06 対面
「ザックのバカ!!」
普段は比較的温厚な相棒の怒鳴り声が耳に響く。仄暗く、狭い廊下に佇みながらマフラーに顔を埋めたアイザックは、そんな怒り心頭な相棒の言葉に反論できず、目を伏せた。
「悪ぃ」
「ほんとだよ!自分から手錠をかけに行くなんて…馬鹿なの!?いや、馬鹿だっていうことはわかっていたけども!もうちょっとは考えようよ!」
「ば、バカバカ言うなよ」
いつもはアイザックの方が色々と仕切っているが、今日この瞬間は違った。罵りを続ける相棒兼幼馴染に小さく文句を言うと、はあ、と通話機の向こうから呆れたため息が返ってくる。
「正直に述べただけです!もう…宝を前にしたら判断能力なくなるんだから…。
それに、なんで通話機の電源切ったの?僕の”千里眼”は、遠くまで見渡せても音は拾えないってわかってるでしょ?」
ぎろり、と遠くから睨まれた気がして微かに身がすくんだ。アイザックは口を開ける。
「それは…万が一でもお前のことを巻き込みたくなかったから」
「余計なお世話」
ぴしゃりと切り捨てられる。不快げに眉を寄せる相棒の顔が目に浮かぶようだった。
「なんのために僕がいると思ってるの?君の突発的な行動を防ぐため、でしょ。父さんだって言ってたじゃん。僕らは一蓮托生、ザックは表で僕は裏。盗むときはいつでも連絡できるようにしておけ、って。なのに君は…」
「あー!わかった!わかったから!ちょっと落ち着けよ、ダニ」
だんだんヒートアップしていく相棒の口ぶりに、これはまずいとアイザックは横やりを入れた。
こうなると小言が延々と続き、最低一時間は拘束されてしまう。経験があるため、今ここで同じことを繰り返されるのは御免だった。
「悪かったって。反省してる」
「はあ…。で、通話機を切ってた間になにがあったの?見たところ、王様と結構話し込んでいたみたいだけど」
「ああ…」
パルマ宮に連れ込まれたアイザックは、宮内の廊下で通話機の電源を入れ、相棒に連絡していた。
王との契約書には、「ガオナー団員との直接的な接触を図ってはいけない」とあったが、通話機での連絡は間接だ。よって契約違反にはならないが、通話機の存在はガオナー外では知られていないもの。念のため、近衛兵のレオタードが宮から去ったのを確認してから、電源を入れたのである。
アイザックは、王国兵士に捕えられてから今までに起きたことを、かみ砕いて相棒に話した。
相棒ダニエルは現在、城から少し離れた王都の宿にいる。本来であればアイザックが宝を盗み出した後、この宿でダニエルと合流し、すぐさま王都から離れたアジトに戻るはずだった。その予定が随分と狂わされ、二人とも感情を抑えてはいるが混乱していた。
アイザックの話を静かに聞いていたダニエルが、、確認するように聞いたことを繰り返した。
「…つまり、王様の隠し子ちゃんの護衛になる代わりに、死刑にはならないって?なんだか変な話だなあ」
「俺もそう思う」
苦悶の表情を浮かべるアイザック。それが見えたのか、ダニエルは小さく笑った。
「まあ、でもよかった。ザックが死んじゃうなんて考えられないし。三か月頑張れば戻ってこれるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、戻ってきたときに備えて、アジトに沢山チョコを備えておくよう父さんに言っておくから」
「…お前なあ」
「冗談だよ」
からかうように言った相棒の言葉に、アイザックは眉を寄せる。
アイザックのチョコ好きは、いつも団内で笑いの種にされている。曰く、「顔に似合わない」だの「乙女」だの。からかわれている本人の気分は当然ながら最悪だ。ダニエルはふふ、と笑った後、言葉をつづけた。
「心配しなくとも、父さんたちにはちゃんと伝えておくから。ザックは期間中そっちに集中してて。
団のことはしばらく考えなくていい。君がいないガオナーなんて退屈で仕方ないけど、僕たちでなんとかやってみせるよ」
「頼む」
脳裏にガオナー団員たちの活発な…というか、意地悪そうな笑顔が浮かぶ。いつもアイザックをからかって遊ぶ笑みだ。あいつらなら俺がいなくても全然平気だろう。むしろ今回の話を酒の肴にでもして大笑いするに違いない、とアイザックは心の中で毒づいた。
「それと…気になったんだけど、王族側も魔法が使えるんだね」
ダニエルの率直な疑問にアイザックは頷く。宝が詰め込まれた部屋に張られた電流も、アイザックの腕に嵌められたバングルも、すべて魔法で作られたものだ。
「そうだな。ずっとお前だけの特権だと思っていたから、驚いた」
「特権って…」
くすり、と相棒が笑む。
「確かに魔法は、僕ら魔族だけにしか扱えない代物だ。…ってことは、城内に魔族がいるんだよね。…俄かには信じがたいけど」
魔族は人間とかかわるのを嫌っているはず、と、ダニエルは不思議そうにつぶやいた。好奇心が働いたのか、声が若干弾んでいる。が、アイザックはそんな相棒とは裏腹に、眠たげに目をこすった。
「…悪い、ダニエル。こんな状況でなんだけど、疲れたから先寝るわ」
「ええ…。相変わらずマイペースだなあ君は。わかったよ、続きはまた今度。おやすみ」
「ん」
ぶちっ、と小気味音を立て、通話機の電源が落とされた。アイザックは手の中から鍵を取り出す。先ほどの近衛兵、レオタードに渡されたカギだ。少々寂れた鍵にはなにかの花の模様が刻まれている。レオタードはここにアイザックを引き摺ったさい、彼の荷物をすべて奪い取った代わりに、この鍵を差し出したのだ。荷物の中にはピックやら武器やら大事なものが入っていたのでアイザックは抵抗したが、「罪人が何をしでかすかわからない。護衛用の武器は後日城から送らせてもらうから、しばし待て」と言って、丸腰の彼を宮に放り出した。
幸い、マフラーは没収されずに済んだので、こうしてダニエルと会話ができたのだ。が、それ以外に持っているものは今はこの鍵しかない。
アイザックは、鍵に描かれた花の模様と同じ部屋を探すため、廊下内を歩き回った。本当ならばレオタードが案内すべきものなのだが、彼はここに長居したくないらしく、早々に帰ってしまった。
歩きながら、パルマ宮内部を観察する。さすが廃墟と称されただけあって、建物内にまで植物が侵食してきて、城内のところどころに亀裂も見られる。ここは城よりかなり離れたところにある、独立した宮だ。四面八方を森で囲まれ、すぐ近くに大きな湖がある。賑やかな王都や、煌びやかな王城とは隔離された場所。わざわざ行こうと思わなければ誰にも気づかれはしないだろう。なるほど隠し子を住まわすにはうってつけの場所だ、とアイザックは宮殿の外から見える湖を一瞥しながら思った。
「あ」
部屋を一つ一つ確認していくと、鍵の模様に似通った花が刻まれた扉を目にした。ちょっと形が似ていないがまあいいだろうと、細かいことを気にせずにアイザックはドアノブを回す。鍵はかかっていなかった。
ギイ、と音を立てて扉を開ける。最初に目に飛び込んできたのは、部屋の正面の窓から見える、大きな月。ああ、そういえば今日は満月だなとぼんやり思っていると、月の下でなにかが動いたのを目が捉えた。
「え…」
思わず、声を漏らす。満月の下、窓のそばに誰かが座っていた。
月の光に反射して、きらきらと淡く光る金色の髪。その腰まで伸ばした髪を微かな風になびかせ、一人の少女がこちらを向いた。
少女の、桃色の小さな唇がかすかに開かれたが、その口から声を発することはなく。海のように透き通った、紺色と水色が混ぜ合わさった瞳が、アイザックを見て大きく見開かれていた。
―――――綺麗だ。
その瞳を、その髪を見た途端、アイザックはそう感じた。それは、まるで至上の宝を見つけたような気分だった。頭の中にあるすべての思考が一掃され、何も考えられなくなる。真っ白になった脳裏に唯一残った思考は、目の前の宝を美しいと感じたことのみ。
アイザックはしばらくその光景を、呆けたように見つめた。
こんな感覚は、はじめてだった。
ヒロインちゃん、やっと出てきました…!(三行だけですが笑)