警戒のち掴んだ手
一、二、三、──六人。
俺とイーニェイ以外誰もいなかった砂漠で、六人。全員が油断なく薄斧を構え、俺たちを見据えている。
五人は半円を描くように俺たちを取り囲み、一際大柄な男だけは斧を担いだまま、忌々しそうに俺たちをにらんでいた。
こいつは、おそらくこの集団のリーダー格なんだろう。
他の五人もイーニェイが着ているよりしっかりした作りの服を着ているのだが、こいつだけは別物。
色違いの砂山羊の皮を重ねたフード付きのローブには、至る所に何かの牙や骨が飾り付けられ、他と比べて明らかに豪華だ
身長の方も、俺も人より背は高い方だと思っていたが、多分こいつは俺よりでかい。
身長はもちろん分厚い筋肉に覆われているであろうその姿は、まさにゴツいの一言。
日差しを避けるためだろう、フードの目元から伸びる視線は鋭く、きつく結ばれた眉が物語る感情は、誰の目にも明らかだろう。
「モズネブ,マガラ,バジカ.! モゲラ,ダズ,ハミブ!!!」
やばい。それがなんでなのかも、そもそもこいつらが誰なのかも分からないが、一つ分かることがある。
こいつら怒ってる。
それもなんかかなりマジ。
「モズネブ! モズネブ,マガラ,バジガ!」
リーダー格が砂漠の言葉で何か叫ぶと、後ろの五人も手にした槍を威嚇するよう突き出し、同じ様なことを叫ぶ。
聞いたことの無い単語なのでないを言っているのかさっぱりなので俺が反応に困っていると。
「ノア!! ラサ,ノア,ムガラ,ダバ,モズネーブ!!」
俺の半歩後ろ、ちょうど俺には死角になっていて見えない場所で固まっていたイーニェイが、ようやく再起動してくれたらしい。
「イーニェイ! 解せつふぉが!!」
イーニェイに通訳をしてもらい、現状をなんとかしようと、目の前の六人から視線を逸らさないようにしながら後ろに声をかけた───瞬間。
一瞬目の前が真っ白になった。
視界が回復すると同時に、額と落下の衝撃を受けた背中に痛みが走る。
倒れた俺を見下ろしているリーダー男を見れば、何をされたかは火を見るよりも明か、という奴である。
『暴力は如何なる言葉よりも優秀な、万物共通の絶対言語である』。かの偉大な侵略王が、王国拡張戦争のときに発した台詞だそうだ。
なるほど、言葉は通じないがコイツが言いたいことは何となく分かった。
「黙れ」か「喋るな」。大穴狙いで「クソが!」ってとこ。間違っても愛の文句では無いだろう。
「ヤラハ,マグウニッタベ,ナザラ,ダ,フエヌ!!」
俺を助けようとしたのか、後ろでイーニェイがなにか叫んでいる。
それでもその場を動けないのは、おそらくさっきリーダーさんが言った言葉のせいだろう。
やっぱり「動くな!」が最有力候補かな? なんて。
脳みそが事態に付いていっていないのか、頭に浮かぶのはそんな現実逃避めいたことばかり。
「ラーザン,イマガフ」
リーダー男が何か言って、担いでいた斧を両手に持ち替える。
ああ…。これは終わったかもしれない。
「ソシュルダンニャ? マグフ,ルイ,ジ」
そんなとき、後ろにいた一人がそれに反対する様に声をかける。
それが気に入らなかったのか、男はがなり返すように何かって、そこから二人は口論になった。
何があった?
少なくともあのリーダーっぽい男の中では、俺に対して斧を使う系の処刑が確定しているように見えた。
後ろから声を掛けた男の服装は他の四人と同じようにシンプルな物。服装で集団の中の順位が分かるとしたら、決して偉い人ではない様なのだが……
とにかく、リーダー男の視線は俺たちから離れている。
他の砂漠の民の連中も口論に意識を向けていて、俺たちに向いている視線は少ない。
それでも俺もイーニェイも、その場から逃げ出す、というは無かった。
後から聞いた話なのだが、このときイーニェイが動かなかったのは、野生の感だったらしい。
狩人独特の、自分がどう動けば相手はどうする、といった判断でどう動いても今より状況がよくなることはないと判断したらしい。
逆に俺はいくつかの打算から、その場を動かすにいた。
一つはこういった状況が、決して初めてではなかったこと。
写真家としてそれなりにいろんな辺境を旅したことがあり、中には何度かは殺されそうになったこともある。こういうときは下手に抵抗せずに、相手に従った方が安全だと、経験から知っていたから。
そして二つ目の理由だが………俺はまだ楽観視していたのだ。
アースガルズの街に入った初日に追いかけられたとはいえ、俺の知っている砂漠の民はイーニェイだけ。その記憶故、俺は──甘く見ていたのかもしれない。
しばらく口論していたリーダー男と後ろの人だか、どうやら最終的にリーダー男が論破されたらしい。
見るからに不機嫌そうで論破されはしたが納得はしていない、といった顔のリーダー男に変わり、後ろの男が前に出てきて俺の前に膝をついた。
フードの下から覗く顔立ちはかなり整っていて、警戒こそしているがリーダー男のように敵意むき出し、と言った感じではない。
「カ,ホバシャグラ.」
「え………えーっと……」
リーダー男がさっきまでがなり散らしていた様な、聞き取るのも精一杯な早口ではなく、わざとゆっくり話してくれているらしい。
ん? といった感じで俺の方を伺って来るが、俺の様子で言葉が通じていないのが分かったのだろう、視線をイーニェイに向けて。
「ラ、ダアムグニヒヤモイ、ゼニン.」
と付け足した。
こちらは少し早口だったが、イーニェイにはモンダイなく通じたらしい。
そこから二言三言短く言葉を交わした後、ようやくイーニェイが王国語で話し始めた。
「ラサ、この人たちティ・サーリルの狩りする人。ここティ・サーリルの狩りするところ。勝手に入るダメ……知らなかった」
こうなってしまったのは自分のせいだ、と言うように頭を下げるイーニェイ。
「何いってんだよ。知らなかったんだろ? ならお前が悪い訳じゃないって」
後ろでリーダー男が気に食わなさそうに鼻を鳴らしているが気にしない。
第一、イーニェイに案内たのんだのも俺なんだし、イーニェイが気にする要素は一つもない。
「そ、それでティ・サーリルのサイト、いくって。私たちも、一緒に。荷物持っていっていい。でも逃げるダメ」
コイツらの拠点に連れて行かれる……と。
まあいきなりここで首チョンパってのよりは穏便か。
………大丈夫か?
周りの砂漠の民も斧を構えたままで、扱いとしては捕虜の様な感じだろう。
目の前の男が何か言って、後ろに居た一人が俺たちの荷物を放り投げるようにして渡してくる。
風のせいで砂に埋まっていたのか、表面が砂だらけなこと以外、目立った損傷も無い。
掘り出しただけで中をあさったりされた形跡もない。
「どうすんだ? このままついてくのか?」
初対面でいきなり武器を突きつけられ、あげくなぐってきた様な奴らだ。当然俺としては素直に言うことを聞きたい相手ではない。
「この人たち狩りする人。強い」
戦ったり逃げたりしても勝ち目はない、と。
「わかった。なら───行くしか無いだろ」
「イイの?」
良くはない。
けど行くしか無いのだ。
砂塗れの荷物を背負う。
腰に巻きっぱなしだったポーチを調節し、最後に身震いして砂を落とす。
ちらりと背後に目をやりイーニェイの準備も終わったことを確認してから、精一杯の反抗をしてやる。
「俺の名前はラサ。写真家のラサだ」
そんな俺の言葉に反応したのは、さっきリーダー男と口論をしていた奴。
「ヤ,ラサ. ワ,ナ,ラファル.ティ・サーリル,ラファル」
きらりとした笑顔でそう言われれば、反抗も何もあったもんじゃない。
「ラファル……か。いい名前じゃないか」
嫌みたっぷりで差し出した右手は、笑顔とともに力一杯に握られた。
これにて第二章終了です。
次回「砂漠の連行のちティ・サーリル」!!




