朝食のち困憊・後
フポは昼過ぎくらいになるとフラッと戻ってくるらしい。
いつものことなので心配しないで大丈夫! という台詞にはいくつか突っ込みたいところだったけれども我慢する。
それより今優先するべきは今後の活動内容である。
何度か説明した通り、アースガルズの街の人間はかなり排他的だ。
特殊な環境のせいで、秘密の漏洩には特に細心の注意を払っている。その影響で、俺の様なことでもしない限り本来不法侵入は出来ない。
そして困るのは、入るのと同じくらい出るのも難しい、ということ。そのための条件などいくらでもあり、最低でも確かな信頼が必要になる。
商業都市で信頼を得るには何よりまずきちんとした実績がいる。
働いて結果を出したものだけが、信頼という権利を捥ぎ取れる。これが大人の社会というものだ。
発展中の開発都市とはいえ、それはこの街でも変わらない。
「つまりはしっかり働いて結果出さないと、いつまでたっても王国本土に帰れない! ってことだ」
朝食をとりながらイーニェイに今の状況を説明する。
自給自足の砂漠の民には難しい話だし、何となくで伝わればそれで良いかなと思っていたのだが。
「ならワタシは何をスル?」
「え?」
「だから、よくワカンナいけど、ラサがなんかシタイにでしょ? だったらワタシは何をスル?」
…どうやら俺はイーニェイをまだまだ侮っていたらしい。
手伝ってくれる、ということだろう。
「なんで…」
砂漠に詳しいイーニェイに手伝ってもらえたら。確かにそんな下心が無かったとは言わない。
でもまさかこうもあっさり手伝ってもらえるようになるとは、思ってもみなかった。
俺とイーニェイの間にあるのは、あの日撃墜されたときに出来たつながりだけ。こんな言い方をするとあれだが、イーニェイの謝罪の気持で着いてきてくれているだけなのだ。
家舟を撃墜されたときの借りなら、昨日斧をぶん投げられたことも含めてアースガルズの街に着くまでに何倍にもして返してもらっている。むしろこちらが御返ししたいくらいだ。
「ラサはオモしロい。だからだ!!」
ニカッと笑ってそう言われると、何とも返事に困る。
しかしこれ以上疑うのもイーニェイの親切に失礼だろう。
いろいろ台詞が脳裏をよぎり、
「……ほら、飯が冷めちまうぞ」
結局ごまかした。
しゃべっていたせいでスープが少し冷たくなってしまった。
生憎冷めたのはスープだけで、あんまりごまかせていなかったようだが。
先にスープはも飲み干していたイーニェイに恨めしい視線を送りつつ、急いで残りのスープをかきこむ。
全く……こっ恥ずかしいことを言われたせいで、今後の予定を決め損ねたではないか。
食事に使った椀や煮炊き用の鍋に砂を入れ茶色いタワシの様なもので擦る。
砂漠に来て初めて知ったことだが、洗い物はこうやってするらしい。
水が無いための応急処置的なものかと思っていたが、案外この辺りの地表のサラサラした砂は汚れをきれいに落としてくれる。乾けばきれいに落ちるので食事に砂が混ざる心配も無い。
ちなみにこのタワシの様なものは、砂漠の所々に生えている苔っぽい植物だ。初めて見たときはなかなか驚いて、思わず写真を撮ってしまった程の変わり種だ。
どこがどう変わっているのかというと、まずこの植物、見かけは丸い苔だ。
そうあの苔。河原の岩とかに生えてる、あの緑色の苔がこの灼熱の砂漠の地で見られるとは思いもしなかった。
とはいえ外観は俺の知っている苔とは随分違う。
球体。まんまるである。そこからはパッとイメージできる様な「苔むした岩」というかんじの厳かさは全く感じない。
むしろ、
「おれは今を生きるぜ!!」
みたいなアクティブ全開な雰囲気に、初見で見たときは思わず蹴り飛ばしてしまったくらいだ。
しかも生意気なことに、なんとこいつ走るのだ。砂漠の風がかなり強いのは前にも説明した通りだが、こいつはその天然風をうまく活用して生きている。
球形の体に内側にある根っこ。灼熱の大地をこいつはコロコロ、風の吹くまま気の向くまま。
苔のくせに実に生意気なヤローである。
「どうした? エンブールになんかついてタカ?」
ちなみにエンブールというのは砂漠の言葉で、この苔の固まりのことを言うらしい。俺は見たまんまに苔玉と呼んでいるのでそっちが定着してしまったが。
「いやな、砂漠って俺の知らないものがいっぱいあるなーって思ってさ」
砂漠に来るまではこんな苔があるなど、想像したことも無かった。
「俺は俺の知らないモノを見てみたい。一緒に着いてきてくれないか? 」
幸運なことにその願いは俺の仕事とも合致している。
第六新規開発区の予定地と、そこからさらに俺の調査が期待されている土地は広大だ。より精巧な調査のためならある程度規定外の行動にも目をつぶってもらえるかもしれない。
家舟をたたんで背負う。腰のポーチに薬類があるのを確かめ、日よけのフードを目深に被り直す。
イーニェイの方も鍋などの雑貨と干し肉の固まりや香草類を纏めて砂山羊の皮でくるみ、背中に掛ける。
「用意はイイか?」
辺をもう一度見渡し、忘れ物が無いことを確認する。
風とともに舞う砂が瞬く間に二人の痕跡を隠していく。
とりあえずは西に向かうことにした。商会からもらった大雑把な地図とイーニェイの証言から、その方向に二日も歩けばオアシスがあるらしい。
もちろん大きさは湖と比べるまでもないし、希鉄の含有率も僅かなだが拠点にするにはちょうどいいかもしれない。
「さて、行こうか」
湖の上で冷やされた風を頬をなでる。この涼やかな風とも暫くお別れだ。
背中から伸びる肩ひもをぐっとつかんで、よしっと気合いを入れ直し、砂漠の地に始めの一歩を繰り出す。
流されこの地に辿り着いてから初めて、自分の意志で何かを始められた気がした。
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とはいえ生憎、世界はそう簡単にはどうやら出来ていないらしい。
自分たちがいるところは晴れていても、遥か彼方で降った雨が鉄砲水の様に流れてくるのが砂漠というところだ。水害を気にするならば砂の峰を歩くのが一番最適と言える。
そもそも砂の峰とは風で砂が吹き溜った場所のこと。舞い上がる砂と風は容赦なく体をたたき、隠れるところの無い太陽はジリジリと体力を削り取っていく。
風が積んで行っただけの砂は新雪のように軽く、踏みしめれば踝まで砂に埋まることもたびたびあった。
ならばと峰の影に隠れる様にして風と太陽を避ければ、流れ落ちてくる砂に足を取られ碌に歩くことも出来なかった。
(どうやら自分は甘かったらしい)
砂漠をただ歩くだけのことがこんなに苦行だとは思わなかった。
目の前のイーニェイが軽々と歩いているというのに。
「…もうダメ………休む……」
口がカラカラに乾いて声を出すのがやっとだ。
ユラユラと蜃気楼に揺れる視界で、俺はようやくただ歩くだけのことが、どれだけ大変かを思い知った。
次回「調査開始のち◯◯◯」
ラ「ところでこのコーナー。見てる人いるのか」
イ「ソコは気にしたらダメ!」




