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レインボー・エンジェルの犬  作者: 吹留 レラ
【第二章】 奇妙な研究会
6/16

(6)



「――なぁ、あんたの名は?」

「名はない」

 

某作品の猫か! 

心の中で突っ込みを入れる(怖いので)俺は、晩秋の夜風よりも冷たくあしらわれていた。

風は相変わらず無風だ。

風がないのに動くたびに彼女の長い髪が背中で揺れている。

もしかしたらエネルギー体から発されている自分の気か? 

などと模索してもみる。


「いや、それがないと俺、あんたのことなんて呼べばいいんだって話なんだが……」

「別に呼んでほしくない」

「おいおい。それじゃあ不便だろ。まさかとは思うが、龍波姫か?――なわけないか」

 

それに反応した女は思うところがあったのかピタリと止まり、ゆっくりと俺の方を振り返った。

しばし見つめ合う二人。

やがて――


「お(りゅう)……そう呼べ」

 

再び前を向いて飛んでいく。

悪玉エネルギーが浮遊する結界の中へと。


「お龍、ね」


龍呼の名を勝手に借りて、昔風に「お」を付けただけなのは誰にでもわかる。

そんなに教えたくないのだろうか。


「ま、いっか。――って、待てよお龍! 俺、初心者なんだぜ。もうちょっとゆっくり……」

「甘ったれるな!」

 

お――、こえ――……。

ぞんざいにのたまって、お龍は手にしていた神楽鈴で漂うアメーバを勢いよく薙ぎ払った。

シャラーン、シャラーン。

次々と光を放って消滅していく悪玉エネルギーたち。

美しい音がこだまし続ける。


「なんだ、簡単じゃねーか。それでいいのかよ」

 

俺はお龍の動きを真似して、

ハタキで「うりゃっ!」と風を送るようにスナップを利かせて薙ぎ払った。

フワッと浮き上がった黒紫色のアメーバは、

浄化した粒子とでも言えばいいのだろうか、チカチカッと光を放って消えていった。 

深夜、金色の龍波姫像の前で目撃した光の正体は、どうやらこれだったようだ。

UFOではなかったことがちょっぴり惜しい。

そうして次々と薙ぎ払っていく俺たち二人。

絶妙のコンビネーションだ。

意外や意外、息もぴったりだった。


ベチャッ。


「――あ、やべ……」

 

お龍の後頭部に、ドローッとへばりつく悪玉エネルギー。


「お~ま~え~は~……この駄犬っ! 私に向けて禍物を飛ばすんじゃない!」

 

やれやれ。思った以上に口やかましくも手ごわい女だぜ。

早く年末が来ねーかなーと、心の中で吐露(とろ)する俺だった。






浄化作業中、突然お龍が石座神社の方へと飛翔していく。

無我夢中でハタキをフルに振るう俺も、作業を中断して問いかけた。


「おい、どこ行くんだ? まだ悪玉エネルギーは――」

「三十分間やった。今日の分はこれで終わりだ」

 

そう告げたお龍は、鳥居を越えそのまま本殿へと消えていく。

お龍を初めて視た光景が蘇る。


「存外、時間厳守で動くタイプか。……本殿に行けば、自分の身体に戻れるのかな?」

 

戻り方を聞いていなかったことを思い出すも、意外に心配はしていなかった。

肉体の方に刺激を感じたら、すぐに元の身体へ戻るとシゲさんに聞いていたからだ。

だがそんなことをしなくても、自分の意思表示で帰れることにも気付いていた。

『玉の緒』とも呼ばれる背中のシルバーコードとやらが、

常に肉体の方へと引っ張られるような感じがある。

それはまるで長いゴムのようなものだ。


「よし。じゃ、俺も戻るか」

 

そう呟くや否や、いきなりグゥ――ン……と本殿の方へ引っ張られ、


「うわぁっ!」

 

俺はものすごい速さで自分の肉体が眠る本殿へと引っ張られていった。

そして、本殿の天井を今度は逆から通り抜けて、

仰向けに寝ている自分の身体へ急落下し、スッと溶け込むと融合した感覚がビクンと伝わる。


「――ぷはっ……!」


水中から顔を出して息を吸い込むように、俺は息を継いだ。


「お帰り公介くん」

 

全員が笑顔で迎えてくれる。

どうやら無事に戻って来られたようだ。

しばらくは乱れる呼吸を整える。

電流が背中をビリビリ騒いでいたが、

別に草薙さんの温泉の効用で血行が促進されたわけではない(まだ入ってもいないが)。

そうか。

このむずがゆいしびれは、体脱の兆候だったってことか。

俺の脳のシナプスもやっと繋がったように思えた。

それだと合点がいく。

隣りで先に起き出していた巫女姿の龍呼が、身なりを整え背筋を伸ばしながら、

穏やかな雰囲気で俺を見つめていた。

彼女も電流を感じていたのであろう。


「やっぱり俺たちは運命の出会いってわけか……」

 

フッと笑って髪をかきあげてみせると、小首を傾けた龍呼が「はい?」と可愛らしく応じた。 

顔は見えなくても、仕草と声が愛らしいので充分癒される。

合格だ。


「ご苦労だったな公介くん。明日もよろしく頼むよ。

 で、今後のお前さんの宿なんだが、草薙さんの民宿に泊まることになっているから、

 これからの一ヶ月いつでも一緒、運命を共にすることになるからそのつもりでな」

 

聞かなかったことにする。


「シゲさん……。運命ってなんですか?」

 

どうせなら龍呼も一緒に民宿に……いや、なんでもない。

ふいに俺は、ある人物の熱い視線に気圧(けお)されてギョッと目を()いた。

草薙さんが大きく目を見開き俺を凝視しているのだ。

正確には俺の背後を。


「はっはっは、草薙さん。今は視えないよ」

「なしてだ? 夜逃げが?」

 

シゲさんと草薙さんの会話の意図がいまいち呑み込めない俺だったが、

体脱した自分の姿のことを言っているのだろうと思っていた。

夜逃げが意味不明だが……。

そして、突然飛び込んで来た二人の姿に俺は更にギョッとなる。

龍呼とワタさんがなにかを話し込んでいるが、

ワタさんが「ひとまずご苦労さん」と言って立ち上がると同時に、

龍呼の頭の上に手を優しく載せてポンポンと軽く叩いていたのだ。


「――……」


俺の胸の中に、アメーバのようなねっとりモヤモヤしたものが生まれていた。

更にからまりしめつけられるように息苦しい。

胸の中まで浄化をしなければならないのだろうか。





***





「公介くん起ぎろー」

 

特徴的なその訛りで目を覚ました俺は、寒さのあまり布団からなかなか出られず、

布団を頭まですっぽりかぶって、冬眠中の動物たちのように布団の中へうずくまった。

ここは草薙さんの経営する菱湖温泉郷の民宿の一つで、

少々安くしてもらった宿代を払ってこうして俺は寝泊りしている。

その代わり、玄関口や駐車場などの雪かきは、俺が自ら率先して担当をする予定だ。


「ううっ……さぶっ」


舐めてもらっては困る雪国の冬は、東京暮らしの俺にとっては極寒の地――地獄だ。

白銀の世界と言えば聞こえはいいが、今はまだちらちらと舞う程度の雪だったが、

真冬になればそんな感傷はすぐにでも吹き飛んでしまう。

それに民宿とは言え、ここには俺以外に宿泊している客はいなかった。

この一週間の間であっても、一人か二人いたかどうかである。

これでよくやっていけるもんだなと不思議がる俺だったが、

ときどき研究会など身内の会合が開かれているので、

そのときに大いに稼がせてもらっているらしい。

それでも微々たるもので、目下現状の採算はまったく取れていないことは容易に予測できた。

それにしても――と、俺は菱湖へ訪れてからの一週間を客観的に振り返ってみた。

思い出されるのは、

観光ではなくひたすらハタキで悪玉エネルギーを()ぎ払っていた情景ばかり。

人は、印象が強烈だった記憶をいつまでもとどめておく生き物らしい。

お世話になっている意味で客室の清掃もこなしている俺にとっては、

そのコツも掴んでずいぶんと掃除上手になっていた。


東京にいる頃は、自分の部屋など掃除した記憶もほとんどないのに、

民宿で少しでもチリやホコリを目に入れようものならゴミバスターの精神が瞬時に宿った。

気付けば、ハタキや濡れ雑巾などを手に綺麗に清掃する自分がいる。

ふと俺は、目に焼きついた廊下の壁の『お嫁さん募集中』の貼り紙のことを思い出していた。


「俺は菱湖に掃除しに来たのかよ。貼るなら普通、従業員募集中とかだろ」

 

温かい布団の中でダンゴ虫のように丸くなっていると、

コンコンコンと扉を叩く音と同時に、「ご飯だぞー」という憎めない声が耳に届く。

うららかな春を待ち焦がれていたダンゴ虫の如く、

ようやくゴソゴソと動き出した俺は、ほうけた顔のままのっそりと起き上がった。


「ふぇ――っくしょん! いやー、もてるわー。誰かが俺の噂をしてんなー。

 ふえーっくしょん! てやんでーばーろーちくしょー」

 

一人しかいない寒い部屋の中で、

自分のモテ度をアピールしてもただ寒いだけだったが、実際モテた試しは皆無。

夢見るように言ってみただけだ。

それはいいとして、俺がここに来てからテレビというものを久しく観ていなかった。

それだけで自分が違う星に降り立ったのだと思い込むこともできるが、

今更もうどうだっていい。

この文明の利器なるテレビもこの部屋にもあるにはあるのだが、

『故障中』の貼り紙がくっついている。

しかも、お嫁さん募集中の貼り紙同様、かなり黄ばんでいて古紙になりかけていた。


「一体いつから壊れてんだよ。直す気全然ねーだろ、この星の住人は」

 

このままきっと、永遠に冬眠中の運命を辿ることになるのだろうが、


「俺もそうなりてー」


と呟きながら、食堂へ行くために自室にあてがわれた部屋を出ることとする。

お嫁さん募集中だと切実に壁から訴えかける、

草薙シェフご自慢の朝食(朝から鍋)を味わうために。

いっそのこと草薙さんがお嫁に行くというのはどうだろうと、

無責任なアイディアを頭の中で閃かせながら。






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