商館と館の主
なんど見直しても、その看板には、
ピオニエル商会
の文字が刻まれている。
間違いない。
クジャが握っている斡旋書の地図の通りに歩いてきたのだし、何より看板に書いてある。
この特徴的な赤煉瓦の建物は間違いなくピオニエル商会。「 第六新規開発区調査及び記録要員 」とやらを募集してたのはここだろう。
「おいおいマジかよ…」
「でも確かに地図を見る限り場所は合ってるわよ」
っん! とクジャの差し出してくる地図と周囲の景色を見比べる。
「周りの店の名前までピッタリ一致。……はぁ。観念しよう」
概略だけの簡素な地図とはいえ、間違っているとも思えない。
地図は一致、店の名前も同じ。これで偽物だったら逆に笑える。
しかし・・・本物となるとこの家、どんだけ広いことになるんだろう。
玄関は第三層。中庭の壁は第四層に面しているとなると、これは相当の大物が主かもしれない。
「でラサ? どうする、ここは諦めるか? 」
仮にも不法滞在していた家に雇われるなど確かに危険だ。
そうでなくともこの街はアースガルズ。後から来たものはスパイの疑いをかけられる土地だ。
そのうえ俺はと言えば、正規のルートなど一切無視しての空から侵入した身。
危ないことをさけ、より慎重にならなければいけない。
「いや、ここを逃せば、以前の職は一切問わない、とか言ってくれる所ほかに無いかもだろ?」
国に帰るにはまず、金が必要なんだ。
多少の危険はもとより承知。いまは立ち止まっていても仕方が無い。
これほど俺にぴったりな職もそうそうあるとは思えない。
なにもアースガルズに限ったことではないが、商いをする店舗の外見は大きく二つに分かれる。
一つは市場なんかで御馴染みの店先に品物を並べるタイプの店。
通行人の目に留まりやすいし、家舟で空輸してきた荷物の搬入も簡単なことから現物を商う店に多い。
対して四方を壁に囲ませ、店内に重きをおく店のほとんどは、職人か紙の上で数字を扱う大商人となっている。
ピオニエル商会の店構えも立派なかべと高いところに据えられた明かり取り窓という、典型的な商館の体をしている。
何をしているのかいまいち分かりづらい店構えだが、探索者としてのラサの鼻は確かな金のにおいを感じて反応しっぱなしだ。
「くっくっく。臭う臭うぞ…いざ! 突撃!!」
「……それってどっちかっていうと私の台詞じゃない?」
金にこだわるクジャも反応していないはずがなく、鼻息が荒い。
そうと決まれば玄関先で息巻いている前にさっさと突撃あるのみだ。
せっかくいい写真が撮れたのに、それを買ってくれるはずの相手がすでにほかのほかの写影家から買っていた。みたいな状況は避けたい。
簡単に説明するなら
『世の中”早いもん勝ち”なんだぜい』
ってこと。
実際写影家の世界ではよくあることだ。
「たのもー!!」
しまった、緊張が変な風に作用していしまったようだ……
バン!! と勢いよく開かれた扉。
店の中は外の強い日差しを受けて小さな埃できらきらと輝く。
「…いらっしゃい」
店の中は、まるで酒場かなにかの様な装いとなっていた。
その奥、窓からの光もうまく届いていない暗がりから声が答える。
声の感じからするに、そこそこの年の方だろうと見当をつけ、それ相応に敬意を払って答える。
王国では、とくにある程度以上の年の人に多いのだが、年長者を敬うのが礼儀とされる。
挨拶一つ間違えただけでどんなよい商談でも破談にする老貴族もいる程だ。そこまで極端な人は少ないだろうが、気をつけるに超したことはない。
「お初御目にかかります。ラサ、と申します。この出会いに感謝します。」
多少クサいくらいの挨拶だが、このくらいしないと叩き出されるところもある。
まあ今更な感じはすこしするが…
「ときに無礼を承知で御訪ねしますが、この商会の主というのは貴方様のことにこざいますか?」
後ろでクジャが意外そうな顔をしている気配があるが、なんの不思議もない。伊達に写影家として並み居る貴族と商談してきたわけではないということだ。
そこまで黙ってクサい口上を聞いていた老人は、そのまま腰掛けていた上等そうな皮のいすに腰掛け直し、おもむろに声を上げて笑い出す。
「ハッハッハ! 面白いな小僧。この街にお前の半分も礼節を心得ている奴がいればいものを……見たところお客って訳では、無さそうだがな」
老人、というにはいささかハリのある声でわらった声の主は、台詞とは裏腹な視線をこちらに投げかけてくる。
食えないジジイーーいや、中年がいいところかもしれないがーーである。
「ええ、お客というよりは同僚として。 第六新規開発区調査及び記録要員に志願したく、出頭した次第にあります」
なれない長台詞。噛まずに言えたのはめっけものだ。
「第六新規開発区調査及び記録要員の募集? …ああ、あれのことか。いいだろう、これで三人目だ。そっちの嬢ちゃんは・・ただの付き添いか」
視線を向けられた途端全力で否定するクジャに思わず苦笑を漏らす。
そんな俺にジロリと視線を戻し、声の主は厳かに告げる。
「…で、なんじゃい? その小娘は小僧のこれかい」
ひっひっひ、とにやつく様な声の主。
どうでもいいが小指をたてる仕草は、中年というよりはただのおっさんである。