第一章出会い
わたしの名前は橋塚満子。
初めて小学校の教師として山の麓の小さな学校へ赴任してきたのは19歳の時だった。自宅から通勤するのに汽車で一駅の距離にその小学校はあった。
わたしの生家は家を囲む二百年つづいたと言われる土塀が少し朽ちかけてはいるものの、城下町に相応しい風情を残していたし、玄関につづく石畳の脇の大きな池には、雨季になるとガマガエルが置き石の上に顔を出してしきりに鳴いた。
家の裏には兄嫁が丹精込めて作っている野菜の畑が広がっていた。歴史を重ねた広い木造の家で、両親と兄姉らの愛情をいっぱいに受けて何不自由ない暮らしに甘んじている末っ子のわたし……。
――その後、わたしが慣れ親しんだこの家を出ることになろうとは誰が想像したろう……。
*
わたしは赴任して間もなく三年生の担任を命ぜられ、その上音楽の担当も任されていた。郡部の音楽会がある時には授業が終わってから夕方近くまで課題曲の歌の指導をした。
その年の課題曲は《里の秋》。
購入されたばかりの古いピアノのキーを叩きながら何度も何度も*里の秋を歌わせた。子供達はわたしの指導する通りに素直に歌ってくれた。
歌の指導をしているとき、私の担任ではなかったが気になる女の子がいた。何となく寂しさが漂っている子だった。毎日の朝礼で全校生徒と教師が運動場に集まるとき、その子は三年生の列に並んでいたが、私のクラスの横の列の真ん中ほどの所からいつもじっとわたしを見ていた。
わたしがちらっと目を遣るとその子はハッとしたように睨み返した。
合唱の練習が始まったとき、わたしは初めてその子と話しをすることができた。
「歌うの好き?」
「はい」その子はただそれだけ応えてあまり物を言わなかった。他の子供達のことは全く気にならなかったのに何故なんだろう。
わたしは自分でもふしぎな気がしていた。
その内その子はわたしに甘えた仕草をしてくるようになった。色々おしゃべりしたり私の腕にしがみついたりした。
「先生をお家に連れてってよ」
わたしは思い切って女の子にお願いをしてみた。
女の子は「はい。いつでも」とはにかんだようにうつむいて笑った。
わたしは放課後その子の跡について家まで案内してもらった。
「遠いところをありがとうございます」
70歳くらいにみえる祖母という人が障子戸を開けて出迎えてくれた。いぶきの垣根で囲われたその子の家は少し高台にあり、坂を上がっていくと、古びた平屋が一軒建っていた。障子戸の前の廊下は昼間は雨戸が開けられているので、庭に入ってくる者はそこに座ることができた。
「いつもこの子がお世話になっておりまして……」と祖母という人は丁寧にお辞儀をして、更に、
「あれの母親は関西で勤めていまして医者をしています。だからこの子のことはわたしは不憫に思うております」と説明した。
わたしはようやくその子には父親が居なくて、今は母親も不在、老いた祖母と2人でひっそり暮らしていることを知った。このときわたしは時々この家を訪ねてこの子を慰めてやろうと決めたのだ。
女の子とコンタクトをとるようになってからわたしは小学校へ行くのが楽しみになっていた。その子も私と話しをするのがうれしそうだった。
*
わたしは女の子の母親が実家に帰ったとき会ってみることにした。
小柄で理知的な顔付きをしているその人は、祖母から聞いていた通り女医さんらしい雰囲気が感じられた。渋いグリーンと黄のチェックのウールのジャージーで仕立てたワンピースを着ていて、40歳ぐらいに見えた。
母親と話している内にわたしが子供のとき、町の総合病院で診てもらっていたということがわかった。
「あの頃はとっても体が弱いお子さんでしたのに、こんなに大きくなられて……」と母親は優しい眼差しでわたしを見た。
わたしは女の子の母親のことが一遍で好きになっていた。
*
その後わたしは母親の了解を得ていたので、女の子を自宅に連れ帰って面倒を見ることが多くなった。女の子は学校からそのままランドセルを携えて私と一緒に汽車に乗ってうちに来た。
十畳の座敷の間にお膳を運び、ふたりきりでご飯を食べた。一緒にお風呂に入ってわたしは女の子の体を念入りに洗った。手の指の間を洗うとき握り拳を作らせて洗った。
夜は寝床を並べて寝た。朝起きて準備をして私と女の子が学校へ出かけていくのを、私の家族は温かく見送っていた。
*
三年生の終業式が終るころ、その女の子は小学校を変わることになったと私に伝えにきた。わたしは学校に行ってもその子がいないと思うと寂しかった。
その頃である。
わたしの目の前に一人の男があらわれたのは――。