16. ガスパール — 彼女の名を思い出すたび、死が近づく
昨夜、俺には果たすべき任務が二つあった。
だが、できたのは一つだけだった。
ロザリアの小さなハンドバッグに仕込んだ盗聴器は、結局役に立たなかった。
最初は順調だった。
俺は隣の部屋で待機するはずだった。ソファに腰を下ろし、イヤホンを耳に差し込む。
一晩中、二人の声を聞く覚悟はできていると思っていた。
実際、数分は聞いていた。
ロザリアは子どもたちの話をしていた。
ルカ・バルディーニの声は聞こえなかった。
きっと瞬きもせず、あの廊下でそうしていたように、情熱的な眼差しでロザリアを見つめていたのだろう。
ロザリアの声は柔らかく、幸せそうだった。
仕事や問題の話などしたくない様子だった。
あの瞬間、彼女が思っていたのはルカ・バルディーニと子どもたちのことだけだった。
「お前なしじゃ、生きられない。」
盗聴を始めてから、初めて聞いたルカの言葉だった。
そのあと、短い沈黙が落ちた。
数分間、何も聞こえない。イヤホンが壊れたのかと思い、外して確認し、もう一度耳に戻した。
やがて聞こえてきたのは、言葉ではなく、途切れかけた荒い息遣いだった。
ルカ・バルディーニがロザリアに触れている姿を想像してしまった。
望んでもいない光景が脳裏に浮かび、胸が痛んだ。
目を閉じ、意識を集中させる。ただ、聞き続けた。
だが、目を閉じた途端、映像はさらに鮮明になった。
二人を隔てる壁が消えたかのように。
まるで真正面のソファに座り、彼らを見ているかのようだった。
俺は頭の中で、自分が何者なのかを思い出させた。
そして聞き続けた。
やがて、ルカの低い笑い声が聞こえた。
満ち足りた笑いと重い息が混ざり合っていた。
ロザリアは、彼の理性を奪うことに夢中だった。
そうだ、ロザリアは彼の妻だ。
俺はただの護衛だ。
そして俺は、潜入中の警察官にすぎない。
それでも、知っていることが痛みを和らげるわけではなかった。
見ないために目を開けた。
イヤホンを外し、壁へ投げつけた。
その夜、朝まで一度も目を閉じなかった。
一晩中、廊下を見張り続けた。
早朝、廊下にワゴンの車輪の音が響いた。
ホテル支配人のアントニオが、朝食を運んできたのだ。
俺はすぐに確認のため廊下へ飛び出した。
「どこへ行く?」
ガスパルは鋭い声で問い、疑念と“すべて分かっている”という圧を込めた表情でアントニオの前に立ちはだかった。
「自分の仕事をしろ、ガスパル。ボスが朝食を待っている。」
アントニオは苛立ちを隠さず返した。
「その“ボス”が本当にこの部屋にいると、確信しているのか?」
ガスパルは脅すように言い、ワゴンを奪い取った。
その言葉を聞いた瞬間、アントニオの“危険な管理人”の雰囲気は消え、隠しきれない恐怖が顔に浮かんだ。
ワゴンと料理を確認し、俺は部屋へ運び入れた。
部屋に入ると、ルカ・バルディーニは深紅のソファに、両腕を広げてゆったりともたれていた。
ロザリアはその隣で、身体を彼に預け、子どもたちの動画をスマートフォンで見せていた。
入った瞬間、俺の視線はロザリアに吸い寄せられた。
くすんだローズ色の、ロングシルクのナイトドレスのような服。
肩から胸元近くまでを覆う、同色の薄く透けるカーディガンを羽織っていた。
昨夜の赤いドレスの炎は、もうそこにはなかった。
今の彼女は穏やかで、満たされているように見えた。
欲しいものを手に入れ、静まったかのように。
俺がロザリアを見ている間、ルカ・バルディーニは俺を見ていた。
「ロザリア、少し外してくれ。」
ルカは立ち上がらぬまま、穏やかな声で言った。
嫌な予感しかしなかった。
ロザリアは部屋を出た。だが、まるでこの後、扉の向こうで何が語られるか分かっているかのようだった。
ルカは立ち上がり、ワゴンに近づいた。
昨夜のスーツのうち、身につけているのは黒いパンツだけだった。
否応なく、その鍛えられた身体が目に入る。
彼は筋肉と力を保たなければならない男だ。
それは夜にロザリアへ見せるためだけではない。
潜伏する前、彼はほぼ常に襲撃の危険にさらされていた。
銃や護衛だけでは足りない時もある。
自分の拳で身を守らねばならないこともあった。
だからこそ、鍛錬は義務なのだ。
ルカはカップを取り、二人分のコーヒーを注いだ。
「コーヒーは?」
差し出されたカップを、ガスパルは受け取った。
「ありがとうございます。」
「ルカ・バルディーニが俺にコーヒーを?」
本当に、そこまで謙虚な男なのか。
ルカはソファに戻り、左手で隣を軽く示した。
「座れ。」
「俺に話すことはないか、ガスパル?」
「警察だと気づかれたのか?」
ガスパルは両手でカップを握り、わずかに前傾しながらも姿勢を崩さなかった。
「あなたに隠していることはありません。」
緊張しながらも、視線は逸らさない。
「では、少し話を広げよう。
火傷の痕を見たことはあるか、ガスパル?」
ルカは目を逸らさず、静かにコーヒーを飲んだ。
彼は、昨夜俺が妻を見ていたことを知っている。
警察だと知られたほうが、まだましだった。
「あります。」
カップをテーブルに置くと、緊張が顔に滲んだ。
「火傷の痕はたいてい醜い。
お前が見たものは、どうだった?」
「……綺麗でした。」
ルカのような男に知られているのなら、嘘は最悪の選択だ。
真実を知っている相手に嘘をつくのは、侮辱に等しい。
だが、正直であっても、生き延びられる保証はない。
俺の答えを聞いたあと、ルカはローテーブルへ身を乗り出した。
そこには銃が置かれていた。
――ここまでか、ガスパル。
一瞬、身体が動かなかった。
「いい趣味だ、ガスパル。
その趣味が、お前を墓場へ連れていかないことを願うよ。」
ルカはカップをゆっくりとテーブルに置き、背もたれに深く身を預けた。




