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第五章別れ

 女中の鈴子が三日目に戻ってきた。

 最後のご挨拶にと、子守りをした女が日暮れ時にやってきた。丁度彼が家に帰っている時で、まあまあ夕飯でも食べて帰り給えと女を引きとめ、女も彼の言葉にじょうじて食卓についた。


 勤めの帰りに買ってきた魚の切り身は四切れしかなかったけれど、わたしの分を女の皿にのせて勧めた。彼は魚を肴に一杯やり、上機嫌で女を見送って行くと言い、立ち上がった。


 今日初めて見るかのように、わたしは女の顔をまじまじと真正面から見た。

 眉は三日月に柔らかな線を描き、華奢な鷲鼻が形良くこんもりと盛り上がっている。薄い唇が紫味を帯びた紅でくっきり縁取りされていて、わたしにはそのことがしなやかさの陰で夫へ女を挑発しているようにも思えた。わたしはこの女の薄い唇が彼の分厚い口の中に吸い込まれるのを想像しながら女を見送り、その背に塩でも投げつけたい衝動に駆られた。



*

 息子が小学校へ上がる春、突然彼が言った。

「あと一人赤ん坊が産まれるんだ。どうする」

わたしは意表をつく彼の言葉に呆気にとられて彼の顔をみた。


「どうするかと聴いてるんだよ。子供を認知できるかってことだ!」

 あまりの身勝手さにわたしは談判する前に彼を殺そうと思った。このまま黙って引き下がる訳にはいかない。とりあえずどちらかが家を出ることになる。どうしよう……。金もかかることだし、まずは彼の出す条件を聴くことにした。

結婚して八年目のことだった。



*

 わたしは東京に嫁いでいる姉に相談した。

 実家の兄夫婦の耳には入れたくない。兄はわたしが駆け落ちした時点で職場を自主退職し、個人経営の店に勤めていた。父親はわたしのことを苦に病んで脳梗塞で半身不随の身。家に篭ったきりなのだ。これ以上迷惑はかけられない、そのことだけは守らねばと思った。


「僕が出て行くよ」

その晩彼はわたしにそう言った。

「あの子を立派に育ててくれ。二度と会わないようにするからな」

 彼はそう言ってその日、何一つ持たず出て行った。

 弁護士をしている姉の連れ合いが裁判をすれば金が取れると言ったが、教員の身でまとまった金が払えるはずもないと、わたしは要求はしなかった。



*

 教員生活にも慣れたわたしは、給料もかなり上がっていた。

 息子の中学はエリートの学校を受験させた。同じ年に姉の子も一緒に受験し、時々遊びに来るようになった。田舎の小学校の教師をしていた時の子供らも上京したときは訪ねてくるようになった。我が家は急に賑やかになった。


 息子が高校へ入学した年に、彼の四番目の妻から彼が死んだと知らせがあった。葬儀の日も知らされたが、わたしは息子を葬儀に出席させる気もなかったし、その後息子が墓参りをすることも赦さなかった。息子に父親の死を知らせはしたが、自分の目の黒い内は父親の墓参りに行くことはしないで欲しいと伝え、息子も納得した。



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