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真理

玄関のドアを開けた瞬間、銀香は自分でもわかるくらい、足取りが軽かった。

「ただいまー。」

声が弾む。

キッチンにいた母、真理が一瞬だけ目を丸くした。

「あら。」

それだけで、気づいたらしい。

「……楽しかった?」

少しだけ探るように、それでも優しく。

銀香はバッグをソファに放りながら笑う。

「うん。超うるさかったけど、楽しかった(笑)」

「うるさかったの?」

銀香はソファにどかっとからだを預けるとそのまま今日のことを話し始めた。歩美と話したギャル同士の会話を真理に話した。

そして最後に、

「歩美がさー、テラスでガチギレしてさ。店の人に軽く睨まれてたし。」

真理がくすっと笑う。

「想像できるわ。」


「なんかさ、ウチが将棋やったら友達やめる?って聞いたらさ、あいつ『やめるわけないだろ!』とか言ってさ〜」

歩美の口調を真似する。

「『将棋やっても銀香は銀香だろ!』とか言って、テーブル叩いてさ。マジ声でかいし。」

真理は黙って聞いている。

「あとさ、『ギャルが将棋やっちゃいけねぇなんて誰が決めたんだよ!』って。」

銀香は少し照れくさそうに笑った。

「『いないなら最初にやればトップだろ!』とか意味わかんないこと言い出して。」

思い出し笑いがこみ上げる。

でも、次の言葉は少しだけ静かだった。

「……友達はやめねぇって。」

リビングに、ふっと静けさが落ちる。

真理は、柔らかく問いかける。

「それで、銀香はどうするの?」

急かさない声。

決めつけない声。

銀香は少し考えて、ソファに腰を下ろした。

「まだ、わかんないけど…」

指先でスマホをくるくる回す。

「でもさ。なんとなく、わかった気がする…」

その声は、さっきまでの迷いよりも、少しだけ明るい。

少しだけ軽い。

真理は、その響きを聞いた瞬間、胸の奥がほどけた。

——ああ、大丈夫だ。

「よかったね。」

自然に言葉がこぼれる。

銀香が顔を上げる。

「なにが?」

真理は微笑む。

「歩美ちゃんが、いい友達で。」

「そんな友達ができて。」

銀香は一瞬きょとんとして、それから視線を逸らす。

「……まあね。」

ぶっきらぼうに言うけれど、頬が少しだけ緩んでいる。

真理は知っている。

銀香が病気で入退院を繰り返していたためにそのため学校に思うように通えず、友達という存在に距離ができてしまったこと。

輪の中に入りきれなかったこと。

「友達」という言葉が、どこか遠かった娘。

だから。

あの明るくて、短気で、まっすぐな子が、

銀香の隣に立ってくれていることが。

母として、ただただ嬉しい。

胸の奥がじんわりと熱くなる。

泣きそうになるのを、そっとこらえる。

「大事にしなさいね。」

静かに言う。

銀香は少しだけ照れくさそうに笑った。

「うん。」

短い返事。

でも、その一音に、これまでより少し強い芯がある。

真理は台所に戻りながら、小さく息を吐いた。

——この子は、ちゃんと前に進んでいる。

将棋をやるかどうかは、まだわからない。

けれど。

今日、銀香はひとつ、少しだけ大きなものを手に入れた。

それはきっと。

自分を応援してくれる友達と、

それを素直に受け取れる自分。

リビングから、銀香の鼻歌が聞こえてくる。

真理は包丁を握りながら、そっと目を細めた。

「よかったね。」

今度は、心の中で。

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