将棋部
放課後の将棋部室。
静かな空間に、駒の音だけが響く。
パチ、という軽い音。
「うーん……」と唸る声。
数組の対局が進んでいる。
部屋の隅では、顧問の高坂が腕を組んで立っていた。
その向かいにいるのは、将棋部部長――一条玲奈。
黒髪ロングを揺らしながら、盤面をちらりと確認している。
高坂が小さくため息をついた。
「……一条。」
「はい?」
「君、この前の一年の件だが。」
「ああ、銀香さん?」
さらっと言う。
高坂の眉が寄る。
「彼女、学校に来ていない…」
一条は一瞬だけ目を細めたが、表情はすぐに戻る。
「そうなんですか?」
「そうなんですか、じゃない」
声をひそめながらも、明らかに困っている。
「少し強引だったんじゃないか? 教室まで乗り込んで。」
一条は肩をすくめる。
「強引、ですかね。普通に勧誘しただけですが。」
「“才能があるのに逃げるのはもったいない”と言ったそうだな。」
「事実です。」
即答。
高坂は額を押さえる。
「他にやり方があっただろう。彼女は今、色々と悩んでいる。」
「私は背中を押しただけです。」
どこまでも悪びれない。
そのとき。
対局していた二年生が、ふっと顔を上げた。
鷹宮だ。
部のエース。
無駄のない指し回しで、県大会上位常連。
「そんなギャル、勧誘する必要ありますか?」
冷たい声。
部室の空気がわずかに変わる。
「どうせ真面目にやらないでしょう。来ても続かない。いないほうがいい。」
盤面から視線を外さないまま言う。
一条の目が、ぴたりと鷹宮に向く。
「それは偏見だね。」
声色が変わる。
静かだが、芯がある。
「私は、いい才能を見たら無視できない性格なの。」
一歩踏み出す。
「それに。」
少し間を置く。
「ギャルだよ。それも将棋の素質あり。」
指を折る。
「こんな奇跡、そうそうない。」
鷹宮が呆れた顔をする。
「奇跡?」
一条のテンションが少し上がる。
「そう。奇跡。」
腕を組み、ぐっと前のめりになる。
「華やかさと勝負勘の融合だよ? 伸びたらどうなると思う?」
部室の男子部員たちが、なんとなく耳をそばだてる。
一条はくるりと振り向く。
「君たちだって、かわいい女の子が部にいたら少しは楽しくなるでしょ?」
男子部員たち、苦笑い。
「いや……まあ……」
「部長、また始まった(笑)」
小声が飛ぶ。
一条は構わない。
「私は君たちのためにもやってるの。」
堂々と言い切る。
鷹宮はため息をつく。
「バカバカしい。」
「合理的だよ。」
即座に返す一条。
「将棋はイメージも大事。部の雰囲気が変わる可能性がある。」
高坂が間に入る。
「一条!」
やや強い声。
「頼むからこれ以上無茶はしないでくれ。」
部室が静まる。
一条は一瞬だけ口を閉じる。
「……わかっています。」
素直とは言いがたい返事。
でも反抗はしない。
高坂は続ける。
「彼女の状況は繊細だ。追い込むな。」
「追い込んでいません。」
「自覚がないのが怖いんだ。」
一条は小さく息を吐く。
「配慮します。」
いかにも不満そうな口調に高坂は念を押してしまっていた。
「わかったな、一条」
部室の扉へ向かう。
高坂が部室を出る寸前振り返った。
「本当に無茶はするなよ。」
一条は視線を合わさなかった。
「大丈夫で〜す」
少しだけ笑う。
「私は勝負勘、悪くないので。」
ため息と共に高坂部室を出ていった。
扉が閉まる。
男子部員の一人がぽつりと言う。
「部長、本気なんですか?……」
鷹宮は盤面を見つめたままだ。
「私、諦め悪いから(笑)」
駒を打つ音が、やけに鋭く響いた。
部室の空気は、いつもと変わらなかった。




