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煙の中の美女  作者: ふとん
4/10

しつけの悪い訓練生

 この国の騎士団には、様々な人間が入り乱れている。

 入団手順は様々だが基本的に老若問わず、女子供も身分も問わないからだ。そのためキリエのような貴族から、貧民街からのし上がってくる者も居る。


 しかし、いつも野太い声が充満している訓練場で歓声が上がるのは珍しい。

 ちょうど通りがかったキリエが覗くと、大勢の野次馬の中心で実戦さながらの大立ち回りを繰り広げている二人がいた。

 一人はキリエも知る堅物で評判の少佐で、もう一人は年端もいかない少女だ。騎士団でも一、二を争う腕前の堅物を相手に、彼女は手にした双子剣で素早く斬りかかっている。

 刃を潰しもしていないその剣は少女が繰り出すには鋭く、並みの騎士であれば容易く倒してしまうだろう。

 

「すげぇぜ、あいつ!」


「ああ、団長とあそこまでやりあうとはな!」


 能天気な歓声にキリエは溜息をついた。


「ああ、あいつか」


 キリエと同じように訓練場を覗いて、岩が割れるように笑ったのは熊のような大男だ。短く刈った金髪こそひよこのようにふわふわとしているが、顔は岩を荒く削ったようで、片目にはざっくりと斬られた痕がある。笑うと人の良さが表れてくるが、むっすりとしたままでは子供が何人泣いたことか。

 詰襟の軍装が窮屈なのか、ボタンを留めずにしているものの、肩からかけた大仰なマントが似会うのは筋肉馬鹿だらけの騎士団にあってもこの男ぐらいだろう。

 キリエの同僚の、ミルケーである。


「あの猫、ケヴィンが拾ってきたんだ。可愛いもんだろ」


 あれ、とミルケーの太い指がさしたのは訓練場で注目を浴びる少女と堅物だ。

 キリエは興味も湧かなくて肩を竦めた。


「冗談はよして。実力でもないのに何を騒ぐ必要があるの」


「なんだ、気付いたのか」


 からかうように笑う大男を横目で睨みつけて、今は無い葉巻を探す指を押さえつけるようにキリエは腕を組んで訓練場を見下ろす。どうせなら葉巻の一本ぐらいくすねてくるんだった。


「魔術で強化した剣でしょう? 魔力に乗せて滑ってるだけじゃない。ひっくり返ったらさぞ面白いでしょうけどね」


「あの魔力に乗ってるだけでも凄いと思うがなぁ」


 ミルケーの常識的な意見を聞き流して、キリエは溜息をついた。

 あの少女は、自分の両手両足に自分の魔力を集めてそれに乗って速さと力を増しているのだ。威力があるように見えるのはそのせいで、場末のならず者ぐらいならば何人でも倒してしまえるだろう。ミルケーが乗っているだけでも凄いと言ったのは、乗せている魔力の量が多いからだ。その量をろくに鍛えてもいない体に乗せているから曲芸のようで見ている分には面白い。


「どこで拾ってきたのだか知らないけれど、あの様子じゃ早晩死ぬわよ」


「だから連れてきたんだろ。ケヴィンは人がいいからなぁ」


 堅物で他国では冷血の獅子と呼ばれているケヴィンを捕まえて、人がいいと評するのはミルケーぐらいだろう。


「人がいいんじゃなくて、馬鹿なのよ。生真面目馬鹿」


「はっはっはっはっはっ! そう言うのはお前ぐらいだろうな」


 ミルケーが轟音で笑っているうちに、訓練は終わったのか大男に気付いた噂の堅物が猫を連れてやってきた。

 あれほど打ち合っていながらケヴィンの方はほとんど汗をかいていないが、少女の方は汗だくだ。


「団長。いらしていたんですか」


 どこか咎めるようなケヴィンにミルケーは苦笑する。ケヴィンはミルケーの副官なのだ。上司のサボりを見つけて堅物は気に入らないのだろう。


「休憩中だよ、休憩。それよりお前、それどこで拾ってきたんだ?」


 それ、とミルケーが指差したのはケヴィンの後ろで控えている少女だ。感情の起伏が乏しいのか、いくらか疲れて見える以外は無表情の彼女はケヴィンにつられてミルケーを見上げている。

 ケヴィンの方も堅く動こうともしない顔でミルケーに応えた。


「第三期の訓練生です。先ほどまで私が相手をしていました」


「見てたぞ。すごいなぁ、お嬢ちゃん」


 まるで小さな子供にでも言うようなミルケーを見上げて少女は無言で睨んでいる。何でも犬のように可愛がろうとするのはミルケーの悪い癖だ。


「やめなさい、ミルケー。怖がられるわよ」


 キリエがいつもの調子で口を挟むと一斉に三人の注目を浴びてしまった。


(さっさと帰れば良かったわ)


 ミルケーと話しているとつい長話になるのがいけない。彼は性格は悪いが人あたりは良いので、キリエでさえ軽くあしらわれてしまうのだ。


 三人の中でも、女性の上官が珍しいのか少女に特にじっと見られていることに気付き、キリエは彼女ににっこり微笑んだ。


「あなた凄いわねぇ」


 少女は少し驚いたようにキリエを見上げたが、キリエはそのまま続けた。


「そのままで戦場に出たら、戦死一号よ」


 ぴしりと空気が固まったところで、背中に慣れた気配を感じてキリエは踵を返す。


「――大佐。お時間です」


 振り返るといつものように鉄面皮の副官が静寂から抜け出たように佇んでいる。その様子にキリエは溜息をついて「行くわよ」と声をかける。ミルケーとつい話しこんでしまうのは、きっと鉄面皮で面白みのないこの男のせいだと思うのだ。


「待ってください!」


 甲高い声が追いかけてくるがキリエは振り返らない。しかしミルケーが「待ってやれよ」と笑いながら言うので仕方なく後ろを顧みる。


「……どうして私がすぐ死ぬとおっしゃるんですか」


 今にも斬りかからんばかりの少女にキリエは「ああ」と微笑んだ。


「あなた、私の隊なら訓練で殉職ね」


 笑いながら歩き出すと後ろから少女の殺気とミルケーの笑い声が追ってくる。


「剣も持たないあなたに言われたくない!」


「はっはっはっ! 元気だなぁ」


 それを後目に廊下を進んでいると、キリエの少し後ろに控えた副官がどこか気の毒そうにケヴィンとミルケーに視線を送っていた。

   

「何か言いたいことでも?」


 わざわざ尋ねてやると、ジョセフは無表情のまま頷いた。


「彼女は他隊でも話題の新人ですね」


「あなたも少女趣味とは知らなかったわ」


「大佐も興味を持たれたようですし」


 副官の指摘にキリエは彼を睨んで押し黙る。確かに興味は持った。興味が無ければ言葉もかけないのがキリエだ。だが、気に入らない物は気に入らない。


「大体、戦場でもないのに剣なんか持たないわよ」


 軍装では考えられないほど高くて細い踵のブーツも、毎日欠かさない化粧も、キリエを日常に留めておく大切なものだ。誰にも文句は言わせない。

 訓練以外で長いまろやかな曲線を描く髪を乱すことも、愛用の武骨な剣を持つことも嫌いだ。

 手にあるのは葉巻だけでいい。


「……煙草を吸いたいだけですね」


 大佐、と副官にぼそりと呟かれてキリエは苦虫を潰した。その通りだからだ。

 これ以上はキリエの機嫌を損ない過ぎると思ったのか、副官はキリエの様子をちらりと見遣って、


「まぁ、別にあなたが剣を持つ必要はありませんが」


「が?」


 予想外にキリエが不機嫌で、珍しくジョセフは溜息をついた。


「あなたが負けることなどないでしょう?」


 今度こそキリエは副官を睨んで柳眉をしかめる。


「私をあのどら猫と一緒にしないでくれる?」


「同じのはずがないでしょう」


 キリエに負けじと呆れ顔になったジョセフは溜息混じりに言う。


「あのケヴィンを訓練生の時にしごいたのは、あなたでしょう。あなたほどの剣豪を私は他に知りません」


「だからそれが余計なのよ!」


 キリエは自分の来歴が大嫌いなのだ。


「御前試合で三回も優勝した方が何をおっしゃるのやら」


 訓練生のケヴィンをミルケーと一緒になって面倒を見ていたのを、この副官は知っているのだ。ジョセフはキリエより騎士団の入団時期も経歴も上なので、キリエの来歴をほぼ知っていると言ってもいい。

 本来ならキリエがジョセフの副官であったかもしれないのだ。


「御前試合で優勝しないと、おじい様の決めた婚約者と結婚させれられるところだったのよ!」


 キリエがやけくそになって白状すると、ジョセフは「それはそれは」と気のない返事をしてくる。本当に厄介な副官だ。


「あなたの夫になるはずだった男はさぞがっかりなさっているでしょうね」


「顔も知らない男のことなんて知ったことじゃないわよ。それに、剣豪なんて呼ばれる女と誰が結婚したいの?」


 そう吐き捨てて、キリエは廊下の端にある個室を見つけて副官を振り返る。

 庭に面した小さな部屋には灰皿がある。騎士団の本部でも数少ない喫煙室だ。


「さぁ、煙草をちょうだい」


 この気分の悪いまま仕事などに戻れるか。

 そうジョセフに手を差し出すと、彼は片眉を器用に上げて呆れ顔になった。


「――仕方ありませんね。一本だけですよ」


 子供を諭すように言い、懐からシガーケースを取り出すとキリエの愛用する葉巻を一本彼女に手渡してくる。

 そして喫煙室へとキリエを入れながら、ジョセフは鉄面皮のまま葉巻に火をつけてくれた。

 珍しいこともあるものだと煙漂う葉巻をキリエが紅唇に含むと、副官は「先ほどのことですが」と戸口に立ってその長身で出口を塞いだ。


「あなたはそのままでいいんですよ。あなたはそのままで美しいのですから」


「お世辞をありがとう。ジョセフ少佐」


 ふ、と煙を吐いたキリエを静かに笑う声がする。

 それが気に入らなくて、キリエは口に含んだまろやかな煙を思い切り吸いこむのだった。



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