4話
城内を大股で歩く俺の後ろを、コレットが小走りでついてくる。
「テオドール様! 病み上がりなのですから、せめてもう少しゆっくり歩いていただけませんと!」
「コレット、時間が惜しいんだ。それより次の突き当たりはどっちに曲がればいい?」
「右です、右!」
すれ違う文官や騎士たちは、死にかけと噂されていた俺が闊歩する姿を見て驚愕し、あるいは好奇の視線を投げかけてくる。だが、今の俺に彼らと関わっている暇はない。
城の北端、人通りの途絶えた場所にその場所はひっそりと佇んでいた。王宮図書館だ。
重厚な大扉をノックするが、返事はない。構わず力を込めて引き開けると、古書特有の、少し湿り気を帯びたかび臭い匂いが鼻を突いた。
左右の壁は二階の天井まで書架が埋め尽くし、そこには無数の知識がぎっしりと詰め込まれている。正面には巨大な長方形のテーブルが置かれ、その奥のカウンターに座る神経質そうな初老の男が、不機嫌そうにこちらを睨んだ。
「どちら様かな。小役人以外のお客とは珍しい」
「俺はテオドール・アストレウス。昨日まで死にかけていた放蕩王子だ」
俺の言葉に、初老の男は眼鏡越しの目を丸くした。
「これはこれは……。熱病に冒されていると噂されていましたが、無事回復されたのですか。それは何より。……申し遅れましたが、私はここ王宮図書館の館長であり唯一の司書、リュシアン・ヴェリタスと申します」
館長は立ち上がり、恭しく一礼した。
「私は侍女のコレット・フィディアと申します、ヴェリタス様」
コレットも丁寧に礼を返す。ヴェリタスという家名には聞き覚えがあったが、今はその素性よりも、彼が持つ知識が重要だ。
「館長、早速だがアストリアの内情と国際情勢のあらましが早急に知りたい。まずは最新の世界地図を見せてくれないか」
「……っ、げほっ、ごほっ!」
あまりに唐突な要求だったのか、館長は激しくむせ返った。
「噂の放蕩王子が、まるで外務官のようなことを口にされるもので、つい。……少々お待ちを」
館長は書架の隙間へと消え、一分ほどで一本の古い巻物を携えて戻ってきた。彼はそれをテーブルの上に広げる。
「この地図は十年前のものですが、私の知る限り、主要な国境線の変化はありません。強いて言えば、南方の蛮族領域が少しずつ拡大している事態……といったところですかな」
世界地図の右上には『セントゥリア大陸』と記されている。テオドールの記憶によれば、他の大陸は確認されていない。
アストリア王国は大陸中央南部に位置する小国の一つだ。
北に接する大国エクイタニア共和国と、南の蛮族領域に挟まれ、文字通り身動きが取れない情勢にある。東西には同規模の小国があるものの、現状の国力では手が出せない。
何よりも、南方の『蛮族』の話が気がかりだった。
「南方の蛮族領域との境界はどうなっている? 具体的な被害状況は把握しているか」
「記録ではゴブリン、ハーピィ、リザードマン、オーガが確認されており、特にゴブリンとオーガによる越境が頻発しているようです」
ヴィクターナ戦記において、知能が低く人類に敵対的な種族は一括りに『蛮族』と呼ばれる。ゲーム序盤のプレイヤーにとっては脅威だが、中盤以降は駆逐の対象でしかない。だが、弱小国のアストリアにとっては死活問題だ。
「防衛体制はどうなっているんだ。このままでは国民が危険だろう」
「国防省は認めないでしょうが、南方の防衛体制は劣化の一途を辿っていると考えられます。現在、北方のセヴェリグラード帝国とエクイタニアの国境摩擦が拡大しており、アストリアを含む南方の四小国は、援軍の徴用を実質的に強制されており、皇太子殿下にいたってはその将軍の任に就いております」
「……まるで属国だな。父王はこの惨状を良しとしているのか?」
「国王陛下のお考えを推し量るのは不遜ではありますが、親エクイタニアである王妃殿下と宰相殿に遮られ、南方の悲鳴は陛下の耳には届いていないのでしょう」
王宮図書館の一館長にしては、随分と大胆な物言いだ。憲兵の耳に入れば不敬罪で捕まりかねない。
「失礼だが館長、随分な物言いだな。貴殿はいったい何者なんだ?」
「テオドール様っ!?」
隣でコレットが驚愕し、俺の口を抑えに来たが、既に遅い。
「私ですか? なるほど……放蕩王子の異名は伊達ではなかったようですな。ヴェリタス家は北方の大貴族の一つ。私はその現当主の弟にあたります。若い頃は、国王陛下と勉学を共にしたこともありました」
館長――リュシアンは、懐かしそうな、どこか穏やかな笑顔を見せた。
「これは失礼した、ヴェリタス卿。……それほどの御仁が、なぜこのような寂れた図書館の館長に収まっているんだ?」
「テオドール様! いい加減にしてください、あまりに失礼です!」
今度はコレットに物理的に引きずられそうになる。だが、館長は愉快そうに笑って首を振った。
「当主でもないので『卿』はやめてください。館長で結構ですよ。私は政争に明け暮れる政界に愛想を尽かしましてね。若かりし頃の思い出が詰まったこの場所を離れられず、こうして館長に収まったというわけです」
「左様ですか……。ならば顕学であらせられる館長に、意見を伺いたい。このまま南方を放置していて、本当に良いのだろうか」
「無論、良いはずがありません。北方の紛争が終結すれば援軍を南方に回せますが、その機運は乏しい。蛮族による被害が拡大し続ければ、いずれ王妃派とて対応せざるを得なくなりますが……問題は、どれほどの犠牲が出れば彼らが本腰を上げるか、という点ですな」
ただでさえ弱小国家だというのに、大国への忠誠のために自国の防衛を疎かにするなど愚の骨頂だ。アストリアの国力がこれ以上低下すれば、俺がこの国を掌握したとしても、その後の『世界統一』など夢のまた夢になる。
――国権奪取への布石を打ちつつ、南方蛮族の被害を食い止める。そのための『手立て』を考えなければならない。
それから俺は夜遅くまで、館長が音を上げるほど議論を交わし続けた。最後は半ば強制的に、コレットに自室へと引きずり戻されてしまった。
ベッドに横たわった途端、抗いようのない強烈な睡魔が襲ってきた。視界がぐにゃりと歪み、手足の先から感覚が消失していく。
(……くそ、限界か……)
異世界転生という理解を超えた超常現象に見舞われ、おまけに死にかけていた病み上がりの体だ。今日一日、これほどまでに精力的に活動できたことの方が、冷静に考えればどうかしている。おそらくは高揚感や生存本能がアドレナリンを過剰に分泌させ、疲労を無理やり塗りつぶしていたのだろう。
コレットに明朝起こすように伝えた直後、まさに気絶するように俺は眠りの深淵へと落ちていく。重い意識の底で、次の目標を定める。
(なんとしても南軍に滑り込んで……蛮族退治で名を上げないと……)
思考はそこで途絶え、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
お世話になっております。Tastyです。
ここまでご覧いただきどうも有り難う御座います。
少し短いですが4話はこんなところで。本当は地図を見ながらあれこれ考えるシーンを無限に続けたいところですが、必要最小限にまとめてみました。
ちなみにこの地図はinkarnateで作成したものです。
それでは、次話でまたお会いできますことを楽しみにしております。




