第四章意外なこと
わたしは就職した小学校がとても気に入っていた。
教員の多くは敬虔なクリスチャンですこぶる居心地が良く、この先ずっとこの仕事が続けられそうな気がした。二年目には担任を持たせてもらえるようになり、帰宅の時間はこれまでより一時間くらい遅れるようになった。
息子は女中の守りで一日中過ごしていたが、三歳になると幼稚園に通うことになり、わたしが帰るのを待ち構えたように膝に乗ったり首にまとわりついたりして園での出来事を話した。
息子にはわたしのことをママと呼ばせることにし、彼のことはパパと呼んだ。
わたしにとっては初めての子供だが、彼には最初の妻の子と二番目の妻の子を合わせると五人目の子供だったわけだ。
わたしが家庭というものに描いていた夢とは大いなるずれがあり、そのことは少しわたしをがっかりさせた。
彼は子供には淡々とした父親だった。だが男としての精力はすこぶる旺盛で、疲れて帰るわたしの身体をむさぼるように求めてきた。疲れている時わたしがごめんね、と背を向けると、彼は不満そうな声を顕わにして、なーんだ!と呟く。あの頃はあれほど彼に抱かれることを熱望しここまで付いてきたのに、何故こんなにも冷めたのかと自分でもふしぎな気がした。
息子がやがて三歳になり四歳にもなると、パパは僕が好きじゃないんだと子供ながらに感じていたようで、甘えて傍に寄っていくこともしなくなった。休みの日に三人でどこかへ出かけましょうかと誘っても、彼はのんびりしていたいからと誘いに乗ろうとはしなかった。わたしは子供が喜ぶ電車に乗せてあちこち遊びに連れて行った。
或る日家に帰ったとき、女中の鈴子の姿が見えない。どうしたの、と彼に聞くと、二三日休みをやるから里帰りでもしたらと小遣いを渡したという。
わたしの意見も聞かず何故そのような勝手をするのかと憤りを感じたけれど、話しても所詮無駄だろうと口をつぐんだ。夫が代わりに子供を見てくれるひとを頼んでいるからと言ったからだ。女中に休みをとらせてまで何も他の女性を寄こすこともないのにと思っていたら、翌日日曜日の朝早く、その女性が訪ねてきた。
「この女性だよ、しばらくあの子をみてもらえばいい」
その人とは……すらりと上背のある長い髪の女、見た目には30歳はとおに越えていそうな目尻の皺が目立っていた。
随分年増の女に息子の世話を頼んだものだと思いつつ、わたしはいつも通り勤めに出た。帰りは6時を過ぎるが、その日は家のことも息子のことも気掛かりで5時40分に家に着いた。
部屋に入ると彼は肩肘をついて座敷に横になり煙草を吸っていた。その傍で息子は女に絵本を読んでもらっている。わたしは着物を着たその女の裾の乱れとアップに結った髪がいやにほつれているのが気にはなったが、下卑た想像を打ち消すように明るく振舞い、朝の出勤を続けていた。