歩美
駅前の小さなカフェのテラス席。
春先の風が、銀香の巻いた髪をふわりと揺らしていた。
向かいに座る歩美は、いつも通りだった。
ストローをくわえて、アイスコーヒーをずずっと吸いながら、特に深刻な空気も出さない。
「で? 最近どうなんだよ」
まるで昨日も会っていたみたいな口調。
銀香は肩をすくめる。
「べつにー。昼夜逆転してるだけだし」
「ダメ人間じゃねーか」
「うっさい(笑)」
軽口。
笑い合う。
それだけで、少しだけ胸の奥が軽くなる。
けれど、帰る時間が近づいたころ、歩美がカタンと強めにカップをテーブルに置いた。
顔つきが変わる。
「なあ、銀香…」
真っ直ぐだった。
「高校デビューとか、そんなんどうでもいいんだよ…」
銀香は目を逸らす。
歩美は続ける。
「今のお前とあたしの関係。それが一番大事だろ。」
テラスの空気が、少しだけ重くなる。
銀香は、あえてギャルっぽく笑った。
「じゃあさー、ウチが将棋とかやったら? それでも今まで通りなわけ?」
歩美は即答だった。
「当たり前だろ。」
「将棋しても銀香は銀香だ。何が変わんだよ。」
銀香は唇を噛む。
「でもさ。将棋やってるギャルとかいないじゃん。」
「てか普通にダサくない? みんな相手にしなくなるし。」
その瞬間、歩美の眉が跳ね上がった。
「は?」
空気が一変する。
「将棋やってるギャルがいちゃいけねぇのか?」
声が一段階大きくなる。
隣のテーブルの客がちらっと見る。
「誰も相手しなくても、あたしは変わらねぇよ。」
「将棋やってても銀香は銀香だろ!」
歩美はテーブルを軽く叩いた。
カップがかたん、と揺れる。
「友達が何か始めたら、それが理由で友達もやめなきゃいけねぇのかよ!」
「そんなもんで壊れるなら最初から友達じゃねぇだろ!」
テラスの向こうで、店員が少し困った顔をする。
でも歩美は止まらない。
「逆だろ! 応援すんのが友達だろ!」
「好きなこと見つけたなら、背中押すのが友達だろ!」
銀香はまだ、小さく抵抗する。
「でも……ギャルで将棋ってさ……合わなくない?」
その一言で、歩美の導火線は完全に燃え尽きた。
「誰が決めたんだよそんなもん!」
立ち上がりかける勢い。
「ギャルが将棋やっちゃいけねぇなんてルール、どこにあんだよ!」
「それ、お前が自分で決めて、自分で縛ってるだけだろ!」
銀香は息を呑む。
「将棋やってるギャルがいないなら、お前が最初にやりゃいいだろ!」
「そしたらトップだろ!」
一瞬、言葉が詰まる。
歩美は「だから……その……」と視線を逸らし、咳払いする。
照れ隠しみたいに。
「と、とにかくだな!」
再び顔を上げる。
「友達はやめねぇ!」
「銀香は将棋やれ!」
「それでいいんだよ!」
啖呵を切るように言い切って、腕を組む。
テラスのあちこちで、そっと立ち上がる客もいる。
さすがに声が大きすぎた。
でも、帰らずに見守っている人たちもいた。
銀香はぽかんと歩美を見つめる。
——ああ。
この人、ほんとバカだ。
言葉は乱暴で、短気で、声でかくて。
でも。
まっすぐだ。
胸の奥に、じわっと温かいものが広がる。
「なにそれ……」
笑いがこみ上げる。
「トップってなにそれ……意味わかんないし……」
笑いながら、目が潤む。
「あはは……」
でも、次第に声が震える。
笑い声が、嗚咽に変わる。
涙がぽろぽろ落ちる。
「ちょ、なんで泣いてんだよ!」
歩美が慌てる。
「べ、別に泣かすつもりじゃねーし!」
銀香は首を振る。
「ちが……う……」
涙を拭いながら。
「ウチさ……歩美のそういうとこ……好きだわ……」
歩美が固まる。
「はぁ!?」
顔が真っ赤になる。
周りの客の中から、小さな拍手が起きた。
「よかったねぇ。」
「青春だねぇ。」
ひそひそと笑い合う声。
歩美はますます顔を赤くして怒鳴る。
「見るなよコラァ!」
でもその怒鳴り声も、どこか照れくさそうで。
銀香は涙ぐしゃぐしゃのまま、笑った。
胸の中の重たい何かが、少しだけ外れた気がした。
まだ決断はしていない。
でも。
——将棋やってるギャルがいないなら、最初にやればいい。
その言葉が、心の奥で、静かに光り始めていた。




