02 少女の方舟
「いいー感じの出航日和ですねぇ」
「全然良くありませんよ!!」
「いやいや、いーよー、もうちょっとでこう……見えそうっていうか、タイトスカートだとめくれないですねー」
「何見ているんですか!!」
「宇宙に浮かぶ黒の三角形か……アダルトな絶景だなぁーと」
「艦長!!!」
目を細めた顔でみる景色は言いようによっては確かに絶景だった。
ブリッジ要員の混乱とブリッジ外での揚重員の宇宙遊泳。
紛れもない混乱を前にネージュリス艦長である葛城金星は呑気な顔を晒していた
ただ一人この状態にあっても冷静さを保とうとしている真壁イザヤ大佐は、無重力状態を泳ぎ軍服の乱れを気にしながらも右へ左へと指示と怒りを飛ばしていた
「左舷前部デッキはすぐに閉じる!!」
「まだ試作機にパーツボックスも入してませんぜ!!」
「……なんでよ、搬送時間のリミットは切っていたでしょ!!」]
「遅れてきた物のことまで言われても!!」
蓬大師整備隊長の困惑は通信のバックに聞こえる怒声の合唱で手に取るようにわかる。
腕時型情報端末から飛び出したディスプレイに映る進捗状況はこの艦隊がまったく未完成のまま動き出していることを良く示していた。
唯一の救いは既に一般公開が終わり観光客がいなかったこと、ここには現在作業員並び乗務員しかいなかったこと。
「衛生巡洋艦の方からの警察隊出撃は現状では無理なのね……」
思いつき出航により弊害は各所に伝播していた。
時間内という約束だけは守れたが、ここにいない多艦艇の方は時間的に余裕があり現在絶賛乗り込み中である。
複合艦隊という新しい編成を持つネージュリスは当然だが単艦で稼働するわけではなかった。
中心ユニットとして強襲揚陸艦ネージュリス、防空と先見を担う衛星巡洋艦を6隻、高速駆逐艇を複数持つ一個師団艦隊といっても過言でない規模のもの。
オートユニットが大半を占めるため、人員は全艦艇で400人足らずだが艦隊規模は大きいのだ。
ネージュリスはその巨漢が故に一般公開という軍務サービスで寄港していたが、他の艦艇は外洋泊地にとどまっていた。
外洋に置かれた艦艇群は臨検を行う宇宙海洋警察の特殊部隊が乗艦することになっていたのだが……
「警察隊は今日付けで乗艦なっていています。今すぐの追跡は準備が整いません。港湾センターの警備局には出港時に合わせてこちらで対処すると通信しましたから、今更人を出してくれとは言えません……艦長あなたが!!」
「いい日なのに運が悪いかぁ、困ったねぇ」
「本当に困ってますか? どうでもいいように聞こえますよ!!」
完全に逆さまになった状態、真壁少佐はそれでも忙しく指示を飛ばしている。
葛城は寝ぼけた目線であごひげを掻く、てんやわんやの今現在好転しない状況に苦笑いで
「いやいや困ってますよぉ、最初で失敗しちゃうと大佐の軍歴に傷つけちゃいますね、いやーまいった」
「……」
どこまで本気かわからない葛城、真壁少佐は涙目で配属を呪っていた。
「なんで私がこんなめに……」
無重力を何回転もしながら真壁少佐はひたすらに指示を出し続けた。
愚痴るよりも、ぼやくよりも、今は確実に艦を前進させ、ネティー港にいる民間人の前で恥をさらさないようにすることが大佐の使命となっていた。
惑星エレオスの衛星に作られたネティー港最外殻部、数分前までネージュリスがつけていたバースは港にとって一番巨大な建造物だ。
板状のブロックが連結されて2000メートルにもなる長大なもので基本的に軍艦が使用する特別な場所でもある。
独立ブロックとして分けられたそこは他のブロックと接続している場所に荷揚げとロジステックを持っていた
接続部を遠目で見ると文鎮のような管理センター前で神原綾人は羽交い締めにされていた。
港を見渡せるコンコースから、それまで話し込んでいた雪をかまっていられない緊急事態にダッシューでここに飛び込んで、港湾局の警備にテロリストと間違われ捕まったという状態だ
「だから!! 俺は宇宙軍士官なんだって!! あの艦に乗る予定で……」
「士官様が遅刻とかいかんだろ!!」
言葉が息とともに止まる、そのぐらい強い力で首根っこを抑えられた図。
綾人を取り押さえているのは港湾局が使う機動鎧、旧世紀の怪物に例えられるシルエットはジャ◯ラのようで逆三角形になったその体、肩の張り出しから長めの腕が伸びているという姿。
人間が纏い2メートル弱ぐらいの大きさになるそれは宇宙時代には欠かせない道具である。
「だから、きいてくれよぉぉっお、俺は」
「わかったよ!! 確認とったぞ、何が士官だよ。お前まだ士官候補生じゃねーか」
「どっちにしても軍属だろ!! 俺が戦闘機を受領して荷物も運ぶ、それで問題ないだろ!!」
「バカかお前は」
簡素にして粗野な罵倒。
綾人の手にもった懐中時計のようなメダルから身分証明用のログ、写真が浮かんで見えるが指で隠したかった部分にはしっかりと統合宇宙軍カシオペア士官学校準備少尉と出ている。
「学生さんに軍の荷物を「はいよろしく」って頼めるか。それに今はそんなことにかまってられない!!」
「乗艦したら正式に少尉になるって、そういう辞令だから!!」
「だまってろ!!」
子供相手は面倒突き放す作業員、管理センター前は綾人が飛び込む前から大勢の作業員が詰めていた。
つかまったまま話を聞けと暴れ綾人の前を大型の荷物パレットが運ばれ、男達は声をあげて何かを呼んでいる
アーマスーツに抱えられ脚もつかない状態でぶら下げられている綾人の前、赤ペンキを体にぶっかけられたような作業員が2人運ばれていた。
足にはアーマスーツの部品がついたまま、緊急パックの血止ゴムが腹部と胸についたアンダーガードに真っ赤なシミを作っている。
目に生気はなく、顔色はどす黒く赤い生命の雫を撒き散らすままにパレットに乗せられ、男達に運ばれる様は普通ではなかった。
「なんだよ、どうした? 大怪我じゃないか!!」
「撃たれたんだよ!!」
「撃つ? 何で? まさか鉛玉で?」
「そうだよ、信じられない宇宙で拳銃なんて、イかれたテロリストだ!!」
抱えられた二人ともがアーマスーツを着用していたからこそ、宇宙空間での即死は免れた。
だが機械鎧を貫通した部分から血は抜け、体が部分で凍っている。
綾人は右のこめかみを押さえながら正確にけが人の傷を確認していった。
「宇宙法からいってもこれをやった犯人は現行犯死刑でも通る重罪だ……おい!! 俺を戦闘機に乗せてくれ!! 撃った奴らを捕まえてやる!!」
一気に高まった義心の炎で、綾人は自分を抑えていたアーマスーツを払いのけていた。
「艦もそのために出ているのだろ!! 俺なら奴らを捕まえられる!! 頼むよ乗せてくれ!!」
「だからお前になんざ任せられるか……って……」
「神原少尉を戦闘機に、責任は私が持つ」
混乱している現場の中で、綾人を排除しようとしていた男達を退ける大きな影。
「あっ……さっきのターミネータさん……」
ざらつく電子音、低く思い声とサングラスの下に光る青い目。
アーマスーツと変わらない身丈の黒いスーツの男、筋肉質な体を隠すことのできない太い腕は、対応に困っている作業長の前に大きな棍棒で押すように前へ、手のひらを見せる。
同時に光、開かれた手の中から中空を浮かぶディスプレイがあらわれる。
下に伸びる長方形の光、統合政府枢密院を示すマークと認証。
強気に目をとがらせていた作業長が何歩も身を引いてしまう迫力の中で情報を読み、黒服の巨漢よりさらに高いところに目線が動く
「……強襲揚陸艦ネージュリス・プレスト……はぁ、頭脳武官……少佐殿ですか」
「宇宙港に対する犯罪行為、銃器の使用は重要犯罪でありテロ組織の犯行の可能性大である。ことは急を要している」
「はいっ!!」
作業長のインカムにも管理センターの職員からの通信が入っている。
この大男がネージュリスの乗艦予定だったのは確認がとれたという感じだった。
「神原綾人少尉、早く戦闘機に乗れ。テロリストを捕まえ資材の回収をせよ」
「了解です!!」
呆然としている周りに比べると綾人の頭の回転は早かった。
黒服の大男を少佐としらずに無礼を働いたことが瞬時に脳裏を駆け抜けたが、その処罰より先にやることがある。
少佐もそれを願っているという勝手に思い込むと自分を捕まえていた手から離れ、上着を投げ捨てた。
「おい兄ちゃん!! 減圧薬は!! パイロットスーツは!!」
「はっはっはっはっはっはっ!! 薬なんかいらねーよ、パイロットはそういう風に作られてる!! そしてパイロットスーツは下に着用済みだぜ!!」
ジャケットの下、体にピッタリと張り付く青と黒のアンダーガード。
発進の準備が始まった試作型戦闘機に綾人は飛ぶように走って行った。
最新鋭艦のブリッジは、一見するともぐらたたきの穴が並ぶ床にも見えていた。
担当各所の計器前は一段落ちた凹みとなっており、その中に兵員が入る形で操作を開始する。
この作りは前の大戦時、ブリッジポッドというブリッジ自体が緊急時脱出艇になる形のものにもう一つの保険を掛けたものとして作られた。
それぞれのくぼみ、それ自体が緊急時には個別のポッドになり少しでも人員の生存率を高めるための仕組みだが、今は本当にもぐらたたきのモグラが蠢く図に見えている。
「艦体、右に傾いてるぞ!!」
「右ってぇどっちですかぁ? ていうかぁ傾いてますかぁ?」
航海士のモーガン・リーの指示にオペレーターの女子は暗闇の宇宙を見回していた。
宇宙船における星間航行は基本的にはオートだが、現在ネージュリスはすべての機能が人力でしか動かいという致命的な状態になっていた。
「アホ!! 宙に浮いてる状態なんだぞ、基準点を見つけて平行を保つ基本だろ!!」
遅れてブリッジにやってきたモーガンは軍服に好物の肉まんのシミをつけて登場し、目を回しているオペレーターたちを叱咤しながら艦体機能フルマニピュレーションという非常事態を収め始めていた。
「艦長!! 艦のオートパイロットどうなっているんですか? プレストは? メインコンピューターは動いてないんですか?」
「モーガンくん、オートパイロットは動いてますしサポート機能もバッチリですよ。あとはちょいと人が修正するだけの状態なんですから、そんなに慌てないで」
振動に揺られているのか、貧乏ゆすりなのか、小刻みに揺れながら呑気な対応をする葛城艦長にブリッジ要員は休む間のない仕事についている。
「艦長!! プレストはどうしたんですか?」
「うーん、乗り遅れちゃったみたいだねぇ」
出航から向こう、てんやわんやの波乗り状態になっていたネージュリスだったが、ようやく艦内の振動を止めることには成功していた。
宙での運行は基本無重力だ、特別な部屋以外重力装置は効かない。
重力という足を縫い付ける「下」の部分がないと人間はすぐに宇宙酔いになる、今時分は酔いを簡単に防止する薬もあるが、下を決める作業はどの船でも基本中の基本でもある。
軍艦であるネージュリスがそんなこともできないなんて事、宇宙港に知れたら恥もいいところである。
「とにかく艦を揺らすな、堂々としていろ、舵は俺がなんとかする!!」
航海士として懸命に任務に当たるモーガンの冷静さを削る爆音の声は、冷静であろうとするブリッジの中に突然響き渡っていた。
「艦長!! 出撃させてください!!」
艦体の挙動が小康状態になった今、混乱を助長しているのは乗組員の方だった。
港から入ったテロリストの情報に、乗艦する事で正式に軍人となったジェイミー・ロイズ少尉はいきりたっていた。
ショートボブの金髪が、無重力の中いつかのスーパー◯イヤ人のように逆立って拳を握りしめる。
「手柄立て国に錦を飾るチャンス!!」
通信機にほぼ丸聞こえの大声でブリッジに直談判していた。
「ジェイミー・ロイズ少尉です!! 私すぐに出られます!! テロリスト追撃、または撃墜の許可ください!! とにかく発進させてください!! 今すぐ!! 即!! 早く!!」
「撃墜って……戦争でもする気なのかな?」
間髪置かない性急な要求に苦笑いの葛城、怒号にヒステリーを返すかのような真壁大佐
「テロリストは強制確保よ。撃墜なんて許可していないし……艦が巡航に入るまでは待機していなさい!!」
「うるさいババア!! そんなことどうだっていいんですよ!! 早く出撃させてください!! 艦のこと艦で、パイロットにはパイロットの仕事があります!!」
「誰がババアですって!! 官制名を名乗れ!!」
「名乗ってますよ」
思わずブチ切れの真壁大佐、素早く突っ込む葛城艦長。
とんんだじゃじゃ馬、乗艦によって少尉任命を受けたペーペーパイロットにこんな返事をする輩、真壁少佐は怒りの力で逆さになったまま大激怒。
葛城艦長はパイロット名簿を見ながら笑っていた。
「参りましたねぇ、元気な子ばかりで」
「つべこべ言わずにハッチ開放!! テロリストを捕まえて豚箱に叩きこーむ!!」
「そいつは俺が請け負った!!」
今にもハッチを開こうとするジェイミー、状況を楽しそうに見ていた葛城艦長、憤慨の真壁少佐。
もう一押しの波濤に乗ったのは綾人が駆る試作機だった。
音のない宇宙に、闇を切って進む真紅の戦闘機は両翼に作戦行動を示す黄色の明かりを灯し、それを糸のような残像にするスピードでネージュリスをぶち抜いていた。
メインモニターをあっけにとられた顔で見ていた真壁少佐は、止まった呼吸を取り戻した魚のように跳ねて声を上げる
「待ちなさい!! そんな命令は」
「待って、真壁セクシー大佐殿」
「セクシーはいりません!! なんですかクソ艦長!!」
「クソって、ひどいなー」
各所から失笑聞こえるブリッジで、葛城艦長は自らの前に飛ばされた指示を返す形で真壁少佐に見せていた。
統合政府枢密院、中空を回転する金の紋章、そこから連なる言葉に真壁大佐の疲労はピークを迎え後ろにのけぞっていた
「頭脳武官殿からの命令、港湾センターの認証入りです」
「頭脳武官……プレストが? ってプレストぉ……」
「やー、困りましたねぇ。置いてきちゃったのに、港と作戦行動を共にするって認可とられちゃった。どうしましょうねぇ」
「私じゃないですからね、プレストを置いて出航したのは貴方ですから、私は……」
全面モニターに映る真紅の機影はすでに米粒のようになり、テロリストが強奪したビッククルーザーに投降勧告を流している。
彗星のように早い解決だった。
軍の戦闘機にたかが商戦改造クルーザーが勝てるわけもないし、離脱型コクピットから飛び出した軍用アーマスーツ「フルプレート」は完全実戦型で市販のアーマスーツを改造したもので喧嘩ができる相手ではない。
なにより両手に装備されたレーザー銃に刃向かうなど自殺行為だ。
警察介入よりやっかいである軍隊を敵に回すこと。
軍のデモンストレーションで展示物艦艇というのは平穏になった今の時代少なくないが、ここまで本気で追い詰められるのは久しぶりだったのか、テロリストにしても頭の回転の良いボスだったのか、勧告はすんなりと受け入れられた族が港湾局に引き渡されることとなったのは、この数分後。
事件はあっという間に解決していた。
「あーあーあー試作機に勝手にてめーのパーソナルコード打ち込みやがって……」
格納庫には戻らず右舷側面デッキにくくりつけられた試作機、整備長の蓬大尉は近場の外部作業用の固定ハッチから応急でつかう小型調査機をつなげて機体の様子を見るに呆れていた。
入れ違いで艦内へと進む綾人に小言を繰り出す。
試作機とはいえ兵装を取り付けられるレベルに仕上がったこれは完全に実証機でもあった。
だから派手なカラーで塗装されている。
何人かが交代で乗りデータを取ることを前提とされているる機体の思考型メモリーに綾人のバイタルと戦闘実戦メモリーがっちり植えつけられパーソナル認証の初期設定が完了されていたのは痛恨だった。
すでに試作機ではなく、パーソナルウエポンに変わったと言っていい思考形成にがっかりしながら驚いていた。
「お前よく短時間で、思考型メモリーの初期設定組めたよなぁ」
「まあね、ちょっと魔法使ったけど」
「なんだよ魔法って」
状況を確認しながらもため息が続く蓬大尉と並んでモニターを見ていた綾人はグッドサインを出すと開かれた減圧室の前に立った。
中の騒がしさは耳に届いている。
「他の内部デッキはまだ使えないの?」
「つかえねーよ、だからここに引っ付けてるんじゃねーか」
ネージュリスり格納庫は未だ荷物のパレットが山積み、空きを作るまで無理やり戦闘機を入れるのは難しい。
同時にわざわざハッチ開けて機体を収容する時間も酸素も勿体無いという判断で真っ赤な戦闘機は灰鉄の艦体に咲くハイビスカスのように張り付いていた。
他にあるデッキも今はどこも同じように混雑しているが、後部デッキは現在重要な案件のために占有されていた。
綾人に準テロリスト・窃盗犯の捕縛の命令を与えた頭脳武官、例の黒服が、そこから乗艦しているからだ。
「まったく、こんなところじゃ整備もろくにできない、やい神原!! 勝手しやがったから他のパイロットが使えねーぞ!! どうするんだ」
「どうもしやしないよ、そいつはもう俺様専用だぜ!!」
怒鳴るよもぎにご機嫌と親指でサイン、入れ替わるようにデッキ内には行った綾人は早速艦長に呼び出しを食らっておりすでに通路へと逃走する。
後ろでは手柄を取りぞこなったとが地団駄を踏むジェイミーの足音、幸先良い船出を十分に味わった綾人はご機嫌だった。
「やっぱり戦う男には真っ赤がよく似合うってやつだぜ!!」
後部デッキには緊迫が縦横斜めと遠慮なく糸を張り、張り詰めた空間に葛城艦長、真壁イザヤ大佐、その他複数、部署別隊長レベルの軍人が並んでいた。
目の前には巨体の黒スーツ、サングラスの片方が青く光る目、頭脳武官と呼ばれる人物が荷物搬送用のパレットシップに乗ってネージュリスに追いついたところだった。
迎えの内火艇とは違うパレットシップの運転席から出てきた大男に一同敬礼し、真壁大佐は一歩前に出た。
「テロに対する火急の対処が必要となりましたので出航を早めました。要件が終わり次第こちらから迎えを出す予定でしたがご足労を……」
「軍隊は身内を騙すことも作戦に入るの?」
葛城艦長に変わって場を繕う言い訳を切り出した真壁に対して、返された声は幼くも冷たいものだった。
声、それに引かれ並んだ軍人たちは自らの視線の先を疑った。
黒服の後ろに立つ「少佐」の階級をつけた少女に。
濃紺の海軍服それ羽織り、内側の白の制服に肩から胸につながる飾緒、胸に輝く枢密院のマーク。
誰もが言葉を失う中で、葛城は前に出た。
「騙すつもりはないですよ、ただねぇ……」
頭を掻き、腰を低く、小さな少佐に目線を合わせるようにする。
口調は軍人とは程遠い、近所のおじさんのような態度で
「雪ちゃん、君のことをね、考えて。軍艦に乗るのは辛いだろうと思ってね」
「……それで私に何処へ行けと」
「十分なお金はあるでしょ、自由になってもいいと思う」
感情のない声、尖りも甘みもない、ただ少女の声はひたすらに冷たく並ぶ軍人たちの背筋を低空へと落としていく。
「随分とひどいことを簡単に言うのね」
「酷くはないよ、良かれと思ったのさ。君のことを思ってなんだよ」
「余計なことをしないください、私には私の生き方があるのですから。これが私の船であり住処になるのですから」
困った顔を晒し続ける葛城艦長の前を、雪少佐は進む。
左手に浮遊する筒、マシンボックスを連れて。
前行く大男は彼女の特別なSPであることは今や全ての軍人たちが理解している。
この小さな少佐、艦の頭脳にして強襲揚陸艦ネージュリスのプレストを守るための特殊なロボットだと。
説得する葛城を無視し雪は前へと進む、自分を好機の目で見る軍人たちを全て無視するように。
「まって雪ちゃん、キミがいなくても艦は動くんだよ。だから……」
「体だけ必要だなんて……貴方って本当にひどい男なんですね」
一瞬に凍っていた場に火がつく、飄々としていた葛城だけ声が震える
「誤解を招くよ、その言い方は」
引き止めたい、後ろを歩く葛城を振り払おうとした雪の言葉に真壁少佐が固まり怪訝を絡めた目線を向けている。
「艦長……こんな幼い子供に触手を」
「触手とかやめて、全然違うから……お願い真壁大佐その目やめて」
現場は複雑な思いの空気がデッドヒートの状態へと移行していた。
出航早々、この先が不安になる状態。
鎮火を急ぎたいと願う下士官たちの前で、油をぶちまける真っ赤な魂は飛び込んできていた。
冷徹の少女を指差して。
「あれ、雪ちゃんどうしたの?」
試作機を私物化した自称エースパイロットの神原綾人は全然場の空気を読まずに駆け寄っていた
「そっか、ラーメン食べる約束だったもんね」と、勝ち誇った笑顔を見せて