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ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第4章 南軍合流
38/40

34話 死闘の果てに

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

「退避ッ!!」


俺の絶叫より早く、ラウルが俺を担いだまま、道沿いの半壊した商家へと飛び込んだ。他の隊員たちも、弾かれたように窓や扉を突き破って建物内に転がり込む。


直後――。


ゴォォォォォォォォンッ!!!


世界そのものが燃え上がったかのような轟音が、街を震わせた。窓の外を極大の業火が駆け抜けていく。建物の壁や床が悲鳴を上げ、肌を刺すような熱気が室内に充満した。


「ぐっ……! いったい……!」


「伏せろ! 熱風を吸い込むな!」


数秒か、あるいは数分か。永遠にも感じられる灼熱の時間が過ぎ去り、やがて地鳴りのような音は遠ざかっていった。


「……ゲホッ、ゴホッ! 全員、無事か!?」


俺が咳き込みながら声をかけると、粉塵の舞う室内から次々と声が上がる。


「あっぶねえな! なんだい今のバカげた炎は! シャーマンの炎砲術なんざ目じゃねえぞ!」


ベルナデットが煤けた顔で悪態をつく。


「ルネだ! 今の魔法、絶対にルネだよ!」


エリナが興奮した様子で叫んだ。


「間違いないでしょう。あの規模の炎魔法を放てる人間なんて、この街にはあの娘しかいませんから」


レオが額の汗を拭いながら、淡々とため息をついた。


「たまげましたねぇ! あのおチビちゃんがここまで凄腕だとは!」


ジュリアンは嬉しそうだ。確かに、このレベルの炎魔法を自在に扱えたら百人力だろう。


(これは……魔力暴走を意図的に引き起こしやがったな。本人も無事じゃすまないはずだ)


俺は痛む左半身を押さえながら、そう吐き捨てる。故郷を守るために死ぬ気で放った一撃なのだろうが、せっかく見つけた才能が消し炭になっては大損害だ。


「殿下、外を見てください! ゴブリン共が!」


ラウルの声に促され、俺も窓の外へ視線をやった。


メインストリートの中央は、完全に黒焦げの炭と化していた。炎の直撃を受けた何千というゴブリンが、一瞬にして灰に帰したのだ。直撃を免れた個体も完全にパニックに陥っている。


「ギャギィィィッ!!」


「ギギギギャアァァッ!」


彼らは武器を放り出し、お互いを突き飛ばし、踏みつけ合いながら、街の出口へ向かって狂ったように逃げ出していく。


統率するシャーマンを失い、さらにあの理不尽な業火を見せつけられたことで、奴らの本能に刻まれた恐怖が完全に決壊したのだ。


「まだすごい数が……! 殿下、追撃しますか!?」


血気盛んなガストンが、大剣を握り直して身を乗り出す。


「よせ! すでに勝ち戦、これ以上の損害は無用だ。今はネモリスの状況把握を優先しよう」


「殿下の仰る通りです……今はやり過ごすんだ、ガストン」


ラウルがガストンの肩を掴み、深く頷いた。


俺たちはそのまま息を潜め、緑色の濁流が完全に街から吐き出されるのを待つ。


数分後、地鳴りのような足音と絶叫が遠ざかり、街に不気味な静寂が戻ってきた。


「……行ったか」


俺はラウルに肩を貸してもらいながら、ゆっくりと立ち上がる。


「外に出るぞ。領主の館へ向かおう」


軋む扉を蹴り開け、俺たちは再びメインストリートへと足を踏み出した。


そこで見たのは、言葉を失うほどの光景だった。


石畳は高熱で溶けてガラス化し、ゴブリンの炭化した残骸が街の入り口まで続いていた。


「こりゃあ……見事なもんだね。本当にあのお姫様がやったのかい?」


ベルナデットが周囲を見渡し、呆然と呟く。


「ああ……自分の炎に焼かれてなきゃいいんだが」



領主の館がそびえる中央広場は、凄惨な防衛戦を生き延びた者たちの熱狂と悲鳴で、ひどく混沌としていた。


「こいつは凄まじい熱狂ですな。殿下、いかがなさいますか」


俺を背負うラウルが周囲を警戒しながら尋ねてきた。


「ああ……だが、こんな大所帯で押し入る状況じゃない。俺とラウルだけで司令部へ向かおう」


「承知しました。他の隊員は待機と?」


俺は火傷の痛みを堪えて顔を上げ、傍らに控える部下たちに視線を向けた。


「ジュリアンは他の連中をまとめ、装備を再点検しておけ。状況が落ち着いたら中隊の生存者を探しに行くぞ」


「お任せを……殿下も、ボロボロのお体で無理はなさらずに」


ジュリアンは力強く頷き、他の隊員をまとめて喧騒から離脱した。


「さて、行くかラウル。荒波を掻き分けるぞ」


「はっ。舌を噛まぬよう、しっかり掴まっていてください!」


ラウルは俺を背負ったまま、その強靭な体躯で人波をかき分け強引に進んでいく。


領主の館の正面扉では、守衛たちでさえも武器を放り出して互いの無事を喜び合っていた。俺たちはその歓喜の輪を通り抜け、重厚な扉を押し開けた。


「殿下!! ご無事でしたか!!」


中央のテーブルに突っ伏していたロランが飛び起きた。極限の防衛戦が終わり、ようやく一息ついたところなのだろう。


「ロラン大隊長。やり遂げたな……^_^ご苦労様」


「そんな! 私は何も……酷いケガじゃないですか!! 今すぐ癒術師に!!」


俺は慌てるロランを手で制した。


「すぐ死ぬわけじゃないから安心しろ。それより状況を教えてくれ。全く把握していないんだ」


「……分かりました。そちらの顛末も伺いたいですが、まずはこちらから」


周りの事務官らが長椅子に布を敷いて、俺が休める場所を作りはじめる。


「開戦直後、ゴブリン・シャーマンの炎砲術を2波受け、1波目は街の各所に落ちたがすぐに消火できました。しかし、2波目が中心通りのバリケードに集中し、完全に破壊されました」


「ああ。それはこちらからも見えていた。そのあと、俺たちはシャーマンに突撃したんだ」


「やはりですか。それ以降は炎砲術が着弾することがなかったので、斬首中隊がシャーマンと戦闘を始めたのだと直感しました。しかし、それを確認する間もなく、敵の増援が到来してギリギリの遅滞戦闘が始まったのです」


「こちらからも見えていた。一番の要だった中心通りが破られたから、余計に厳しかったろう」


「ええ。しかし、断続的に炎魔法が飛んでくることに比べれば幾分マシですよ。それでもなお、ゴブリンの数と勢いに押され、ご覧のように最終防衛ラインで死守する羽目になりました。そして……殿下の秘蔵っ子の炎魔法。あの娘はネモリスの英雄です」


「……ルネは無事か?」


「無事ですとも!! 多少の火傷と完全な魔力切れで消耗はしていますが、命に別状はありません。今はセシル殿が救護所で治療に当たっています」


俺は胸をなでおろした。


「それなら……よかった」


(ネモリスでの憎悪を一身に受けた『魔女』が、街を救った『英雄』か。いずれ凄腕の魔術師になるとは思っていたが、まさかこんなすぐに才能を開花させるとは)


「それで殿下、斬首中隊の方は......いかがだったのでしょうか」


「損耗3割。俺の小隊で叩き上げた奴らも失った。だが、シャーマンの首は確かに落としたぞ。この俺の手でな」


「なんと!! 殿下自ら!? てっきり後方で指揮を執られるのだとばっかり……これは盛大に祝わねばなりませんね!!」


ロランが浮かれたように声を上げる。


「まてまてロラン殿。まずは街の状況確認だ。それと、斬首中隊の生き残りが戦場にいるかもしれないから、急ぎ捜索隊を出したい。いいか?」


「ええ、ええ、もちろんです。守備中隊をお貸ししましょう。殿下はその怪我ですから無理なさらず、部下に任せて下さい」


「恩に着る。そうだな、ではラウル、俺の代わりに指揮を執り、生存者の捜索を頼む」


俺はラウルの背を降り、代わりに司令部付きの兵士に肩を貸してもらった。


「はい、承知しました。殿下は救護所でしっかり治療を受けて下さい。きっと、コレット嬢やセシル殿も殿下に会いたがっておいででしょう」



館の裏手に開かれた救護所は、負傷した兵士と避難民で足の踏み場もない有様だった。血と汗の匂いが充満する中、大隊付きの癒術師たちが青ざめた顔で駆け回っている。


「そこの患者、止血が甘いわ! もっと強く圧迫して!」


喧騒の中、一際通る声で指示を飛ばしているのはセシルだった。術衣は赤黒く汚れ、額には疲労の汗が張り付いているが、その瞳は強い光を放っていた。


「セシル。頼みがあるんだが」


俺が司令部付きの兵士に背負われたまま声をかけると、セシルは弾かれたように振り返った。


「で、殿下……!」


彼女は俺の姿――特に、焼け爛れた左半身を見るなり、息を呑んで駆け寄ってくる。


「ちょっと、何ですかその火傷は! 足も酷いことに! ぼさっとしてないで横になって!」


兵士が慌てて俺を簡易ベッドにおろす。


「すまんすまん。シャーマンの炎をモロに食らってな。だが、約束通り生きて帰ってきたぞ」


俺が痛みを堪えて笑うと、セシルは「この放蕩王子」と小さく毒づきながら、即座に手の平を俺の左肩と右膝にかざした。温かく、柔らかな魔力の光が傷口を包み込んでいく。


「テオドール様ッ!!」


奥の区画から、悲鳴のような声が上がった。振り返ると、水盆を抱えたコレットが立ち尽くし、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。彼女は水盆を放り出し、転がるようにして俺の右手に縋り付いた。


「ああ、あああ……生きて、生きて戻られて……本当によかった……!」


「泣くな、コレット。お前たちこそ無事でよかった」


俺は右手でコレットの頭を撫でる。震える彼女の背中越しに、最奥に置かれた簡易ベッドが見えた。そこには、小さな身体を丸めて眠るルネの姿があった。


「ルネの具合はどうだ?」


「ひどい魔力欠乏症ですが、命に別状はありません。暴走の兆候もなく、ただ深く眠っているだけです」


治療を続けながら、セシルが淡々と答える。


「……そうか。立派なもんだな。彼女の炎がなければ、俺たちがいくらシャーマンの首を獲ったところで、ネモリスは終わっていた」


俺の言葉に反応したのか、ベッドの上の小さな毛布が微かに動いた。


「……テオドール、さま……?」


掠れた、弱々しい声。俺はセシルの治療を受けながら、コレットに支えられてゆっくりと上体を起こした。ルネが重い瞼をこじ開け、焦点の定まらない目で俺の姿を探している。


「起きたか、ルネ。身体の具合はどうだ」


「……あついです。からだのなかが、からっぽで……」


ルネはそこまで言って、ハッとしたように目を見開いた。


「街は……コレットさんたちは、無事ですか……? 私、また……誰かを……」


怯えが混じるその声に、俺ははっきりと首を横に振った。


「大丈夫だ。お前は自身の才能を完全に制御し、押し寄せるゴブリンの群れだけを焼き尽くした。ネモリスの街も、民も、お前の炎が守り抜いたんだ」


「わたし、が……?」


「ああ。お前が奪った命の分以上の民を、お前の力で救い出した。――お前は今日、ネモリスの英雄になったんだ」


俺がはっきりと告げると、ルネの瞳から大粒の涙が溢れ出した。


それは、地下牢で流していた絶望の涙ではない。呪いだと信じ込んでいた自身の力が、初めて誰かを救うために使えたという、安堵と救済の涙だった。


「よかった……よかったぁ……っ」


幼子のように声を上げて泣きじゃくるルネを、コレットが優しく抱きしめる。その光景を見守りながら、俺はズキズキと痛む左半身の火傷に手を当てた。


(いくつもの奇跡と仲間の血に縋って、ようやく拾い上げた勝利。最弱のゴブリン相手にこの惨状か……ゲームの『ヴィクターナ戦記』とはまるで違う、残酷で、容赦の無い世界……)


俺は息を吐き、首を回す。天幕の入り口から、ネモリスの空を赤く染め上げる夕陽が差し込んでいる。


(南方蛮族の根絶、アストリアの国権奪取、そしてその先にある大陸制覇……あまりにも遠く、不可能な道程に思える。だけど、決して立ち止まることは許されない。どんな地獄を這いずり回ってでも、必ず世界を統べてやる……凛、待ってろよ!)


すべてを焼き尽くした業火の残滓のようにも、これから流すであろう無数の血のようにも見える夕日の中で――遥か彼方まで続く覇道を見据えるように、俺は静かに目を細めた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

本話をもって、第四章が完結となります。

これまでお付き合いくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。


昔から小説の執筆にはずっと興味がありながらも、ついぞ手を出すことはありませんでした。そんな私が一念発起して書き始めた処女作が、本作『ヴィクターナ戦記』になります。

高々34話ではございますが、初めての執筆は苦難も多く、途中で筆が止まりそうになることもありました。そんな中、本作にブックマークを付けてくださった20名の皆様の存在が、何よりの心の支えとなっておりました。誠にありがとうございます。


さて、本作ですが、これからも末永く書き続けていくつもりです。

しかし、改めて読み返してみると、特に前半(第一章・第二章)の拙さや説明不足が目につきます。戦闘シーンへ早く到達したいがために、急ぎ足になってしまったのだと思います。


つきましては、作品をより良いものへと昇華させるため、新話の更新を一時停止し、第一章・第二章を中心とした加筆を行いたいと考えております。

またこの期間を利用して、生成AIによる登場人物のポートレートや挿絵ついても、よくよく再検討したいと思っています。


加えて、タイトルにサブタイトルをつけるべきか、つけるならどうするかと、悩んでおります。


新話の更新を楽しみにお待ちいただいている方には、心よりお詫び申し上げます。本作をより深く、面白いものにするための充電期間として、何卒ご容赦いただけますと幸いです。


もし「ここはこうした方がいい」「この展開は分かりにくかった」等のご意見やご指摘がありましたら、このタイミングでいただけますと、大変ありがたく存じます。


もちろん、ブックマークや評価、ご感想も引き続きお待ちしております。皆様の反応が、何よりの執筆の励みになります。


パワーアップした『ヴィクターナ戦記』で再びお会いできるよう努めてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。


20260317追記


お待たせいたしました。本文の加筆修正が完了し、ぼちぼちと次話の執筆に着手したいと思います。

キャラクターの立ち絵には水彩画指示のMidjorneyを使用しておりますが、とりあえずはこちらを使い続けることと致しました(ライトノベル向けではないのですが、今のイラストに思い入れがあり……)。


引き続き、テオドールとヴィクターナ戦記を、何卒宜しくお願い致します。


20260320追記

やはり思い直し、イラストの生成方法を変更、すべて更新させていただきました。

少し親しみやすいタッチになったかと思います。できる限りキャラクター性を引き継ぐよう調整しましたが、印象とずれてしまった方がいらしたら申し訳ございません。

何卒ご容赦頂けますと幸いです。


Tasty

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― 新着の感想 ―
戦記物が大好きで、なろうに限らず様々な作品を読ませてもらっているのですが、私の知る限り、この作品のように主人公が一歩一歩自分の権力基盤を固めて成り上がっていく物語は数が少なく、楽しく読ませていただきま…
転生特典もなく、困難な状況で仲間を増やし必死に前進するテオドール・・・最高に楽しんで読みました。本当に楽しみな超大作の予感です、ぜひ完結を目指し頑張ってください。
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