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ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第4章 南軍合流
36/40

32話 地獄の業火

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

ドゴォォォンッ!!


鋼の盾と緑色の肉壁が激突し、骨が砕ける悍ましい破砕音が戦場に轟いた。


先頭集団は全力疾走の勢いを一切緩めることなく、密集するゴブリンの群れを正面から粉砕する。絶叫を上げる間もなく圧死したゴブリンたちが、濁った血飛沫を散らして弾け飛んだ。


しかし、無限とも思える肉の波が、標的のシャーマンまで残り半分の距離に迫ったところで、ついに突撃の推進力を食い潰す。


「抜刀! 斬り伏せて進め!」


ラウルが渾身の力で剣を振るう。その一太刀で、複数のゴブリンが真っ二つに両断される。


「倒しても倒してもキリがない!」


エリナが拳鍔でゴブリンの頭を次々とかち割る。すでに足元は、ゴブリンの死体と溢れた血で泥沼の様相を呈していた。


「泣き言言うな! 斬り続けてりゃ、そのうち全滅するさ!」


ベルナデットが大剣を鈍器のように力任せに振り回す。ゴブリンは骨を砕かれ、歪なオブジェとなって泥濘へと沈んでいく。


「シャーマンが後退している! 急がないと!」


レオが軽やかに剣を振るいながら、戦況の急変を知らせる。


「逃すな! なんとしてもシャーマンのもとに辿り着け!」


俺は後ろから大声で発破をかける。このままシャーマンを見失えば、俺たちも、ネモリスも、終わりだ。


「ギャギャギャ!」


耳障りな金切り声とともに、ゴブリンどもが濁流となって押し寄せてくる。俺は本隊中央に陣取り、前衛の網をすり抜けてきた個体を斬り伏せながら、声を張り上げた。


「4時方向が薄いぞ! 後ろから人を回せ! 10時方向! 援護に行け!」


ラウルたち先頭集団が力ずくで道をこじ開けていくが、深く突出すればするほど、側面の防衛線が引き伸ばされ、包囲の危険が高まっていく。


「戦線が千切れそうだ! 隊の幅を狭めろ!」


苦肉の策として横幅を絞り、全体を縦長に伸ばすことで、俺たちはかろうじて陣形を維持していた。志願兵たちが必死に側面を支えてくれているおかげだ。


(なんとか完全に呑み込まれずに済んでいるが……長くは持たないな)


焦りが募ったその時だ。不意に、戦場の空気がジリッと焼け焦げた。


見上げれば、俺たちの頭上に3つの火球が浮かび上がっている。体勢を立て直したシャーマンが、炎砲術の詠唱を開始したのだ。


「ジュリアン!!」


俺が叫ぶのとほぼ同時だった。十数本の徹甲矢が空気を切り裂き、シャーマンへと殺到する。


ズガガガッ!


矢が丸太の遮蔽に突き刺さる。そのうちの1本がシャーマンの肩口を掠めた。


ふっと、宙に浮かんでいた火球が霧散する。


「よくやった!!」


距離が離れていて聞こえるはずもないと分かっているが、ついつい感嘆の声が口をついた。


その後も何度か火球が宙に浮かんだが、そのたびに弓兵隊の的確な牽制がシャーマンの集中を削いだ。


この調子なら、じきにシャーマンのもとへ辿り着く――誰もがそう確信しかけていた時だった。


頭上に顕現した5つの太陽。それが赤黒く膨れ上がり、今まさに臨界に達しようとしている。しかし、牽制の矢は一向に飛んでこない。


(なぜジュリアンの援護が来ない……!?)


嫌な汗が背筋を伝う。不吉な予感に急き立てられるように3時方向を見やり――俺は絶望に顔を歪めた。


頼みの弓兵隊が数百の群れに背後を突かれ、緑色の波に完全に呑み込まれている。牽制どころか、彼ら自身が蹂躙される寸前だった。


「総員、防御態勢!! 盾を構えろォッ!!」


血を吐くような絶叫。だが、圧倒的な魔力の前では、どれほど分厚い盾も紙切れに等しかった。


轟音。閃光。そして、爆風。


肌を焦がす熱を感じるよりも早く、凄まじい衝撃波が俺の身体をいともたやすく宙へと弾き飛ばした。



――キィィィィン。


脳髄を直接かき回されるような耳鳴り。視界は赤と黒のモザイクにまみれ、ひどく揺れている。


(まだ……生きている……)


背中に伝わる生温かい感触で、自分がゴブリンの死体の山に叩き落とされたのだと理解した。重い身体を必死に捻り、地面に手をついて上体を起こす。


鼻腔を突くのは、肉の焦げる悍ましい臭い。黒炭と化した味方の骸が転がっている。


(クソ……クソ……クソ……!!)


かろうじて直撃を免れた者たちも、怒涛のように押し寄せるゴブリンの津波に為す術なく飲み込まれかけている。


ふと見上げた空には、先ほどの倍――10の火球が、無慈悲な死の宣告として浮かび上がっていた。


(あぁ……終わるのか)


冷たい諦観が、急速に心を侵食していく。


(所詮俺は、ただの廃ゲーマーでしかなかった。リアルな世界では何もできず、部下を死に追いやり、民を救うこともできない。現世に帰ることも、凛を助けることも……もう……)


「オォォォォラァッ!!」


鼓膜を裂くような咆哮が、俺の絶望を打ち砕く。顔を上げると、ラウルが血濡れの剣で前線をこじ開けようと足掻いていた。


「グァァァッ!!」


巨躯を血に染めたガストンが、群がるゴブリンの頭蓋を素手で粉砕し、獣のように投げ飛ばしている。彼らは一歩も退いていない。誰1人、諦めてなどいないのだ。


(……ふざけるな。俺は指揮官だ。この国の王子だ。俺が絶望して許されるのは、最後の1人になった時だけだ……!)


奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、折れかけた両脚に無理やり意志を叩き込む。よろめきながらも、俺は再び立ち上がった。


その時、煤煙の向こうに、はっきりと奴の姿を捉えた。


10の火球の下で不敵に笑うシャーマン。奴は圧倒的有利な状況に勝利を確信したのだろう。自らを守るはずの親衛隊すら俺たちのもとへ突撃させ、周囲の守りは手薄になっていた。


「ガストン!! 俺を飛ばせェッ!!」


喉が裂けるほどの絶叫。同時に、俺は全てを託して地を蹴った。


意図を察したガストンが即座に姿勢を低くし、分厚い両手と膝で踏み台を作る。俺はそこに全力で跳躍し、足を乗せる。


「うおおおおッ!!」


ガストンの雄叫びと共に、砲弾となった俺の身体が、重力を置き去りにして空を裂く。


宙を舞う俺の目に映ったのは、絶望的なまでに冷酷なゴブリン・シャーマンの双眸だった。


奴は未完成の火球を操り、放物線を描く俺の前に巨大な炎の防壁を現出させた。


「ッ……!」


両腕で顔を覆い、迫りくる業火の壁に備える。このままでは空中で灰にされる――そう覚悟した瞬間。


――ヒュンッ!!


背後から一条の閃光が走った。矢だ。空気を引き裂き炎の壁をすり抜け、シャーマンの首筋を掠める。


(ジュリアン……! 生きててくれたか!)


振り返ることはできない。だが、仲間が繋いでくれた命の糸が、俺の背中を押す。


矢の痛撃にシャーマンの集中が崩れ、炎の壁が乱れる。俺は身をよじり、その隙間へ滑り込む。


「くそシャーマン!! くたばりやがっ……」


剣を持つ右腕を引き絞りながら前を見据え、その光景に驚愕する。


ゴブリン・シャーマンは醜悪な顔を怒りに歪め、俺に掌を向けている。そこから業火が視界いっぱいに吹き出す。単純で、暴力的で、確実な攻撃手段だ。


「ウォォォォッ!!」


全身の魔力回路を暴走させる勢いで身体強化魔法を焚き上げ、左腕を盾のように前へ突き出す。


熱い。いや、痛い。皮膚が爛れ、肉が焦げる凄まじい苦痛。左半身が炭化していくような錯覚に襲われながらも、俺は炎の奔流をねじ伏せ、ただ一直線に刃を構えた。


炎の帳を突き破り、視界が開ける。


そこには、自らの炎を突破されたことに驚愕し、間抜けに目を見開くシャーマンの顔があった。


「これで、終わりだァッ!!」


渾身の刺突。


剣尖が吸い込まれるように喉元を貫き、その勢いのまま醜悪な首を刎ね飛ばす。


ゴブリン・シャーマンの首が、ドクドクと黒い血を噴き出しながら宙を舞った。



グシャァッ!!


俺はシャーマンの生首と共に泥濘の地面に激突し、無様に何度も転がった。


(痛え……ッ)


激しく打ち付けた右足から、骨の髄を削るような激痛が脳天を貫く。


視界の左半分が赤黒く爛れ、左半身はまともに動かすことができない。


(立て……立つんだ……)


込み上げてくる血反吐を吐き捨て、折れそうな心に鞭を打って立ち上がる。


顔を上げると、世界が赤く染まっていた。


統率者を失い、完全に狂乱状態へと陥ったゴブリンの群れ。奴らは血走った両目をひん剥き、不快な金切り声を上げながら一斉に俺へと殺到してくる。


斬る。


斬る。


斬る。


すでに腕の感覚はない。ただ生存本能だけが、俺の身体を機械のように突き動かしている。


だが、圧倒的な物量だ。


死角から飛びかかってきたゴブリンの薄汚れた牙が、右腕に深く食い込む。


「ガァッ!」


(しまっ――)


強引に振り払おうとした隙を突かれ、丸腰の左半身に強烈なタックルを浴びた。


為す術もなく、俺は再び血だまりへと叩きつけられる。


肺から空気が弾け飛び、目の前が真っ白に明滅した。


激しい耳鳴りの向こうで、勝利の雄叫びが響く。


霞む視界の先、俺の頭蓋をかち割ろうと、粗悪な石斧が真っ直ぐに振り下ろされようとしている。


(最弱と名高いゴブリンごときに殺られるのか……『ヴィクターナ戦記』の廃プレイヤーが、聞いて呆れるな……)


迫りくる理不尽な結末に、今度こそ諦めの境地に至る。


石斧が加速し、俺の眉間へ迫る――その刹那。


視界の横から凄まじい『砲弾』が飛来し、ゴブリンの上半身ごと石斧が消し飛んだ。


「――まだ生きてるな!!」


降り注ぐ血の雨を払いのけ、そこに立っていたのはエリナだった。拳鍔からは薄煙が上がっている。


「死ぬなよ!! お前が死んだら、コレットが悲しむだろ!!」


彼女の怒声に呼応するように、ゴブリンたちの喚き声とは全く質の違う、獣のような雄叫びが戦場を震わせた。


「どけェェェェ!! 殿下ァァァァ!!」


血だるまになったラウルが、文字通り肉壁を弾き飛ばしながら道をこじ開け、転がり込んでくる。それを合図にしたかのように、満身創痍の隊員たちが次々と決死の突撃を敢行し、俺の周囲へ雪崩れ込んできた。


「殿下ッ!!」


駆け寄ってきたラウルの、血と汗の混じった太い腕に担ぎ上げられる。仲間の体温と、強烈な安心感。


張り詰めていた緊張の糸が、ついに切れた。


俺の意識は、彼らの頼もしい咆哮を聞きながら、暗闇の底へと沈んでいった――。



「……か! ……んか! 殿下!」


激しい揺れに背中を叩かれ、俺はむせ返りながら目を覚ました。ラウルの背に担がれ、駆け足で移動している最中のようだ。


「……状況は」


俺は薄れゆく意識を痛みで繋ぎ止め、言葉を絞り出した。ゴブリン・シャーマンの首は獲ったが、その後の戦況と部隊の被害状況が知りたい。


「気がつかれましたか!! 脱出できたのは中隊の7割、負傷者は多数ですが、崩壊はしていません!!」


(……つまり3割は、死んだか置いてきたってことだ)


十分に壊滅と言える損害だが、ラウルが必死に保とうとしている士気を折るわけにはいかない。俺は彼の強弁に黙って乗ることにした。


「そうか……ゴブリンの群れはどうなった?」


「俺たちが相手していた2千は散り散りに! ですが、ネモリスへの襲撃は継続中です!」


隣からジュリアンがひょっこりと顔を覗かせる。


「生きてたか!! ジュリアン!!」


「俺がそう簡単に死ぬわけないじゃないですか! そんなことより、ネモリスがまずいですよ。今向かっているところです」


顔を上げて前方を睨む。奥に見えるネモリスの街中には、おぞましい数のゴブリンが溢れ返っていた。火の手は出ていないが、守備隊は最終防衛ラインである領主の館の近くまで後退し、迫り来る緑の波を必死に押し返している。


「お目覚めかい、ねぼすけ王子様。連中、自分らの頭領が死んだことも知らず、狂ったように住民を狙ってやがるぜ」


ベルナデットが忌々しげに顔を歪める。全身傷だらけだが、まだ戦えるだけの覇気があった。


「数は1万以上です。我々が合流したところで、出来ることは少ないですよ」


レオが怒りを押し殺し、淡々と現実を語る。


「それでも行くしかない。ウチらが生き残ってコレットたちが死ぬなんて許せない!!」


前を進むエリナが絶叫した。今日ばかりは、エリナの言う通りだ。


「……そうだな。コレットたちを助けなくちゃならない」


俺は息を吸い込み、あえて無情な決断を口にした。


「だが、ネモリスの住民より、大隊の同胞より、お前らの命が大切だ。コレットたちを救出したら、悪いがネモリスの街は見捨てさせてもらう」


俺の言葉に皆一様に顔をしかめたが、誰1人として反論はしなかった。全員が、綺麗事では済まされない絶望的な状況であることを理解していた。


街の入り口に辿り着いた。視線の先では中心通りが緑色の絨毯と化している。奥にある守備隊のバリケードと領主の館は、ゴブリンの群れに今にも飲み込まれそうだ。


「ここを進むのは無理だ! 回り道を探すしか……ッ!」


――言葉を言い終えるより早かった。


腹の底を揺らす爆音。息の詰まる風圧。そして肌を焦がすほどの灼熱が、巨大な壁となって坂を駆け下ってきた。

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