34話 死闘の果てに
「退避ッ!!」
俺の絶叫より早く、ラウルが俺を担いだまま、道沿いの半壊した商家へと飛び込んだ。他の隊員たちも、弾かれたように窓や扉を突き破って建物内に転がり込む。
直後――。
ゴォォォォォォォォンッ!!!
世界そのものが燃え上がったかのような轟音が、街を震わせた。窓の外を極大の業火が駆け抜けていく。建物の壁や床が悲鳴を上げ、肌を刺すような熱気が室内に充満した。
「ぐっ……! いったい……!」
「伏せろ! 熱風を吸い込むな!」
数秒か、あるいは数分か。永遠にも感じられる灼熱の時間が過ぎ去り、やがて地鳴りのような音は遠ざかっていった。
「……ゲホッ、ゴホッ! 全員、無事か!?」
俺が咳き込みながら声をかけると、粉塵の舞う室内から次々と声が上がる。
「あっぶねえな! なんだい今のバカげた炎は! シャーマンの炎砲術なんざ目じゃねえぞ!」
ベルナデットが煤けた顔で悪態をつく。
「ルネだ! 今の魔法、絶対にルネだよ!」
エリナが興奮した様子で叫んだ。
「間違いないでしょう。あの規模の炎魔法を放てる人間なんて、この街にはあの娘しかいませんから」
レオが額の汗を拭いながら、淡々とため息をついた。
「たまげましたねぇ! あのおチビちゃんがここまで凄腕だとは!」
ジュリアンは嬉しそうだ。確かに、このレベルの炎魔法を自在に扱えたら百人力だろう。
(これは……魔力暴走を意図的に引き起こしやがったな。本人も無事じゃすまないはずだ)
俺は痛む左半身を押さえながら、そう吐き捨てる。故郷を守るために死ぬ気で放った一撃なのだろうが、せっかく見つけた才能が消し炭になっては大損害だ。
「殿下、外を見てください! ゴブリン共が!」
ラウルの声に促され、俺も窓の外へ視線をやった。
メインストリートの中央は、完全に黒焦げの炭と化していた。炎の直撃を受けた何千というゴブリンが、一瞬にして灰に帰したのだ。直撃を免れた個体も完全にパニックに陥っている。
「ギャギィィィッ!!」
「ギギギギャアァァッ!」
彼らは武器を放り出し、お互いを突き飛ばし、踏みつけ合いながら、街の出口へ向かって狂ったように逃げ出していく。
統率するシャーマンを失い、さらにあの理不尽な業火を見せつけられたことで、奴らの本能に刻まれた恐怖が完全に決壊したのだ。
「まだすごい数が……! 殿下、追撃しますか!?」
血気盛んなガストンが、大剣を握り直して身を乗り出す。
「よせ! すでに勝ち戦、これ以上の損害は無用だ。今はネモリスの状況把握を優先しよう」
「殿下の仰る通りです……今はやり過ごすんだ、ガストン」
ラウルがガストンの肩を掴み、深く頷いた。
俺たちはそのまま息を潜め、緑色の濁流が完全に街から吐き出されるのを待つ。
数分後、地鳴りのような足音と絶叫が遠ざかり、街に不気味な静寂が戻ってきた。
「……行ったか」
俺はラウルに肩を貸してもらいながら、ゆっくりと立ち上がる。
「外に出るぞ。領主の館へ向かおう」
軋む扉を蹴り開け、俺たちは再びメインストリートへと足を踏み出した。
そこで見たのは、言葉を失うほどの光景だった。
石畳は高熱で溶けてガラス化し、ゴブリンの炭化した残骸が街の入り口まで続いていた。
「こりゃあ……見事なもんだね。本当にあのお姫様がやったのかい?」
ベルナデットが周囲を見渡し、呆然と呟く。
「ああ……自分の炎に焼かれてなきゃいいんだが」
◇
領主の館がそびえる中央広場は、凄惨な防衛戦を生き延びた者たちの熱狂と悲鳴で、ひどく混沌としていた。
「こいつは凄まじい熱狂ですな。殿下、いかがなさいますか」
俺を背負うラウルが周囲を警戒しながら尋ねてきた。
「ああ……だが、こんな大所帯で押し入る状況じゃない。俺とラウルだけで司令部へ向かおう」
「承知しました。他の隊員は待機と?」
俺は火傷の痛みを堪えて顔を上げ、傍らに控える部下たちに視線を向けた。
「ジュリアンは他の連中をまとめ、装備を再点検しておけ。状況が落ち着いたら中隊の生存者を探しに行くぞ」
「お任せを……殿下も、ボロボロのお体で無理はなさらずに」
ジュリアンは力強く頷き、他の隊員をまとめて喧騒から離脱した。
「さて、行くかラウル。荒波を掻き分けるぞ」
「はっ。舌を噛まぬよう、しっかり掴まっていてください!」
ラウルは俺を背負ったまま、その強靭な体躯で人波をかき分け強引に進んでいく。
領主の館の正面扉では、守衛たちでさえも武器を放り出して互いの無事を喜び合っていた。俺たちはその歓喜の輪を通り抜け、重厚な扉を押し開けた。
「殿下!! ご無事でしたか!!」
中央のテーブルに突っ伏していたロランが飛び起きた。極限の防衛戦が終わり、ようやく一息ついたところなのだろう。
「ロラン大隊長。やり遂げたな……^_^ご苦労様」
「そんな! 私は何も……酷いケガじゃないですか!! 今すぐ癒術師に!!」
俺は慌てるロランを手で制した。
「すぐ死ぬわけじゃないから安心しろ。それより状況を教えてくれ。全く把握していないんだ」
「……分かりました。そちらの顛末も伺いたいですが、まずはこちらから」
周りの事務官らが長椅子に布を敷いて、俺が休める場所を作りはじめる。
「開戦直後、ゴブリン・シャーマンの炎砲術を2波受け、1波目は街の各所に落ちたがすぐに消火できました。しかし、2波目が中心通りのバリケードに集中し、完全に破壊されました」
「ああ。それはこちらからも見えていた。そのあと、俺たちはシャーマンに突撃したんだ」
「やはりですか。それ以降は炎砲術が着弾することがなかったので、斬首中隊がシャーマンと戦闘を始めたのだと直感しました。しかし、それを確認する間もなく、敵の増援が到来してギリギリの遅滞戦闘が始まったのです」
「こちらからも見えていた。一番の要だった中心通りが破られたから、余計に厳しかったろう」
「ええ。しかし、断続的に炎魔法が飛んでくることに比べれば幾分マシですよ。それでもなお、ゴブリンの数と勢いに押され、ご覧のように最終防衛ラインで死守する羽目になりました。そして……殿下の秘蔵っ子の炎魔法。あの娘はネモリスの英雄です」
「……ルネは無事か?」
「無事ですとも!! 多少の火傷と完全な魔力切れで消耗はしていますが、命に別状はありません。今はセシル殿が救護所で治療に当たっています」
俺は胸をなでおろした。
「それなら……よかった」
(ネモリスでの憎悪を一身に受けた『魔女』が、街を救った『英雄』か。いずれ凄腕の魔術師になるとは思っていたが、まさかこんなすぐに才能を開花させるとは)
「それで殿下、斬首中隊の方は......いかがだったのでしょうか」
「損耗3割。俺の小隊で叩き上げた奴らも失った。だが、シャーマンの首は確かに落としたぞ。この俺の手でな」
「なんと!! 殿下自ら!? てっきり後方で指揮を執られるのだとばっかり……これは盛大に祝わねばなりませんね!!」
ロランが浮かれたように声を上げる。
「まてまてロラン殿。まずは街の状況確認だ。それと、斬首中隊の生き残りが戦場にいるかもしれないから、急ぎ捜索隊を出したい。いいか?」
「ええ、ええ、もちろんです。守備中隊をお貸ししましょう。殿下はその怪我ですから無理なさらず、部下に任せて下さい」
「恩に着る。そうだな、ではラウル、俺の代わりに指揮を執り、生存者の捜索を頼む」
俺はラウルの背を降り、代わりに司令部付きの兵士に肩を貸してもらった。
「はい、承知しました。殿下は救護所でしっかり治療を受けて下さい。きっと、コレット嬢やセシル殿も殿下に会いたがっておいででしょう」
◇
館の裏手に開かれた救護所は、負傷した兵士と避難民で足の踏み場もない有様だった。血と汗の匂いが充満する中、大隊付きの癒術師たちが青ざめた顔で駆け回っている。
「そこの患者、止血が甘いわ! もっと強く圧迫して!」
喧騒の中、一際通る声で指示を飛ばしているのはセシルだった。術衣は赤黒く汚れ、額には疲労の汗が張り付いているが、その瞳は強い光を放っていた。
「セシル。頼みがあるんだが」
俺が司令部付きの兵士に背負われたまま声をかけると、セシルは弾かれたように振り返った。
「で、殿下……!」
彼女は俺の姿――特に、焼け爛れた左半身を見るなり、息を呑んで駆け寄ってくる。
「ちょっと、何ですかその火傷は! 足も酷いことに! ぼさっとしてないで横になって!」
兵士が慌てて俺を簡易ベッドにおろす。
「すまんすまん。シャーマンの炎をモロに食らってな。だが、約束通り生きて帰ってきたぞ」
俺が痛みを堪えて笑うと、セシルは「この放蕩王子」と小さく毒づきながら、即座に手の平を俺の左肩と右膝にかざした。温かく、柔らかな魔力の光が傷口を包み込んでいく。
「テオドール様ッ!!」
奥の区画から、悲鳴のような声が上がった。振り返ると、水盆を抱えたコレットが立ち尽くし、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。彼女は水盆を放り出し、転がるようにして俺の右手に縋り付いた。
「ああ、あああ……生きて、生きて戻られて……本当によかった……!」
「泣くな、コレット。お前たちこそ無事でよかった」
俺は右手でコレットの頭を撫でる。震える彼女の背中越しに、最奥に置かれた簡易ベッドが見えた。そこには、小さな身体を丸めて眠るルネの姿があった。
「ルネの具合はどうだ?」
「ひどい魔力欠乏症ですが、命に別状はありません。暴走の兆候もなく、ただ深く眠っているだけです」
治療を続けながら、セシルが淡々と答える。
「……そうか。立派なもんだな。彼女の炎がなければ、俺たちがいくらシャーマンの首を獲ったところで、ネモリスは終わっていた」
俺の言葉に反応したのか、ベッドの上の小さな毛布が微かに動いた。
「……テオドール、さま……?」
掠れた、弱々しい声。俺はセシルの治療を受けながら、コレットに支えられてゆっくりと上体を起こした。ルネが重い瞼をこじ開け、焦点の定まらない目で俺の姿を探している。
「起きたか、ルネ。身体の具合はどうだ」
「……あついです。からだのなかが、からっぽで……」
ルネはそこまで言って、ハッとしたように目を見開いた。
「街は……コレットさんたちは、無事ですか……? 私、また……誰かを……」
怯えが混じるその声に、俺ははっきりと首を横に振った。
「大丈夫だ。お前は自身の才能を完全に制御し、押し寄せるゴブリンの群れだけを焼き尽くした。ネモリスの街も、民も、お前の炎が守り抜いたんだ」
「わたし、が……?」
「ああ。お前が奪った命の分以上の民を、お前の力で救い出した。――お前は今日、ネモリスの英雄になったんだ」
俺がはっきりと告げると、ルネの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
それは、地下牢で流していた絶望の涙ではない。呪いだと信じ込んでいた自身の力が、初めて誰かを救うために使えたという、安堵と救済の涙だった。
「よかった……よかったぁ……っ」
幼子のように声を上げて泣きじゃくるルネを、コレットが優しく抱きしめる。その光景を見守りながら、俺はズキズキと痛む左半身の火傷に手を当てた。
(いくつもの奇跡と仲間の血に縋って、ようやく拾い上げた勝利。最弱のゴブリン相手にこの惨状か……ゲームの『ヴィクターナ戦記』とはまるで違う、残酷で、容赦の無い世界……)
俺は息を吐き、首を回す。天幕の入り口から、ネモリスの空を赤く染め上げる夕陽が差し込んでいる。
(南方蛮族の根絶、アストリアの国権奪取、そしてその先にある大陸制覇……あまりにも遠く、不可能な道程に思える。だけど、決して立ち止まることは許されない。どんな地獄を這いずり回ってでも、必ず世界を統べてやる……凛、待ってろよ!)
すべてを焼き尽くした業火の残滓のようにも、これから流すであろう無数の血のようにも見える夕日の中で――遥か彼方まで続く覇道を見据えるように、俺は静かに目を細めた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
本話をもって、第四章が完結となります。
これまでお付き合いくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
昔から小説の執筆にはずっと興味がありながらも、ついぞ手を出すことはありませんでした。そんな私が一念発起して書き始めた処女作が、本作『ヴィクターナ戦記』になります。
高々34話ではございますが、初めての執筆は苦難も多く、途中で筆が止まりそうになることもありました。そんな中、本作にブックマークを付けてくださった20名の皆様の存在が、何よりの心の支えとなっておりました。誠にありがとうございます。
さて、本作ですが、これからも末永く書き続けていくつもりです。
しかし、改めて読み返してみると、特に前半(第一章・第二章)の拙さや説明不足が目につきます。戦闘シーンへ早く到達したいがために、急ぎ足になってしまったのだと思います。
つきましては、作品をより良いものへと昇華させるため、新話の更新を一時停止し、第一章・第二章を中心とした加筆を行いたいと考えております。
またこの期間を利用して、生成AIによる登場人物のポートレートや挿絵ついても、よくよく再検討したいと思っています。
加えて、タイトルにサブタイトルをつけるべきか、つけるならどうするかと、悩んでおります。
新話の更新を楽しみにお待ちいただいている方には、心よりお詫び申し上げます。本作をより深く、面白いものにするための充電期間として、何卒ご容赦いただけますと幸いです。
もし「ここはこうした方がいい」「この展開は分かりにくかった」等のご意見やご指摘がありましたら、このタイミングでいただけますと、大変ありがたく存じます。
もちろん、ブックマークや評価、ご感想も引き続きお待ちしております。皆様の反応が、何よりの執筆の励みになります。
パワーアップした『ヴィクターナ戦記』で再びお会いできるよう努めてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
20260317追記
お待たせいたしました。本文の加筆修正が完了し、ぼちぼちと次話の執筆に着手したいと思います。
キャラクターの立ち絵には水彩画指示のMidjorneyを使用しておりますが、とりあえずはこちらを使い続けることと致しました(ライトノベル向けではないのですが、今のイラストに思い入れがあり……)。
引き続き、テオドールとヴィクターナ戦記を、何卒宜しくお願い致します。
20260320追記
やはり思い直し、イラストの生成方法を変更、すべて更新させていただきました。
少し親しみやすいタッチになったかと思います。できる限りキャラクター性を引き継ぐよう調整しましたが、印象とずれてしまった方がいらしたら申し訳ございません。
何卒ご容赦頂けますと幸いです。
Tasty




