8話
ゴーティエ司祭に導かれ、武神教会の薄暗い奥廊下を歩いていく。
「武神への帰依を認めるか否かは、司祭の裁量と責任に委ねられています。私は本来、何度も礼拝に訪れ、教義を十分に理解した者にしか帰依を認めない方針なのですが……」
「……それでは、なぜ俺を?」
「『放蕩王子』の噂は私の耳にも届いていました。母上を亡くされた側室の子という境遇を考えれば、荒れるのも無理からぬこと。そんな王子が死の淵で武神様への信仰に目覚めた。これが更生のきっかけになるならば、武神様も大目に見てくださるのではないか……そう考えたのです」
ちくりと胸が痛む。司祭の善意につけ込むようで忍びないが、今の俺には手段を選んでいる余裕などないのだ。
「……寛大な配慮に感謝する。礼拝、教学、そして鍛錬。いずれもこれから励むことを誓おう」
「是非ともそうあって欲しいものです。そして、その修行を蛮族討伐に役立ててくださることを。……さて、こちらが祭殿です」
司祭が、年季の入った分厚い両開きの扉を押し開けた。
現れたのは、石造りの簡素な正方形の部屋だった。中央には、胡座をかいた武神像が泰然と鎮座し、その前には人の頭ほどもある深緑の玉石――『神玉』が祀られている。
「この神玉に右手を添えてください」
言われた通り、神玉にそっと右手を置く。 驚いたことに、その石は氷のように冷たかった。思わず手を離しそうになるほどの冷気だ。
「武神様と向き合い、目を瞑ってください。それでは、私に続いて祈祷の言葉を」
俺は司祭の声をなぞるように、意味も判然としない古語の文言を唱えていく。 正面に座す武神像の鋭い眼光に、俺の利己的なエゴイズムを見透かされているような気がして、どうにも居心地が悪かった。
徐々に司祭の祈祷の調子が上がり、儀式が終盤に差し掛かったかと思った刹那。 右手に、激しい電撃が走った。
「目を開けよ」
それは、司祭の声ではなかった。そもそも、司祭の祈祷する気配が消えている。
恐る恐る目を開けると、そこは既に祭殿ではなかった。 神玉は目の前にあるが、武神像も、司祭の姿も、出入り口の扉さえも消失している。
「上だ、定命の者よ」
反射的に上を向きながら、身を構える。 信じられないことに、四方の壁が天に向かって無限に伸びており、遥か遠き高みから光源が差し込んでいた。そしてそこには、一人の人影が宙に浮いていた。
「我は武神ベルガトス。信心の欠片もない不埒な輩が神玉に触れたかと思えば……まさか、異界の魂とはな。外神に拐かされたか、哀れな人の子よ」
頭の中に直接、重低音が響き渡る。これが武神の意志そのものだというのか。 そして『外神』だと? 俺の転生を司る存在の正体を知る手がかりがあるなら、何としても聞き出さねばならない。
「武神よ! その外神とは何者だ! 俺は元の世界に――」
突如、強烈な不可視の力で床に押し付けられた。肺から無理やり空気が絞り出される。
「まっこと無礼な奴だ。外神の差配など、我が知るはずもなかろう!」
武神の怒気に、空間そのものが震える。こちらは肺を膨らませるだけで手一杯で、返答どころではない。 すると、押し付けていた力が少し緩み、体がひっくり返されて仰向けになった。人影の背後から射す光が眩しくて、まともに目を開けられない。
「脆弱だな、不信の若人よ。なにか申し開きはあるか」
「先ほどの……無礼と、己の無信心を謝罪する……。だが、俺には……武神教に帰依しなければならない理由があるんだ。あんたを蔑ろにするつもりなんてない……っ」
再び強い力が俺を締め付ける。肋骨が軋む音が聞こえたのは気のせいか。
「言葉は不要だ、若造。……ふむ、大きな野心を持ちながら、その原動力は利己ではなく親愛か。善悪の分別は持っているが、目的のために手段を選ばぬ覚悟もある……。なかなかに見ない色の魂だ。興味深い……」
不意に力が緩み、ようやく深い呼吸を再開する。
「武神よ、どうか教会へ返してほしい。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない」
今度は体が軽々と持ち上げられ、宙に浮く人影の近くまで引き寄せられた。これほどの至近距離でありながら、光に包まれたその輪郭を捉えることができない。
「異界の魂よ、貴様の一生には興味がある。その志も、悪くない。足らぬ信心は、これからの鍛錬で補うという約束で手を打ってやろう。よいな? 神との約束を違えることは許されぬぞ」
「……俺に、拒否権はあるのか?」
「約束できぬというなら、その魂、今この場で消し去ってやろう」
圧倒的、絶対的な力の差だ。不本意ではあるが今は従うしかない。
「……分かった。約束しよう。信仰の経験は皆無だが、善処すると誓う」
「よかろう、迷える稚児よ。貴様が我の教えをいかに体現できるか、見せてもらうぞ。成せば、我の力を貸すことも吝かではない」
体の拘束が解かれ、そのまま空中をふわりと漂い始めた。
「では戻るが良い。その魂、常に我が握っていることをゆめゆめ忘れるでないぞ」
直後に右腕に焼けるような激痛が走り、視界が急速に暗転した。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
進みが遅く大変恐縮ですが、まだ暫くビルドアップになりそうです。
もし面白いと思った方がいましたら、コメントを頂けますと泣いて喜びます。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
【アストリア王国の住人】
ゴーティエ・リギドゥス (56歳)
王都の外れに建つ武神教会の司教。身体強化魔法に精通する。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図




