35話 反攻の狼煙
「それでもだ! 我が軍がどんなに苦しい状況だろうと、グリーン・ゴブリンを撃滅する、有史以来最大の好機なんだ! 今やらなければ未来永劫、後悔することになるぞ!」
俺の熱弁が議場に反響するが、周囲からは反対の呟きが漏れた。中央の円卓は不穏な空気に包まれる。
円卓の隣に座る中年の第二大隊長が、顔を赤くして反論した。
「西部旅団が消耗、特に第一大隊が大きく損耗していることは、大隊長である殿下が最もご存じのはず。いくら好機とはいえ、傷だらけの兵に鞭打って、森の奥深くに向かわせるというのですか!」
先のネモリス防衛の功により俺は昇進し、第一大隊の隊長として西部戦区の戦略会議に出席していた。
「殿下がお持ちの古文書が正しいとして、ゴブリン共の動きがない今のうちに西部戦区の再編を急ぎ、より強固な防衛線を形成するのが無難な選択でしょう。違いますかな?」
老獪な第三大隊長が冷ややかに後に続いた。
(他の大隊長や南軍本部の武官らも、すっかり消極的になっているな。これだから古い軍隊はダメだ)
「……もう一度この古文書を読み上げるぞ。『大規模群行は蛮族の上位種の統率によって引き起こされ、上位種を失えば群れは散り散りになり酷く弱体化する。しかし、一度上位種が生まれた蛮族は、数年後に再び上位種が誕生し、大規模群行が繰り返される』。つまり、この状況を放置すれば、ネモリス襲撃と同じことが再び起こる可能性が高い! それを座して待つのか!?」
俺が掲げた古文書は、ゲームでの経験に基づき王宮図書館のリュシアンに頼み込んで偽造した代物だった。「いずれ全てを話して頂きますよ」と念を押されたが、俺が言う通りの内容を古紙と古インクで完璧に表現してくれていた。
円卓中央のソフィアノスが、探るような視線を向けて淡々と質問する。
「テオドール殿下。だとすれば、今回と同等の襲撃にも耐えられる精強な西部旅団を構成できれば、今と同じ防衛戦略を継続できる、そのような認識で宜しいかな」
(さあ来た。お待ちかねの援護射撃だ)
俺はあえて重々しい口調で、吐き捨てるように応じた。
「……そんなことが可能か? 第一大隊の第二中隊が大規模群行と接敵し、即座に壊滅したのを忘れたわけじゃないだろう。現状の、少数で広大な防衛線を維持する戦略が機能するとは到底思えない。少なくとも5倍、いや、10倍の兵員が必要になる」
ソフィアノスは顎に手を当てて考え込む素振りを見せて、呟くように述べる。
「頭数が欲しいのは中央も東部も同じ。南部の老人や女子供を徴発すればあるいは……」
(大根役者め。あまりに露骨すぎないか?)
「元帥! そのような無慈悲な方策は許容できません! 我々は南部の民を守る盾ではなかったのですか!? 守るべき無力な人々を戦場に送るなど……昇進直後の身で不躾ではありますが、私は明確に反対です」
席から勢いよく立ち上がったロランが、腹の底から啖呵を切った。彼もまた今回の戦功で大隊長から西部旅団長へ昇進し、西部戦区のトップに上り詰めていたのだ。
(……思いがけない良い援護だ、ロラン。彼の真面目さに助けられたな)
議場に重苦しい沈黙が下りる。変化を嫌う旧態然とした組織とはいえ、明らかな破滅に民を巻き込む勇気は、誰にもないようだ。
「……テオドール殿下。もし、殿下の推測が正しかったとして、どの程度の兵力があればゴブリン共を殲滅できると?」
ソフィアノスがため息混じりに尋ねた。俺は円卓に広げられた南部戦線の地図を指さし、よどみなく答える。
「人員の充足が前提だが、俺が第一大隊を率いて森に侵入してゴブリンの巣を潰して回る。同時に、第二第三大隊は森を焼き払いながら防衛線を押し上げるべきだ。山脈の端から要塞まで短く真っ直ぐ戦線を形成すれば、2つの大隊でも防衛が可能になる。森の開墾には南部の各領主の助力も仰ぐべきだろう」
再び議場が騒がしくなる。大隊1つで侵攻など正気の沙汰ではない、という雰囲気だ。その騒乱にソフィアノスが割って入る。
「確かに、第一大隊のみが攻勢に出て残りで防衛するなら……ギリギリ成立するかもしれませんな。それで攻撃が成功する前提ではあるが……皆の衆、どうだ? より良い案がある者は是非発言してくれ」
シンと再び静まり返る議場。
ここに、蛮族征伐軍の編成が数十年ぶりに決定されたのだ。
◇
「本当に大隊1つでゴブリンを根絶やしにできるとお考えで?」
俺が元帥執務室に招かれて入ると、部屋の主人が開口一番に言い放ってきた。傍らにはロランも控えている。
「できるかできないかじゃない。やるしかないんだ。これ以上は攻勢に回せないんだからな」
俺がそう言いながら大股で近づくと、ロランが心配そうに声をかけてきた。
「殿下、大隊1つで攻め入るのは無謀です! 地理も敵の数もわからないのですよ!」
「他に選択肢はない。今やらねばネモリスの悲劇がいずれ繰り返される。そのためには無理を通すしかない。そうだろう、ソフィアノス卿」
「……はっきり言って賭けですな、これは。しかし、古文書の内容が正しいならば、行動を急ぐしかないでしょう。私が子供だった頃以来の、数十年ぶりの征伐になります」
「協力に感謝するよ、ソフィアノス卿。して、王都の連中の様子は? 援助は期待できそうか?」
ソフィアノスは静かに首を振った。
「ダメですな。彼らはネモリスへの襲撃発生自体を抑止できなかったことを糾弾するばかり。反攻の好機などという話に、聞く耳は持ちません」
「……全く情けない。まあ、セヴェリグラードとエクイタニアの国境摩擦も拡大しているらしいし、北軍も余裕がないのだろう」
又聞きしたことだが、2つの大国がいよいよ本気でぶつかる可能性が出てきたらしい。数合わせで派兵されているアストリア北軍も、気が気ではないはずだ。
(俺を敵視する王妃派が牛耳っているんだ。王都から援軍が出ないのは想定内。むしろ、余計な横槍が入らないことに感謝すべきだな)
王都からの援軍が無いと聞き、ロランが心配そうに声をかける。
「それではどうするのです? 中央と東にも余剰はないですよね?」
「……欠員はおよそ200名。南部貴族の子息と、使えそうな平民をかき集めるしかないな。それと部隊の再編も必要だ。職業軍人はできるだけ俺の第一大隊に集めさせてもらう。少なくとも、徴発兵の割合は半数以下にしてもらいたい」
南軍のおよそ4分の3が徴発兵であることを考えると、かなり無理な要求だ。予想通り、ロランは愕然とした。
「は、半数!? それでは残りの第二、第三大隊は殆どが徴発兵になるじゃないですか! 元帥! とてもじゃないですが防衛線が持ちません!」
ソフィアノスは頬杖をつき、深くため息を吐く。
「ロラン旅団長、ここがネモリス防衛を成した腕の見せ所、そういうことだ。大隊1つで攻勢に出る殿下の任務もさることながら、歯抜けの大隊2つで防衛線を張るロラン殿の仕事もまた困難ということ」
俺の発案を元帥がすでに了承済みであることに気づき、ロランは驚愕して呆然と壁に寄りかかった。
「……いつも苦労かけてすまないな、ロラン殿。それじゃあ、旅団の再編はお二人に任せて良いかな? 俺は南部の街々へ、募兵と助力を乞う行脚に向かうよ」
俺が振り返って扉に向かうと、その背からソフィアノスが笑いを含みながら声を浴びせた。
「精々、民に担がれて天狗にならないように。殿下とロラン旅団長、そして炎魔術師の娘は、ネモリスの英雄として一躍時の人ですからな」
「そいつは僥倖だ。王統、聖痕、名声、使えるものはなんでも使って人材集めに励むとするさ」
俺は執務室を大股で後にする。
(この好機をものにするために、急いで優秀な駒を集めなくては。1秒たりとも無駄にはしない……!)




