(13)
――と、意気揚々と抜けて来たはいいものの、小心者であることには変わらない。
石座神社の鳥居から彼方に見える盛山を目の当たりにした途端、急に腰が引けた。
鳥居の柱にそれとなくしがみつく。
「なーに。相手はただの化粧オバケだ。チョチョイのチョイでやっつけられるさ」
あの怪力さえなければ、だが。
ポコポコと二つの湖底の火山堆から湧き出る悪玉エネルギーが、
湖上いっぱいに大量発生、密集している。
このまま放置してしまえば、あと数時間で力の弱まった結界が破れて外に漏れ出そうだ。
急がねば……。
それにいくら翠とはいえ、曲がりなりにもあいつも男だ。
龍呼が危ねぇ!
深呼吸して迷いを呑み込んだ俺は、柱から離した両手にそれぞれハタキを持ち、
鳥居前の磐石な岩盤を蹴った。
「うおぉおおお――!」と、なまはげのような咆哮を発して、
「悪い子はいねが――っ!?」と、叫びつつ。
少しでも減らしておくためにも、
結界の中のアメーバを二本のハタキで払いのけながら猛スピードで突っ切っていく。
光になって次々と消去する悪玉エネルギー。
俺の通った後には、軌跡を描いたように道ができていた。
さながら『公介の十戒』と言えよう。
盛山の前まで来ると両手のハタキを消し、
俺にとってはまったく興味のない代物をポンポンと出現させた。
韓流スターなどのイケメンのプロマイドや大判ポスター(半裸)、
写真がプリントされたTシャツや枕などその他諸々のグッズを両腕に抱え込む。
――あのニューハーフがこんな物に飛びつくかは不透明だが……。
エネルギー世界の盛山に入るのも初めての試みだ。
今まではひたすら湖上の悪玉エネルギーだけを追って、この山は遠くから眺望するだけだった。
一度行ってみたいとは思っていたが、こんな形で行くはめになろうとは……。
「この山にはなにがあるんだ? あいつのアジトか?」
アーク灯の類いだとワタさんが言うその結界は、
鏡岩から対岸の盛山の山頂へと真っ直ぐ延びていた。
俺には体脱したときにしか視えない光線。
冬至を迎えた今夜は色も薄くて頼りない今にも消えてしまいそうな灯火だったが、
ここにも鏡岩に似た巨石があるのだろうか。
炭素棒の役目を果たすようななにかが。
***
深く深く何度も繋がり合った。
今尚、繋ぎとめるものは鏡の岩。
しかしそれこそが、愛しいあの人を苦しめ続けていた……。
***
鏡岩から指し示す結界の光線を辿っていくと、
厳かな空気に包まれた盛山の山頂付近へ辿り着く。
高速で飛ぶ俺は深山幽谷を突っ切って、
北側にある巨大な岩がいくつも並んだ石壁の一角へ着地した。
イワサカ、イワクラだろうか。
いかにも神霊が降臨しそうな雰囲気の場所であった。
灰色の石壁に、直径二十センチほどの光り輝く玉がはめ込まれていて、
受け止めた光線は更に近くの茂みにまで延ばされていた。
その先の地面に、棒状の石が見える。
石碑か石の神様かと思いきや、茫々と生い茂る雑草はエネルギー体の防壁のようで、
同じエネルギー体の公介にも接触可能だった。
そして草を踏み倒して辺りを探ってみれば、そこにあったのは――
「これ、もしかして……、ストーンサークルとかいう遺構か?」
以前この山へ二度登ったことがあると告げていたシゲさんは、
それらしき物は見当たらないと断言していた。
この山の所有者はどうなのか不明だが、おそらくほとんどの人は知らないだろうと思われる。
手入れの行き届いていない奥深い山中の、しかも切り立った崖っぷちだ。
簡単に歩いて来られるような場所ではない。
だからこそのカモフラージュ。
「ストーンサークルなら、炭素棒にもちょうどいいな」
単純な思いつきの俺は、学者然としてうんうんと頷いた。
「――それより龍呼だ。翠の野郎、どこにいやがる? ん……?」
岩の窪みから薄紅色の灯りが漏れているのが見えていた。
甚も誰かがいると誇示しているようなものだ。
浮遊する俺は、浮幽霊のようにその中へスッと入っていく。
狭いように見えた岩場の中は、結構な奥行きがあった。
薄紅色の花弁が、ふかふかの絨毯の上に散っていた。
光源の見当たらない照明は半分落とされ、
寝台を囲うカーテンがときどきうごめく物体を妖艶に透けさせる。
そこから漏れてくる、熱い吐息とあえかな細い声。
牡丹よりも朱く染まる白き柔肌は、より朱く染まりゆく。
「や…めろ……っ!」
全身に力の入らないお龍言葉を発する龍呼は熱を帯びた男の唇によって、
喉や鎖骨、うなじや肩にキスの雨を浴びせられていた。
「くっ、やぁっ……!」
無言のまま彼は、いっそう彼女を羽交い絞めにして攻め続ける。
今の翠はただの男でしかなかった。
それも正気を失って餌をむさぼるような野生の獣。
初めて見る彼の姿。何度その名を呼んでみても、杳として無駄だった。
ニタリと嘲笑うだけで応じない。たまらず彼女は叫んだ。
「いやっ……、助けてハチ公……ハチ……公介――ッッ!」
「――ここにいるぜ」
「!」
龍呼は驚愕に大きく眼を瞠った。
部屋の中に呆然と佇む俺に居を衝かれて。
その呆然と佇んでいた俺は、気色悪い物でも見たように険しい表情で周囲を見回している。
「おいおいなんだよ。このキャバレーちっくな悪趣味的空間は?
やっぱりお前のアジトか?――って、やい、てめぇ! 龍呼になにしてやがんだっ!?」
背中を向けて肩まで露出し、
乱れる巫女装束の彼女を下にしていた男が、
興醒めしたようにゆっくりと顧みた。
目がかち合ったのは女装趣味の変態ではなく、顔立ちの整った美青年だった。
目をしばたたかせた俺は、右に左に目配せしてみるも、当然見知った翠の姿はどこにもない。
「公……」
涙ぐむメガネのない龍呼は、やはりお龍の顔そのものだった。
雰囲気こそ違えど、やはりお龍は龍呼だったのだと確信に至る。
だが、その美しい男が言った。
「待っていたぞ。遅かったじゃないか」
「――お前……、翠か!?」
俺の目が点になる。
容姿や雰囲気どころか、声まで別人のように違っていた。
「ようこそ。創造の我が館へ」
腰に響くような低い声だった。
それでいて甘い蜜の香りが漂いそうな、女性をとろけさせる魅惑のテノール・ヴォイス。
絶対にこっちの素の方がいいぞと、男の俺でさえ思ってしまう。
さぞかしモテたに違いない。
くそっ、あやかりたいもんだぜ。
だが男であっても、顔より性格が重要だろう。
そうであってほしいものだ。
自分は両方持ってねーがな――と、それはどうでもいい。
それどころではない。
虚しくなる一方の俺だったが、その美形は涼しげな顔でサラッと口にする。
「ごらん。君が遅れた分、彼女は私にイロイロされてしまったよ。可哀想に」
口調さえ気持ち悪いぐらいに変わっている。
いや、こちらが素性なのだから、元に戻ったというべきか。
「てめーが言うな、この変態野郎!
てか、なんでてめーも龍呼も俺と同じエネルギー体になってやがんだ!
お前の仕業か、翠!? お前も体脱できたのか!?」
「体脱は誰にでもできるものだ。ただ君たちは、人より抜けやすい体質だった。
選ばれたのにはそれが一理ある」
翠の真下でうつぶせのままの龍呼は、よく見れば背中の半分まで装束がはだけていた。
雪のように白く滑らかな肌に、一瞬翻弄された俺は息を呑み込む。
なまじ格好が格好なだけに艶かしいのだ。
例え女性に興味がなくても、ナニかしたくなりそうなまでに。翠がいい例だ。
それと、メガネのない彼女はいちだんと頼りなく見えた。
ただでさえあのメガネなしでお龍と同調した龍呼が身体を動かすことは、
負担が大きく力も入らないとワタさんが告げていたではないか。
メガネの真相や仕組みを知りたいところだったが、それを知るときが今ではない。
「それにしても――なんだ、その両手の気色悪い物どもは?」
失礼な言い草だ。
これらが好きな人に対する侮辱とも取れる横柄な態度だが、
やはり翠は好きではなかったようだ。
無駄骨だった。
じくじたる思いの俺は一度軽く舌打ちしてから、
イケメンポスターなどの一式をいそいそと消し去る。
さも始めから何も持っていませんよと見せしめるかの如く証拠隠滅。
「人の贈り物は喜んで受け取るのが筋だろ……って、んなこたぁどうでもいいんだよ。
龍呼を返しやがれ!」
「ふっ。いいだろう。その代わり、そなたと交換という条件でな。
私が最初から欲しかったのは公介という『贄』だからな」
「……はい?」
俺がいつから贄になったというのだ?
贄って生贄のことだよな?
「私はそなたが欲しいんだ。龍呼をさらいでもしなければ、
そなたはこうして私のそばには来なかっただろう?」
当たり前だ。
誰が好き好んでてめーのそばになんざ近寄るかってんだ。
ナニされるかわかんねーからな。
それになにやらさっきから、翠の様子といい口調といい変じゃねーか?
変なのは元からだが、更にたたみをかけて変変だ。
「――……あーコホン。お前、正真正銘のゲイか?……じゃねぇ、誰だあんた?」
まさか、祖大師……?
狼狽する気持ちをなだめるため、俺は厳かに咳払いを一つしてみせる。
「なんと呼ばれてもかまわない。そなたが欲しい、それだけだ」
「そうすれば、龍呼は解放してくれるんだな?」
「もちろんだ。嘘などついてなんの得がある?――魚族の女王の末裔よ、悪かったな」
今、なにか変な言葉が耳に届いた気がするが、虚ろな龍呼の視線が痛かった。
なにかを言いたそうな、実に悲しげな表情で「翠なんて嫌いだ」そう聞こえた気がした。
おお、もっと言ってやれ。この際とことん言ってやれ。
「だが、私のおかげで魚族の女王からそなたは解かれたのだぞ。
そなたに最後の使命を託して――封印石を解けと」
封印石?
なんのことだか俺にはさっぱりだ。
「女王様って誰だ? 封印石ってなんだ?」
「そなたが好いていた龍呼だ。封印石というのは、ズレていたエネルギーで視ていたはずだぞ」
「ああ、あれか……って、なにぃ――!? 俺の知っている龍呼が魚族の女王――!?」
あの初々しい彼女とは、もう会えないということなのか!?
そんな……。
「――てことは、お龍は女王様の犬ってことか?」
「使役と言え!」
お龍が叫ぶ。
俺はまたその犬なのだが、つまり使役の使役ってことか?
「言っておくが、お前を使役にしろと言ったのは女王だ」
「……」
可愛い顔してても、女とはわからないものだ。
龍呼が急に消えることとなりこの上なく悲しい限りだが、
それ以上に悲しいのは男に好かれてしまった俺の方。
自分に同情の念さえ抱く。
だがそれで今度はお龍を祖大師から自由にするというのならば――俺も男だ。
「いいだろう。だったら、俺がお前のオモチャになってやるぜ!
ええい、煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「そうか。やっと私の想いが通じたのだな。それでは遠慮なく――」
ひえ~~~~~!
ゴックン。
自分のつばを飲み込む音がやたら大きく聞こえた。
まだ女装をしていた方が救われたな……と、せいぜい心の中で俺はあがく。
寝台から降りて自分の方へと一歩一歩近づく美青年。
ああ、俺もとうとうこっちに走ってしまうのか……。
グッバイ、俺の色気のなかった青春。
そしてハロー、俺のめくるめく新たなる世界・新境地。
俺よりも上背のある翠に優しく抱かれながら、耳朶に長い指が触れてきた。
ぞわりと総毛立つ。
「力を抜け……」
その指がゆっくりと物憂げな俺のうなじに達すると、
物欲しげな眼差しで見つめていた翠は――
突然宙から取り出した独鈷を掲げて、呪文を唱え出した。
「バン、ウン、タラク、キリク、アク……!」
な、なんだあ!?
確かセーマンとかいう五字を、奴が指で切り始める。
まるで映画を観るかのような陰陽師だ。
その後も翠は、舌を噛みそうな日本語らしからぬ、
調伏の呪文をブツブツと低く唱え続けた。
俺の身体が硬直状態に陥る。
翠っ、てめぇ、なにしやがる!
「ナウマク サマンダ ボダナン――」
「うう……」
だっ、誰だこれは?……人の声!?
自分の身体の中から自分ではない呻き声が聞こえている。
そんな中であっても、
ビリビリと強烈な電流が頭頂から足のつま先まで迸りくずおれそうになるが、
翠に抱きかかえられているのでなんとか持ちこたえられていた。
なにかをグググッと身体の奥から取り出され、引っ張られる感覚だけは感じられる。
ふと背後から、ギラギラと銀色に輝く巨大なうろこに埋め尽くされた長い尾が視え出し、
俺はギョッと目を剥いた。
ズズズ――
とぐろを巻いて這い出てきた大蛇ならぬ龍神に。
「――龍のお出ましだ」
翠の瞳は、まるで待ち焦がれていたようにうっとりと細くなっている。
途端、フッと俺の硬直が解けた。
グラリと数歩よろめいてから、俺は翠の腕を振り払った。
「りゅ、りゅ、龍っ!?」
「そうだ。君は龍神に捧げられた贄だったのだ」
「……」
「――と言っても、別に食べたり命を奪うわけじゃない。使い勝手のいい駒ということだ」
「完全なパシリじゃねーかよ」
「ちなみに君が生まれたときから憑いていた」
「ゲッ。じゃあ、今までのあんなことやそんなことが見られていたってわけか? お恥ずかしい」
「だが今切り離してやった。これからは安心してあんなことやそんなことをするがいい」
きっと龍も視えていたのだろう。
完全に切り離されたという龍波姫は、空間に浮いたまま二人を見下ろしていた。
これが龍神……?
確かに神々しいまでに美しく光り輝いている――が、どこかくすんだ輝きで、
姿自体が薄れて消えかかっているのは、龍もまたエネルギー体だからなのだろうが、
弱々しくてまったく覇気がない。
あるのは睥睨する大きな怒りの目。
炎の如く炯々(けいけい)と紅い。
「おのれ……、忌々(いまいま)しい祖大師め!」
怖っ……。
お龍より強烈な睥睨さだ。
それより龍神は今なんて!?
「やっぱり祖大師!?」
それに一体なんの封印を解くというのか。
菱湖へ自分が訪れることになったのも、全部この龍の影響なのだろうか。
龍が霊泉で水を飲む夢や、
ときどきやけに喉が渇いたのもすべては龍波姫が俺に憑依していたせいによるものか?
「おお……我が愛しの龍波姫よ……」
祖大師が感情を込めて愛しげに呟いた。
龍神にねめつけられたままの翠は、冷徹な面持ちで独鈷を掲げ直した。
それに脅威を抱く龍は、隙あらば襲いかからんと機を狙っている。
独鈷とはインド古来の武器であり、
密教では煩脳を払う目的に使われる法具だと俺の脳内にはインプットされている。
いつ覚えたんだそんなもん。
手に握られた小さなそれが、すぐにでも襲いかかりそうな龍神を制御していた。
そして翠に取り憑く祖大師は龍神を前に、俺に向けて問答を始めた。
「そなた、この盛山がなにに使われていたか知っているか?」
「さぁな」
突然悠長なことを聞きやがる。
「古代から日本が太陽信仰だったのは知ってるだろう?
アマテラスがその象徴の頂点だ。この山もまた太陽を崇める儀式の祭祀場で、
ちょうどここからは冬至や夏至、春分秋分の日の出と日の入りが見える。
盛山山頂は、それらの交差地点だ。
あの岩場は、太陽エネルギーの凝縮されたもっともパワーの集まる中心地点だ」
「――今でいう観測所とか天文台か?」
「そういうことになるな。
昔は今よりずっと自然と人は密接に繋がっていたし、共生していたんだ」
それは俺も同感だ。
現代人は自然を敬う心すら消えかけているし、忘れようとしているかにさえ窺える。
自然が壊れていくのを、見て見ぬふりをしようとしている。
多くの生命が犠牲になってきた。
人間の暮らしを優先的に善くしていこうと、
傲慢に自然破壊をした結果が昭和十五年の発電所による珠の川毒水の流入もその一つ。
翠は話を龍に戻して続けて言った。
「私は醜い嫉妬から龍凪を封印した。そして今年はちょうど封印してから千年目。
結界が外れる年だ。それは同時に封印も解けるという意味を指す」
「千年!? 千年も封じられていたのか!? 龍波姫はそれをずっと――?」
「いや、龍波姫も封じていた。龍凪より強固ではないせいか、先に封印が解けている」
男の嫉妬と執念に寒気が走った。
愛した女まで封じ込めてしまうとは……。
ふいにワタさんへの嫉妬が脳裏をかすめた気がするが、
いくら俺でも龍呼を封じ込めたりはしない(逆に封じられそうだ)。
「龍凪は菱湖の中央に封印されている」
「……やっぱりそうか」
俺がそう応えると意外だったようで祖大師は目を丸くした。
「気付いていたか」
「ああ。菱湖のエネルギー体がズレ重なって四角形ではなく八角形に視えていたが、
あれはわざとそうしかけていたんだろう? つまりバリヤーだ。
封じ込めるならその真ん中だってな」
悪玉エネルギーも湖底の火山堆からではなく、実はそこからにじみ出ていたのだろう。
あれは悲しみや苦しさに溢れ出す黒い感情にしか感じられなかった。
祖大師の焦点が湖の中央をとらえる。
鏡岩の結界ラインは、対岸の魚墳にまで延びていたが、
未だ沈黙が続いて物事が起こる気配すらしない。
嵐の前の静けさなのだろうか。
それにしても祖大師自らが、どうしてこんなことを易々と教えてくれるのか疑問に思う。
最初から浄化作業の邪魔をしようと、
菱湖研究会に近寄って来たのは今になって予想がつくが、なにか釈然としなかった。
わざわざ龍波姫を俺から引きずり出して、一体彼はなにをしようとしているのか……。
それまで毅然としていた精悍な顔つきの美しい男が、
俺の思考を読み取ったのか、突如くねっと気の抜けた調子と若干甲高い声で発し始めた。
「だってねぇ~、古臭いったらありゃしないわよ。時代は変わったのよ。
いつまでも未練がましく一人の女に執着してないで前へ進みなさいよと。
因縁を断ち切るチャンスだとあたしはご先祖様に教え諭したの!
いい加減二人を認めてあきらめちゃいなさいって。
それを認めて祝福するのも男らしさよ!……とね」
俺は、いきなり巣に戻った翠の登場にいささか面食らう。
「てめーが言うか? なにが男らしさよ、だ。……それより祖大師はどこ行った?」
「うっとうしいから追っ払ったわ。だってもう用なしなんだし。
そもそもしつこい男って嫌いなのよね~」
いつの世もしつこい男は嫌われるってか?
自分で追っ払ったって、そんなこともできたのか。
どこまで器用なオカマなんだ。
まさか演じていたってわけじゃねーだろうな。
「あのさ、どうでもいいけどよ――イケメンの姿でカマ言葉を使うのはやめれ」
完全に化けてしまってからの方がまだマシというものだ。
「あれ? そういや龍呼は!?」
「彼女は今頃――そうね、おたつ茶屋にでもいるんじゃな~い?」
すっかり放置され忘れ去られてしまっていた彼女は、盛山の麓、
おたつ茶屋の片隅の小屋の中で横たわっている肉体へと既に戻っているらしい。




