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短編集

お憑かれですよ、お客様

作者: 響かほり

サクッと読んで、クスッとして頂けたら幸いです。




「日野さーん、ご予約の浅比あさひ様がお見えでーす」


 お昼すぎ、鈴を鳴らすような受付嬢の声に呼ばれ、日野沙恵ひの さえが受付後方にあるスタッフルームから顔を出す。


「いらっしゃいませ、浅比…さ、ま?」

「よ、沙恵ちゃん」


 受付台を挟んだ向かい側には、浅比よりも頭半分ほど背の高い、細身の爽やかな笑顔の男性が立っていたのだが、彼を見て沙恵は一歩あとずさる。

 それは彼が、今日も手入れの行き届いた綺麗なスキンヘッドだからではない。


「きょ、今日も、たくさんおつかれの様ですね、浅比様…特に、腰と脚が」


 マッサージ師の沙恵がそう告げれば、目の前の男、浅比惇あさひ とおるは、腰を撫でて笑う。


「そうなんだよー。すっごい疲れてるの。場所を見ただけで分かるなんて、さすが紗枝ちゃん」


“いや、疲れていると言うか、憑いてます”


 などとは沙恵も言えず、曖昧に笑んだ。

 浅比の腰から下に縋りつくようにしがみついた四体の霊と、首にしがみついた一体の霊をしっかりと目視しながら、それをないモノの様にして浅比に接する。

 子供の頃から、世間一般で霊と呼ばれている存在を、半透明な生き物として見えてしまっていた沙恵にとっては、当たり前に存在するものだけれど、他人にとっては認識できない存在しないモノ。

 可視化出来ない人がほとんどだと分かっているから、それを言った所で、奇異の目で見られるだけなのも、沙恵は十分認識している。


「では、今日は、腰から下を重点に?」

「よろしくお願いします」

「お任せください。では、こちらの台へどうぞ」


 沙恵は接客スマイルで浅比を施術台へと案内し、浅比も慣れた様に貴重品を台の下籠に入れ、大の上に上がるととうつぶせで横になる。

 その浅比の身体に大判のタオルをかけた沙恵は、マッサージを開始し、ついでに彼の身体にしがみついているモノを掃うのだった。

 そう。沙恵は清める祓いは出来ない。霊能者でもなければ、祓い師でもない。

 出来るのはただ、触れて引き剥がすだけ。




“この人、何で来る度に、こんなにたくさんの不浄仏霊をくっつけて来るのかしら…”


 三月前に初めて此処にやってきた浅比は、十体以上の霊を引き連れていた。

 それを沙恵はマッサージしながら全て追い払って以来、定期的に週に一~二回やって来るようになった彼の背後には、常に違う霊を最低二体以上は連れている。

 よほど、とりつかれやすい体質なのだろうとは思うけれど、浅比の凄い所は、霊障が筋肉の凝り程度で終わっている事だ。

 普通なら、事故に遭って怪我を負うこともあるし、身体にもっと不調をきたしそうなものなのに、沙恵が施術中に浅比から聞いた話では事故どころか風邪ひとつひいたことがないと言う。

 しいていえば、一日一回は鳥の糞が上から落ちてあたるらしい。

 守護霊と呼ばれるものが浅比を守っているのかといえば、そうでもない。

 浅比を守るべき霊は愛らしい柴犬の仔の姿をしており、寄って来る不浄仏霊の力に負けて、見る度にグロッキー状態だ。

 ということは、浅比自身が元々、強運の持ち主なのだろうという結論に沙恵は至る。


「いやー、ありがとう。この所、親父に座り仕事ばっかりさせられてたから、しんどくってさ。助かったよ。今日もすっきり!」

「それは良かったです」


 施術後、大きく伸びをしたり、身体を捻って動きを確かめた浅比に、沙恵はホッとする。

 今日も、無事に浅比にくっついていたモノを引き剥がす事が出来た。

 そのことに、沙恵はほっと安堵した。

 実際、浅比の腰回りや肩の筋肉に凝りはあるのだが、疲労を感じるほどのだるさの主たる原因は、浅比の場合は霊障なのだ。

 だから霊を遠ざけて、普通にマッサージを施せばすっきりする。


「やっぱ沙恵ちゃんにしてもうのが一番、効くね。毎日来たいんだけど、沙恵ちゃん人気だから、予約なかなか取れないんだよねー」


 確かに沙恵の予約はとりにくい。

 沙恵を指名するのは浅比の様に霊に疲れやすい人が多く、各所のマッサージ店を廻っていた者が沙恵の施術で、霊障から解放されて身体も生活も良くなった為、リピーターになるのだ。


「みなさん、つかれていらっしゃいますからね」


 ええ、複合的な意味で。と、心の中で沙恵は付けたす。


「ねー。俺、沙恵ちゃんに会えなかったら、疲れすぎで死んじゃう所だったよ」


 ある意味、シャレにならないことを言う相手に、沙恵が苦笑いする。


「またー。大袈裟ですよ」

「大袈裟じゃないよ!?突然家業告げって親父に言われて、スパルタで叩きこまれてさ。家業告ぐなら剃髪しろなんて言うから、絶対するかって大げんか。そしたら、その夜、寝てる間にバリカンでツルツルにされて、朝鏡見て絶叫したね」

「それは…大変でしたね」

「でしょ!?」

「髪を剃れって、特殊なお仕事なんですか?」

「ん?あ、俺の家、寺なんだ。俺、坊主」


 なんですと!?と、思わず沙恵は叫びそうになって、慌てて口を両手で塞ぐ。


「お、お坊さん!?」

「そうそう。生臭坊主だけどねー。ちゃんと、お経は唱えられるよ?」


 自営業とは聞いていたけれど、はたしてお坊さんは自営業なのか?という疑問もさることながら、沙恵はそれ以上にお坊さんが霊を引き寄せるとはどういう事だと、内心で沙恵はパニックになった。

 お経を唱えて死んだ人を成仏させるのがお坊さんの仕事だと思っている沙恵は、成仏させるどころか、寄せ集めているような浅比をマジマジと見る。


「…ほ、ほんとに?」

「え?疑うの!?」


 さも心外だとばかりに驚く浅比に、沙恵は恐る恐る頷く。


「み、見えませんよ、全然」

「まじで?こんな立派な頭してるのに!?じゃあ、お経でも唱えてみようか?ヘビメタバージョンで」

「何でヘビメタ!?」

「え?だって、普通に唱えたら単調で眠くなるし。木魚も大小いくつも並べて、ドラム風に叩いた方がカッコよくない!?」

「えぇ!?は、破戒僧にでもなるんですか!?」

「あー、高校生の時に、そういう名前のバンド組んでたよー。懐かしー。そう言えば、メンバーと本堂でバンド練習する度に、親父に飛び蹴り食らったなぁ」


 ヘラっと笑った、一見爽やか控え目風の青年の浅比は、その実、とても残念なお坊さんだと言うことが判明して、沙恵は顎が外れそうなくらい口が空いてしまった。


「そ、そうなんですか…大変ですね…」


 主に、お父さんが。

 そして、そんな事をした日には、とり憑かれてもいたしかたないのではないだろうか。

 などと思いながらも、沙恵が絞り出した言葉に、浅比が「そうなんだよー」と笑顔で答えた。


「あ、そろそと戻らないと親父にまた説教されちゃうよ。じゃあ、沙恵ちゃん、またよろしくー」

「ありがとうございましたー。お気をつけてー」


 口と手を器用に動かして、お会計と次回の予約を入れた浅比は、嵐の様に去って行く。

 その後ろ姿を見送った沙恵が、店を出ていく瞬間に、浅比の背後にまたすっと近付いて張り付く霊の存在を見て苦笑いしたのは、仕方のないことだった。

 そして、入れ替わりに入ってきた次の予約客の背後にも、一体憑いているのは紗奈にとって御約束なのである。






   END

H27.06.04 名前間違いを訂正しました


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