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06 隕石の子供

 アステロイドベルトに存在する人の形跡。

まともな重力を持たない星屑の中に存在する酸素、そして機械、新たに検出された隕石内部に発生する人工重力と、反応しないトランスポンダー。

ネージュリスを中心とする複合艦隊は、各々が緊張の中で不審な隕石の中身を知る任務へと行動を開始していた。



「雪少佐、本艦は隕石αに平行する形で静止軌道に入ります。ソードシックス・02ダーク・ソラニテ、06ウインド・ホープはαの反対側に入り相対速度で待機。残った艦艇は本艦周辺警戒をしつつ同期円陣形へ」

「了解。艦隊軌道がαに対し定位置になるまで操艦もらいます」

 緊張を感じさせる硬い返事、ブリッジのモニターに映った雪は制帽を深くかぶり櫛の1つも見せない纏め上げた髪、感情の見え無い目をしていた。

 初めて雪を見るメトロにオペたちの目は遠慮がちに伺っていたが、航海長のモーガン・リー大尉は隠せない憤りを口からこぼしていた

「愛想よくしてくれとはいわないが……本当に気味の悪い顔だ」

 ブリッジの中では艦長の真ん前、ポジションシートが立った体をフォローするタイプになる航海長席。

軍縮の進むこの世界における花形役職についた東洋人系の彼は、元は外宇宙警備艦館長にまでなった男だった。

若年から宇宙の海を実地で学び波を乗り越えてきた彼は30前で艦長職を手にしたが、外宇宙でのこれ以上の出世は見込めない事から、海軍の花形役職である航海長へと転属を願った。

折良く新規に設立された複合艦隊への勤務が決まり強襲揚陸艦への転属が決まった時には心から喜んだが、着任によって立ち上がった向上心を派手にへし折られた男だった。

 モーガンのプライド傷つけたのは、艦を操る万能システム「プレスト」が搭載されていた事。

航海長は艦長以外では直近の操者として艦を任される地位、一人前にその位置に立ち、多くのクルーに注目される立場。

なのに航海長を超えるポジションの役職がいた事、上官として雪少佐がいた事に苛立っていた。

見た目15歳にも見たいない少女が直属の上官というのを喜べるはずもなく、むしろ選ばれてしまった事を壮絶に後悔していた。

「俺があんな小娘の風下に……艦長も艦長だ、こんな程度の事は俺にだってできるのになんであんな人形にやらせるんだ」

 頭の中に渦巻く嫌悪感は、常に感情を暗く曇らせている。

モニターに映る雪少佐の顔を見ると吐き気すると言ってしまいたくなるほどに、そしてそれが雪に気がつかれてるとは露ほどにも思っていなかった。



「……航海長の、あの人って私の事嫌いなのよね」

 第三配備から一転、第一配備に変わった艦内、なのに雪は相変わらず寝巻き姿だった。

シルクを使った贅沢なフレア、ベビードールまではいかないが清楚な白でまとめた服は、軍服の堅苦しい姿とは一転して可憐過ぎる妖精だった。

 現在写っているあれ、ブリッジと交信をしたまとめ髪の無感情顏は緊急用に作ったV(VTR)だ。

とりあえず真正面を向いていればいいのだから、第三配備でのんびりとした時間を割って入る非常事態に合わせて作ったまさに非常用のダミー映像を流し本人はけだるそうに支度を整えていた。

ここは隔絶された部屋、人の集まるところに出る事のない雪はコアシップという特別に与えられた部屋でブリッジの様子を伺っていた

「雪もブリッジに行けばいいのに、みんなと仲良くなれるのデース」

 宇宙海軍の白服を運ぶイオンは映像を見ながら雪の後をついて飛ぶ

「いやだ……現物の私と顔を合わせなくてもこれよ、ブリッジになんかとても行けない」

「オーノー!! そんな事ないデース、いろんな人がいるのデース、気にシャダメダメデース」

 イオンはブリッジモニターに向かって嫌悪の目を隠さないモーガンの姿に悲しそうに目を伏せた雪を励ましていた。

 物珍しい存在、客船出身のシステム。好奇の目には慣れもあるが、嫌悪の目に対してどうしていいのかわからない。

最初にこの船に乗った時、神原綾人の乱入でブリッジクルーとまともな挨拶を交わさなかった。

それにホッとしていた

「人間の感情はすぐわかる、顔に出たり口に出たりで。私って正直場違いでしょ、だから船員とは話したくないの。私はただ……ただ船に乗っていたいだけなのに」

「ノー、この先長いおつきあいになるのだから少しずつでも頑張るのデース」

 他者と交流を恐れている主人をイオンは懸命に気遣っていた。

ネージュリスに乗ってから一度もコアシップを出た事のない雪は、モニター越しに船内の様子を見るだけで実際に「人間」と触れ合う事は一度としてなかった。

 通常のプレスト以上に人と関わる事から距離を置いていた。

「軍人って「人」たちの目が怖いの」

「田舎者ばかりだからダヨー、精錬された雪のような存在は羨望なんダヨー」

「そうそう気にしちゃダメデース」

 慌ただしくなった船内を見る目が細く尖る。

客船の中を走るのは非常識にして優雅さを欠く。

軍艦にそれを求めるのは意味のない事だが、出自がそれに嫌悪を抱かせる。

だから掲示板に2つも注意書きをする羽目になった。

「雪は今軍人なんだから好き嫌いで物事を語ったらダメなのデース」

「わかっているわ」

 世話焼きのイオンを前に頬を膨らませる。

「でもでも嫌な事あったら僕に甘えたらいいんダヨー」

 一方で雪に甘々のペリコは、擦り寄るように飛ぶ

「ありがと、とりあえず任務っていうもの、しましょうか」

手に持った短めのピンを髪に差し込む、記憶された髪型へと白銀の櫛をまとめていく。

部屋の全面に展開された船内の様子と、正面に大きく映されている隕石α、相対する物体の情報は滝から溢れる水のように大量の文字となって流されているが雪の視線がそれを追う事はない。

白の詰襟、飾緒を回す目は一度瞬きするとブリッジへ応答する

「目標αまでの相対値-28、表面重力0.000018、固定距離をどうぞ」

「距離固定は200宙キロで、どうぞ」

「了解、200宙キロ固定準備オーケー、68秒で固定」

 オペレーターメトロの柔らかい声に対して雪は淡々とした声で応える。

軍服こそきたが素足の音が白かべの部屋に小さく響く、床転圧シューズを履くのは面倒と軽やかに進む

「向こうから見えるのは上だけだからいいよね」

「いいんダヨー」

「ダメダメデース、でも今日は急にだから仕方なく許すのデース」

 交信は今の所モニターに作ったVの姿で行っている。

それはモニター枠と距離を置いた位置であっも自分の目でブリッジに詰める人と顔をあわせるのは怖かったからだ。

艦長が見ればそれが作られた絵である事はすぐに見破られてしまう、任務に不誠実……そんな噂が立てられたら船にいられなくなる。

 不安ばかりが動悸を高める中でシステムユニットへ

「サウンドオンリーじゃダメよね、仕事だしね……映像切り替えて、交信するから」

 深呼吸、冷たく走る空気を肺に入れて細く吐く。

雪の動作が止まるのを待ってVは一瞬で切り替えられた

「やあ雪ちゃん少佐、いい夢はみましたか」

「夢? えっ……夢ですか?」

 緊張を見せぬよう、映像と同じように固めていた雪の目に真っ先に映ったのは葛城だった。

無精髭に垂れ目の男は、現在第一配備だというのに気楽な声で片手を上げていた

「眠りが深いと見ないそうですけど、浅いと泳ぐみたいに夢が見られるそうですよ」

 突然切り出された話題についていけない、だが開かれた回線の前で動揺を見せるわけにもいかない、色々なせめぎ合いが雪にトンチンカンな返答をさせていた

「そっそうですか、わっ……私は睡眠中も脳波コントロールをしていますから夢も現実みたいで、泳いだりしないようです」

「えー、そんな寝方はダメですよ。ぐっすり眠って泳ぎましょうよ」

「寝て泳ぐ? どうやってですか、ベッドで泳ぐのですか」

「僕は泳ぎますよ、体をほぐすのにもちょうどいいんですよ。クロールとか平とか。たまにバッタもいきますよ。深い夢だと突然目覚めるダイビングなんてのもあって楽しいですよ」

「ええ? スイム? ダイビング? 眠っているのに水に入るなんて……スリープの事ですか? というか、その……私は泳げません」

 軽めの混乱、自分を見る葛城いたずらな目に翻弄されている

「あれ、雪ちゃん少佐泳げないんだ。そっかじゃあ今度教えてあげますよ、泳ぐのはいいですよ」

「えっあ……う……はい、その、よろしくお願いします。というかその泳ぐ話ですか? 寝る話ですか?」

 混乱の中から冷静さを取り戻そうと任務を思い出していたが、それが飛んで眠りの話題に入ってしまう。

雪の狼狽を楽しむ葛城は陽気に確信を突いた

「ええ眠りについてですよ。寝起きの顔色が悪かったので心配しました」

「へっ、へいきですよ!! 全然平気です!! 私はずっと起きてました!!」

 思わず背筋が凍る雪、Vで時間稼ぎをした事がバレている。

上ずった言い訳に、オペのメトロの顔が緩む。

メトロだけじゃない、ブリッジに詰めていたオペレーターたちにモーガンさえもが惚けている。

噂に聞いていた万能システムの慌てぶりは、子供のように見えて仕方ない。

先ほどまでは硬い顔を通信専用に作った顔を見せていた雪の顔は、口が半開きになってしまっていた

「あの報告します。目標αとの同期完了しました。操艦を返します、私は艦隊の同期を……」

 上ずったままでうまく回らない口を少しずつ整える顔

「了解です操艦はモーガン航海士に、雪ちゃん少佐は引き続き全陣同期をっ!!」

 そしてモニターに映っていた葛城顔面にハリセンが炸裂する。

映像越しなのに思わず身をすくめユニットに深く逃げる雪。

「ちゃんは無しです!! 貴方がそんなふうに言ってどうするのですか!! しめしがつきませんよ艦長!!」

 滑るように入ったハリセン、映像はどの艦から見てもショッキングにして呆然とする状態だったが、真壁の説教は的確だった。

誰もが違和感を感じていた「ちゃん」呼び。

「ここは軍艦です佐官である雪少佐に余計な呼称をつけない、正しく挨拶、軍隊の基本です!!」

「痛っ!! 突然の水平チョップ打ちは反則ですよ!! それにこれこそ挨拶ってやつじゃないですか、僕は雪ちゃんにリラックスしてもらおうと……」

「重ねて!! ちゃんは無しです!!」

そんな呼び方が許される組織ではない、真壁の説教を聞き雪は正常な表情を取り戻していた。

「真壁大佐、私はこれにて作業に戻ります。オーバー!!」

 しかし長持ちしそうにない表情の崩れを自らが察してモニターを素早くサウンドオンリーに切り替えた。



「たはー、やっぱり可愛いなー雪ちゃん少佐」

 真壁大佐とどつき漫才をしていたため、ジェイミーに遅れをとり遅刻してパイロット控え室に入った綾人は、ブリッジからの作戦指示を待つためモニターに見入っていた。

艦長と雪少佐の会話は、どの部署でも見られていた。

奇妙な形で。

 会話なのに雪の表情だけが写っているという一方的モニタリングの中で艦長との会話は進み、その中で目を開き表情を変え、驚きに飛び上がり焦って答える姿は微笑ましいとしか言いようのない可愛い図だった。

「……あれがプレスト?」

「そうだよ、可愛いだろー、はやくラーメン食べさせてあげないと」

「……ラーメン、いやいや人造人間(エンキ・ジーニス)だろ。飯なんていらないだろ」

「ダメだよそんなの、食わず嫌いは絶対にダメでしょ」

「食わずじゃなくって、食わぬのでは?」

「だから食べてもらうんだよ」

「話……噛み合ってなくないか?」

 ドックからあがったアントニオ・プロレスは初めてみる雪の姿に少なからずの衝撃を受けていた。

最初は済ました顔で淡々と話す姿に、そういうアイコンなのかとうんざりした顔を見せていたが、いざ動き出した雪の姿は幼すぎた。

 ラーメンも知らないような女の子。

モニターの前で驚き上ずった声に、質問を鵜呑みに返答する姿は思わず

「いい歳した大人が子供をからかうなよ」と説教したくなる絵にも見え、これが軍艦の頭脳と呼ばれる存在として正しいのかと首をかしげた

「あれはまずいだろ、ああいうのを艦に乗せておくのは良くないと俺は思うよ」

「えー、いいじゃん、雪ちゃん少佐可愛いよ。話し方とかも面白いし」

 綾人は思い出し笑いの中で雪の滑稽なほど硬く、誰に教えられたのかわからないほど大人ぶった話し方をよく覚えていた。

「私には私の生き方があって……」

 強くそう語った彼女だったがすっかり艦長に踊らされている姿に隙を感じて、その隙が果てしなく可愛く感じ取れていた。

「うんうん、やっぱり可愛い」

「いやいや、可愛いとかじゃなくって間違っているよ。ここは客船じゃない、軍艦なんだよ。あんな幼い子に艦の頭脳の役目をやれなんて狂っている」

 長身のアントニオ、南米の血を色濃く持った彼はその容姿に似合わず常識人だった。

ご満悦と目を細める綾人を見るに、見識が違いすぎるパイロットと苦く口を歪め、陽気なラテンのリズムも幼すぎる雪の容姿に反応する事はなく、むしろ子供は子供らしくという凝り固まった意見を披露していた。

「絶対に非常識だ!! 子供の指示で軍隊が動くなんて常識なさすぎだよ」

「アントニオ……常識とはなんだ」

 デッキクルーの待合にまで聞こえた非難の声に、のぶとく地を這う声は反論していた

「……(よもぎ)隊長……」

 胸から腹まで、複数のサボッドコントロラーをぶら下げた姿で、怪訝な顔をみせるアントニオの額を人差し指で押して

「お前の叫ぶ常識とはなんだ」

 深く念を押す声に、後ずさりをみせるアントニオはそれでもはっきりとした声で反論した

「軍隊は軍事に従事する資格と経験を持つ成人した人の戦闘集団です。子供が、それも女の子が乗り込み働くような場所じゃあありません。これを常識がないと言って何がおかしいのですか」

 理路整然とした反論を前に蓬は首を横に振った

「雪少佐は可愛い、お前にとって雪少佐は可愛くないのか? そこが問題だ」

「えっ……えっと、いや可愛いとは思いますが……」

 翻る身、振りかぶった腕は大きく前に、アントニオの顔を指差して言う

「そうだ!! 可愛いは正義だ!! 年若い可愛い上司がいる職場。このうえない喜びではないか!!」

「えぇー」

 その言いようにどう答えろと、静まる場で蓬は絶好調だった

愛嬌良い丸顔、太い眉毛が自慢げに弧を描く

「今日までむさ苦しい軍艦艇付き作業隊長でやってきたが、よかった。報われた気分だ、俺はロリコンでよかった、絶好調にロリコン万歳だ!!」

 いいのか?

アントニオとその横並びのクルーの目は点になっていた。

「あの……隊長それはどうなんでしょうか」

 アントニオの大げさなゼスチャー、首を横に目を閉じ今にも神に許しを乞おうとする姿を前に蓬は更に大きくでた

「アントニオ、俺には今年50歳で妻も子もいる。もっと言えば妻とは学生時代からの付き合いで向こうが俺にベタ惚れだった。おかげで張り切って子供を作り、息子2人に娘3人と子宝万々歳の大家族だ」

「だったら尚更に罪深いですよ!!」

 立派に所帯を持つ大人が幼い少女に対する関心が絶好調なんて、許されるわけがない。

大人がそういう事に全力になってはいけないという否定で前のめりのアントニオを蓬は蹴倒していた

「罪ではない、これは報酬なのだ!!」

 手に持った整備員用デバイス、そこにはすでに壁紙登録された雪の顔

「俺は大人だ。人という種としてオスの務めを立派に果たしなおかつ仕事も持ち家族を養っている。アントニオお前家族を養う責任を持った事ないだろ」

 独身が多い整備クルー、妻帯者なのに辺境巡回の軍艦に乗った蓬大尉は己の哲学を恥じる事なく語っていた

「すべての責務を達成している俺が、己の趣向に正直であれる状況に置かれている。これを報酬と言わずなんという」

幼女趣味(ロリコン)を認めろと……」

「そうだ、ここは神が俺に与えたもうた天の職場。雪ちゃん少佐を愛し慈しみ職務に励む事を誓うハライソ(楽園)なのだ!!」

 静まる部屋、唯一元気なのは蓬の力説に同調する形で横に立っていた綾人だけだった

「雪ちゃん少佐は可愛いから本当に天国の職場ですね!!」

「まったくだ!! 感謝感激天使のいる職場に万々歳。心置きなくこの艦に魂を捧げられる!!」

 勢いに押されたクルー達は、なんとなくそれもいいかみたいな顔を晒している。

ただ一人アントニオには嘆きの天使が見えていた

「罪深い……ハライソだなんて、これからどうしたにらいいのですか、おお神よ」

 サウンドオンリーになった字幕画面の前、悲喜交々のクルーを前に大威張りの蓬、となりの綾人

「でも俺は16歳だからロリコンってよりは、恋人になれるいい距離感ですよね」

 嘆くアントニオと、呆然とするクルー、テンションの高い蓬大尉。

ごった煮で騒がしい待合とは別に警察隊の調査は佳境に入っていた。



「……小林です、突入しましたが……これは……」

 ひどく曖昧で緊張感を欠いた返答

「小林、新人じゃあないんだ、もっと的確に状況を……」

イグナシオ隊長は衛星巡洋艦群ソード・シックス旗艦バルファン・ハイトのブリッジで小林に正確な情報を送れと怒鳴ろうとして、前に出た気持ちを押しとどめる形となっていた。

小林の目にある網膜カメラ、それが映し出したもの達の姿に呆然としていた

「なんだ……これは?」

「よせって!! それには触るな!!」

 緊張した硬い口調は解かれた藻屑の糸のようになっている、小林の目が録画した物体、それは子供だった。

観察から上は10歳いかないだろう、風船を膨らましたような丸く赤ら顔に丸い瞳が物珍しい訪問者に群がっていた。

「子供です!! 子供が12人っ……おいっ、だからそれには手を出すなって!!」

「おじさん警察なのー!!」

「おじさんいうな!! 俺はまだ二十歳だ!!」

 輝く統合警察のマークをむしり取ろうとする紅葉のような子供の手。

無下に払うこともできないままに小林は揉みくちゃにされていた。

 無邪気な声がスピーカーに響く、子供達の甲高い声は朗らかでここに監禁されているとは思えないものばかり。

服装は見窄らしいが、服の下にはスペース・シートを装着する為のアンダーを着ている子もいる。

人懐っこい顔の少年少女が、黒い兜をつけた物々しいはずの警察隊に飛びつき遊びをねだる図

「おじさーん!! 遊ぼうよ!! 退屈してたんだー、外に連れて行ってよ!!」

「おじさんじゃねーよ!! お前俺のスーツに鼻水つけるなって、隊長これどうしますか!!」

 緊張をまとって隕石に取り付いた警察隊、鈍い黒光りするアーマスーツも子供達にとってみたら大きなおもちゃ扱いだ。

6人編成で突入した隊員全てに子供達の視線が向けられ、手も足も伸ばされ触られ放題

「大人はいないのか?」

 当然の質問だったが、結論は出ていた。

隊員の持つ隕石内部の精密観測から、第一エアシールドの向こう側にいくつものシャッターがあり内部へと進むほどにその空間は狭いものだとわかったていた。

まるで鍾乳洞の中のように、大人である警察隊が通るには腰を低く、膝を折って入らねばならない空間の果てにいた子供達以外、生命の表示は出てこなかった

「俺の鳥ちゃん(調査ドローン)を飛ばしてますが生命反応はここにあるだけです。他に皆無。ここには子供しかいません」

 子供だけしかいない隕石の隠れ家。

「……聴取と調査を、その間に救助艇を出す」

 警察隊の状況はモニターを通しネージュリスにも知らされていた。

走り回る子供達の姿も余すところなく中継されており、葛城は細めた目で見つめていた。

「元気な子が多くていいですねぇ」

「子供だけ置き去りというわけではないと思いますが……」

 統合政府のトランスポンダー設置と認証、同時に星系政府に知らせるための処置が進む。

子供達にもまれながらも仕事に忠実な警察隊の姿を見ながら葛城は呟いた

「子供達に栄養失調や病気がないのは良いことですよ、それにしても食事や体調管理はどうやってしてきたのでしょうか? よい白物家電でもありましたかね?」

「そこが問題ですね。現在少しずつ聞き取りをしていますが、子供達はここに住んで10ヶ月になると……どうやって」

「10ヶ月ですか、子供だけで?」

 奇妙な質疑の中でイグナシオ隊長は何かに気がつき、素早く対応していた

「小林は子供相手をしていろ。他は居室にある家電から動力室までに設置されているシステムをチェック。隕石を制御しているコンピューターを見つけたら情報の吸い出せ。ただし必ずデコイを入れ個別にして持ち帰るように」

 モニターで顔をあわせる二人、葛城はただ静かに頷くだけだが隊長は意味を十分に理解していた。

 不自然すぎる子供ばかりの居留、10ヶ月の間外に出る事もできないこの世界でどうやって平常心を保っていたのか。

子供ゆえの気楽な考えで、漆黒の海である宇宙でも生きていられた。

そう考えるのが早計であることに気がつかされていた。

考えるほどに不自然。

「隕石内部を制御しているメインリアクターは必ず制圧しろ、慎重に」

 不自然に対処するための警戒心は、イグナシオの言葉によく現れていた。

 制圧しろ。

まるで凶悪犯と対峙しているかのような言葉に、警察隊の緩んだ士気が蘇り、各々に課された任務を素早くこなしていた。

不自然を見過ごしてはいけない、宇宙時代が長くなった今でも子供達だけを宇宙で居留させる者はいない。

子供というのは一貫して安定しない生き物だからだ。

星団法による成人に達した子が一人でもいれば話は別だが、酸素のない危険と隣り合わせの生活を執拗に教える事が出来る者のいないこの空間で子供の集団が10ヶ月生きるのは奇跡に近い。

 何かが子供達を指導し育成していた。

そう考えるのが自然だった、そしてその指揮者はシステムであるという危機感。

見え隠れする脅威は……

 葛城とイグナシオ、互いの思案が水面下で火花を散らしたその時。

静かだった宙に警報の音が響き渡っていた

「目標αに向かって南下方44度より接近する物体あり、観測からは小型高速艇……と」

 普段は寝ぼけ眼のメトロだが、職務にはぎこちなくもはっきりとした滑舌で状況を告げていた

警戒音は相手の側に気取られないよう低いビープ音、鈍く重いプレッシャーを耳に運ぶにはちょうど良い大きさ。

「イグナシオ隊長、本艦は攻撃に備え防衛先見として攻撃機を発進させます。同時にダーク・ソラニテからの駆逐艇発進を許可し、近々で調査をしている護衛攻撃機にて挟み撃ちます」

 あくまで警察を全面に押し出しながらも、軍人らしく攻撃へ移る手順を外さない。

葛城の声に緊張のいろはなかったが的確にして早い行動だった、イグナシオはそれに従わざる得ない渦中にあり、指揮系統の混乱を避けるために「了解」と返事するだけだ。

「緊急停止の勧告はしてください」

 警察らしい指示に葛城もうなづき事態は早急に動き出していた。

ブリッジは緊急カラーである青い光の照明だけに変わり艦群の全てが中空のディスプレイに黄色の光線で配置される。

立体が映し出す乱入者の光はかなりスピードを出しているが見てわかる、流星のように尾をひく残像の光、視覚的に分かりやすいアイコンは漂流隕石群を縫うように、目標隕石αへと飛んでいた。

 艦群に突っ込むにしては小さな的だが、クルー達は初めての実戦警報に緊張の顔を晒していた。



「ヒーローは遅れてやってくる!!」

「てめーが遅刻してきただけじゃねーか!!」

 警戒配備の音と光がまるでステージに立つスターの気分にさせるのか、周りが神経をとがらせる中で綾人は腕を組んだ仁王立でスタンばっていた。

デッキクルーの誰もが飛ぶように忙しく動き出している中で、その尻を蓬大尉の短くも太い丸太の足が蹴っ飛ばす。

「行け!! 2番に出来上がっている!!」

 景気良く飛ばされそのま空へと飛び出していく。

隔壁から向こう宙空へと綾人は飛び出し、星の海に深呼吸して見せた

「スーパーパイロット神原綾人!! いきまーす!!」



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