ヒモな時間のち職業紹介
この数日、クヂャと交互に起きては、いつ現れるかもしれない中庭の主に警戒しながら安眠からはほど遠い夜を過ごした。
昼間は湖の畔に立つ大小8つのタタラから聞こえる騒音や鍛冶街の喧噪で静寂とは無縁の街も嘘のように静かな夜。
一人することもにない俺は何気なく空を見上げる。
四角く切り取られた夜空には一面の星。
あの日イーニェイと見た満天の星は今日もそこにあって、時間とともに流れていく。
その中に彼女から教わった星座を見つける度うれしくなって、それから何とも言えなくなる。
彼女は、今どうしているだろう。
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写影機というのはカラクリであり、もっと言うなら精密機械だ。
世間一般のカラクリの認識なんて。
「よくわからなモノ」
「詳しい仕掛けは知らないが不思議を起こすもの」
その程度の認識でしかないし、中には。
「神の奇跡を云々…」
などと抜かす聖職者もいるくらいなのだ。 高性能なカラクリは確かに摩訶不思議なことを起こすし、それは信心深い人には神の奇跡にも悪魔の諸行にも見えることだろう。
まあ結局何が言いたいのかというと、カラクリの存在は知られていても詳しい整備の方法などはあまり知られていない、ということにつきる。
同郷の友人、クヂャ・ド・ノルに連れられて成り行きから(不法)滞在することになった人気のない中庭。
数日過ごしてみてわかったのは、ここの中庭の主人はほとんどこの屋敷には帰っていないのか、もしくはただこの屋敷には近づかないだけなのかはわからないがここは本当に人気のない場所だってことぐらい。
昼間はクヂャも仕事とやらで出かけているため暇になる。
太陽が燦々と降り注ぐ灼熱の大地は今日も焼けるように眩しい。
王国ならこの明るさ、金を取られるぞ。
ついこの間までさんざん苦しめられた日の光も細かい作業をしている今はありがたい。
「お、こんなところまで砂が混じってやがる。やっぱこまめに解体と掃除はしなきゃだめかなぁ? でもなかなかできねぇしなぁ 」
写影機は精密機構であり、その内部には細かい歯車やピンが並んでいる。写影機に限らずカラクリと呼ばれるものは日々の手入れが欠かせない。
はじめの数日こそ家主がいつ現れるかとビクビクしてそれ所ではなかった。それも三日目にもなると慣れがではじめ、そうなると今まで気にしていなかったあれやこれやが気になりだした次第だ。
写影機の整備もその一つで、漂流をはじめた頃からかなり雑にあつかっていたことを思い出すといても立っても居られなくなった。
おれに探索用家船やこの写影機をくれた師匠は、こと写影機の取り扱いには厳しい人だった。
もちろん写真家として家船に乗り、誰もたどり着けないような秘境へたどり着くのが写真家の本分である。
それを前提に、その上で写影機は大切に扱え。と常々言っていた師匠が今の有様を見れは間違いなくげんこつをもらうことになる。
「砂漠で砂埃が酷かった? 街についてからはそれ所じゃない? だからどうした、なんとかできただろ。それができないうちはお前は凡人なんだよ」
なんとかなる。
師匠の口癖に任せるなら、なんとかなるらしい。
全く迷惑な話なのだが、いかなる環境でも平然と整備をしていた師匠の偉大さを理解したのは、たしか独り立ちした後のことだった。
そんなわけでようやくこの仮住まい(不法滞在だが)にも慣れた今日この頃、漂流以来すっかりさぼっていた写影機の分解に着手したわけだ。
細かいパーツをなくさないように家船の凧を広げ、その上に座る。
家船の凧は普通、赤や紫などの鮮やかな色に染色されている。空での無用な事故を避けるため始まったとされる伝統的な染色技術で、貴族を筆頭に最近では豪華な色や模様が流行っているらしい。
探索用の家船の凧はその数少ない例外で、行く土地に合わせた迷彩のできるだけ目立たない色になっていて、これは危険の多い道中の安全度を少しでもあげるための暗黙のルールである。
もう一つ、探索を生業とするものの暗黙の了解としていかなる凧でも裏側は白にすべし。というのがある。街や大きな空道ではこちらを上にしてアッピールをするのが目的だとか。
「っく、レンズの中まで砂が入るってどんなだよ!…あれ?ここのネジどこいった??」
とまあ、小さな部品の多い写影機を解体するときなんかには落としたりしてもすぐに見つかるので重宝する。
ほかにもいざという時の白旗にもなるらしい。まあ俺はお世話になったことはないが。
いろいろと用途はある白凧だが、写真家は写影機の整備のときに使うくらいである。
「お〜い、起きてるか〜…って何やってんの?」
いきなり声をかけられてびくっとなり、慌てた拍子に写影機のパーツが白い布に大量投下される。
ついに中庭の主人の登場かと後ろを振り返って、脱力する。
「…あのなぁクジャ、何やってんのはこっちの台詞だよ」
四方を壁に囲まれた中庭の隅、背の高い草に隠された穴からヌッと顔を出した姿勢のクヂャ。
いつもなら朝方出かければ、昼まで戻らないというのに……
「まさかクジャ!!お前首になったのでは
「なっとらんわ! あと私の名前は何度も言うようにクヂャだ!」
…あっそう」
一瞬本気で焦った。
なにせこの街での収入源をもたない俺に取って、クヂャの労働はまさしく生命線なのだらな!
「ちょっとラサ!あんた今『クジャの労働は生命線なのだからな』とか考えてない? それってかなりヒモの人の意見だと思うんだけど…」
ヒモっていうな!!
仕方なかろう、いくら若い男手でも身元不明の不法侵入者を雇っててくれそうな所など早々あるものではない。
「こらそこ! 勝ち誇ったように開き直らない!…ほら、そんなあんたにいいものもらってきてあげたんだから感謝しなさい」
なんで俺の心の中が分かるのだ!! とか言いたいことはあったがそれよりクヂャのいう『いいもの』への興味の方が勝る。
「なんだよ。仕事さぼって来るくらいだ、よっぽどのもんなんだろうな」
ヒモのくせになんでこんなに偉そうなのよ…
あきれ顔のクヂャには反応せず、んっと突き出された羊皮紙を手に取る。
王国との交易の困難なこの土地では、紙媒体よりもそこらにいる砂山羊の皮を加工した羊皮紙の方が便利、ということか。
まあ肝心なのはそこではない。
羊皮紙に書かれた文面は、まさに今この状況において最も切望されていたと言っても過言ではない。
第六新規開発区調査及び記録要員の募集に関する要項
一 記録媒体(写影機推奨)を個人所有していること
二 移影や現像の知識、技術があること
三 以上の条件を満たしていれば身元、以前の職業は一切問わない
*この要項をお持ちの上、第三層ピオニエル商会まで!
気がつけば、いつのまにか拳を握りしめていた。
迷うことは無い。
なにかが、俺の中のなにかが叫んだ。
これは運命だ、突き進めと。
これでもうヒモなんて呼ばせない!!
今思えば、この決断がエマカルディアのもう一つの引き金だったのかもしれない。
そのころ、作者にも忘れられていた熱き商庸団は・・・・・
「ねえララバイ・・・」
「なんだ『ガキ』』
「ここどこ?」
「ああ?そんなもんは地図読みの『クモ』に聞け」
「・・いや・・・大将が『俺についてこい!!!!!』と」
「ええー私たち迷子?」
「すいませんねえほんとに。あんなこと言ってますが、うちの大将はやればできる人ですから」
「ははは。なーにかまいませんよ、時間はまだたくさんあるのですから」
絶賛迷い中だったとさ。