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連続金髪殺人事件①

幼馴染の弥美が塾から帰ってこないから探して欲しい。弥美の親から頼まれ、嬉々として夜の闇に消えて行く瑠々。それは神との邂逅の瞬間であった。

1、連続金髪殺人事件①



 静かな朝。冷えきった家族に会話はない。

『連続金髪殺人事件、昨日で8件目』

 父親の読んでいた時代遅れの新聞の1面には、そう書かれていた。

 瑠々の父親は未だに紙のニュースペーパーに親しむ。『デジタルでは読んだ気がしない』だそうだ。

 ほとんどの新聞社が紙の新聞紙の発行をやめているのに、この『旭経新聞』だけはなぜか頑なに昔ながらの新聞紙を発行している。


「お父様、それ、ワタクシも読みたいのですが」

 興味をそそられた。なにせその殺人現場の一つが、この近くだったからだ。

「馬鹿者。お前は勉強をしておればいい! 早く学校へ行きなさい」

 予想通りのリアクション。この父親に、娘が可愛いという感性はない。


 ーーまあいいや。


 手元のタブレット型端末を起動させ、同じニュースをあける。

 瑠々は小学6年生だが、くだらない漫画よりリアルなニュースが好きだ。

 世の中には陰と陽がある。世の愚民は陽にばかり目が行く。私は陰の方が好き。陰の方が誰にも邪魔されず独占できると言うものだろう。

 瑠々はタブレット型を見ながら、カバンを手に取り、学校に向かった。

 

 2020年、小学校は完全に形骸化していた。教育省が塾に補助金を出すようになったことで、塾にかかる費用が半減。小学生の3人に2人が塾に通い、高い学力を獲得していた。

 そうなると、小学校は単なる「卒業資格発行所」となり、心ある少年少女たちは、相変わらずレベルの低い徒労にすら値せぬ軽薄なカリキュラムを漫然とこなすことを強いられる。むろんこれは『のこり8割』のためのカリキュラムだ。


「なぁに、瑠々? またニュース読んでんの?」

 朝、教室で瑠々に話しかけたのは、三枝弥美さえぐさみみという幼馴染の少女だった。時代にあわないお下げ髪が、幼さを過剰演出している。

「あ、うん、ちょっとね」

「受験にでるのは、そんな殺人事件とかじゃなくてね、世界遺産とか国連の動きとかなんだよー?」

 弥美も受験生だった。

「ふーん」どうでもいい。

「もうすぐ模試だよね。今日、塾で一緒に勉強して帰らない?」

「うん、まあいいよ」タブレットに目を落としたまま、なんとなく答える。そして、『あ』と声と顔をあげる。

「あんたんち、お迎えくるじゃない。何時までならOK?」

「9時半」

 ーーなんだ、結構早いな。

 没落したとはいえ、先祖代々の大きな屋敷に住んでいる瑠々と違って、弥美の家庭はいわゆるマンション住まいの中産階級。そういう家庭の方が娘を大切にしているのだから、因果なものである。

「だってさー、ママが最近、物騒な事件が多いっていうからさー」


「勉強のほうが大事だろ? 甘いよ、あんた」

 瑠々の顔は真顔だった。


 この世は甘くない。

 

 歳の離れたいとこに、大学生になれなかったものがいた。その家庭は父親が優秀で、瑠々の家庭ほど没落はしていなかった。だが、息子がまれに見る阿呆な奴で、どこの大学にも受からなかったのだ。

 3年。その家庭はみるみる荒んでいった。3年後、その息子は自分の無能さに頭が狂い家庭内暴力の毎日。母親は金を握って愛人と蒸発、父親は世間の風評に耐えかね、不甲斐なさから自殺した。その息子が努力しなかったわけではない。3年間必死で受験勉強したが、何浪してもどこの大学にも受かりそうになかったのだ。要するに、無能だった。カスだった。

 名家だったはずが、一瞬にして跡形もなく消え去った。その現実を瑠々は見ている。自分の父親が、気の狂ったそのドラ息子を精神病院に放り込み、事実上無くなった旧家からなけなしの遺産をかすめ取り、自分の負債返済にあてたことも知っている。


 瑠々の家庭はそれ以来、少しまともな生活ができるようになった。


 これが現代の常識。全国民の2割しか大学生になれないということは、そういうことなのだ。家庭が壊れたのも、家族が路頭に迷うのも、何もかも、無能だから悪いのだ。負けるから悪いのだ。阿呆だから悪いのだ。


 まあ、目の前の幼馴染は一般家庭出身だ。もしダメでもうだつの上がらないくだらない汚い奴隷同然の仕事ならありつけるだろうし、そこでくだらない男でも捕まえて、先の知れた人生を送ることもできよう。

 だが、自分はできない。瑠々は知っていた。

 今、親たちが死ぬほど働いてなんとか持ちこたえている、名家としての遺産、名声、権力。これをもれなくいただくには、絶対に大学に行かねばならない。政治家、代議士、開業医者、力強き資産保有者。これらの高級家庭には絶対についてまわるアタリマエの事象、宿業だ。


 エリートにならねばならない。


 まだその時は知らなかった。

 世の中には、もっと『上位』の存在があるということを。



「うちの弥美が帰ってこないの。瑠々ちゃん知らない?」

 ケイタイに弥美の母親から連絡があった。すでに時間は22時半を回っていた。弥美は勉強が予想以上に早く終わったので今から帰るとメールを打ったっきり、帰ってこないのだという。

 確かにおかしい。集中力がいつも以上に早く途切れた弥美は、すでに1時間半近く前に塾を出ている。ここは大手とはいえ、最寄り駅前の塾なので彼女の家までなら15分もあれば辿り着くはず。


 よぎった。

 先日の金髪の人殺しのことが。神のごとき神々しさを備えた、あのヒトのことが。


「わかった、探してみる」

 短く返答を済ませると、瑠々は夜の闇に駆け込んでいった。


 さっと自分のタブレット端末で弥美のGPS情報を見る。親でありながら、この程度の機転、それをなしうる技術力もないのか。

 瑠々は、様々な裏サイトをサーフィンし、クラスメイトのほとんどのケイタイGPSの情報をクラックして持っていた。いろいろな意味でこれはツカエル情報なのだ。

 ーーこ、これは。

 その位置情報を見ると、瑠々はニヤリと笑った。事件の匂いだ。


 検挙率が著しく下がった昨今の警察などあてにできない。ヤツらは事件が発覚し、誰かが死んで、尚且つ証拠があるときまで動かない。予防策としては無力なのだ。また、近頃、不祥事が目立ったこともあり、よけいに閉鎖的で保守的な形骸機関と成り下がっていた。

 私が探してやろう。夜は知り合いのようなものだ。なぜか色めき立っていた。興奮が止められなかった。

 昼より断然、夜の闇の方が居心地がいい。こんな私は、夜に愛されるだろう。


 向かったのは、となり町の公園だった。

 自転車を乗り捨てるように入り口に止めて、中に入る。

 瑠々はいつも持たされている、柄の逆側にスタンガンが内蔵された自作ナイフ、通称『ヴァリアントナイフ』を懐に忍ばせ、慎重に歩いた。護身術の類は一族の嗜みとして幼い頃から叩きこまれていたし、運動神経にも自信があった。夜目もきく。

 そのへんの暴漢ならば、一撃でショック死させることもできるだろうし、頸動脈を断ち切り、一瞬で葬り去るだけの技術も持ち合わせている。もちろん、そんなことはまだ一度たりともしたことはないが。いざとなれば、まったく躊躇せず、冷たい感覚を持って、切り裂くことだってできるだろう。その自信はあった。


『金髪連続殺人事件……すでに首都圏で9件。被害者は主に10代の男女。そのいくつかで金髪の人物が目撃されている』

 ちがう。9件などではない。発覚しなかったものも合わせれば、38件はあるはずだ。

『首都圏で』

 そうか。もっと地方でも似たような事件が起こっているのかもしれない。

 瑠々は昼間見た事件の情報を整理していた。時代遅れの父親とは違い、ネットを利用して周辺情報も完璧に得ていた。


 あのヒトに会えるかもしれない。そう思って、瑠々は瑠々なりに連続殺人犯の行動を分析していた。


 まず、事件の場所とそのパターン。発覚していた9件は、すべてちがう区で起こっているが、それにはパターンがあった。

 発覚しているものだけでも、そのすべては約30日置きに起こっており、9件のうちいくつか日にちが符号しないのは、未発見のものがあるからであろう。また、事件の場所だが、都内の大型公園を転々と嘲り笑うように起こっている。それも少しずつ移動しているのだ。警察の情報隠蔽か、ニュースにはなっていないが、30日前は瑠々の近所の大型公園であのヒトを見かけた。

 つまり、今日、事件を起こすなら区も隣の、ここであろうと予想がついた。


 果たして、それはあっていた。


 ーーいた。


 公園の茂みの奥。人目につきにくい植え込みの裏。

 探し求めた、あのカンジがそこにはあった。

 だが、少し違った。微妙に、何かが。 


「ダレダ」

 人間の声では無かった。

 全身にはしる悪寒。初めて感じる殺意という実体。暗がりの中、その左手を見る。

 幼馴染は全裸で、弄ばれていた。

「あ……」


 ーーコイツは……、ちがう。


 幼馴染の安否より先に入ってきた情報。

 確かに金髪だし、うっすらとその身体は光ってこそいる。

 でもちがうのだ。

 神々しさ、が足りない。


「弥美っ!」

 どうしてこの幼馴染は寄り道などしたのだろうか。

 まったくおろかしい。本来なら助ける必要などなかろう。

 その幼馴染は朦朧とした意識の中、親しい友の姿をその両の眼に捉えると、急に息を吹き返し、

「瑠々っ、きちゃだめぇええっ。にげてぇええっ!」 

 叫ぶ。顔も身体も泥と血と、金髪男による体液で薄汚く穢されている。


 気づけばナイフを構え、走りだしていた。

 自分でも不思議だった。なぜこんなおせっかいを? そいつとは、親友とは名ばかりの、ただ顔を突き合わせるだけの上っ面の友情ではなかったか? 死の危険を冒してまで助けるほどの人物だったか?


 ーーちがう。


 確かに、感じていたのだ。『快楽』を。

 血がたぎり、殺意むき出しでただただ突進するのが小気味良かったのだ。


 ーーああ、すっきりする。どうして?


 金髪男はナイフを持って襲ってくる女児に向かって、蹴りを入れる。エモノを左手に持ったまま、無茶な体勢で。

 瑠々は蹴りを待っていた。蹴りには女児でもできる簡単な対処法があるのだ。

 音速で繰り出された相手の左脚を抱え込むようにして両腕で捉える。そのまま脇にしぼりこむようにして引き寄せ。身体の軸をしっかり作って反転、全身のバネを利用して一気に。

 投げる。

 金髪の男はその身体を180度回転させ、わけもわからず地面にたたきつけられていた。弥美はだらしなく植え込みに放り出されたが、気を回す心の余裕はない。

 すかさず。

 ばちぃいいっ! ヴァリアントナイフに仕込まれたスタンガンを相手のドタマにぶち当てる。


 ーー勝った。


 我ながら完璧な身のこなしだ。訓練通り。スタンガンから伝わる、相手の律動をキモチイイとすら思った。

「ぐぁああああぅっ! あああああああああああああああ……」

 おかしい。暴れるだけで、気絶する気配すらない。電圧をあげる。

「おおおおぉおおおおおお……っ」

 声にならない声をあげ、泡を吹く。濁った声が途切れない。

「うそっ? 大人でも即死するくらいの電圧なのに!」

 瑠々はその男の顎先をつま先で蹴り上げ、

 もう一度、今度はその心臓に向かってスタンガンを突きつける。『早く死ねっ!』改造を施した規格外の電撃に、相手の男の身体は幾度も痙攣を起こし、気味の悪い叫びごえをあげた。


 男は、地面に突っ伏したまま、動かなくなった。

「……やったか?」

 普通の人間ならとっくに死んでいるはずだった。

 もはや、『やりすぎること』に躊躇がなかった。どうせ正当防衛だ。暴漢に襲われた12才の女児を有罪にはできまい。法律で裁かれることはないだろうと、そのへんは冷静に頭が回っていた。

 動かない。

 わずかにあった神々しさもまるで無くなった。やはり30日前に見たあのヒトとは違った。

 第一、体躯がデカいし、上品さのかけらもない。

 小学生に欲情する単なるゲスだ。


「瑠々……」弥美は腰が抜けていて、その場から動けなかった。

「弥美、だめじゃない、寄り道しちゃあ。あんた、よわいんだからさ」

 何事も無かったかのように、微笑む。ついでに自分の上着をかけてやる。

「あ、……うん」

 ガクガクと弥美の身体はまだ震えていた。引き裂かれた服の間から、少女の未熟な乳房が見え隠れしている。引きずり回されたのだろう。生傷もいたるところにあった。

「さ、さっさとかえろ。送るわ」

「……うん」すこしよろめきながら、弥美は立ち上がった。

「だから九時半まで勉強して、迎えに来るのを待ったらよかったのよ」

「うん……、ちょっと本屋さんに行きたくてさ……」

 妙に気を使った言葉を投げかけないことが、瑠々なりの『優しさ』だった。

 ネットで買え。と思ったが、弥美は普通の女子だ。そんなことは無理だろう。本屋は近頃急速にその店舗数が減り、大型書店がこのあたりに一件あるくらいだった。あのあと、隣駅まで来たのだろう。



 ーーキサマハカエサナイ。


 脳内に直接響くような声。

「ん? 弥美。なんか言った?」頭を振る弥美。

 瑠々の視界が急激に反転した。頭に血が上り、フッと意識が遠ざかる。メガネがずり落ち、スカートが逆向きにめくれ上がっていた。

「きゃぁああああーーーーーーっ! 瑠々ーーーっ!」

 右脚を強烈な力で締め付けられている。瑠々の身体は空中で逆さまになっていた。

「しぶといわねっ!」

 逆さのまま、男の脇腹に向かってナイフを突き立てる。

 が、ナイフはまるで岩にでも当たったかのように、鈍い手応えを残し弾かれた。2,3度試みるも同じ。皮膚が人間のそれとはあまりにもかけ離れていた。

「うそっ!」

「ぅううう……」もはや男は正気を失っていた。

 ブン。瑠々を天上に持ち上げる。筋力を爆発させる前の、微妙なタメ。瑠々は地面にたたきつけられることを予見した。

 逃れようと暴れるが、信じられない力でねじ上げられている。


「このバケモノっ! このっ、このっ!」

 弥美は小石を拾って投げつけていた。が、ほとんど意味をなさない。

 ホコリを払うようにうっとおしそうにしながら、ほんの一瞬、男の動きは止まった。

「何ヤッてんの! 早く逃げなさいったら!」

「やだもん、やだもん、瑠々はお友達だもん、見捨てるなんていやだもん」

 弥美の顔が涙でさらに腫れていた。

「……ばか」

 ーーほんと、ガキなんだから……。

 でもそれで最後の抵抗を示す気になれた。

「フンッ!」

 腹筋を一気に収縮させ、右手で自分の右脚を掴んだ男の手をつかむ。そこに、逆手でナイフを突き立てて、残りの電流を全部、流し込んだ。

「っ!?」

 一瞬男は怯んだ。がそれは、却って投げられるのを早めただけだった。


 ーーだめ、たたきつけられる。この高さと腕力じゃきっと……。助からない。


 助けて、かみさま。なんでもするから……。


 一番きらいな神頼みすらしてしまっている自分を恥じる余裕さえなかった。猛烈な勢いで中空に身体が持ち上がり、急降下していく。


 ーーきみの願い、聞き届けよう。


「えっ? かみさま?」

 目を開けると、目の前には星のない、真っ暗な夜空。瞬間、流れ星が一筋流れた。

 脚の拘束が急になくなった。周りの風景だけが静かに流れて。

 どさっと地面に落ちた。痛くない。


 涼しげな顔で微笑む貴女きじょの姿がそこにあった。

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