急降下のち無駄遣い
主人公初の戦闘シーンです。
今回割りと長め
「……ラサ!急ぐ!急いで舟降ろす」
それは二人で窓辺に並び、上空特有の涼やかな風に穂げている時だった。
イーニェイの鼻がヒクヒクしたかと思ったら、突然、弾かれた様に立ち上がり操凧環に飛びついた。
「おっおい!どしたんだよ⁉」
突然の彼女の行動に驚きつつも状況を分析する。
今はまだ昼間、それも日輪は天道の丁度真ん中を過ぎたところ。
地上が大変な暑さであろうことぐらいはラサでも容易に想像がつく。
この暑さで舟を降ろすとなるとよっぽどの理由があるはずだ。
ならば特別な獲物でも居たのかと窓から地上を見下ろしても、何も居ない。
「どうしたってんだよ、何にも居ねーぞ?」
戯けて言ってみるも、兎に角降ろす、の一点張り。
それでもまぁ、イーニェイが下らない事でこんな風に騒ぐ奴で無い事ぐらいは分かっている。
(なら、自分はこいつを信じよう。)
そうと決めればあとは早い。
操凧環を闇雲にまわすイーニェイに代わり、天井にのびるロープを調節する。
家舟の浮力を担う大凧は、四本の太いロープで住居部分につながれている。
操凧環はその四本のロープの傾きを調節しているもので、こういうときには使うには不向きだ。
「違うイーニェイ、こんなに上昇風が吹いてんだ。凧を広げるんじゃなく、ゆっくりすぼめるんだ」
舟の高度を落とす方法は三つある。
一つは放っといて風が止むのを待つ方法。
ただしこれだと時間がかかる上に狙った場所に下ろせない。
そのために舟乗りの多くは、凧を縦向きに近くして一気に降ろすか、さもなくば風船の様にすぼめて風の影響を減らして落ちる様に降ろす方法をとる。
昼間の砂漠の様に常に強い上昇風が吹いている場所では凧を目一杯広げて角度をつける方法はバランスが崩れやすい。
イーニェイと代わって操凧環を握り、床窓から着陸場所を探す
丁度、砂が小山の様に吹き溜まった場所を見つけたので、そこに慎重に舟を降ろしていく。
コトッと軽い音を立てて家舟が着陸するが早い、吊り梯子を下ろしたイーニェイが二階へ駆け上がる。
二階。といっても凧を格納しておくためだけの部屋で、二人で作業するには狭い。
けれど、そんなこと言ってられるか! という様子のイーニェイに俺も慌ててついて行き、凧を畳むのを手伝う。
あとはロープが絡まない様に縛って、凧を取り込むための二階天井のハッチを閉じ鍵を掛け終わり。
・・・と思ったらイーニェイはそのままの勢いで窓という窓を全部閉じ、内側に更に毛布などを張ってあっと言う間に密室を作ってしまった。
「えーっと……ごめん状況説明をお願い」
内心、流石にここまで詳しい説明なしで勝手にされるのは、少しイラっとする。
毛布を張るときなど、平気で釘を使って打ち込んでいるのだから、家主としては一言言っておくのは当然だろう。
「水、いっぱいの水降りてくる。舟ガ壊れる」
いっぱいの水?
降ってくると言う事は・・・・雨だろうか?
「って言ってもなぁ・・・暑っ!!」
外の様子を確かめ様と、毛皮をズラし窓から身を乗り出すと・・・
青々とした空には雲一つなく、それ以上に凄まじい熱が窓の木戸越しで顔を焼いた。
「青空が・・・眩しいな。ってそうじゃねぇ!!」
雨どころか雲すらねぇとは…と頭を抱えたラサは、更なる問題に気づく。
昼間の砂漠、密閉された部屋、知恵熱、そりゃ暑い。
むしろ暑過ぎると人間は汗をかかなくなるという新事実すら発見してしまった。
「あの……イーニェイサン…すごく暑いんですが……」
「待つ、もうすぐ……来る!」
カーテンに耳を押し付け、外の音を聞いていたイーニェイが慌ててありったけの食料を二階へ持って 行こうとする。
首を傾げつつ、もう一度窓の外を覗き込んだ俺は
「来るって雨なんか何処……に…も………アレ?…何ぞ、コレ」
予想外の光景に固まる。
ラサの故郷では大雨が降る事を「鍋を逆さにした様だ」と表現するが、正にそれだ。
雨などという言葉では生ぬるい、水滴が点で無く、面であるかの様にすら見える光景。
それすら直ぐに、窓に打ち付ける水煙に呑まれて見えなくなる。
「……はぁ?」
何時の間に! とか何があった! とかさまざまな疑問が飛び交っていたラサの脳裏だが、もっと直接的な刺激に現実に戻される。
家が、動き出した。
イーニェイが言っていたではないか
「砂漠の干からびた砂は水を弾く」
と。
砂丘に舟を降ろした。とはいえ、慌てていたのできちんとした天辺に下ろせた訳では無かったらしい。
これだけの水が一切吸収されず降っている。
飛ぶために軽量化された家舟などひとたまりも無く流されるだろう。
「ちょっ……マジでか!」
空中分解対策として作り自体は丈夫な家舟だが、このままではいずれ水が染みてきて水没する危険も出てきた。
食料など水に濡れては困る物を二階に集めているイーニェイの行動を遅まきながら理解し、ラサも急いで手伝いに回る。
結局。
十分もしないうちに雨は降り出した時と同じ様に唐突に止み、家舟も砂丘の中ほどまで流されただけで済んだ。
「ふー。一時はどうなる事かと思ったが、良かったなぁ無事に済んで」
ほっとすると、さっきまで慌てふためいていたのが嘘の様に笑いが込み上げてくる。
「ウン、でも……」
「汚れは気にすんなって、洗えばとれるからさ」
イーニェイは家のなかを見渡して、少し顔をしかめる。
窓や外壁など雨に打たれた所が汚れたり、少し欠けたり、僅かに雨漏りした他は大きな被害も無く家舟は無事であった。
「違う、あれ」
・・・これは一体、如何なる仕打ちかとラサは目の前の光景から逃げ出したくなる。
蟹の群れ。
それも人より背だけは高いラサとほぼ変わらぬ大きさの蟹に、二人と一棟は取り囲まれていた。
あの騒動の直後にこれって…と思うと心が痛くなる。
見かけは湿地などに生息する大型の蟹種に似ているが、鋏というより爪とか鎌の様な両腕など細部は異なっている蟹。
雨で溺死した獲物を求めて出てきた集団、と言ったところだろう。
「ラサはソコにいて!」
イーニェイは囲まれていると気づくやいなや、自慢の薄斧を振り回し、蟹を迎撃するため飛び出す。
(綺麗だ。)
割りと危機的な状況にありながら、ラサが思ったのは薄斧の乱舞への、そんな感想だけであった。
が、事態はそう簡単には進まない。
イーニェイが相手取るのは蟹達。
対し彼女の舞はあくまで一対一の戦法。
当然残りの蟹はラサとその家に押し寄せる。
だが。
事態はあくまで蟹達にうまく運ばない。
「…バーカ!こちとら辺境写真家なんでね、荒事耐性はそこそこあるんだよ!! 」
振りかぶられた蟹の爪、それを咄嗟に躱し、ポケットから小瓶を投げつける。
シューーッ!!
煙を立てて蟹の硬い鎧甲羅が溶けていく。
写真家の扱う薬のなかには、原液のままだと強い酸性を持つものもいくつかある。
出費はかさむが、効果は抜群だ。
悶える仲間の声に他の蟹達もこちらに注目いたところに。
「目ぇ瞑れ!」
蛍玉を三粒ほど、足元の地面に投げつけ、イーニェイに注意をする。
途端、蛍とは名ばかりの強烈な閃光が固く閉じた瞼を通り越し目を焼く。
直接目にした蟹達は皆、泡を吹いてひっくり返り、微かに痙攣していた。
多数使えば光だけで大きな獣すら殺す写真家の奥の手、蛍玉。
移像の作業時にも使う強酸の小瓶と合わせて写真家の身を守る手段である。
・・・ただし、すごく高い。
「さて、どうしよう。これ・・・」
ひっくり返って気絶したイーニェイ、トドメだけは刺した大量の巨大蟹《お肉》、無駄遣いした高価な薬品。
どれから片付けよう・・・・
お久しぶりです。
感想を!どんなきついお言葉でも構いません、感想を下さい
2013/2/9 改訂しました




