星と夜空の再会を
目がさめて一番はじめに見えたのは、いつかと同じ満点の星空だった。
雲一つない空を遮る様なのものは何一つ無く、王国では端から端まで見通すことの出来ない星の川は赤から緑の美しいグラデーションを見せている。
写真家としての性か、無意識に腰元に吊るした写影機に手を伸ばそうとしたところで、頭部に鋭い痛みを感じる。
「痛っ!!」
頭をかばおうとしても体が思うように動かないことに気づき、途端息が詰まった様な焦りが走る。
落ち着こうと、直前にあったことを思い出そうとするがーー
「あれ? 俺なにやってんだ、こんなところで…」
よく考えると、そもそもなんでこんな場所に寝ているのかも思い出せない。
ピオニエル商会で『第六新規開発区調査及び記録要員』なる仕事を請け負ったところまでは分かっている。
そのあとは…たしか『第六区』に家舟のパーツで寝床をつくって…
「だめだ、思い出せねえ」
無理に思い出そうとすると途端、鈍い頭痛がする。
そうこう考えているうちに体が慣れてきたのか、少しずつ感覚が戻ってくる。
もふ。
「もふ? ……暖かい?」
もふもふ。
ようやくかえってきた肌の感覚が、すこしチクチクとした刺激とモッフモフの暖かな温もりを伝えてくる。
見上げる空には満天の星。ぽかぽかと穏やかな温もりに包まれていると、冬の朝の布団に包まっているときのように幸せな気持ちになってくる。
戻ってきたのは肌の感覚だけで、視線は相変わらず空に固定されたまま。
だが、だからこそ余計なこと考えず幸せに浸ることが出来るというものだ。
直前まで感じていた焦りもすっかりなりを潜め、夜の砂漠を満喫する。
……夜の砂漠…だと!!
待て、何かが変だ。
直前のーー少なくとも思い出せる範囲の記憶によると、確かに俺は砂漠に来ていたはずだ。
少なくとも今眼前にある夜空は間違いなく本物だ…
どれだけ写影機が進歩しようとも、この瞬きを再現できるとは考えられない。
おそらく体のなかで唯一もふもふの外にある顔にはさっきから冷たい冷気を感じている。
まずここは砂漠だ。それは間違いない。
だが、だとするとなおさら混乱は酷くなる。
夜の砂漠は昼と打って変わってかなり冷え込む。
前のときはイーニェイの持っていた毛皮を二人で体に巻いて、寝るときに体温が落ちないように工夫していたのを思い出す。
変だ。
なんでこんなに暖かい?
確か今夜は家舟の凧を体に巻きつけて火を近くに焚いて寝ようかと思っていた気がする。
夜の砂漠という場所はそれくらい恐ろしいところなんだ。
第一、さっきから感じているこのモフモフしたものは俺の所持品でないことは確かだ。
こんな嵩張りそうなものを露営に持ち込うほど、自分は考えなしでは無いと信じている。
…とすると何だ? 自分は何者かに捕まったのか?
自分の物で無い何かに包まれ、直前の記憶は無く、全身麻痺に殴られたような頭痛。
事件か!?
何者かにさらわれた?
でもなんで?
それ以外だと…あれか? なんか砂漠の肉食獣的なのに捕まってこれから遅めの晩ご飯、て訳か?
いやだな〜そんなんだったら。
まあでも今のところ食べられてないのなら、生還の望みもありか!?
駄目だ、考えようにも頭痛のせいで思うように思考できない。アホなことばっかりポンポンでてくる。
「はあ・・・まっいっか。こんだけ考えても思い出せないってことは考えるだけ無駄ってことだ」
思考放棄というやつは、口に出して言うだけで何となく正当性のある言い訳に聞こえるから不思議だ。
なんとか動く顔面の筋肉を使い、ぎこちなく笑みを浮かべてみる。
この世はなるようにしかならん。
そんな時は笑って気楽にやり過ごせ、ってのは師匠と居たときに自分で学んだこと。
師匠が失敗したときによく口にしていた言葉を思い返すと、途端心持ち気が軽くなるのだから自分もずいぶんと現金なものだ。
「クス…」
ビクッ!!
なっ、な、なんか居る。
隣でなにか音が聞こえた。
こわ!
いやいや落ち着け俺。こんなときこそ冷静に、だ。
意外と気のせいとか空耳とかそんなところかもしれない。
第一こんなところに俺以外になにかいるわけ………
「くす………っぷ……っふふ」
だめだ。やっぱりなんかいる。
押し殺した様な幽かな空気のざわめきは、それだけでもなかなかに恐ろしい迫力である。
お化けか!? 砂漠の彷徨える亡霊とかか?
「ふふふふ。…ふふ、あはははは」
……あれ? なんか爆笑してね?
見たい。たとえ首を動かそうとするだけで全身に痛みが走ろうとも見たい。
お化けにこんだけ爆笑されてる自分も見たければ、そんな俺を見て爆笑しているお化けって奴も見ていたい。
動け我が肉体。今動かずして、いつ動く。
さあ!!
にゃあ。
そんな俺の願いが通じたのか、いきなり背中の地面が大きく動く。
ゴロゴロと温もりの中から、一気に寒空のもとに転げだされる。
さっきまでの眠気を誘う暖かさとは対象的な、冷たい夜空のもと、俺たちは再会する。
砂を避けるために閉じた目を開くと、そこは満天の星空だった。
月や星の並びは相変わらず故郷とは大違いで、どれがどの星かは分からない。
こうしてこいつの顔を見上げるのは二回目だ。
背中のまで垂れる 赤みがかった銀茶色の髪、砂漠に暮らしているにしては白っぽい肌に見覚えのある真っ青の瞳。……もう間違えない。
「久しぶり、イーニェイ。 痛かったぞ」
「ワ,ザッゲーラ,らさ。また会いタかったヨ」
こうして、俺は再び彼女と星を見る。
さーて、ここからが本番です。
次回「近況報告と◯◯◯」