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煙の中の美女  作者: ふとん
5/10

クズで怠け者の王様

「なぁ、どうやったら面倒臭いことがなくなると思う?」


 煙と共にどうしようもないことを吐いた男は、喫煙室の椅子にだらしなくもたれかかって言う。


「あれもこれもそれもって全部できるわけないだろ? だって俺、ただの人間よ? 天才じゃないんだけど?」


 ぷかぁっと口の中に溜めるだけ溜めた煙を言葉と共に吐き出している男を、キリエは愛用の葉巻を口にしながら眺めた。


 騎士団にある、数少ない喫煙室には様々な人が集まる。

 女性の社会進出目覚ましい昨今、喫煙は男性的な悪習と位置づけられ、更に健康被害に及ぶ公害などとまで呼ばれ、様々な場所でのいわゆる分煙化が進んでいる。

 その流れは騎士団も同じで、男性であっても嫌煙家が多くなる中、喫煙者は年々肩身の狭い思いをしなければならなくなっていた。

 そのため、男性が多いはずの騎士団にあっても、喫煙室は貴重なオアシスとして愛煙家達が自然、集まるのだ。


「そもそも俺の部屋で煙草吸っちゃダメってどういうわけだと思う?」


「あなたの奥さん、妊娠してるでしょ」


 はす向かいのキリエがふっと煙を吹くと、「そういうこと言うなよな」と男は短くなった煙草を灰皿に押しつけて、次の煙草を口にくわえた。


「奥さんも最近煙草の臭いを嫌がってさ、煙草吸ってきた後は近付かないで! ってこうよ」


 マッチをパッとすって火をつける様子は苦み走った容姿によく似合う。短く整えられた鈍色の髪も煙草の煙によく溶けて、彼を一端の男に見せていた。どこにでもありそうな色の中で一滴垂らしたような紅い瞳がいかにも妖しい。

 しかし、


「もう俺仕事辞めようかな…」


 口にするのは愚痴ばかりだ。仕立てのいいコートも台無しだ。


「辞めて何するつもりよ」


「えーと…騎士団、俺って入れるかな」


 この男の腕前ならば確かに入れないこともないのだが、キリエは嫌そうに柳眉をしかめた。


「どこもあんたみたいな面倒くさいのを入れないわよ」


「ひでぇ! 俺がどれだけ貢献したと思ってるの!」


「あなたのせいで戦場に駆り出されたことはあっても、役に立ったことなんて一つぐらいしかないわよ」


「ええええ? 俺、あの時もすごい頑張ったよね? この俺が!」


「あなたの周りはあなたの百倍頑張っているの」


「ひどい! 横暴だ! 俺だって、やれば出来るんだぞ!」


「褒めてほしければ、何かやってから言うのね」


「ひどい…」


「それしか言えないの?」


 キリエは葉巻から唇を離して煙をゆっくりと吐いていると、ふと男が顔を上げる。


「……なぁ、嫁に来ない?」


「愛人なんてお断り」

 

 間髪いれずにキリエが断りを口にしたというのに男はしつこく食い下がった。


「そう言わずにさぁ、一生苦労させないから」


「玩具になるのはごめんよ」


「何なら俺の仕事場、遊び場にしてもいいよ」


 繰り言を繰り返す男を後目にキリエは短くなった葉巻を灰皿で消し、次の葉巻の端にカッターを押しあてる。


「――あまりしつこいと」


 ジャキン!


 丸く開いたカッターの口が、葉巻の端をまるで断頭台のように切り落とした。


「首をすげかえるわよ」


 ぽん、とテーブルに落ちた葉巻の端を目で追いかけていた男は、ゆっくりと両手を挙げた。


「……やめておく」


「そうしていただきたいわね」


 マッチの火を葉巻に焙り、キリエはゆったりと煙を口に含む。

 すると、計ったようなノックが三回。

 火をつけたばかりだというのに。

 溜息代わりに煙を吐いて、キリエは椅子から腰を上げた。

 それすら見計らっていたのか、ドアが開いて見慣れた顔が現れる。


「――大佐、お時間です」


 今日も面白味のない鉄面皮が見下ろしてくるのを横目に、キリエは葉巻をくわせたままテーブルを後にした。


「もう帰るのか」


 上等な見た目に反して、安い煙草ばかり吸う男を見下ろし、キリエは口の端を上げた。


「煙草が吸いたいだけなら、いつでもここに来ればいいわ」


 そう言い残して部屋を出る。

 しかし、いつものように後をついて歩く鉄面皮は珍しく彼女を探るように見て、


「――あの方は?」


 尋ねられたキリエは肩を竦める。


「古い友人よ。今日はたまたま一緒になったから仕事の愚痴を聞いていたの」


「仕事の?」


「そうよ。最近、奥さんが妊娠したせいでおおっぴらに煙草を吸えないんですって。まったく、煙草を吸うのも楽じゃないわ」


「しかしあなたまでサボるのはほどほどにしてください。今日は視察の日で…」


「サボってないわよ」


 まだ残っている葉巻の煙を細く吐いているキリエを見遣ってジョセフが、本当に珍しいことに首を傾げている。

 まだこの男にも知らないことがあったのか。

 

(……まぁ、知らなくて当然か)


 出来ることならキリエもあまり友達でいたくないタイプの男だ。あの男の性根は、はっきりいってクズなのだ。年は幾らか離れているものの、幼馴染の腐れ縁で無ければ話すことさえ煩わしい。

 彼はとても面倒臭がりで、怠け者で、性根の腐った人間のクズだ。


「さっきの男、見たでしょ」


「はい」


 彼は今日、視察に来たのだ。煙草を吸うついでに。

 

「あれはね、ロンデルフ・ソヴィート・クルカンド。――この国の王様よ」



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