葛藤
銀香は、気づけば毎日将棋のことを考えていた。
朝起きた瞬間から、頭の片隅に盤面が浮かぶ。
歯を磨きながらも、昨日の指し手を思い出している。
――いやいや、ちょっと待って。
ギャルが将棋とか、マジ意味わかんないっしょ。
鏡に映る自分は、派手な髪にネイル。
どう見ても将棋盤の前に座るタイプじゃない。
「……これ、ハマってんのウチ?」
自分で自分にツッコミを入れる。
趣味なんだから気にしなくてよくね?
誰にも迷惑かけてないし。
そう思う反面、
――でもさ、このまま好きになってったらヤバくない?
将棋をしている自分の未来が、どうしても想像できなかった。
地味な部屋で黙々と盤を見る自分。
それが“銀香”とつながらない。
趣味で軽くやるくらいならいい。
そのくらいで止めとけばいい。
でも、やればやるほど止まらなくなる。
――このまま続けたら、ウチ、違う世界行っちゃわない?
――今のウチじゃなくなるんじゃない?
それが、怖かった。
ギャルとして生きてきた自分が、
将棋に夢中になる自分に塗り替えられる気がして。
その日から、考え込む時間が増えた。
教室でギャル友たちと騒いでいても、ふと意識が飛ぶ。
「ねえねえ銀香聞いてる?」
「え?あ、聞いてる聞いてるし!」
でもノリが遅れる。
笑うタイミングもズレる。
歩美がじっと銀奈を見る。
「銀香さ、最近なんか変じゃない?」
「はぁ?なにそれ。ウチいつも通りだし!」
銀香はわざと大げさに笑って、机を叩いてはしゃいでみせる。
「ほら見て!超元気なんですけどー!」
周りは笑ったけれど、歩美だけは納得していなかった。
「……なんか違う」
銀香は視線を逸らす。
――バレてる?
――いや、気のせいっしょ。
ある日の授業中。
黒板の文字を見ながら、銀香の頭の中には将棋盤が浮かんでいた。
――ここで銀上がったら詰むくね?
――いや、飛車切ってからか……
まぶたが重くなる。
気づけばそのまま、夢の中。
夢の中でも、盤の前に座っていた。
高坂と向かい合い、駒を指している。
「次の一手は?」
夢の中の高坂が聞く。
銀香は即答する。
「え、ここ銀出して王追い込むっしょ」
その瞬間。
「神崎!」
現実の声。
銀香はびくっと跳ねる。
「はいっ!?銀出して王追い込みます!!」
教室が一瞬静まり返り、次の瞬間大爆笑。
「なんだそれ!」
「将棋?」
銀香は顔を真っ赤にする。
「ちょ、違うし!夢見てただけだし!」
笑いの渦の中で、高坂は黙って銀香を見ていた。
そして歩美も…
――夢にまで見るほどか。
銀香が将棋をただの遊び以上に考えていることに、はっきり気づいた。
銀香は机に突っ伏しながら心臓を押さえる。
――最悪……バレた……
――ウチ、マジでハマってるじゃん……
笑われた恥ずかしさより、
自分の中の変化が怖かった。
ギャルなのに。
将棋なんかに。
それでも頭の中では、駒が動き続けていた。
好きになってはいけない気がするのに、
考えるのを止められない。
銀香はその矛盾に、毎日少しずつ追い詰められていった。




