8. ガスパール— 首の血、瞳の中の炎
ルカ・バルディーニが、ほかのマフィアのボスたちとはまったく違う存在だということに、俺は初日から気づいていた。
ルカ・バルディーニは、ガブリエル・ジョルダーノという怪物を殺すとき、引き金を二度しか引かなかった。
一発は胸に、もう一発は頭に。
二発目は、ジョルダーノが確実に死んだことを確認するためのものだった。
俺がルカ・バルディーニという名前を初めて聞いたのも、その時だった。
ジョルダーノに二発目を撃った理由、それだけで彼という人間のすべてが語られていた。
ルカ・バルディーニは、自分の内に潜む怪物を制御できる男だった。
それは若い頃だけの話じゃない。
バルディーニ家の財を築き、イタリア最強のマフィアのドンになった後でさえ、彼は自制を失わなかった。
俺がバルディーニ家のカジノで働いていた頃、彼の屋敷が武装襲撃を受けたことがある。
数日後、襲撃者は殺された。
その詳細を知ったとき、俺はルカ・バルディーニに心から敬意を抱いた。
彼は確かに復讐を果たした。
だがその前に、襲撃者の妻と子どもたちは無事に家から逃がされていた。
ルカ・バルディーニは、何よりもまず自分のルールと信念を守る、気高い男だった。
彼はバルディーニ家の“頭”だった。
だが、この家族の“心臓”はロザリアだった。
その心臓が止まれば、バルディーニ家も終わる。
ルカ・バルディーニにとって、最も大切な存在はロザリアだった。
そして俺とロザリアは、拉致された。
もし今日、どちらか一人だけが生き残るとしたら――それはロザリア・バルディーニでなければならなかった。
男たちは、まずロザリアを、次に俺をミニバンに押し込んだ。
三人組だった。
武器はすでにすべて奪われていた。
一人が運転席に座り、残りの二人が後部座席で俺たちの両脇に座った。
ロザリアはドア側、俺はそのすぐ隣。
男たちは、俺の手をガムテープで何重にもきつく縛り上げた。
「了解です、ボス。言われた通りにします」
運転席の男は電話でそう言った。
誰かから命令を受けている。
誰かが、ロザリアを殺そうとしていた。
「安心しな。今は撃たねえよ」
俺の正面に座る武装した男が、にやついて笑った。
運転手の言葉を聞いた瞬間、俺たちは撃たれると思った。
俺はロザリアに背を預け、彼女の前に身を投げ出すように座った。
ほどなくして、目的地に着いた。
街外れではあったが、完全に街を離れた場所ではなかった。
車は、古びた五階建ての廃ビルの前で止まった。
一人が先導し、残りの二人が俺たちの後ろにつく。
最上階か、屋上へ連れていくつもりだったのだろう。
階段の手すりは錆びつき、指で触れただけで崩れ落ちそうだった。
建物は古かったが、天井にはひび割れたガラスパネルがあり、内部に光を落としていた。
最上階へ続く階段に差しかかったとき、ロザリアは俺の前にいた。
先頭の男は、油断した様子で銃をだらりと下げていた。
「ガスパール、伏せて!」
その瞬間、ロザリアは前を歩く男の隙を突き、銃を奪い取った。
銃を手にした瞬間、ためらいはなかった。
まず目の前の男を撃ち抜き、すぐさま振り返って、俺の背後にいた男の一人を撃った。
俺の手は縛られていたが、肩で残った男を思い切り突き飛ばした。
男は階段の吹き抜けから、一階まで真っ逆さまに落ちていった。
「天井だ!!」
俺は、上から聞こえたひび割れる音と同時に、ロザリアに覆いかぶさった。
天井のガラスはあまりにも古く、すでに無数の亀裂が入っていた。
銃声が引き金となり、ガラス天井が崩れ落ちてきた。
降り注ぐガラス片が、俺の背中に突き刺さった。
その瞬間、首元に熱を感じた。
「大丈夫?」
俺はロザリアの目を見ていた。
天井が崩れた瞬間、俺はロザリアを守るために、自分の身体を盾にした。
だがロザリアもまた、俺を守るために腕を伸ばし、首にしがみついていた。
大きなガラス片から、俺の頭を庇ってくれていたのだ。
鋭い破片が、ロザリアの両腕に突き刺さっていた。
彼女の腕から流れ出た温かい血が、俺の首を伝い、唇に落ちた。
その瞬間、何かが変わった。
ロザリアは俺を守っていた。
だが、彼女の血の温もりが、俺の思考を洗い流していった。
俺は初めて、まばたきもせずに、ロザリアの瞳を見つめ続けた。
首元の熱と、俺に絡みつくような彼女の視線が――
永遠に続けばいいと、心から願っていた。




