赤熱の商傭団─1
2013/2/9 前編後編を統一しました。
ご迷惑を御掛けします
2013/3/28 名前を「赤熱の子守唄」から「赤熱の商傭団」に変更しました。
男は忌々し気にギラギラと輝く真っ赤な太陽を睨みつけていた。
「レッドヒート・ララバイ」ことララバイは暑いものが嫌いだ。
もっとも、より正確には『自分より暑苦しいものが』だが。
「…か~っ!なんだあの太陽、有り得ねー、暑苦し過ぎるだろ!」
ムキムキ強面のおっさんがハンマー振り回しながら吼えても、まるで説得力がないのなんて気にもしない。
ララバイ率いるアヴァール商庸団は砂の大地を進んでいた。
「ラ~ラバイ、なんで私たちこんな所に居る訳~?」
バカっぽい声で『ガキ』が尋ねてるのにさえ、癇に障る。
「るせーぞ『ガキ』、どーせお前は何言っても忘れんだろ、聞くな!」
怒鳴りつけると『ガキ』が イーッだ!っと拗ねて、『ハゲ』か『クモ』がすかさずフォローする。
世間様にはそこそこ恐れられる<アヴァール商傭団>なんぞと言っても、所詮こんなもんである。
今もララバイ達アヴァーイ商傭団は護衛の仕事中だ。
護衛対象はとある大商人の一行で、平原を越えはるばる砂漠の国を目指す変わり者達であった。
「そーいやさぁ、依頼人様ぁよ?」
「どうされたかね?護衛人君」
依頼人は五十代程のスラリとした紳士。
この暑さの中、四頭の砂山羊に担がれたカゴから首を突き出してはしゃぐお茶目な人だ。
「ははっは!! 依頼人様ぁ、落ちんなよ」
「ハッハッハ、問題無いよ。それより護衛人君、さっきの質問は何だったんだね?」
ーー快活に笑いつつも、その目に欠片程の油断も無い辺りが本当にお茶目な人だ。
なんてことは口には出さず、代わりに
「・・・なんでそんな暑そーな格好してんだ?」
前から気になっていたことを聞いてお茶を濁す。暑い男でも空気ぐらい読むものなのだ。
それに実際、黒染め長袖のスーツ、なんて砂漠を渡るのに向いた服装とはとても言えない。
「ふっふっふ、紳士の嗜みだよ。それより傭兵君、よそ見していて大丈夫なのかね?」
「はっ!こんな緩い奴らなんざぁ屁でもねぇ」
ブォン!
ララバイの身の丈程もあるハンマーが目の前の蟹の脚を叩き折る。
鬼爪蟹。鉄の如き鎧に身を包み、並の剣では傷もつけられぬ巨躯の蟹にララバイ一行は囲まれていた。
横から振り下ろされた、鬼爪の名を冠する太く禍々しい爪を返す刀にハンマーで弾く。
バランスを崩し、腹を晒した愚かな蟹に『ガキ』が火筒で穴を開ける。
火筒の轟音に怯んだ残りの蟹を『クモ』がロープで縛り上げ、『チビ』と『ハゲ』が刺突剣で、ララバイがハンマーでそれぞれトドメを刺す。
「ほ~、素晴らしいね。特にそのお嬢さんの持っているそれは見たことのない物だ、詳しく聞いてもよいかね?」
大商人とは言え、火筒を知らなくとも仕方が無い。
そもそもこの火筒、『ハゲ』が暇つぶしに作った物を『チビ』が実用化した一品ものなのだ。
危険性も高く、整備が出来る者がいないと使い物にならないため商品化が難しい、と『ハゲ』がボヤいていた。
「わりーが依頼人様、こいつは非売品でね。まぁ、商談のテーブルにつくくらいは構わんがな」
「そうだよー。これは私のなんだからね!」
ガキが大人の会話に口挟むな!と『ガキ』に鬼爪蟹の解体に向かわせる。
鬼爪蟹の鎧の様な甲羅や爪は鍛冶屋や細工屋などその手の業者に渡せばかなりの大金に化ける。
こうした狩の獲物も貴重な商傭団の資金源である。
「ボス、どうやら近くに大王種が居る様です」
言われてみれば辺りには未だ微かに、けけど強烈な気配が漂っている。
先ほどの鬼爪以外にも、今日だけですでに五回の戦闘が行われている、この上さらに大王種との戦闘は無理がある。
けれど
「フッフッフハーッハッハッハ。面白い!ギリギリを超えた先の勝利。面白過ぎるわ!!」
『レッドヒート・ララバイ』。大好きなものは暑い漢の戦いである。
大王蟹。
他の大型蟹の中でも群を抜く巨体を持ち、降った雨が流れ込み出来る湖に生息する水場の番人。
何より特徴的なのは黒光りする鋭い鋏である。
黒、という色は熱を溜める。
砂漠の日差しを蓄えた鋏は鉄の鎧でさえ溶かし、切りかかった剣は触れる前に粘土の様に強度を失う。
「暑いなぁ、お前。……行くぞ!」
もはや言葉は不要と一気に間合いを詰めるララバイ。
蟹はやや大きな左の鋏を盾の様に構え、右の鋏で威嚇する。
ドンッ!とララバイが一歩大きく踏み出してハンマーを左の鋏に叩きつける。
普通の大型蟹なら一発で崩せる一撃も大王の鎧甲羅に微かな凹みを与えるに留まった。
「ッ!なんつー熱だ、ハンマーが保たねぇ」
「大将! 商売道具は大事に扱えっていつも言ってるでしょ!! 」
後ろで『ハゲ』が何か叫んでいるが、かまっている余裕はない。
「ララバイ、退いて!」
『ガキ』の声に慌てて横に飛び退く。
ズドンッ!
一瞬前までララバイの頭があった所に鉄の球が突っ込む。
「アッブねーだろ!!」
「ええー。わたしはララバイなら避けれると信じてだねー」
ララバイのハンマーでも歯が立たない大王種の鎧が強引に引き裂かれる。
グギー!!!
大王もこれには流石に堪らず防御を緩める。
その僅かな隙間に『チビ』が突っ込み、 素早く左の鋏の根元に飛びつき、刺突剣を突き刺す。
緑の体液が吹き出し、大王が絶叫する。
「まーだまだー!」
ララバイのハンマーが突き刺さった刺突剣を叩いて根元まで埋没させる。
ブチブチブチッ!と嫌な音が辺りに響き、左の、盾の鋏が千切れ落ちる。
グギャー!!
黒き大王が怒りに吼え、鋏を振り上げる。
インパクトの反動で動けないララバイ、蟹の方は右の鋏でその首筋を狙う。
だが、
振り下ろされた鋭い突きは、ララバイの首を捉えることなく、その寸前で止まる。
「……ボス、遊ばないで下さい。」
クモが投げたロープが鋏を縛り付け、その稼働域を狭めていた。
「相変わらずいい仕事してるな、クモ」
流石アヴァール商傭団のストッパーと呼ばれる男。
強敵との暑い死闘に燃えるララバイの心を僅かとはいえ落ち着かせる。
それでも油断出来る状況でないのは、ブチブチと音を立てて焼き切られていくロープが物語っていた。
「さて、わりーがこれで終わりとしよう!」
鋏に力を込めているため、無防備な大王の腹部にララバイの会心の一撃が炸裂し、巨躯の蟹は口から緑の体液混じりの泡を吐き絶命する。
「いやー、素晴らしい。あの大王をたったこれだけの人数でとは、恐れ入る。」
夜、風を除けるために砂が窪地になった場所でテントを張り、一行は焚き火を囲んでいた。
背後には、鬼爪、大王の鎧甲羅や素晴らしい爪鋏が積まれある。
大王蟹の肉は、その巨体に似合わず緻密で繊細な味がする。
その上足が早く、その肉を味わうのは狩人のみに許された贅沢である。
潰して団子状にした蟹肉を調理用の香草で包み、未だ熱を放つ大王蟹の鋏で焼いたそれは大変美味であった。
「……さて、あの大量の肉、……どうしよう………」
大王蟹も鬼爪蟹も、本来はもっと大勢で狩ることがいろんな意味で鉄則だったりする。
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2013/2/9 手直ししました




