霰の娘__今はまだ傍観者の視点から
彼女は砂漠では珍しい、霰の降る日に生まれた。
砂の大地を吹き抜ける風の音が、彼女の子守唄であった。
彼女が覚えているのは、ボロボロの屋根の隙間から見える穴だらけの青空と男達の罵声。
霰の日に生まれた女。蛮族の娘。彼女の周りの大人は様々に彼女を罵った。
砂の民の聖地を踏み荒らし、一粒の金の代償に人を殺した悪商達。
そのうちの一人が攫った女に産ませた子供。忌の娘。
母は自分を産んだ日に自ら命を絶ち、彼女は母と共に捕まった女たちに育てられた。
憎しみをもって愛され、嫌悪と共に可愛がられた。やがて父たる悪商が破滅し逃げ出すその日まで。
彼女は初めて野に放たれた。
地を駆け砂に潜り、彼女は野生を謳歌した。
無知な彼女を生かしたのは育て親たちの絶望まみれの思い出話と、その類稀な学習力であった。
微かに伝え聞いた通りに化け物の如き野獣と戦い、その殻や骨を削って大きな斧を作った。
薄く大きな斧は砂の民の伝統的な武器だ。薄いから軽く、そして鋭い。
彼女は耳で聞いたことだけを頼りに薄斧を完成させた。
彼女にとって人間は敵であった。
母を慰み者にした父たち悪商はもちろん、自分を見捨てた母の一族も味方では無い。
彼女は野生であると同時に追われる身でもあった。
悪商たちは未だ奴隷を集め、砂の民の一族は悪商達を憎んだ。
平原から来た悪商達の白い肌に砂漠の銀の髪をもつ彼女は、その両方から狙われた。
人間は皆彼女の敵であったが、世界は違った。
彼女には雨を感じることが出来た。
砂漠の雨は実に唐突に降る。
海の上をたゆたう雨雲が急な突風に流され、砂の大地でその身を削る。風に流される雲の叫びが、確かに彼女には聞こえていた。
雨が流れた後の砂からは塩が採れる。
塩をつけた肉は長持ちするし美味しくなる。
雨が溜まった小さな水たまりでは香りのいい植物が採れる。
香草は煮込んでも肉と焼いても美味しい。
彼女の食卓は日々豊かになっていった。
砂漠の厳しい自然が、干からびていた彼女の心を少しづつ解していた。
そして同時に彼女は心の奥のそのまた奥で、密かに待っていた。
幼い日に聞いたお伽噺の様に、〈大鷹の王子様〉がいつか、彼女を攫ってくれる日を。
やがて彼女は出会うこととなる。
空に浮かぶ奇妙な家〈リバンハウス(家舟)〉と。
彼女の名は、霰の日の娘。
やがて砂へ還る者。




