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21. ガスパール — 感謝がすべての始まりだった時代



家の女たちは、いつものようにそれぞれ役目を分け合い、散っていった。

乳母のマルティナは裏庭で“小さなバルディーニ一味”の相手をしている。

フェリシヤはマッテオと一緒に、自分たちの子どもを検診へ連れて行っていた。

ロザリアはルカ・バルディーニの末息子ステファノにミルクを飲ませている。


ロザリアのスマートフォンはサイドテーブルの上に置かれていた。


「さあ、ガスパール。今のうちよ。静かなうちにその電話を取りなさい。」


ガスパールはためらいながら手を伸ばした。


ロザリアは電話をリビングに置いたままだった。

絶好の機会だった。

周囲が静かな今なら、ロザリアのスマホを調べて証拠を見つけられるかもしれない。


電話はもう手の中にある。

パスコードも知っている。


だが、機会と情報があれば必ず動けるとは限らない。

心の奥で何かが私を引き止めていた。

それは恐怖ではなかった。


――プルルルッ。


ガスパールが画面に触れようとした瞬間、着信音が鳴った。


ルカ・バルディーニからだった。


考える間もなく電話は鳴り続け、私はそれをロザリアのもとへ持っていくしかなかった。


部屋の扉は開いていた。

中は騒然としている。


まず目に入ったのは、壁一面に並ぶ水色と白のベビーベッド。

その真上、白い壁には機関銃が掛けられていた。


子どもたちの頭上で回るはずのカラフルなモビールの代わりに、そこにあるのは銃の影。

ほとんどの部屋の高い位置にライフルが掛けられている。

バルディーニ家への襲撃はいつも不意で、予測不能だった。

あの銃は攻撃のためではなく、防御のためにある。


ロザリアは末の赤ん坊を抱き、哺乳瓶でミルクを飲ませていた。

ステファノは小さな手でボトルをつかもうとしながら、母の顔を見上げている。


一歳の双子は床をはい回り、ロザリアの周りをぐるぐると動き回っていた。

片方はロザリアの脚につかまり、立ち上がろうとしている。


二歳の双子は部屋の中央にある丸いオットマンに登ろうとするが、そのたびに厚く柔らかいカーペットの上に転げ落ちる。

笑いながら立ち上がり、また挑戦していた。


部屋は混沌としているのに、ロザリアの表情は穏やかだった。


「続けて、ガスパール。頭をちゃんと支えて。」


ロザリアは赤ん坊を慎重にガスパールの腕に渡し、電話を受け取ると部屋を出た。


相手がルカ・バルディーニだと分かると、赤ん坊のことなど頭から抜け落ちたかのようだった。

ステファノを私の腕に押しつけ、通話のために出ていった。


ロザリアが出た瞬間、さっきまでの騒ぎがぴたりと止んだ。

赤ん坊たちは私を見て固まった。

見慣れない顔だったからだ。


さっきまでロザリアの周りをはい回っていた双子は、ずるずると窓のほうへ後退した。

オットマンに登ろうとしていた子たちはソファの横に移動し、黙ってこちらを見ている。


「将来、父親の跡を継ぐならさ……この恩は忘れるなよ。俺を殺すのはなしだ、いいな?」


ガスパールは赤ん坊を片腕に抱え、もう一方の手で慎重に哺乳瓶を支えていた。


ロザリアはフェリシヤとマッテオが戻ってきたのを見ると、すぐに着替え、私たちは丘の上の家へ向かった。


ロザリアの服装はシンプルだった。

淡いブルーのシャツに、ゆったりした白のクラシックパンツ。


だがルカ・バルディーニのシャツと合わせるのは簡単ではない。

あのシャツは、誰のものかをロザリアが着ていてもはっきりと主張する。

だから何を合わせようと、シャツが常に主役でなければならなかった。


丘の上の家に着くと、ロザリアはすぐ仕事に取りかかった。

机はまた書類で埋め尽くされている。

今日は名前と写真だけではない。

減り続けている数字を確認する日だった。


ルカ・バルディーニも追われる身になる前はこのオフィスで働いていた。

だが決定的な違いがある。


バルディーニ家に仕える者、特に管理職はルカを恐れていた。

そのため収益は毎月一定で、変動がなかった。


ロザリア・バルディーニはまだ恐怖も、敬意も勝ち得ていない。

完全には受け入れられていなかった。


バルディーニ家の家へ続く道は一つだけ。

その二階部分を三人の男が守っている。


今日の当番の一人はエンツォ・カルリだった。

彼は一日中、窓辺から離れられない。

今日はいつもより少し緊張が少なかった。


「シニョーラ、屋敷へ続く道で男を一人止めました。あなたに会いたいと言っています。」


警備責任者のバトゥが部屋に入り、報告口調で告げた。


「誰?」


ロザリアは書類から顔を上げ、興味をにじませた声で尋ねる。


「バルディーニ家の従業員だと名乗っています。アモーレ・アンティコの料理人だそうです。」


バトゥは軍人のように両手を背中で組んで立っていた。


「通して。」


ロザリアは再び書類に目を落とした。


両開きの扉は全開だった。

男は階段の上に立っていたが、急ぐ様子はない。

バトゥが自ら身体検査を行い、ほとんど服を脱がせるほど徹底的に調べた。

男は階段の上で上着を着直し、シャツを整えている。


身なりを整えると、ゆっくりと部屋へ入ってきた。


五十五歳前後、背は中くらいでやや太り気味。

髪は黒く、年齢のわりに白髪はないが、頭頂部は少し薄い。

口ひげが年齢を上に見せていた。


「シニョーラ・バルディーニ、お時間をいただき感謝します。」


男は両手を前で揃え、恭しく言った。


ロザリアは書類を閉じ、黒い革の椅子にもたれていた。

片腕を肘掛けに置き、もう一方の手にはペン。

足を組み、男を見つめている。


「ご存じないかもしれません。ヴィト・マンチーニと申します。あなたのホテルで料理人をしております。」


男は姿勢を崩さず、顔を上げてロザリアを見た。


「子どもたちを助けていただき、心から感謝しています。この恩は必ずお返しします。どうかご命令を。」


ヴィト・マンチーニは、薬局で私たちが出会った二人の若者の父親だった。


ロザリアは黙って立ち上がり、窓辺へ向かった。

足元には現金の入った黒いバッグ。

そこから札束を数本取り出し、男の前へ戻る。


「借りは一つの方法でしか返せません。この金を受け取り、子どもたちを良い学校へ入れなさい。次に私の前に立つとき、感謝する理由が残っているとは限らない。」


ロザリアは両手で札束を差し出した。


「ありがとうございます、シニョーラ。」


男は軽く頭を下げた。


だが男は去らず、札束を机に置いた。

一歩前へ出た瞬間、私は彼の前に立ちはだかった。


「下がれ。」


ガスパールが男の腕をつかむ。


「ただ、シニョーラの手に口づけを……。」


男は慌てて言った。


「いいのよ、ガスパール。」


ロザリアが静かに彼を制した。


男は震えていたが、なお一歩進む。

ゆっくりと身をかがめ、両手でロザリアの右手を取り、そっと口づけた。


その仕草は、感謝と敬意の証だった。


ヴィト・マンチーニは、ロザリアの指導者としての立場を静かに認めた。

その成熟と知性に対する敬意を示したのだ。


ロザリア・バルディーニの手に口づけし、その支配を受け入れた最初の男。

だが最後ではない。


ヴィト・マンチーニこそが、シニョーラ・バルディーニの時代を告げる最初の男だった。



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