6話 近衛のはみ出し者
護衛の三人は俺たちに気がつくと、即座に下馬して跪いた。
「栄えある王宮近衛の諸君、顔を上げてくれ。俺は『放蕩王子』ことテオドール・アストレウスだ。今日に限っては皆に迷惑をかけるつもりはない。どうか肩の力を抜いて護衛に当たってほしい」
三人は意外そうに目を丸くし、互いの顔を見合わせた。
(無理もない。噂の王子にしては礼儀を弁えた対応だろうからな)
しばしの沈黙の後、顔に古傷のある最年長と思しき兵士が口を開いた。
「私はラウル・ベラトル。この隊の長を務めます。殿下、御身には似合わない簡素な部隊で申し訳ありません」
ラウルは近衛兵にしては珍しく小柄だが、筋骨隆々の体躯と鋭い眼差しが、歴戦の猛者であることを物語っていた。この地では希少な、俺と同じ黒髪だ。
「よろしく頼む、ラウル。王都内を移動するだけなのだから、この規模で十分だろう」
「……そう言って頂けるとありがたく。この命に代えてでも御身をお守り致します。こちらはジュリアン・ルクスリウス、そしてレオポルド・マイオルムです」
ジュリアンは茶髪の高身長で、どこか飄々とした佇まいだった。対するレオポルドは金髪で、端正な顔立ちの真面目そうな青年だ。
「よろしく、ジュリアン、レオポルド。こちらは侍女のコレットと、癒術師のセシルだ。さっそく、武神教の教会まで頼む」
「承知しました」
ラウルとレオポルドが騎乗し、ジュリアンが馬車の扉を開けた。彼が御者を務めるようだった。
「コレットとセシルは馬車の中へ。俺は御者席にお邪魔するよ」
「危ないですよ殿下! 万が一、狙撃されるかもしれません」
隣のジュリアンがぎょっとした顔でこちらを見た。
「わかっているさ、王城区画を走る間だけだ。ラウル隊長、構わないだろう!?」
「困ったお方ですな……まあ、王城区画内なら安全でしょう。その先は馬車の中に入って頂きますよ!」
ラウルの許可が下りると、ジュリアンが鞭を入れ、馬車がゆっくりと走り出した。
「教えてくれ、ジュリアン。近衛の間では、俺の噂はどんなふうだ?」
(彼らが信用に足る人物かどうか、できるだけ多くを話させて確認しなければ……)
「噂ですかぁ……そりゃあいろいろですよ……」
「どうした……? 分かった分かった、今は無礼講としよう。どの道、俺に王宮近衛を罰する権限なんて無いさ。安心してくれ」
「そこまでいうなら仕方がないですね。例えば、護衛なしで町中ほっつき回り、因縁をつけては喧嘩ばかりだとか。不利になれば紋章片手に衛兵を呼びつけるとも……はっきり言って、どうしようもない不良かと」
あっけらかんと笑うジュリアンに、つられて俺も笑ってしまった。
「俺もそう思うよ、ジュリアン! 本当にどうしようもない不良少年さ。まあ、多少は大目に見てくれよ。王子とはいえ、ほとんど孤児みたいなものなんだから」
「さすがに言い過ぎでしょう。しかし、確かに難しい家庭環境ではありますか……それにしても、当の本人とこんな話をするなんて……聞いていた話と随分違いますね、殿下」
「この前の熱病でいろいろあったのさ」
俺はにやりと笑った。
「それで――どういう経緯で君たちは俺の護衛をしているんだ?」
(王族としては異例だが、俺には専任の護衛隊が定まっていない。理由は言わずもがなだ)
ジュリアンは、隠しきれない溜息をついた。
「大きな声じゃ言いたくありませんが、我々は王宮近衛の『はみ出し者』なんですよ……」
「……実力や人気のない兵が俺に当てがわれるのは理解している。だが、はみ出し者とはどういう意味だ?」
「はっきり言いますね、殿下。俺は成金商家の四男で、親の趣味で近衛に押し込まれた身。隊長は南軍で武勇を挙げた平民出身で、後ろのレオ……もといレオポルドは没落貴族の跡取りです。格調高い名家の子息が揃う王宮近衛の中では、浮いているというか、扱いづらいというか……まぁ、そんなところですよ」
(王宮内の派閥争いや家柄至上主義か……くだらない)
「……しかし、近衛の審査は厳しいはずだ。家名の力はさておき、君やレオポルドも実力自体は認められているということか?」
「そりゃあもう!」
ジュリアンは自慢げに片腕の力瘤を見せつけてきたが、防具の小手がついているせいで何も伝わってこなかった。
「……実力がありながら責任ある仕事を任されないとは、難儀なことだな」
「まあ、王族の皆様からすれば、得体の知れない下級民よりも、出自の確かな名門貴族の方が安心なのでしょう。理屈はわかりますよ」
「それはそうだが……もう少し、やり甲斐のある職務に就きたいとは思わないのか?」
「……就きたいも何も、俺は親父の意志でここにいるだけです。正直、居心地は最悪ですが、逆らう勇気もありませんから」
ジュリアンは諦めたように笑った。
(彼の軽薄な態度は、ある種の防衛本能なのかもしれない)
「もったいない話だな。レオポルドはどうなんだ?」
「それは本人から……レオ! 殿下がお呼びだ!」
ジュリアンに呼ばれ、後列のレオポルドが馬を横に並べた。
「レオ、殿下が聞きたいそうだ。なんで近衛の厄介者でいるのか、ってな」
「……経済的な事情です、殿下。僕には兵士の才能しかなく、最も稼ぎが良かったのが王宮近衛だった。それだけのことです」
「そうか。実家が大変だというのは、本当なのか?」
「小さな領地ですが、元々は木材加工が盛んでそれなりに回っていたのです。しかし、エクイタニアとの関税が下げられたことで、安価な輸入品に押され、税収が激減しました。今では召使を解雇せざるを得ない惨状です」
(親エクイタニア政策の影響は、想像以上に深刻なようだな)
「それは、昨今では珍しくない話なのか?」
「よく聞く話ですよ、殿下。年々、景気は悪くなる一方です」
(南方蛮族の脅威だけでなく、深刻な不況も大問題だ。これらもゆくゆくは解決しないたな)
「ラウル隊長は南方で武勲を挙げたと聞いたが。蛮族の討伐か?」
「噂では、あのオーガを単独で仕留めたとか」
ジュリアンが小声で耳打ちした。
「ジュリアン!! 適当な話を吹き込むんじゃない!」
ラウルが振り返って怒鳴った。
「おっと、随分と耳が良いんだな、隊長」
俺の言葉に反応して、ラウルが近くまで馬を寄せてきた。
「一流の戦士は、五感を鋭敏にすることもできるのですよ、殿下」
「聞いたことはあるが、難度の高い技術だろう。南部戦線での話も、あながち誇張ではなさそうだな」
「……単騎といっても要塞からの援護がありましたので。とはいえ、これまでに五体を仕留めております」
自慢げに話すラウルの笑顔は、どこか少年のようだった。
「それは見事だ。それでいて五体満足とはな。そんな英傑が護衛にいるなら、大船に乗った気でいさせてもらうよ」
(ゲーム『ヴィクターナ戦記』のオーガは、体長3メートルを超え、身体強化魔法を使いこなす強敵だ……白兵戦をするなら、精鋭の頭数を5倍は揃える必要がある。話が本当なら、ラウルは真の猛者だな)
「さて、あれが王城区画を抜ける門です。無駄話はこの辺にして、馬車に戻っていただきますよ、殿下」
ラウルに促され、俺は渋々馬車の中へと戻った。
(この護衛の三人、案外掘り出し物かもしれない。いずれその実力、じっくりと確かめさせてもらうとしよう)
ラウルが門番に通行証を示し、重厚な門がゆっくりと開かれる。
(さて、護衛三人のことは一旦置いておき……これから向かう武神教会での立ち振る舞いをシミュレーションし直さないとな。武神様には、俺が南軍へ食い込むための『楔』になってもらわねば……)
――不信者を一人乗せた馬車は、喧騒に満ちた王都の道を進み、街外れに鎮座する武神教会へと向かっていった。




