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人魚姫と盗賊ガード  作者: 六花つづる
第1章 夜風の怪盗と囚われの姫
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03 取引

「失礼いたします、陛下」


 ずるずると王国兵士たちに引きずられ、たどりついたのは、謁見の間らしき大きな部屋。


 ギイッと音を立てて重厚な扉が開かれる。深夜だというのに、扉の内側から明かりが漏れだし、アイザックはその眩しさに思わず目を細めた。


 なぜ、王がこんな真夜中にこんなところに?扉の先に目をやりながら、アイザックは疑問に思った。すぐさま、まさか、と息をのむ。自分は待ち伏せされていたのか――…と。


 扉の先には、ただっ広い、赤を基調にした空間が広がっていた。部屋の中央にまっすぐ敷かれたレッドカーペット。その先の王座に優雅に腰かけるオルディオ王は、引き連れられたアイザックを見て目を細めた。その、緊張感を一切まとっていない姿は、まるで彼が来るのをわかっていたかのようだった。

事実、扉が開かれてから今まで、王は驚き一つ示していない。それどころか、なぜか親しい友人にでも会ったかのような笑みを、アイザックに向けたのだ。


「侵入者を捕まえました。ガオナーの者です」


 そう言って、兵士がどさりとアイザックを床に転がした。先ほどの電流の痛みで、まだ体が思うように動けない彼は、ただ成すが儘にされ、「いってえ」と声を漏らす。


「ほう」


 そんな彼をまじまじと見つめた王は、目の前に転がる罪人を見て満足そうに頷いた。


「賭けに出て餌を放った甲斐があったな。狙い通りの大物が釣れるとは」


「…謀ったのかよ」

不満げに眉を寄せながら訊くと、王は笑みを深めた。


「そのマフラーから見るに、お前が夜風の怪盗、アイザックだな。会えて嬉しく思う。ゲーアハルト=オルディオだ」


「…どうも」


 ニコニコと話しかけられ、アイザックは居心地悪そうにたじろいだ。


初めて囚われたから、というのもある。数年もこの稼業に手を染めてきて、はじめて、彼は失敗した。


怪しいと思わなかったわけではない。相棒のダニエルも、王都に来る前にしきりに心配していた。この情報は、ガオナーの団員…もっと厳密にいえば、王家のものを盗む度胸がある、たとえばアイザックなどを捕えるための罠ではないかと。その言葉に耳を傾けなかったわけではない。だがアイザックは、高を括っていた。


国内にはガオナー以外にも悪党団はあるし、殺戮を楽しむ狂った集団までいる。彼らに比べれば、同じ罪人とはいえ、ガオナーのしていることはまだかわいげのあるほうだ。


 だから、王家が躍起になって自分を捕まえにくるわけがない。


 自分ひとり捕まえるためだけに、こんな大きな餌を垂らすわけがない。


 たとえ万が一、これが罠だとしても。こっちには相棒(ダニエル)の魔法道具があるからなんとかなる――…そう、思っていた。


 結果からして、その考えは全くの誤りではあったが。


 これは正真正銘、彼を縄にかけるための罠で、そして王家側も魔法を扱えていた。

 あっけなく罠にかけられ、アイザックは意気消沈している。


 だが、彼を居心地悪くさせている主な原因は、盗みに失敗したことではなく、目の前のこの王にあった。


 宝を盗みに来た盗賊に、なぜか友好的に接している。律儀に自己紹介までして。

この国の人間であれば、王のことなど知らないものはいないのに。

アイザックは、王の考えていることが全く読めなかった。


「巷でかなり噂になっていると、息子から聞いている。神出鬼没、疾風迅雷、伝説の大泥棒とね」


「あながち間違ってはいねえな」


「お前!陛下に不敬だぞ!」


 誉め言葉に素直な感想を返すと、後に控えていた兵士に頭をつかまれた。

そのまま、地面に額を押し付けられる。大理石の床に額が直にぶつかり、鈍い痛みが走った。


しかし、王はそれを見て「良い良い」と笑い、兵士に下がるよう指示し、言葉をつづけた。


「噂を聞いて、てっきり中年の、鍛え上げられた男かと思っていたが…まさか、こんなに若いとは。

ルクシャスよりも幼いのではないか?」


 ルクシャス=オルディオは、この国の第一王子。

よく市街へ視察に赴き、平民寄りの政策をいくつか打ち出していることから、国民からの人気は高い。

一部貴族からは不興を買ってはいるが。


 そのルクシャスは今年で20になる。

アイザックは17なため、たしかに彼より年若いが、年齢のことを聞かれたくない彼は不愉快そうに口をゆがめた。


「文句あんのかよ」


「いいや?ないさ」


 相変わらず、微笑みを浮かべる王。

何時まで経ってもその腹の内は読めない。厄介な狸じじいだ、と、アイザックは心の中で舌打ちした。


「陛下、こいつをどう処理しますか」


「処刑方法を、どうぞなんなりと」


 控えていた兵士たちが、しびれを切らしたかのように王に問いかけ始めた。


そう。王族に歯向かった人間は一人残らず極刑――、たいていは死刑が下される。

兵士たちに捕われたとき、アイザックは、自分の未来が手に取るように分かった。分かったが覚悟はできていない。「処理」の言葉を聞いて、彼は無意識に唾をのんだ。


 マフラーについてある通話機の電源は、すでに切ってある。

そうしないと、今の状況も”千里眼”で見えている相棒が、発狂してなにを叫びだすかわかったものではない。通話機の存在と、相棒がいることを王家に知られるのも避けたかった。この二つはガオナーの肝であるし、なにより、ダニエルまで捕まえらるのは御免だ。


「殺すなら殺せよ」


 アイザックは、不敵に笑って見せた。

覚悟などできていなくとも、仲間と組織の情報を摑まれるよりかは、自分が死んだほうがいい。そう考えた。


「殺さぬよ」


 だから、その言葉を聞いたとき、彼は耳を疑った。

それは兵士たちも同じ。動揺した彼らは無礼承知で王に詰め寄った。


「な、なぜです?この男は今まで沢山の罪を犯してきましたし、先ほどだって国の宝を――」


「ああ。だが、殺しはしない。

しばらく彼と二人きりにしてくれないか?少々、話したいことがある」


「え、ですが…」


「おやすみ」


 有無を言わせない。

そういった雰囲気を笑顔にまとって、王は兵士たちを押し切った。


数十人の兵士たちが、しぶしぶといった様子で部屋から去っていく。無駄に広い空間には、王と罪人、この二人だけが取り残された。


 一体何が起きているのか。アイザックは見当もつかなかった。

罪人である自分を殺さないといった上に、二人きりになりたいと、自分の盾にもなりえる兵士たちを部屋から追い出した。

一体、この王はなにを企んでいる――…?


「さて、アイザック」


 いつから持っていたのか、王の手の中にはいつの間にかワインのボトルがあった。反対側の手の内には二人分のカップさえ握っている。


 なぜか楽し気にこちらを見つめる王を、アイザックは怪訝そうな顔でにらんだ。

だが、王はさして気にした風でもなく。

 目の前の捕われた盗賊に、親し気に語り掛けたのである。


「私と、取引をしないか?」

と。

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