砂笛のち到着
二章終了とか前回言ってましたが、切りが悪いのでもう一話追加です。
まいどまいど思うことではあるが、砂漠の景色ってのはなかなか面白みに欠ける。
もちろん何処までも延々と砂が広がっている光景は、草原から来た人間の度肝を抜くことは確実だし、砂丘の影と反射の織りなす光のコントラストは思わずシャッターを押してしまうくらいには絶景だ。
絶景なのだが────なにせ飽きる。
何処までも続く雄大な景色は、慣れてしまえば代わり映えのしない退屈な日常。光のコントラストは目を痛めつける凶悪な攻撃に早変わりだ。普段、そんなことはあまり苦にならない分────こうしてひたすら沈黙したまま歩かされていると余計にキツイ。
はたして自分はどのくらい歩くことができたのか、もしかしたら始めの場所からほとんど動いていないのではないか。そんな妄想で頭が痛くなってきた頃───突然、村が現れた。
いや、『村』というには俺の知っているそれとは大分雰囲気が違う。
普通、王国で村と言ったら家舟の集団のことを言う。いかに土地に縛られない家舟とはいえ、地に足を付けていたい者は必ず居る。もう空を舞うのがしんどい年寄りや幼子が居たりあるいはこれから生まれる家庭は地上で生活する。
そんな人たちがまとまって暮らす集団の単位のことが王国で言う『村』。
まあ他にも、侵略戦争時に敗北して農奴に落ちた連中なんかの、家舟を持たない者の集団のことも『村』と呼ばれる───が、今俺の目の前に広がる光景はそのどちらとも違う感じがする。
そもそも家とおぼしき建物の形からしてまるで違う。俺の思い描く『家』が四角い箱形なら、ここのは簡易テントかなにかと言ったところ。というか地面に布を張っただけ、にしか見えない。
まあ確かに、こんな何にも無さそうな砂漠ではテントの支柱になりそうな物なんかあるとは思えないけど……。
吹き抜ける砂まじりの風なんかよりずっと痛烈に、ここが俺にとっての異界であると。そう知らしめるかのようにティ・サーリルはそこに確かにあった。
疲れ切った身体を引きずるようにして歩き続けること半日あまり。
途中で疲れすぎた俺がリーダー男たちをからかいまくって殴られたり、ラファルに励まされてあまりの清々しさに余計に疲れたりした他は、ほとんど休むこともなく歩き続けた一行はようやく足を止めた。
「ふぇ……もうダメ」
「オブル,グ. ワンヤ,イエッタレン,ンゴバ」
止まる勢いのままに座り込んでしまったラサに吐き捨てるように毒づいたリーダー男は、自分の後ろを歩いていた砂漠の民の一人に何かを命令する。
「ヤ!」
言われた男は大きく頷いて。
ピィーーーー
甲高く指笛を吹いた。
遮る物の無い砂漠に広がった音に満足そうに頷くと、リーダー男は再び歩き始めてしまう。
「立って。従わないと」
へんにょりとへたり込んでいた俺を見かねたのか、イーニェイがこっちを見ないようにしながら引きずり起こしてくれる。
「もういいって。それに俺もう疲れて歩けないって……」
「大丈夫、さっきのが合図。サーリルはすぐそこ」
だから立って、と。ちらりと向けられた視線の有無を言わさぬ光に、棒切れと化した足をなんとか奮い立たせる。
リーダー男が遅い! とでも言いたげに何か吠えて、周りの男達に追い立てられるようにイーニェイと離されて歩かされる。
なんとか振り返って視界の端でかするようにしてみたイーニェイの顔。さっきは冷たい無表情に見えていたその顔に、ほんの微かに心配そうな色が漏れているのが見えたのは、俺の思い上がりではないはずだ。
そうして再び歩かされることしばらく。どこがもうすぐだイーニェイの嘘つき、と心の中でぐちぐち呟いていた俺の五感のどれかが違和感を運んでくる。
何せ一日中、代わり映えのしない焼けた砂の大地を延々来たのだ。五感のどれもが退屈しきって刺激を求めて敏感になっていた。
視覚は砂色と眩しい空に参っているし、耳は細かい粒子を孕んだ風の音でおかしくなりそうだし、肌と口はジャリジャリするだけだし、嗅覚は湿度0%の熱風に馬鹿になりそうで────鼻?
嗅覚、鼻、……匂い!
「な、イーニェイ何か匂わないか?」
この半日で会得した『自然に歩くペースを落としてイーニェイと会話する隙をつくる』スキルを最大限発揮して、イーニェイに今しがたの発見を口をできるだけ動かさないようにして伝える。
日暮れも近く、降下風の音で他の砂漠の民には聞こえてないだろう。
「匂い?………本当、煙の匂い」
ああなるほど煙か。確かにこの何処か懐かしいような匂いは煙の匂いだ。
これなら咄嗟に分からなくても仕方あるまい。イーニェイが使っていたので嗅いだことがあるとはいえ、ドロリとした奇妙な燃料を燃やして焚く砂漠の民の火の煙は、植物を燃やして焚く草原の火の煙とは違った匂いがするのだ。
「ヤガンマクゼバ,ドッテルミン」
もうすぐつくのか! と期待に胸を膨らませた俺の目の前で、急に視界が広げた。
大きめの砂丘と砂丘の谷になっている部分。大きな獣の骨でできた寝小屋がいくつか立ち並び、独特の匂いの煙が辺に漂っている。
子供達が走り回って、大人はそれを笑ってしかりながら自分たちの狩りの成果を解体していた。
疲れ切って、それ以上に刺激を求めていた脳はそんな一風変わった村の様子を細部まで写し取っていった。
三人の男が並んで砂山羊の解体をしている。二人掛かりで皮を剥いでいき、三人目は剥ぎ終わったところから肉と骨と腱にばらしていく。溢れる血も無駄にしないためだろう、砂山羊の下の地面には大きな袋の様な物があり、流れ出た命の赤い水はそこに溜まっていた。
少し離れたところでは熾き火を囲むようにして女たちが乾かした肉や苔玉、それに俺の見たことのない木の実を選り分けたり皮を剥いたりしている。
着ている服はみんな同じブカブカのローブ。
下降風と一緒に上空から舞い落ちてくる砂への対策なのか、全員フードはすっぽりと被っている。それなのに村の雰囲気自体は決して暗くない。
むしろ見ていくこっちがほっとする様な、そんな穏やかな空気が村全体に流れている。
「ここがティ・サーリル……」
こいつらが敵なのか味方なのか、信じていいのかどうかさえ定かではない。それでも一つだけ、写真家としていろんな人を撮ってきた感が告げている。
こんな平和そうな奴らに悪い奴なんて居ない!
「─デビャンバルガ,チリサン,アゲダラ・ヤッド,ダン.」
訂正。このジャラジャラしいリーダー男だけは好きになれそうにないや。
お待たせしました!(待ってくれてる人が居ると信じてますよ!)
これにて本当に二章終了です。
次回は「ある長の日常」をはさんで第三章に突入の予定です。




