回想のち、蜃気楼の向こうに
さてさて、砂漠のお空でイーニェイに遭遇、及び撃墜されてから、もう5日もたった。
という事はだ。こうして日の出を眺めるのは既に四回目になる訳なのだが……
ビックリした。
それはもう、牛が空を飛んだ!とか隣の家にカミナリが落ちた!とか並みにビックリした。
それもそうだろう。夜明けの日の出の光に照らされて、何も無い砂漠に突如“輝く道”が現れたのだ。
「スゲー!光る道とかどんなファンタジー??」
大興奮で窓に張り付くラサ、それとは対象的にいつも通りのイーニェイが突っ込む。
「ファンタジー? ヨク分からないけど、ラサ…」
「ん、どーしたよ?今の俺はとっても盛り上がっているぞ!」
「そんな事はどうでもいい。けどラサ、写真、取らなくていいのか?」
あ………
「因みにあれ、もう消えるよ」
彼女が言い終えるや否や、光の道はその粒子を閃かせて空に消える。
な……思わぬファンタジーにシャッターチャンスを逃してしまうとは…写真家失格だぞ、これ。
「イイヤ、アレハ見ナカッタコトニシヨウ。」
「ラサ?なんだか発音が変」
そんな事より、とイーニェイは“輝く道”の消えていった方角を指差す。
「あっち! “雨明けの道”の先にあるヨ」
雨の流れた道に微かに残った水が朝日で蒸発して道に見える。
あの景色は雨の次の日の朝だけ限定の“雨明けの道”というところだろうか…
ショックで固まった頭の端で、冷静にそんな事を考える自分がいる。
ファーォ
膝を抱えて座り込み、手は無意識に隣で丸くなったモフモフの背を撫でる。
「ラサ、結局その仔に名前、つけたのか?」
「ごめんなさいごめんなさいシャッターチャンス逃すとかごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
延々とブツブツ言い続けるラサに、イーニェイは無言で蹴りを入れる。
「ごめドゲシャ!……イーニェイさん、痛い」
「…………」
無言で見下ろす視線に耐えかね、ラサも思考を再起動させる。
「名前?うーん、いろいろ考えたんだが今ひとつでな。コーシカ、とかどうだ?古い言葉で子猫って意味だが」
個人的には良いと思うのだが。
「…ダメ。この仔はフポ」
もう決めてるなら聞かないでほしい。こっちも一生懸命考えたのに。
フポかぁ、悪くは無いと思うのだが、……意味が気になる。
この数日で学んだことだが、狩猟民族だけあってか、イーニェイの思考はなかなかバイオレンスだ。
イーニェイの事だから殺戮、とか皆殺し、とかいう物騒な名前の可能性を否定出来ない。
「違う。失礼な。フポは石の名前、綺麗な石」
…石っすか。
「おーい毛玉よ、お前の名前はフポに決まったぞー。意味は石ころだってさー。文句が有ったらそっちのねーちゃんに言うんだぞ」
フミャァ。
どうやら文句は無い様だ。
と、言うわけで拾って来た毛玉の名前も決まったところで、昨夜の事を思い出して大きなため息が漏れる。
あのあと、大量に出来てしまった蟹の屍を前に、冷静になったイーニェイはそのまま現実逃避で寝にいってしまった。
俺も疲れてはいたが、さすがに高価な薬を連発して見返りなしじゃ心が収まらん! と一人男の料理に取りかかった。
殻を砕く様にして割って蟹肉を入手し、それをちょうど平に割れた殻の上に乗せて香草と塩を振る。
後はそれを日で焼けた砂の上に並べて時々ひっくり返すだけ。
名付けて“簡単蟹ステーキ”。そこそこ美味しいし、干し肉のみじん切りを混ぜた蟹味噌を掛けると素人料理とは思えない味になる。
「おーい、イーニェイー起きてるかぁ?」
焼きたての蟹にたっぷりの蟹味噌を掛けて家に入る。
「クンクン、おかわり!! 」
まだ食べてもいないのにおかわり宣言ですか・・・
まあ材料はありすぎるくらいあるし、問題は無いのだが。
と、まぁそんな訳で蟹で機嫌を取りつつ、蟹が大漁過ぎて手に負えないことを報告する。
イーニェイは最後まで静かに聞いていたが、全てを聞き終わるとゆっくりとフォークを置き、厳かに告げる。
「分かった。おかわり!」
…はい?
「イッ、イーニェイさん?話聞いてましたか?なんか他に言うこと無いんですか?」
「ないよ。だって……」
じっとラサの瞳の覗き込みながら、イーニェイは厳かに告げる。
「大丈夫、中身は私が食べてアゲル。ラサは殻を持ってかえって売ればいい」
……なんかこう、「蟹が美味しかったー」とか言われるの覚悟で突っ込む用意してたのだが。
なんだか照れ臭くなって、イーニェイとおかわりの蟹を焼きに外へ出たおれは、“その”光景に愕然となる。
「なっ、馬鹿な! あれだけの蟹があったんだぞ!」
「……ラサ…蟹は?蟹ノ残リハドコヘイッタ?」
そう、消えていたのだ。山と積まれた蟹が!
これだけあれば干し肉にして五日くらいは持つぞーとか考えていたのだが…
怒り薄斧を構えるイーニェイと、蛍玉やらその他劇薬指定の薬品やらを握りしめるラサだったが、直ぐに怒りを引っ込める事となる。
ファーォ。
そんな可愛い様な間抜けな様な、なんとも形容し難い緩い声が蟹の残骸からする。
犯人見つけたり!と勇んで飛び出した二人であったがその毛玉(命名、フポ)の魅力に一瞬でノックアウトされ、現在に至る。
「あの蟹、食ったの絶対お前だよなぁ」
隣で丸くなり、なされるが儘に背中を掻かれているフポに気を良くしながら、ラサはポツリと漏らす。
あの量の蟹を食ってケロっとしているとは、これからの食事量が大変不安である。
さて、そんな二人の(+一匹)の平和な空の旅は、“光の道”の瞬きが消えていく様に、急速に終わりを告げる。
「ラサ!見えたぞ。アレが水の都だ」
イーニェイが指差す先、蜃気楼の幕の向こうに、煌めく湖と白亜の街が、姿を表す。
と、言う事で、長かったプロローグ編(これ、プロローグだったんです!)終幕です




