へべれけ具合だね。――あれ、垣内くん。どこ行くの?」
「ちょっと、試してみたいことがあってな」




