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レインボー・エンジェルの犬  作者: 吹留 レラ
【第一章】 空飛ぶ美女
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(1)



地面が揺れていた。

いや、揺れていたのは自分自身か。

息荒く、足はもつれ、意識朦朧としたまま闇の中へと突き進んでいく。

月光が焼け付くように熱い。

巨大な風呂敷を広げたようになにもかもを覆い隠す夜半の森の中で、

いつもは儚い月が心強い灯火となって照らし出してくれている。

ひどく咽も渇いていた。

途端、どこからか水音が聞こえ出す。


運がいい。

こんこんと湧き出る泉が近くにあるのだろう。

そこへ辿り着くや(いな)や、腹ばいになり顔を近づけ、無我夢中で冷たい水をゴクゴク飲み続けた。

胃の中まで潤し、ふぅと息をついて落ち着いた頃、

揺らめく水面に映る丸い月と、あるモノの姿に驚き飛び退()いた。

 

月以外にそこに見えた異様なモノ――

ワニに似た爬虫類……(いな)、ギョロリとした赤い目の『龍』の姿に。

しかし、自分が退いたと同時に龍もまた消えたが、月はまだそこにいた。

怪訝(けげん)に思い、恐る恐る今一度のぞき込めば、


「なんだ、俺じゃねぇか……」


龍はどこにもいなかった。

笑いながら安堵の息を深々と漏らす。


ザワザワ……ザザァ――……。


木々までもが、嘲笑うかのようにざわめいていた。






第一章   空飛ぶ美女






「――龍波(たつなみ)姫じゃあるまいし」


一人ごちて、俺こと鉢山公介はレンタカーを走らせる。

いくら菱湖へ向かっていたとはいえ、自分は男だ。

なんで女、それも龍なんぞに化けなきゃならない。


「いかん、寝不足かな」

 

昨夜、旅先の予定を考えるのに興奮しすぎて変な夢を見た挙句、ほとんど眠れなかった。

十一月二十一日の今朝、東京駅から新幹線に乗りしばし仮眠をとったものの、

総合的に見ても睡眠時間は四時間弱といったところだろうか。

東京を出発して約三時間後、降りた菱湖駅近くでレンタカーを借り、

俺は一路、目的の菱湖へと車を走らせていた。

 

路線バスにしなかったのは、時間に制限されることなく自由に行きたい所へ行くためと、

周辺の旅館やホテルに泊まることなく、車の中で湖を眺めながら一晩をすごすため。

菱湖といえば、水色の絵の具をたらしたような水を満々とたたえる神秘の翡翠の湖――

龍となった龍波姫伝説で有名な湖だ。

ほぼ円形のくぼ地で、遠い昔に噴火してできたカルデラ湖と言われているが、

同じく龍となった龍凪(たつなぎ)との恋物語が、

人々を惹きつけてやまない浪漫の一つとして(うた)われている。

とはいえ、俺は別にそのエピソードに惹かれてやって来たわけではなかった。

男の自分には、とんと興味のない分野だからな。


「それにしてもやけにリアルだったな。巷に出回る本やゲームのしすぎかな」


夢の映像をリプレイしてみる。龍の顔だけが妙に印象深かったが、

なんというか……ものすごくゴツイ顔をしていた。

美女だという龍波姫でもああなるのかと驚くやら笑えるやら。

だが意外な点は、大きな赤い鋭い目がどこか愁いを帯びていたこと。


「ふぁ~あ」


久しぶりの車の運転とあって慎重でいたつもりが、

なぜか緊張感の緩んだあくびを漏らしてしまった。

その一瞬の油断が大敵だった。


「うぉっ!」


危うくガードレールにぶつかりそうになり、慌ててハンドルを切る。


「……危ねぇ危ねぇ。修理代まで払うはめになるところだったぜ」


寝不足というよりも、美女を馬鹿にした龍波姫の呪いだろうか。

女は怒らせると怖いからな。

北国の風景は、空気も澄んでいるせいか見ていて清々しい。

自然も多く、人間が造った物の方が多いせわしげな東京とは大違いだ。

確かに人工的な物もそれはそれで美しいが、それでも自然の美にはかなわない。

こんなにも恵まれた土地がありながら、

若者は故郷を離れどんどん都会に出ようとするその気持ちが俺にはわからない。

進学や自分の希望に見合う仕事がないのを理由に、一度出たら戻らない人も多いと聞く。

いろんな事情はあるにせよ。

自分はむしろその逆で、いつかはこちらに住みたいとさえ考えていた。

かくいう俺の母親が北国出身であったのだが、東京で生まれ育った俺は小さい頃に一度、

帰省した母親とともに北国を転々としていたと聞かされていた。

だが、そこでの記憶は父親との思い出同様皆無に等しく、

その後は再び東京へ移住し現在に至っている。

 

 

駅前を通り過ぎて十字路を右折し、目に飛び込んで来たコンビニで買い物を済ませ国道を北進、

道なりに進んでいくと、風光明媚な稜線の山々が目に飛び込んできた。

ひときわ目立つ雄々しくそびえ立つ山は、鉢山と、カーナビが示している。

その下腹部へ連なって見える低い山の峰々がまた、龍の背のような錯覚を覚えさせた。

風水でいう龍脈だかなんだかは知らないが、

その類いがあってもおかしくはない雰囲気をかもし出している。

さすがは龍伝説の残る土地だ。

風土や先入観にまで、龍が浸透しているのであろう。

しかし龍は、伝説の……想像の生き物だ。

神獣や霊獣として、麒麟(きりん)鳳凰(ほうおう)霊亀(れいき)とともに四霊の一つとされてはいても、

本当に見た人など果たしているのだろうか。


「ネス湖のネッシーみたいなもんか……。菱湖ならヒッシー?」

 

観光地としてなら歓迎ものだがそれはそれ。

現れないからこそ人を呼び込むのであって、本当に現れ暴れられたりでもすれば、

地域一帯が立ち入り禁止となって、それこそいろいろと大問題だ。


「――世界屈指の観光スポットになるのは間違いなさそうだがな」

 

それともう一つ。

『口の軽い人』に龍神は見えないそうである。

パンフレットかなにかにそう書いてあったのを、いつぞや見た記憶がある。


「口の軽い俺には、永遠に見れそうにないな」


身長は百八十センチと高い方だが、

それ以外は特に特徴のない平凡な俺が今回菱湖へ訪れた理由は、

一見CG加工に見えがちな湖の嘘臭い色をこの目で確かめるべく、

一度来てみたかったという平々凡々な理由ももちろんあるが、

なによりも自分と同じ名字の山『鉢山』があったことに運命を感じてという理由からだった。

単純だが、きっかけなんてそれで充分だ。

湖神である龍波姫を祀る石座(いわざ)神社の背後にある『鉢山』。

事前にコンビニで仕入れていた地図にそう記してあったし、カーナビにもそう表示してある。 

今ではナビという便利なGPS機能もあるが、

そういう便利さが人間を進化させるか退化させているのかもしれないな。

自分に霊感なんてものはこれっぽっちも持ち合わせてなどいないが、

見えないものを信じる人はきっとこう言うであろう。

――呼ばれている気がする……と。


現代人は信仰心も薄れ、感受性も乏しく、

進化するどころか退化してるんじゃないかとさえ考えさせられるのだが、決して過言ではない。

頭でっかちになって、ただでさえ見えないものがますます見えなくなってしまっている。

確証のないものは始めから信じずに、排除しているのかもしれなかったが、

すべては証拠ありきでこの世は無機質に構築されつつある。

だが俺は、証拠で説明ができることはあっても、それですべてが語られるとは信じていなかった。

例えば誰にでもある『心』を説明する際に、どうやって証拠を提示するというのか。


それはさておき――

旅先でなにが自分を待ち受けているのか、掴みどころのない不安感に煽られるよりも、

根拠のない大きな期待感だけがこの俺を突き動かす原動力へと繋がっていた。


「まぁ、北国美人を見たいがために、という理由もなきにしもあらずだな。

 ふっふっふ~。それもまた男の浪漫というものよ」

 

ちなみに、俺の母ちゃんが当てはまらない枠組みでもある。

一人であっても小心者ゆえ、心の中でこっそり本音をつけたすことも忘れない。

「北国不美人で~す」と笑って自己紹介する母親だが、いかんせん女は怒らせると怖いのだ。






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