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ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第1章 転生と決意
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5話 武神教会への道

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

「テオドール様! 起きてください、テオドール様!」


コレットの切羽詰まった声が、重い意識を叩き起こした。


「コレット……おはよう……今、何時だ?」


「まもなく八時になります。本当は一日休んでいただきたいのですが、朝になったら必ず起こせと仰せでしたから」


昨日の強行軍のツケか、体は鉛のように重かった。立ち上がろうとした拍子に視界がぐらりと揺れ、咄嗟にコレットが肩を支える。


(それでも、俺には無駄にする時間など一秒もないのだ)


「テオドール様! やはりまだお休みになられた方が……」


「いや、やることがある。……セシルを呼べるか? 彼女の癒術なら、この倦怠感も少しはマシになるだろう」


「登城されているか分かりませんが、すぐに確認してきます! それまで、大人しくしていてくださいね!」


コレットは小走りで部屋を飛び出していった。俺はぼやける頭を軽く叩き、昨日のヴェリタス図書館長との議論を反芻する。



「……北の大国エクイタニアと南方の蛮族。どちらもアストリアを圧迫する要因ですが、現時点でエクイタニアはどうにもなりませんな」


深夜の王宮図書館。机に広げた地図を指でなぞりながら、リュシアンは渋い顔で言った。


「国力差がありすぎるからな。だが、南方の蛮族ならやりようはある。俺が南軍の指揮官となり、蛮族を駆逐して南部を安全にする。そうすればこの国も多少はマシになるだろう」


俺の提案に、白髪の老賢者は呆れたように溜息をついた。


「齢十五、実戦経験もないのに大層なことを言いますな。まあ、その意気込みは良しとしても、現実的な問題があります」


リュシアンは眼鏡の位置を直し、冷静に分析を始めた。


「正規軍は大きく二つ。まずは『宗主国』気取りのエクイタニアへの派兵を担う、花形の北軍。対して南軍は、蛮族相手の泥臭い消耗戦を強いられる『落ちこぼれ』の吹き溜まりです。殿下がそんな場所を志願すれば、高熱で頭がおかしくなったと笑われるのがオチでしょう」


「笑われる分には構わないさ。油断してくれるなら好都合だ」


「ええ。ですが、王妃一派だけは笑いません。むしろ最大限に警戒します」


リュシアンの声色が一段低くなった。


「南軍の戦場は、南部貴族の兵力を削ぎ、反乱を起こさせないための『飼い殺し』の場でもあるからです。そして殿下の母君・ロザリー様は、平民とはいえ南部の出身。もし殿下が南軍と結託し、その兵力を掌握すれば……王妃派だけでなく、王家にとっても最大の脅威となりうる」


「……なるほど。俺が南部の血を引いている以上、南軍入りは謀反の準備と邪推されるわけか。であれば、奴らを欺き警戒を解くための『納得感のあるストーリー』が必要になるな」


リュシアンは腕を組み、難しい顔で唸った。


沈黙が流れる中、俺の視線はふと、リュシアンの手元にある分厚い書物に吸い寄せられた。革張りの表紙に金の箔押しが施された、重厚な一冊だ。


「館長、その立派な装丁の本はなんだ?」


「これですか? これは大陸の宗教についてまとめた名著ですよ。古い文献ですが、信仰の歴史体系が網羅されておりまして――」


「どれ、少し見せてくれ」


俺は半ば強引に本を手に取り、パラパラとページをめくった。光神ルミナス、地母神アルマリア……様々な神の記述が続く中、あるページで手が止まる。


そこに描かれていたのは、荒々しい戦斧を構えた武神の姿だった。


(……これだ)


雷に打たれたような直感が走り、俺は咄嗟にそのページをリュシアンに見せた。


「館長、これは使えそうじゃないか。今の俺のためにあるような宗教だ」


後ろでうとうとしているコレットをしり目に、リュシアンに耳打ちする。


「それは……『武神ベルガトス』ですか? しかし、これは兵卒などの下層階級が信仰する土着神に近いもので、王族が信仰するにはあまりにも格下です。たしか教義は……蛮族根絶……」


そこまで言って、リュシアンはハッとしたように目を見開いた。


「……まさか」


「そのまさかさ。死の淵を彷徨った放蕩王子が、力と勝利を司る神への信仰に目覚める。そして蛮族根絶の教義を実践するために、南軍を渇望する……これなら、野心ではなく『狂信』に見えるだろう?」


「……不謹慎極まりない。ですが、カバーストーリーとしては上出来なものができるかもしれませんな」


リュシアンは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、その瞳には共犯者としての理知的な光が宿っていた。



「……よし、やはりこの方針でいこう」


記憶の反芻を終え、俺は一つ息を吐いた。


しばらくして、コレットがセシルを連れて戻ってきた。


「殿下、どうされました? 昨晩の診察では異常ありませんでしたが」


セシルは淡々とした口調で言いながら、俺の胸に手のひらを当てた。そこから淡い光が漏れ出す。


「……体が重いだけだ。だが今日は外せない用がある。癒術でなんとかならないか?」


「倦怠感に癒術を使おうとは、贅沢が過ぎますよ。まあ、気休め程度にはなるでしょうが」


セシルは一歩下がり、両掌をこちらに向けて意識を集中させた。先ほどより強い光が俺を包み込み、体の奥からじわじわと温まるのを感じる。


「少しは楽になったはずです。ですが無理は禁物です、殿下」


「ありがとう、セシル。助かった」


足に力が戻り、俺はベッドから立ち上がった。


「コレット、今日は武神教会に行きたい。案内を頼めるか?」


その言葉に、コレットは意外そうに眉を寄せた。この大陸中部の上流階級では、光神ルミナスへの信仰が一般的なのだ。


「武神ベルガトス様の教会ですか……? 王城区画の外になりますから、護衛をつけないと……」


「ああ、そうだな。馬車と護衛の手配を頼む」


すると、コレットが思わずといった様子で吹き出した。


「ふふっ、あれほど護衛を嫌がって一人で城外へ飛び出していたテオドール様が! 承知しました。すぐに手配しますね。朝食の支度は済んでいますので、ちゃんと食べてくださいね。セシル様も、よろしければご一緒にいかがですか?」


「それは助かります、コレット嬢」


コレットは満足げな笑顔を浮かべ、部屋を後にした。俺が食卓に着くと、セシルが向かいの席に腰を下ろした。


「それで、どういった風の吹き回しですか? 死の淵で信仰に目覚めたとでも?」


「まあ、そんなところだ。タイミングとしてはこれ以上ないだろう?」


「含みのある言い方ですね。それにしても光神教ではなく武神教とは……失礼ながら、殿下には縁もゆかりもなさそうですが?」


(随分と詮索してくるな。彼女が王妃派の回し者である可能性は低いと思いたいが……確かめておく必要はあるだろう)


俺はわざとらしく口端を吊り上げて見せた。


「縁ならこれから作るつもりだ。……随分と熱心に探るな。もしや、王妃派に告げ口でもするつもりか?」


セシルは間髪入れずに応じた。


「私は王妃派とは距離を置いています。だからこそ、放蕩王子の担当などという閑職に回されたのですよ」


即答だった。彼女は冷めた瞳のまま続けた。


「もともと王宮のような窮屈な場所で働きたくはないのですが、実家の経済的支援のために仕方なく、といったところです」


「そうか……疑って悪かったな」


俺は気まずさを誤魔化すように、スープを口に運んだ。


「ところで殿下、私はあなたの担当癒術師に任じられています。あれほどの高熱の後ですから、しばらくは経過観察が必要です。他に急ぎの仕事もありませんので、しばらく行動をご一緒させていただこうと思いますが、構いませんか?」


「ああ、癒術師が同行してくれるなら心強い」


俺は数秒考えた後、彼女を真っ直ぐに見据えて告げた。


「ただし、俺と共にある間に見聞きしたことは一切口外無用だ。たとえ父王陛下であっても、だ。約束できるか?」


セシルの鋭い視線が眼鏡の奥で光った。


「随分な要求ですね。ただの一癒術師には、少々荷が重い話です」


「分かっている。その交換条件として……俺の企みが順調に進めば、この退屈な王宮の外でやりがい溢れる職務を提供できるだろう」


「……放蕩王子にそんな提案をされても、にわかには信じがたいですね」


「そりゃあごもっともだ。まあ、近いうちに答えを聞かせてくれ」


その時、扉がノックされた。


「テオドール様、準備が整いました。東門に馬車と護衛が待機しております」


「ありがとう、コレット。……さて、武神様へ挨拶に行くとしようか。あ、それからコレット、セシルも経過観察のためにしばらく同行することになった」


「まあ! 癒術師様がいらっしゃれば安心です。セシル様、ありがとうございます!」


セシルは少し複雑そうな表情のまま会釈し、俺たちの後についてきた。


東門の外に用意されていたのは、王族用としてはあまりに質素な四人乗りの馬車だった。護衛は御者を含めて三名。王城区画の外へ出るには心許ない戦力だ。


(これまでのテオドールの行いを考えれば、軽んじられるのは当然の結果だな。むしろ、目立たなくて都合がいいか……)


「テオドール様、申し訳ございません……急な手配だったとはいえ、あまりにも……近衛局に苦情を言って参ります!」


コレットが申し訳なさそうに肩を落としたが、俺は首を振った。


「構わんさ、コレット」


(侮りは最高の隠れ蓑になる……特に今は)


俺は口端をわずかに吊り上げた。


(無能な王子が、気まぐれに神頼みへ向かう――周囲にはそう映っていればいい)


俺は迷いのない足取りで、三人の兵士たちのもとへ歩み寄った。

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