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孤立

一条玲奈に勧誘されてから。

銀香の中で、何かが決定的に変わってしまった。

(バレた…)

将棋をしていること。

本気で考えていること。

好きになりかけていること。

あの教室の空気。

笑い声。

「銀香が将棋とかウケる!」

その残響が、ずっと耳に残っている。

それ以来、なんとなく輪の中に入りづらくなった。

LINEの通知は見る。

でも返せない。

既読をつけて、閉じる。

話題に入るタイミングを逃す。

気づけば、会話は自分を通り過ぎていく。

溝は、ゆっくりと、でも確実に深くなっていった。

最近は、名前を呼ばれることも減った。

笑いの中心は、別の子になっている。

(ほらね…)

心の中で、誰かが言う。

(やっぱ無理だったじゃん…)

それでも、歩美だけは違った。

「銀香、今日帰りどっか寄る?」

「……用事あるし…」

「そっか…」

それ以上追及しない。

でも目が、どこか心配そうだった。

放課後。

銀香は一人で校門を出ようとする。

「待って。」

後ろから腕をつかまれた。

歩美だ。

金髪に派手なメイク。

誰よりも“ギャル”。

中学の頃からずっとそのスタイルを貫いてきた、筋金入り。

でも性格は、どこまでも姉さん肌だ。

「ちょっと屋上行こ。」

有無を言わせない口調。

銀香は抵抗しなかった。

屋上は風が強い。

フェンス越しに、夕焼けの街が広がっている。

「なんで避けるだよ?」

直球だった。

銀香は視線をそらす。

「避けてないし。」

「避けてる。」

即答。

「ウチら、なんかした?」

沈黙。

「友達としてさ、なんか不満あるなら言ってよ。」

“友達”。

その言葉に、銀香の肩がぴくりと動く。

「……友達、ね…」

自嘲気味に笑う。

歩美が眉をひそめる。

「なにそれ…」

銀香はフェンスを握る。

冷たい金属の感触。

「ウチさ。高校デビューなんだよね…」

歩美が瞬きをする。

「は?」

「小学校、ずっと入院してた。中学も病気で地味だったし。部活も入れなかったし。放課後も遊べなかった…」

言葉が止まらなくなる。

「みんなが普通にやってること、できなかったんだよ…わかる!小学校の時、遠足いけなくてさ〜自習だよ!自習!一人で!受けるよね〜おまけに戸締まりしてくれって頼まれて…先生に…みんな歩いてんだよ!楽しそに…窓から下見たら…それなのに、なに、戸締まりしとけって!」

つい何もかもぶちまけしまっていた銀香にはもう恥ずかしとかはどこかへ行ってしまっていた。

夕焼けが滲む。

「それ、小学校の時の話だろ…」

歩美はそれは過去の話だと言いたいんだろう。

でも銀香にはまだ昨日のことのように鮮烈に記憶に、体験に残っていた。それだけ銀香には堪えたことだった。

「だからさ、高校はキラキラするって決めたの。友達いっぱい作って、写真撮って、ワイワイして。」

拳を握る。

「それが夢だった。」

歩美は黙って聞いている。

「なのにさ。ウチ、将棋なんかハマって…」

声が震える。

「また地味なとこ戻るとか、無理なんだよ…」

振り向く。

「高校デビューのやつとか、ダサくない?」

歩美が目を見開く。

「こんなやつ、友達になれないっしょ。」

そういって歩美を見た銀香の目は真っ赤になっていた。

屋上に、風の音だけが響く。

歩美は本気で困惑していた。

なぜそんな発想になるのか、わからない。

歩美は昔から人付き合いに困ったことがない。

コンプレックスも少ない。

だから、銀香の「戻るのが怖い」という感覚が、掴めない。

「……意味わかんないわ…」

正直な言葉が漏れる。

銀香の胸が、ずきりと痛む。

(やっぱ無理じゃん)

「ウチの気持ちなんて、わかんないよ。」

声が冷える。

「わかろうとしてるじゃん!」

歩美が珍しく声を荒げる。

その一瞬。

銀香はもうダメだと思った。

通じない。

終わりだ。

「もういい。」

背を向ける。

「ありがとね。今まで。」

「銀香!」

呼び止める声を振り切って、屋上を出る。

廊下を歩きながら、スマホを取り出す。

グループLINE。

画面を見つめる。

一瞬だけ、指が止まる。

それでも。

――退会しますか?

タップ。

“銀香がグループを退出しました。”

それだけの表示。

画面がやけに静かだ。

教室に戻らず、そのまま帰る。

背中が軽い。

なのに、胸は重い。

夕焼けの中、ひとり歩く。

(これでいい)

自分で選んだ。

でも。

歩美の「意味わかんない」が、頭の中で何度も反響していた。

銀香は、とうとう孤立した。

自分の手で。


翌日銀香の席には誰もいなかった。

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