7話
王城から武神教会までは、馬車で一時間ほどの道程。
車中ではコレットが「これは好機」と言わんばかりに、俺の心変わりについて追求してきた。
「何度も言っているだろう。今にも死にそうだった時、夢に武神様が出てきたんだ。きっと武神様の力添えがなかったら死んでいたさ。だから今、こうしてお礼をしに行くんだよ」
セシルが怪訝な顔つきでこちらを見る。
真っ赤な嘘ではあるが、俺が急に南軍を目指すもっともらしい理由としては丁度良い。
武神教は、男女問わずに日頃から鍛錬することを良しとし、正義のために武力の行使を厭わず、蛮族の根絶を教義としている。
ゲームでは、武神教を単一国教とすると軍事力に大きな恩恵があったため、武力による統一を目指す場合は第一の選択肢だったのだ。
この世界で同様の恩恵が発生するのかは不明だが、兵士からの支持が得やすくなるというだけでも、武神教を信仰する意味は十分にあるだろう。
「そうは言っても、まだ信じられません。物心がついた頃からずっと問題ばかり起こして……。光神ルミナス様の教会にも何度も連れて行きましたが、まともに祈ったこともありませんでしたよ。覚えていますか?」
テオドールの記憶には、確かにそんなこともあった。
とにかくコレットの追求を終わらせないと、落ち着いて考え事もできない。
「コレット。死に際に信仰心に目覚めるなんて、ありがちな話じゃないか。とにかく、武神様のご加護で俺はあの病魔を祓えたんだと、そう思っているんだ」
「それは……尊いお話ですが……。ご存知でしょうが、直系王族は特定の宗派に肩入れしない慣例がありますからね! それだけは守ってもらいますよ!」
「え? ああ……うむ……」
初耳だが、国教を定めずにバランスをとるアストリアにとっては、確かに合理的な慣習と言える。武神教へ帰依(特定の宗教への帰属)する気満々で教会に向かっていたのだが……。
(王位継承権もないし、とやかく言われる筋合いないことに賭けよう。無教養な俺が独断で進めたという話であれば、押し通れるかもしれない)
そうこう思案しているうちに、馬車が止まった。
「王子、着きましたよ」
ジュリアンが扉を開ける。
そこは王都の外れ、平屋の簡素な民家が隙間を空けて並ぶ場所だった。おそらく農民や職人の住居区画だろう。
そこに、二メートルほどの石壁で囲われた武神教会があった。現世でいうところの神社に近い木造建築で、正面から奥に向かって長屋のようになっている。
待っていたとばかりに、黒い僧衣を纏い、頭を剃り上げた男が建屋から出てきた。
「これはラウル殿。馬車でのお越しとは馴染みがありませんが、どなたをお連れかな」
「ゴーティエ司祭。こちら、テオドール・アストレウス王子です」
司祭は目を見開き、俺を凝視した。
「突然の来訪、失礼する。俺はテオドール・アストレウス、現国王の庶子に当たる。『放蕩王子』の通り名ならご存知だろうか」
「これはこれは……。このような寂れた教会に、いったい何用でしょうか」
「率直に言えば、武神教に帰依したいのだ。すぐに儀式を始められるか?」
司祭は今度こそ驚きの表情を見せた。驚いたのは護衛の三人、そしてコレットも同様だった。
「テオドール様! 王室に断りなく帰依とは! 直系王族は特定の宗派に肩入れしないことになっていると言いましたよね!?」
「コレット、分かっている。俺は王位継承権のない庶子だ。多めに見てくれるさ。それに、どのみち武神教への帰依を諦めるつもりはない。俺が生きながらえているのは武神様のお力添えがあったからだと信じているからな」
俺は並々ならぬ真剣な眼差しでコレットを見た。彼女はその迫力に気圧され、黙るしかなかった。
「そういうことだ、司祭。どうだ、頼めるか」
司祭は数秒考え込み、口を開いた。
「まずは話を伺いましょう。どうぞ中へ」
俺たちは教会の入り口まで案内された。
近づくと、重厚な木造建築に圧倒される。丸太のような柱が並び、屋根は何メートルもある角材が規則正しく折り重なっている。
司祭が扉に手をかけ、力を込める。すると腕周りがうっすらと輝き、扉がきしみながら動き始めた。身体強化魔法を使う必要があるほど重い扉らしい。
(武神教……なんとも徹底しているな)
内側は装飾のない簡素な作りで、蝋燭やランプもなく薄暗い。玄関の先は一段上がった木の床になっていた。
「ここでお履き物と甲冑をお脱ぎください」
コレットから不満そうな空気を感じるが、無視する。護衛の三人は既に鎧を外し始めている。帯剣はしたままで良いらしい。
脇から僧衣を着た少年二人が出てきて、受け取った荷物を戸棚にしまっていく。
「よろしいですかな? それでは、こちらにお入りください」
通された部屋は、家具のない広間だった。正面の壁一面には木彫りの紋様が入っており、中心には二メートルはあろうかという武神の木像が聳え立っている。
司祭が木像の下に胡座をかき、俺も相対するように座るよう促された。皆もそれに倣い、俺の後ろに座っていく。
「改めてお話を伺いましょう、王子。この王都武神教会に何用でしょうかな」
司祭は神妙な顔つきで問いかけた。その背後にある武神像は、険しい顔で俺を睨みつける。
「……先日、俺は熱病に冒されて生死を彷徨っていた。ほとんどの王宮癒術師が匙を投げるような危篤状態だった。その時、朦朧とする夢の中に武神様が現れ、ご加護を授けてくださり、こうして命を繋ぐことができた。本日はその御礼と、武神教へ帰依しにきた」
司祭は俺の目をしばらく凝視し、重々しく口を開いた。
「事情は承知しました。武神様への拝礼は許しますが、帰依についてはご再考されるのがよろしいでしょう。ご存知かと思いますが、複数の宗派に同時に帰依することはできません。また、脱会は大変に不名誉な行いです。王子の御立場を考えると、慎重になるべきでしょう」
ゲームでは、国教の宗派替えには確かにペナルティがあった。この世界での個人の宗派替えの成り行きについては興味があるが、今言及することではないだろう。
「司祭。それは重々承知の上だ。それでも、武神教への帰依をお願いしたい。どうか、この通りだ」
俺は額を床につける。後ろからざわめきが上がるが、司祭が動揺する気配はない。
「……はっきり申し上げます。我々にとって王室の慣例は取るに足らない問題です。懸念しているのは、王子、あなたが武神教を貶めることなのです」
顔を上げると、司祭と目が合った。
「命を救っていただいた武神様を讃えることはあっても、貶めはしない。約束する。どうすれば信用してくれる? 事情があって事を急いでいるんだ」
「伺いましょう」
「俺は武神様に命を救って頂いた。その恩返しのために、武神教の大義の一つである蛮族討伐に尽力したい考えている」
「ちょうど数日後、俺は成人の儀を迎え、自身が希望する公務をについてお父上に陳情する機会を得る。この絶好の機会に、なんとしても南軍へ従軍する許可を取り付けたい。だからそれまでに、武神教へ正式に帰依して、俺が本気であることを示ことが必要なんだ」
コレットが歯を食いしばった気配がした。
「……王子の身で、危険極まりない蛮族討伐を志向するとは。崇高な御志です」
司祭の目つきが少し和らいだように見えた。
「大陸各地で信仰される武神教にあって、蛮族の根絶は普遍的な教義。南軍兵の多くが武神教を信仰していることも事実です。しかし、光神や地母神への信仰を完全に捨ててまで、武神教に帰依する者は稀です。そこのラウル殿のようにね」
ラウルを振り返ると、彼は少し誇らしげな表情をしていた。
「王子、何も帰依しなくとも武神様に祈ることはできます。王族であるなら光神教の祭典に出席することもあるでしょうし、ご再考された方がよろしいかと」
「それでもだ、ラウル。自分が体験した奇跡から目を逸らすつもりはない」
困った顔のラウルが、司祭に目配せする。
「……ご覚悟は分かりました。帰依の儀式を執り行いましょう。それでは、祭殿にお連れします。皆様はこちらでお待ちください」
俺は司祭に連れられて、教会の奥へと向かう。
この先であんな一大事が起きるとは、この時点では予想もしていなかった――。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
教会イベントの最後まで書ききるつもりが、またしても会話劇に妨げられてしまいました。
次回はキリが良いところまで進めたいものです。
それでは、次話でまたお会いできますことを楽しみにしております。
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登場人物紹介
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【主人公】
八雲 蓮 (20歳)
難病を患う妹・凛を救うため、クリア報酬「願いを叶える」を求めてストラテジーゲーム『ヴィクターナ戦記』の世界へ転生した。
テオドール・アストレウス (15歳)
アストリア王の側室の子で、放蕩王子と呼ばれていた不良少年。熱病によって死を迎えたが、蓮の精神が転生することで蘇生した。身体強化魔法の才を持つ。
【テオドールと行動を共にする人物】
コレット・フィディア (35歳)
テオドールの専属侍女。テオドールの母ロザリーが出産と同時に死去した後、宮廷内で孤立するテオドールを幼少期から支えてきた。
セシル・グラティア (25歳)
王宮所属の女性癒術師。他の宮廷癒術師が匙を投げた結果、異例の若さで王子であるテオドールの治療を担当することに。
ラウル・ベラトル (42歳)
南軍で蛮族相手に武勲を上げたベテラン兵。王宮近衛に栄転したが、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いてしまっている。
ジュリアン・ルクスリウス (28歳)
成金商家の四男で、父親の意向で王宮近衛に押し込まれた。飄々としていて軽薄な印象を与えるが、近衛兵の選抜試験を通過するだけの実力は持っている。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
レオポルド・マイオルム (22歳)
没落貴族の跡継ぎ。実家を経済的に支援するため、給金の多い王宮近衛に入隊した。金目当てというものの、実力で選抜試験を通過している。ラウルと同じく、上級貴族の子息中心の近衛隊では浮いた存在。
【アストリア王宮の面々】
ルイ・アストレウス (55歳)
アストリアの現国王。優柔不断かつ臆病。北の大国エクイタニアの意を汲む王妃や宰相の傀儡と化している。
イザベラ・アストレウス (40歳)
アストリアの現王妃で継室。大国エクイタニアの有力貴族オプシディウス家の長女。権力欲が強く、実子リシャールの王位継承に固執している。
リシャール・アストレウス (18歳)
イザベラの第一子でアストリアの皇太子。エクイタニアに派遣されている北軍の元帥の任に着く。尊大かつ傲慢で、庶民からの受けは悪い。
マルグリット・アストレウス (16歳)
イザベラの第二子で長女。母に似て高飛車だが小心者。
ルドルフ・アストレウス(14歳)
イザベラの第三子で次男。内向的で、自室に籠りがちと噂されている。
ジュール・ドロス (46歳)
宰相であり北方の大貴族ドロス家当主。親エクイタニア派の貴族筆頭で、王妃と結託してアストリアの属国化を推進していると目される。
リュシアン・ヴェリタス (58歳)
王宮図書館の館長。北部の大貴族の三男で現国王の学友だった。政争からは身を引いているが、アストリアの行く末を案じている。
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セントゥリア大陸地図




