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レインボー・エンジェルの犬  作者: 吹留 レラ
【第四章】 嫉妬の渦、そして拉致
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(12)



「はぁー。なーにやってるかなー俺はぁ――……これじゃあ、ただの駄々っ子だ」

 

苦く自嘲を刻みながら、膝まで浸かる雪道を歩いていく。


「最低だ……。もうみんなに合わす顔なんてねぇよ」

 

改めて深い後悔に、白い息ごと重苦しいため息を吐き出した。

こんな自分がどうしようもないくらいに嫌だった。

ゼェゼェと息を切らしながら、山道を登る姿を見られた方がまだずいぶんマシだった。

目下の自分はそれよりもっと無様(ぶざま)なのだから。


「かっこわりぃー……」


しんしんと降り積もる白い雪が、俺の頭や肩にもどんどん積み重なっていく。

誰も行かないせいか、鏡岩に至る山道は一面雪の中に埋もれている。

ズボズボと一歩一歩踏みしめて辿っていくが、下手をすれば道を外しかねない。

一歩間違えただけで、おそらくあの世行き直行だ。

しかも闇を(はら)んだ冬の夕方。

それでも自分を前へ進ませるこの原動力が、一体全体どこから来ているのか、

この二本の足が、鏡岩をどうして目指しているのかもわからなかった。


――まるで龍波姫な気分だ……。


しかし正直、ワタさんに頬を叩かれてからというもの、

自分に重くのしかかっていたなにかが離れていった気がする。

フッと一瞬で消え去った、そんな感覚が。

その証拠に体脱中ほどではないが、だいぶ身体が軽くなっていた。

だが――


「うわっ! 抜けねっ!」

 

油断して雪道を進むのは危険だった。

足を取られ、片足が抜けなくなった俺は、


「わ……、わわ、わっ」


せめて前にだけは倒れまいと律し、バランスを崩してそのままユラユラ――ボスッ。

後ろへ大の字になって倒れる。

なんとか顔面ダイブだけは阻止できた。


「はぁ――……」


東京に帰ろうと本気で思えばいつだって帰れたはずだが、

一度引き受けたことを最後になって放棄して逃げ出すことはしたくなかった。

それだけは、敢えてわずかに残されていた理性が引き止めてくれた。

そして今は、一人になりたかった。

灰色の空を見上げ、天からはらはらと舞い落ちる真綿のような羽毛を呆然と眺める。


「綺麗だな……」

 

断続的に自分の上に着雪しようと手で払い除けることすらなく、そのままにしておいた。 

冷たささえ感じない。

このままここで眠ってしまえば、雪と一緒に身も心も無となって浄化されそうな気分になった。

つと俺は、無造作にポケットに押し込めた龍呼からのお守りの存在を思い出し、

虚脱感の消えないままズボンのポケットをまさぐった。

若干クシャクシャになった袋には、『支え合って生きる』とプリントされてある。


「確かにそうだよな。しょせん一人じゃなにもできない」


今までも、これからも……。

自分に今できることといえば、浄化作業ぐらいなものだ。

一人の小さな力が繋がり合って、やがて大きな力になる。

一人では不可能なことも、大勢では可能なこともあるのだろう。


「――あいつに悪いことしちまったな」

 

再び自己嫌悪のため息。

袋から中身を取り出すと、それは龍呼に雰囲気の似た龍波姫御守だった。

チリチリン……と、澄んだ鈴の音色が澄み切った白銀の世界へこだまする。

龍呼に謝ろう――

そう心に決めて、もう一度空を見上げる。


「……ん? なんだあれ?」


山上でまぶしく光り輝いている物に気が付いて、俺は頭だけを四十五度上に押し上げた。

鏡岩の方だった。

その楕円形に輝く白い光は、生きているかのように脈動していた。

微かに音も聞こえる。

母親の胎内で眠る赤児の胎動音のように、ドクン……ドクン……と。


「マジかよ――」


確かにここから光線が向こうの盛山まで出ていることは視ているが、それは体脱中の話だ。 

今その光線は視えていないのだから、体脱もその兆しもないはずなのだが――

俺が瞠目して固まっていると、後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

――ゲッ。一番会いたくねぇ奴が来やがった……。


右手の掌でまぶたを覆い、焦燥感に駆られた息を大仰(おおぎょう)に漏らす。

ようよう箱の中に戻し、しわを伸ばした袋の中にも入れ、

俺は慌てて御守をポケットへとしまい込んだ。

なにを言われて責められようと弁明の余地はない上に、今更言い訳するつもりもなかった。 

覚悟を決める。


「公介くん。まだ寝るには早い時間だ」

「うっせーよ。俺の勝手だ。俺はここに寝ていたいんだ! 

 民宿の硬いベッドとは一味も二味も違う、ふわふわの極上のベッドで!」


ワタさんに対して皮肉を言うのも慣れてきた。

最初の頃の態度とは、比較できないほどの凋落ぶりだ。

慣れとはある意味恐ろしい。

しかしワタさんは、心なしか焦る様子でそんな俺を見下ろしながら言った。


「悠長にこんな所で寝ている場合ではないぞ。――龍呼が、翠にさらわれた」

 

俺は半瞬だけ間をおいて――


「……オカマバーにでも連れて行かれたか?」

「冗談を言っている場合でもないぞ。

 龍呼をさらい、助けたくば公介くん一人で盛山まで来いと告げていった。

 しかも体脱をしてな。翠の奴、一体どういうつもりで……」

「はぁ? なんっじゃそりゃ!?」

 

ワタさんは歯噛みしている。

龍呼が拉致されたなどと大げさに言って、

大方自分を連れ戻しに来たのだろうと俺は考えていたが、

彼が嘘を言っているようにはとうてい窺えなかった。

俺は、ワタさんに伸ばされた手を無視して自力で立ち上がると、

シゲさんと草薙さんの待つ本殿へと舞い戻った。




***




「――龍呼の悲鳴が聞こえて外に出てみたら、これが雪の上に落ちていた。

 強引に連れさらわれたんだろう」

 

渦を巻くメガネがシゲさんの手の中にあった。

俺は舌打ちする。


「あのホモ野郎、クセ者だったってわけか」

「――確か、翠くんの名字は祖大師と同じ『南部(なんぶ)』だったな。

 この姓がすべてそうだとはもちろん限らないが、

 翠くんは祖大師の子孫である可能性が高い。

 出会った当初から、そうじゃないかと睨んでいたが……。

 彼は初めからこの浄化作業を邪魔するべく、我々に近づいて来たのかもしれんな。

 その真相は不明だが」

 

シゲさんの語った言葉に俺は絶句する。

しかしそれが、龍呼とどういう関係があるというのか。


「おそらくはおとり、陽動作戦でしょう。翠は公介くんが来ることを望んでいましたから」

「……」


口をつぐんだ俺の全身に戦慄がひた走る。

相手は男好き。

それだけで貞操の危機を感じた。

そしてシゲさんが振り向いて、俺の両腕をガシッと掴み切実な目で訴えた。


「公介くん、行ってくれるね? 龍呼奪還と、まだ始まっていない冬至決戦のために、

 すべてはお前さんにかかっている。なんと言っても期待の新星だ」

 

そうまで言われてしまっては、「行きたくねーよ!」とはこの際言っていられない。

ここで行かねば男が(すた)る。

情けない逃げの本音は封印だ。 


()くまでもねーだろ。あんなカマ野郎に怖気(おじけ)付いてなるものかってんだ!」


名誉挽回のためにも、俺はゆく――






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