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レインボー・エンジェルの犬  作者: 吹留 レラ
【第四章】 嫉妬の渦、そして拉致
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(10)



十二月十四日、雪――

菱形の湖は、白銀の世界に包まれていた。

満月の夜は、悪玉エネルギーがもっとも活発化する。

今は新月に向かっている時期なので、徐々にその力も弱まり減退の一途だが、

満月が近づけばまた増殖し出すだけの話である。

浄化作業をする側の意識や威力の発揮にもそれは比例していた。

そして体脱中は、風は感じるがエネルギー世界の寒さを感じない。

それもそのはず。

どういうわけかエネルギー世界に来ると、常に温暖な夜の湖だからだ。

雪景色の片鱗(へんりん)もない。

逆に、肉体を残した本殿では、寒くないよう常にストーブで暖を取ってある。


修祓(しゅばつ)とは、苦しみや悲しみを薙ぎ払って光へ変えるという意味合いもある。

 それは喜びや希望。

 修験者たちが石座神社でおこなったという水想観奥義(すいそうかんおうぎ)とは、

 心を澄みきった水のように精神を沈め、極楽浄土を目指す行のことだ。

 ハチ公もそういう気構えでおこなうといい」

「おこなうといいって、

 人に命じて自分は茶をすすっていたりガムくれたりしても説得力ねーぜ? 

 これのどこが遊びじゃねーってんだよ?」

「――なんか言ったか?」

「……いいえ。俺はもっとガムが欲しいです。ギブ・ミー・チューインガム」

「これはまだ序の口だ。本当の浄化作業はこんなものじゃない。

 それに比べたら、近頃のは遊びみたいなものだと言ったまでだ。

 それぐらいわからないとはな」

「……」


――遊びじゃなかったり遊びだったり忙しいな。

でも、そういう意味で言ったのなら納得はできる……かな? 

犬扱いされるのは腑に落ちないが。


「つまりあんたの言う本当の浄化作業は、あんたにも難しいってことか?」

「そうだ。だからお前にも協力してもらって、こうしてまずは訓練している」

「おい。一体俺になにをさせる気だよ?」 

「冬至決戦だ」

「冬至決戦?」

「一番太陽の力が弱まるその日が、本当の浄化作業だ」

「冬至って十二月二十一日だったよな。

 今日が十二月十四日だから……って、一週間後じゃねーか!」

 

俺の契約期間は十二月二十二日まで。

ちょうど決戦の翌日だ。

戦って死ね……もとい、戦ってから契約終了ということになる。

偶然とはいえ、できすぎなような気がした。

さしあたり、今は嵐の前の静けさということなのだろうか。

もし命の危険が差し迫ったら、それこそ本当に体脱したまま東京へトンズラだ。

そして、みんなともお別れだ。

もう少しでここを去る。

おそらくもう会うこともないだろう。

龍呼とも――

思い出として封印することにしよう……って、なにを封印?

まさか自分が本気で恋をしているとは認めたくなかった。

あくまでも美しい冬の菱湖の思い出。

そう、水墨画のようにいつしか薄れゆく思い出なのだ。


「それにしても、心を澄みきった水のように――水想観奥義ねぇ……」

 

話題をすり替えて、俺は冷静さを保とうとする。

湖を鏡のように見立て、岩盤で精神統一させる古の修験者たちが、

ハタキの柄の部分でトントンと気だるげに肩を叩いていた俺の脳裏に浮かんでは消えていった。



 

十二月十九日、雪――

日中に石座神社を訪れてみると、龍呼ではない巫女姿の別の女性が社務所に立っていた。  

何人いるかは知らないが、ひととおり俺もお守りを眺めてみることにする。

境内でとぐろを巻く龍波姫像をそのまま象ったミニチュア版『龍波姫御守』に目がいく。

神社側も大プッシュしているのか、その御守のポスターまで貼られてある。

こうして小さくなった龍波姫を見ても、どうしても人魚に見えてしまう。

そして雰囲気だけは、どことなく龍呼にも……。

――いや、お龍か……? 

龍呼の顔は見たことないからな。

チリチリンと付属の小さな鈴が鳴る勾玉のストラップ。


「こちらは翡翠の勾玉ですよ。

 原石の段階では普通の白い石ですが、その中は美しい輝きの翡翠色で、

 まるで菱湖のような緑色をしているんですよ。

 ペアなので、よろしければ縁結びのお守りとしていかがですか?」

 

縁結び……ペア。

俺が一つを持つとするならば、あとの一つは――

しかし俺は、掌に載せていた勾玉のストラップを元の場所に戻す。

ワタさんの顔が浮かび上がったからだ。

結局、俺はなにも買わなかった。

それにしてもと、雪に埋もれる社務所の裏側で雨宿りならぬ雪宿りする俺は、

まっさらな汚れのない白銀の境内を満喫する。

東京にいては滅多にお目にかかれない光景だ。

天から舞い落ちる雪華は、湖を浄化しているかの如し。

ワタさんの言うフラーレン、六角形の結晶がそれを手助けしてくれているような気もする。

シゲさんは郷土史料館で館長の仕事をしていて、

草薙さんは民宿にいると知っているのだが、

あとのメンバーが普段どこでなにをしているかまでは情報を得ていない。

興味がないから訊き出す予定もないのだが、

龍呼は巫女の他にもアルバイト的な他の仕事をしていそうな気もするが、

ワタさんはシステムエンジニアとかそういう系統臭いというのが俺の予測だった。


「いや、渡会という神道系の名字からして、

 どこかの神社の息子ということもありえるな……。

 だから率先して体脱する俺たちの補佐役をしていたんだろう」


久しぶりにスマホに電源を入れて、

うっとうしいメールは読まずにインターネットへと接続させる。

さくっと雪の情報を得るために。

しかし人間勝手なもので、あんなにうっとうしく感じていたメールも、

しばらく見ないと妙に愛しく感じられた。迷惑メールでさえ愛しく思える。

末期だろうか。

先月末に届いていた母からのメールを恐る恐る初めて開いてみれば、

「頑張って!」の実にあっさりとした一言のみだった。


「はぁ? どういうこった? あんなに電話でなまはげのように怒鳴りつけといて」

 

事情を知っているかのような意外な応援メッセージに、

安堵の息を漏らすと同時に俺は首を傾げた。

そして返信する代わりに、検索ページで『雪』にアクセスをかける。


「六花、天花、風花……なんともロマンチックな異称だな。

 ――さてと、民宿に戻って雪かきでもするか」

 

これといってたいした情報は得られず、すぐさま電源を切って、

さぁレンタカーへ戻ろうかと一歩を踏み出した刹那、

龍呼とワタさんの声が耳に飛び込み、反射的に俺は身を隠した。

二人は寄り添いながら並んで、社務所に売られてある御守を物色している。


「龍呼は赤い紐の方か。じゃあ俺はこっちの青い紐にしよう。

 あれ、この龍の顔なんて龍呼にそっくりじゃないか?」

「えー、ワタさんったら! 私こんなにギョロ目じゃないですー」

 

楽しそうに笑い合う二人は、まるで恋人同士のようだ。

俺が入り込めない世界が、この二人の間にはある。

ワタさんは龍呼の素顔を知っているかのような口ぶりだ。

実際、見たことはあるのだろう。ずっと一緒にいればどこかで……。


ええい、くそっ! 

またしても俺の目の前でイチャつきやがって。

これは当てつけか! 


俺はやっぱり呪われてんのか!?

俺が一体なにをしたっていうんだ!?

 

ここは縁結びの神社。

当然、お守りの中には縁結びの意味が込められているのもある。

きっと二人はあの勾玉のストラップを購入したに違いない。

俺はそう勘繰(かんぐ)る。

お守りの一つを手にした龍呼の鈴が、チリリンと幸せそうに軽快に鳴いた。


「――……」


息を押し殺す俺の、壁に張り付けた背中が冷たかった。

そっと俺はその場を去り、社務所の裏手から駐車場の方へと駆け出した。

と、そのとき――


「ぐわっ!」

「あ~ら、公ちゃんじゃないの~? ひょっとしてあの二人に焼きもち~? 

 あたしはそんな公ちゃんに焼きもち~」

 

いきなり後ろから現れた翠に抱きつかれ、俺は逃れようと暴れる。


「放せこのオカマ! おめーは俺のストーカーか!」

「片想いなんて切ないわね~。でも翠ちゃんがいるわよ~ん、ハチ公ちゃんっ」

「ハチ公言うな。それに誰が片想いだ誰が。俺は別に――」

 

そこまで言うが、その先がなかなか出てこなかった。


「あの二人、完全にできてるわね」

「――俺には関係ねぇよ」

 

プイッと目をそらすが、抱きつく翠はニタリと微笑み、更に両腕に圧力をかける。


「あ~ん公ちゃんってば嫉妬してる~! あたしはそんな公ちゃんに嫉妬するわ~!」

「ぐへっ……この馬鹿力! 誰が嫉妬……俺を絞め殺す気か!」

「う~ん、それもやってみたいけどぉ~、

 公ちゃんにはもうちょっとだけ生きててほしいしぃ~……」

「もうちょっとだけかよ!」

 

うなじに翠の吐息がかかって、俺の背筋に悪寒を走らせる。

再び今にも耳朶を噛まれかねない。

だが、「ふふふ」と薄気味悪いオカマ声で笑う翠は、

真っ赤なルージュの自分の唇を舐めてから俺を解放した。


「てめっ、このやろっ、覚えてろよ!

 ――い、いや、やっぱり今すぐ忘れろ! 俺は忘れてやった!」


悪態をついて走り出す俺の背後を見やりながら、嗤笑(ししょう)する翠は――


「もっと困って苦しめばいい。そうすれば龍波姫がきっと――……」



 

俺は、霊泉そばの駐車場にある自動販売機でミネラルウォーターを買って、

ゴクゴクと豪快な音を立てて飲み干した。

よもや、龍波姫も飲んだと言われる霊泉の隣りで水が売られる時代が来るとは、

彼女も予想だにしなかっただろうと思いを()せながら……。


「だから俺は現代版・龍波姫かっての」


どうせなら翠にこそぴったりな役柄じゃねーかと、

心の中で補足しながら俺は、菱湖へ来る直前の夢のことを(かえり)みた。

もし俺にも憑依している奴がいるとすれば、それは――龍波姫……? 

ハハッ、まさかな。

美女だと伝わる龍波姫の姿を想像する。

が、すぐにガタイのいい化粧も濃い金髪オカマの龍波姫がフッとよぎったせいで、

口に流し込んでいた水を噴射し、台無しにした。


「ゲホッゲホッ! ちくしょう翠め。まぁ、元々一本じゃ全然足りねーんだし」

 

すかさず二本目を購入した俺は、即行ふたを開けてガブガブと飲み込み体内を満たした。  

ワタさんの清涼感のある笑顔が脳裏をかすめると、

尚かつ三本目を買い求め、それも一気飲みした。

ヤケ酒ならぬヤケ水の浄化である。





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