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07 戦略の時間

「黙れー!! 貴様(きさん)ら国家の犬どもに宇宙移民の悲しさばわかってたまるか!!」

 宇宙に音は響くことはない、だから音声を切っておけばやかましい音は聞こえずに済むことなのだがそうもいかない事情もある。

 接触した隕石群、そこにいた子供達。

これを救出・確保しエレオス本星に戻るまたは星系警備群の持つ警備ステーションに預ければことは終わったはずだったのに、そこに帰ってきた親たちにより事態は面倒な方向へと舵を切っていた。

「情報くれないのに、音だけ聴いてろなんて、もういや!! 音声切ったらダメなのぉ?」

 ネージュリスブリッジのメンツは警察隊の説得をすでに30分以上聞いていた。

通信士であるメトロはすでにインカムを外し、額による苛立ちを指でこすっている。

戦闘行動とは程遠い公務、説得は警察の仕事であるから無線を切っておくこともできるのだが、

隕石へ警察隊が向かい、子供たちを確保した直後に親をらしき大人の乗るクルーザーが乱入してきた。

 そこからこの混迷は始まっている。

最初に事件への介入をした警察は、どうしても自分たちの手で解決したいのか音声によるネゴシエートはオープン状態にしているが、犯人像やそれに繋がる情報をまったく下ろしてこなかった。

 情報封鎖がされていたのだ。

隕石に向かってきた船は大きかった、もちろん軍艦であるネージュリスに比べたらたいした大きさではないが、小型のシャトルより大きい。

外盤に黒色板を何枚も張り合わせた大規模な偽装を施してある事を鑑みても大型クルーザーである事が全体に緊張を高めていた。

 なんらかの武装があるのでは、または無線を傍受されてはいかないか?

相手の方言からそこまで勘ぐる必要はないという気持ちはあれども、警戒しないわけにもいかない。

警察は無用な通信を飛ばさないかわりに、説得の実況を垂れ流すという形に、結果軍隊は待ち惚けを余儀なくされている

「冷静になれ、子供達をこのまま隕石に置くことはできない」

「うるさか!! 子供ば返さんかね!! 国家の犬ころが!! お前らだけが人間なのか!!」

「そういう話をしていない。この海域・隕石群のへの居住は星団法によって許可されていない。勝手に住むことは事故誘発行為ならびテロ行為とみなされる、現状を一時避難と認定し子供達の保護を行っている。それに従い保護者であるとする貴船は警察に従い……」

「せからしか!! 移民条約を改定してからものば言え!! こんとこは(おい)らの住処であり国だ。対等な交渉をしに来やがれ!!」

 飛び込んできた船はモニターを消しているため、姿なき音だけの怒りがモニターに踊り続けている。

本来なら宣言に基づきこのクルーザーをテロリストとして扱い、拿捕または撃墜することもできるのだが、そこは困ったことに隕石に住む子供達の前。

法令的罪人とはいえ親の処罰を目の前で行うのは忍びないという気持ちから警察は一定の譲歩の元に粘り強い説得を試みているが、相手はまったく聞く耳持たぬ状態で話は堂々巡りを続けている。

「警察隊から重要情報がおりてきませんが、軍事介入はしないのですか?」

 航海長モーガンは後ろに鎮座する葛城に意見を仰ぐが

「家電は有ったのか聞いてください、状況を冷静に見て。できることできないこと見きるのも軍人の大事な仕事ですよ」と冷めた眼差しで自らの前に開いたモニターに目をほそめ、何を言うでもなく状況を見てコーヒーを啜る。

15分ほど前に中央情報通寝室に真壁大佐は向かっていた。

待てど降りてこない警察の情報で、後塵を配する事のないようにという思いと軍人として不足の事態を考えて。

 一方で葛城艦長は眠たそうな目でやりとりを見つめていた、手元だけで仕事をしながら

「さてさて、どうしましょうかねぇ」と。



「なんだか止まっちゃったんダヨー」

 サウンドオンリーに切り替わったコアシップでペリコは仕事をする雪の周りを小鳥のように飛び回っていた。

「酷く偽装しているから分かりにくかったけど、内骨格で判定。ドゥッカーク社製、メガヨット・SR112、公式型番SA12-9-RR12128。66年前に新規登録以降4度の転売を経て現在の持ち主である東金・リットナー・吉成に渡る……登録上は」

 シップ中央、自らを埋め込む座席の中で情報収集をした雪は無言で調べ上がったものをブリッジの葛城の元にあげていた。

この停滞が始まった最初から葛城は絶え間なく情報の収集を要求してきており、雪の仕事はそれなりに忙しい、こまかく中空パネルを入れ替えながら整理をつけたものから順次葛城に届けていた

「雪雪、何調べてるんダヨー」

「うん、警察が介入したから細かい情報がこちらに降りてこないでしょ。だから見える限りで調べて欲しいって」

 軍隊と警察。

軍隊は武装している集団に対して全面にでる、テロではなく不法移民であることが確定していたことで一気に前に出てしまった警察隊は事態の変化についていけていなかった。

 この艦艇群が複合艦隊であり、そのため複数入れ替わる犯罪に対処するための軍団である事をうまく機能させていなかった。

結果ひたすら交渉の会話が流れるばかり、変わって雪は細かく飛ばされてくる葛城の指示に従って情報を集めていた。

「今度は、最新の入港情報が欲しいと言ってきたデース」

 飛び回り場を和ますペリコとは対照的に自らのまん丸ベッドであるクレドールに収まり雪の手伝いをするイオン。

「東金・リットナーは低価格レンタル船として舎人船舶輸送にこの船を預けているのデース。預けている理由は不明デース、預けている間の使用については普通項目の禁止はなし、危険項目では22項目を厳守にして、銀河星団法に基づくもの全てで使用できない契約になっているのデース」

「偽装するのも禁止になってるよね、完全に違法で使っているってことだね」

「近々のレンタル者はモルデイア・ハサン・シーバ。だけど声紋パターン解析により別人と確定デース」

「テロリストなのかな? でも子供たちはどういう関係なのかな?」

「気になるデース」

 周りに広がる中空ディスプレイに広がるミナビティ銀河星系と直近であるエレオス各地の港情報。

「レンタル船で移動ができるなんて、だったらどうして移民なの?」

 移民条約、難民認定の移民は民間の船に乗ることは自由だが、レンタルで船を借りることはできない。

そういう私財を持っていることがおかしいというのだ。

66年ものとはいえ元高級クルーザーをレンタルする金を持つ者を移民とは言わない。

 かつて植民星における最初の開拓入植者は、基本的にその星の一等市民になる。

後に開拓労働のために入ってくるものたちは一般市民になる、星団法初期のこの法により貧富の差は意図的に作られていた。

 良し悪しはもちろんあったが、フロンティアスピリットに溢れた初期の頃は良い方向で作動していた。

何しろ自分たちが見つけた居住可能な星は、自分たちを王様にしてくれる場所だったから。

前人未到の苦労を買うだけの意義はあったのだ。

だがこういう、やったもの勝ちの方法は戦争を経た現在において明確に破綻していた。

 戦争で人口を減らした人類が他の星を求める理由は戦後復興のための資源確保でしかなく、手の届く範囲を整然という形が普通の統治となった今、移民がいるのは多少なりの理由はあれども大方の理由は「利己主義的」なものだった。

 実際、統合宇宙政府は移民もとい戦争難民に対して各星団による救済制度を実施させており大半の難民に救済を与えることはできていた。

なのに「もっと」という欲が働きこの始末なのだ

元はもっと良い暮らしをしていた、戦争で故郷を追われる前の生活は戻らない、ならばもっと裕福な生活を与えることで失った生活と時間を取り戻したい。

 欲が働き人々は動き出す。

戦争によって放棄された植民星もあれば、ステーションにコロニーもある

統合政府旗下星団法に縛られ、労働を強いられ他の星で暮らすのは嫌だという違法はテロと海賊を生み出す温床へと加速度的に進化していた。

 豊かさを分捕る、豊かだった者たちから奪い取る。

それで難民となった者たちの心が満たされるということは決してなく、巡り巡って無法者となる

「子供は関係ないのかな、それともそういう違法も知っていて養われているのかな」

 雪の心配は色々調べ上げた中のそれに集約されていた。

家族というものを持たない人造人間(エンキ・ジーニス)だが、人の持つ家族というコミュニティをまったく理解していないわけでもない。

自分を教えた教職員のように、人は人を教えるために先を生きる者たちがいる。

産み育てる親という者が、普通ならいるということからこの二つの立ち位置が気になっていた。

「何事もなく早く解決するといいのに」

「本当ダヨー」

 メインモニターに映る図、ネージュリスと隕石の間に入った違法クルーザー。

相対する警察をみつけられなく、一番大きな船に噛み付く自称移民の長のダミ声は途切れることなく続いていた。

「情報共有が進めば解決も早いのだろうに、警察の人たちは軍隊の手を借りたくないって事なのかな、私に何かできないのかな」

「雪は十分に働いているデース、必要な情報を艦長におくっているのデース」

 警察の説得は難航していた。

突入から1時間、介入から40分が過ぎようとしていた。



「暇だよね、行動しなくていいのかな?」

「緊張してくださいねぇ、行動はいいんじゃない」

「やれる事やった方が良くないかな」

「指示ないしぃ」

 緊急発進でネージュリスと違法クルーザーの間に入った上原綾人は孤独な時間を過ごしていた。

コクピットでゲームをするわけにもいかず、ただ目の前に浮く船を観察するのもいまや雪少佐が済ませてしまった仕事で長引く待機の時間を、ブリッジ通信士であるメトロとくだらない会話ですごしていた。

「そうだ!! メトロ!! この機のコードネーム、赤影にしようよ」

「うーんいいねぇ……じゃあそれで登録っとぉ」

 それでいいのか?

ネージュリスブリッジクルーは長く続く説得に暇を持て余し始めていた。

軍事行動にも忍耐というものは付きまとうものだが、ことが警察側の仕事になって以降の仕事は周辺海域の監視がメインである。

それ以上の仕事をしたくても警察隊の要請がない今、説得の会話という刺々しいBGMを聞き続けるという苦痛の時間だけが続いている。

「確かに暇だ、やる事がないってのは苦痛だが、そういう事を決める時間でももないだろう」

 モーガンはすっかり手持ち無沙汰になっていた

警察の介入以降自分たちがどう行動していいのかは、優先される警察の作業によって決まる。

説得という硬直状態をどう利用できるのかなどこの時点では誰も理解しておらず、時間の使い方を見誤っていた。

 誰もが痺れを切らし始めている時の中で、特に通信士であるメトロの苦痛は大きかった。

好きな男でもダミ声で話されたら別れる、本気でそう思っている彼女。

全体モニターになっているのでブリッジの仲間たちも同じ声を聞いてはいるのだが、メトロのところには警察の説得に付属する小賢しい取引トークも届くゆえのもどかしさも加算されており、暇つぶしをする綾人との会話が唯一の安らぎになりつつあった。

「おいメトロ通信士聞いているのか、勝手にコードを決めるなよ」

 モーガンもまた隕石との距離固定に入っているネージュリスで仕事がなく、立ったままの時間を強いられており苛立ちもひとしおだった

「早く決めた方がぁ、私が助かるんですぅ」

「いやそうだが……、コードネームにはある種の規則があってだな、その決め方だと忍者みたいでなんか気安いぞ」

「えー!! 忍者かっこいいじゃないですか!! 航海長も忍者好きなんですか」

 食いつく若輩パイロット綾人、忍者は今でも人気のある超人シリーズに名を残すヒーローだ。

子供のころに活躍を映画で見た者は少なくない、乗りに誘われるブリッジの仲間たち

「悪くないじゃないですか、俺も忍者好きでしたよ」

「だからそういうことじゃなくって、そういう風に決めないってことだよ」

「もういいの決まったの! 私が決めたの! 次の機は青、次は黄、その次は緑、次はピンク」

 なんの戦隊ものだ?

忍者なのに戦隊カラー。どうしてこうなったという疑問の前、みんなが口をふさぐ。

いつになく角が立つメトロの声に彼女の苛立ちがピークに入った事がわかったからだ。

いつもなら語尾が溶けているのに、切り立った断崖へと変化し始めているのは恐ろしいことだった。

 怒ると怖いメトロ。

それは揃ってこのブリッジに入った通信科のメンバーによく知られている。

ブチ切れるとマイクに向かって超音波のような高い声を吐き出す、耳どころか脳天直撃の音に失神者が出た事は研修を一緒に受けた者達で知らない者はいない

「ちょっと、モーガン航海長。音撃はやめてくださいね」

 左方に座る砲雷長ルロワ・マリーテレーズ少佐はバイザー状のメガネに情報を映しながら苦く口を歪めて言う。

研修で一度音撃を食らって倒れた事のあるマリーは耳栓を用意している

「いや、俺はそういう……」

「止めてくださいよ」

「どうやって……」

 オペ達に嫌疑の目を向けられるモーガンを助けたのは、やはり若造だった

「メトロ、俺、帰ったら甘いの食べたいんだ。なんかおすすめある?」

「おごってよぉ、そしたら教えたげる。私もう塩辛スルメになっちゃいそうなのぉ」

「オッケーオッケー、甘いもの補充は大事だよね」

「ガムシロップ、バケツでおごって」

 怒り出しそうなメトロをなだめる綾人に全てのブリッジ要員が安堵の息をした。

宇宙の海は静かに、ただ時間だけが過ぎていこうとする中で劇的行動は突然起こった。



「時間も時間ですし、撃っちゃいましょう」

 緊張の糸が綱引き状態も真っ只中、静まっていたブリッジにとぼけた声が告げていた

「ミナビティ銀河法にもエレオス星団法にも書いてあります。漂流隕石ならび周遊隕石、または廃棄物への違法居住を禁ずる。さらにそれらによる独立や独自の規則を布くことを禁ずる。同時にこの項目によって禁止された条項を無視し国家を宣言した場合は銀河法による不法滞在及び非公認国家樹立によるテロとなります。これを即時排除のために攻撃することを良しとするってありますから」

 淡々と法律を読みながらも、手早く支度している。

変わらぬ表情の寝ぼけ眼は、自分を見ているブリッジ要員の驚き見開かれた目にまったく動じていなかった。

当然艦長の発言は警察隊隊長イグナシオにも届いていた

「葛城艦長!! まだ説得が終わってません、調査もまだ……」

「白物家電の調査は終わりましたか? リアクターの制圧はどうしましたか?」

 自分の頼んだ仕事の結果を聞かせろ。

ゆるいトーンの声の中に脅迫めいた牙が見える

「それについてもですが、攻撃は早計すぎる!! 説得もまだ続いてますし……」

「いいですか、確定テロに説得は不要です。あの船は偽装されており借主も偽名、海運組合所属のトランポンダーも偽装しています。テロリストです立派なテロリズムに鉄槌です」

 理路整然とした返し、今迄集めていた資料を警察隊の艦艇へと飛ばす。

きっちりと法を遵守した証拠を見せつけ、ネージュリスの砲塔は動き出していた

「子供達がいる前で攻撃はやめてください!!」

「見せないように努力してください」

 隕石側にいる小林からも反対の声が上がるが、意に介さず。

有線視界の中にいるクルーザー、小林の位置から子供達の親が乗るクルーザーはしっかりと見えていた。

この位置で砲撃が当たればクルーザーに大穴が開く図を子供達は目の当たりにするという悲劇はさけられない。

「クルーザーを今から拿捕をします、だから」

「えー、まだできていなかったのですか? とっくにできているものと思ってましたよ」

 何手も先を打つテンションの高い煽り、そう感じてしまう返事に怒鳴り返す事のできないイグナシオ隊長。

実際にクルーザーへと隠密的に近づくボートの準備はされていたが、偽装を施したこの船のどこにセンサーが付いているのかを見つけられず行動を停滞していた。

 慎重に事を進めていた、と言いたい気持ちに反する時間と法と提示された情報。

言い訳に徹する小林とは別にイグナシオはやっと理解した嫌な部分をつかれたと濁った声で

「こちらの情報にも目を通してください。そちらが不安に思っているのを理解しています。オープンにして……」

「いやいや、もう結構です十分に情報は集めました。その中でクルーザーの乗組員は本当の親かも証明できないわけですし、さっ、ズドンと一発行きますよ!!」

「あのぉフラム砲、動いてます……」

 いままで苛々していたメトロの声が震えて揺れる、言われなくたってブリッジのすべての者の目に稼働はわかっていた。

隣に並ぶ砲雷長マリーテレーズ少佐は両手を挙げ、自分が勝手に動かしていないというゼスチャーを見せている。

 正面モニターにターゲットスコープ、左舷から開かれ起動シークエンスに入っているネージュリス自慢の灼熱砲(フラム)にモーガンは飛び上がって静止を叫んでいた

「艦長!! 待ってください!!」

「もう十分待ちましたってば。いいですか軍隊はやる時にきちんと仕事をし、その成否に関わらず負債を作る者です。覚悟が甘いんじゃないですか皆さん」

 人差し指が示す重い諫言。

軍隊の仕事を誰も甘く見ていたわけではない、だが、迅速にして正確に人の命を差し測ることにネージュリス艦乗組員は慣れていなかった。

 違法に我を通そうとする者を許してはいけない。

ここに至るまでの時間を呆然と見ていたすべての者に、なんらかの手立てを考える時間があったはずだが誰も動いてはいなかった。

「暇」などと、そんな時間はなかったのだ、唯一情報を集め法を見定めたのが葛城だけという体たらくに、反対する声は無くなっていた

「シンプルに行きましょう。テロ撲滅のための射殺は義務ですから」

 艦長権限で単独でも動く砲塔、責任者である葛城は指は確実にクルーザーを仕留めるために動いていた。



「神原少尉、砲撃を阻止のために射線に入って!! ロイズ少尉、クルーザーβを捕縛してください!!」

 雪の悲鳴はとんでもない指示だった。

これから発射される砲撃の前に立ってくれという危険なものだったが綾人は即座に機を動かし、ジェイミーは迷わずクルーザーへと向かっていた

「了解!! 雪ちゃん!!」

「オッケーエビバディ!! 任せとけ!!」

 通信はブリッジにではなく、この二人だけに届けられていた。

砲撃を止めるための妨害は即座に行われていた。

手持ち無沙汰になっていても、迅速に動ける個体はこのパイロットたちしかいない。

雪の感情は冷静にそれを選び出していたが、心は悲痛の中にあった

「やめて、子供の前で射殺なんてダメダメ絶対にダメ。そんなことしないで、この船で人を撃たないで」

 軍艦の頭脳あるまじき行動。

「緊急モーション、FCSに強制介入及び左舷バーニアスラスター反転作動!!」

 頭の上に走る接続の光、天使の輪のようなそれと指先につながる糸。

メインモニターに映ったネージュリスのCGには、艦内を走る回線が血管のように見えており、それに雪の頭と手からでた光が繋がっていく

「ネージュリスは私が制御、早く犯人を捕まえて!!」

 とっさに動いた感情、瞬時に動けたパイロットたち、賽の目は行動を起こしたものたちに良い目を見せていた。



「クルーザー内制圧!! 繰り返すクルーザー内は完全制圧!!」

 綾人による攻撃射線の妨害、ジェイミーによるクルーザーへの牽制、必死だった警察隊は02衛星巡洋艦ダーク・ソラニテからの小型駆逐艇に乗った部隊で強行突入による内部制圧を行った。

なにより艦長を止めたのはブリッジに飛び込んできた真壁大佐のハリセンチョップだった。

起動により立ち上がったターゲット、それにつながるトリガーに指はかかっていたがハリセンチョップの暴風に体が負けたのか発射には至らなかった

「あなたは一体何をしているのですか!!」

 横殴りの気合の入った一撃に葛城の首は大きくねじれ白目を剥いていた。

艦長席でコマのように何回転して、やっとで口を開く有様

「痛いじゃあないですか、セクシー真壁大佐。情報室に入ったのでは?」

「ええそうですよ、そして戻ってきましたよ!! 私に聞かずに単独操艦は違反ですよね!!」

「そうでしたか……、ああそうですよねー、真壁大佐無しなんてネージュリスじゃあないですものねー」

 完全にシラを切る顔で目を合わさない。

 軍事行動における単独操艦は、艦の責任者である葛城に第一、第二に真壁大佐が持っていた。

当然大きな懸案についての責任は二人で決める事が通常の決まりになっている。

最終的意思決定権が艦長にあったとしても、相談無しという事は相手が戦死でもしていない限りありえない事なのだ。

「大事なことを勝手に決めない、悪癖を艦内に知らさない、いいですね!!」

 まるで保護者のような真壁は、呆然としていブリッジスタッフにも喝を入れていた

「モーガン航海長、艦の相対値にズレが出ていますよ!! オペレーターは通信に対して意見具申しなさい!! ブリッジで作戦も立てないとは何をしていたのですか!! ただ呆然としていれば務まるほど艦隊勤務は生易しいものではありませんよ!!」

 ネージュリスの母親と言って過言ではない真壁大佐の叱咤にしょぼくれるしかないブリッジ。

一方で捕物を終えたイグナシオから必死の連絡が繰り返し届いていた

「攻撃を止めてください!! 葛城艦長きこえてますか!!」

「返事してください」

 頭をクラクラさせたまま葛城は言われるまま応対する

「無事に終わってなによりです、攻撃はしません。あとはご自由に」

 とんでもなく気の抜けた返事、そのまま葛城はダウンした。

揺らされた脳を正常に戻す事ができなかったのだ。重力のないブリッジで椅子から生えたワカメのように揺れる葛城の姿は滑稽すぎで沈んでいた要員たちに笑を巻き起こしていた。

こうして最初の事件である移民騒動はあっけない幕をおろしていた。



「……」

「どうしたのデース?」

 真壁登場で一陣の風のように終わった騒ぎの中で、雪はぐったりしていた。

頭を使った事は特に疲れてはいなかったが、心の疲れが全体を占めていた。

「……ねぇ、私がFCSに介入したの……ばれたかな」

「大丈夫ダヨー、人間は馬鹿だから瞬間的なのはわからないよー」

「心配ないデース、本当に一瞬だったから問題ナッシングデース」

 仕事を手伝い続けたイオンと常に陽気だったペリコは、枕に顔を埋める雪に寄り添う。

円盤たちの添い寝の中で雪には別の心配もあった。

「雪ちゃん、あとで一緒にパフェ食べよう!!」

 自分の指示を疑う事なく射線に飛び出し砲撃を遅らしてくれた綾人の事。

終わった事件の中、回線を切る一歩前で入った言葉はそれだった。

「パフェ……、でもあの人とは嫌だな。なんかガサツな感じだし、ラーメンとか勧められたら怖いし」

 それでも自分の声を聞いてくれた人。

「どうしたらいい、イオン、ペリコ……」

 考えながらブレインクリーニングへと入る雪、初めて少しだけの夢を見た日だった。





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