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家族の将棋盤

「なに?この本?父さんのかな…」


弟の桂斗は銀香の放り投げていた本を見つけていた。ページをめくっていると、銀香が通り過ぎようとしたので聞いてみた。


「これ、父さんの?姉ちゃん知ってる?」


「は?あ〜これ…知らない…あ、そこ置いといて…」


今度は帰っきた父、金一がその本を見つけていた。

 

「お~い桂人〜これ、片付けとけよー」


「あ〜それ?姉ちゃんのみたい…」


リビングで将棋対戦ゲームに熱中していた桂斗は

振り向きもせず答えた。

いつものこの家庭の空気が流れていた。


「あいつも将棋始めたのか?」

金一の手から本はまたテーブルの上に戻っていた。




「神崎、再テストの準備できてるな?」


高坂は、何気なく聞いてみた。


「なに、それ?できてないっす…(笑)てか、先生将棋勝てばいいんでしょ?楽勝しょ!」


「お…まあそうだな…」


すっかりそのことを忘れていた高坂はしまった、と思った。ハンデやるかな…教本ありでやるか…


一方の銀香は全然やる気が起きなかった。

(まあ、あれ先生本気じゃないし…)

と、いう感じで。


ソファの隣では小学生の弟、桂斗がゲーム機片手に将棋ゲームをいじっている。

(桂斗は好きだよね〜将棋、父さんもだし…遺伝か?私もか?ないわ〜(笑))


「桂斗、将棋好きだよね〜」


「…どうした?姉ちゃん…キモい…」


「アンタね、キモいはギャルに死ねってことだよ!」


「アンタ、いつから将棋やってんだっけ?」


「は?姉ちゃんほんとどうした?」


「どうしたって?」


「お父さん!なんか姉ちゃん将棋のこと聞いてくる!キモい〜」


「アンタ!また!」


銀香は桂斗を小突いた。


「これか?」


金一が二人のところにあの本を持ってきた。


「これ、銀香のか?どうしたこれ?」


「いやぁ~先生にもらって…」


「へ〜先生に将棋教えてもらうのか?」


そういう金一の顔は久しぶりに娘と会話できて楽しいという世間の普通の父親の顔になっていた。


「先生がさ〜勝ったら再テスト免除だって…まあ、冗談だと思うけどね…」


「銀香も小さい頃はお父さんとやってたからな、勝てるよ!」


そういう父親の顔はほんとうれしそうだった。

そういえば、父親とこうやって話したのは久しぶりのようだと思った。 


(父さんは、将棋の話する時うれしそうだったなあ…)


銀香は小さい頃の父親との将棋をふと思い出した。


「ねえ、父さん…ちょっと相手してくれる?」


「お!やるのか?(笑)」


「マジ?姉ちゃん!」


こうして3人は将棋盤を囲んであーでもないこーでもないと騒ぎ始めることに。


それをキッチンから母親の真理が微笑みながら見守っていた。


「えー、姉ちゃん、これも分かんないの? マジで?」

銀香は顔を真っ赤にして振り返る。

「バカにしてんの!? 姉を!…」

「姉だからって将棋できるわけじゃない!」と桂斗は笑う。

姉弟だからこそ、思ったことを好きなことをいいあえる。


銀香はふとため息をつき、父の金一に視線を向ける。

「……あのさ、先生にさ、これで勝てるかな…勝ったら再テスト免除にしてくれるし……」

金一はにやりと笑った。

「おお〜勝てるぞ!絶対!」

桂斗も目を輝かせる。

「姉ちゃんが勝てるか試すのも面白そうじゃん!」

銀香はうなだれたまま、二人の期待に押される。

「……しょうがないなぁ」

こうして、将棋盤を挟んでの仲の良い家庭の風景がこれから毎日展開されていった。


銀香は教本を開き、弟と父に駒の動かし方を質問する。

「これって、銀は斜めに動くの…? え、斜め前だけ?」

弟はクスクス笑いながら答え、時折小さな駒で姉をからかう。

「姉ちゃん、角とか全然覚えてないでしょ」

金一は少し厳しく、しかし温かく指導する。

「駒はこう動くんだ。銀も角も王も、動きを間違えちゃダメだぞ」

銀香は最初はいやいや覚えていたけれど、少しずつ面白くなってくる。それになんとなく小さい頃やってたことも…

駒を指す手が少しだけ自信を持ち始めると、二人が笑う。

「お、姉ちゃん、いいぞ!」

「なかなか良い手じゃん」

三人で盤を囲み、笑いながら駒を動かすうちに、銀香はふと気づく。

――将棋って、こんなだったっけ…楽しいかも…いや、ないわ…


再テストの対局はまだ先だ。

でも銀香は、弟と父と一緒に駒を動かす時間の中で、少しずつ自分の中の積み上がっていた恥ずかしさを溶かしていた。

笑い声が居間に響く。将棋が銀香を少しだけ変えている。

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