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ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第4章 南軍合流
32/40

28話 嵐前の静寂

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

一行は、鬱蒼とした森を切り開いて作られた、第一中隊の駐屯地に到着した。


木の柵で囲われただけの簡素な野営地だが、今のここには不思議な活気が満ちていた。


「……へぇ。最前線の貧乏部隊と聞いていたが、案外しっかりしているじゃないか」


馬車に同乗するベルナデットは、整然と並ぶ天幕や、炊事場から立ち上る煙、そして、すれ違う兵士たちの顔つきを油断なく観察していた。


「なにせ、泥沼の西部戦区で最も損耗率の低い中隊だ。装備は最低限でも士気は高い」


死ぬ確率が減れば、兵士は装備を磨き、明日のための飯を食う。単純な理屈だ。


「テオドール様……あの」


コレットが、後ろから声をかける。彼女の腰には、小柄な影がしがみついていた。


ネモリスの街で確保した少女、ルネだ。


彼女は目深に被ったフードの下で小刻みに震え、行き交う兵士たちの無骨な姿に怯えているようだった。


「心配するな。ここは俺たちの家だ。味方に危害を加える奴はいない」


「……はい」


ルネはコクリと小さく頷き、コレットの背中に顔を埋めた。


中隊本部の天幕の前に到着すると、俺は馬車を降りた。


「ベルナデット、コレット、お前らはここで待ってろ。ロランに報告してくる」


「了解。長話になるなら茶でも沸かして待ってるよ」


軽口を叩くベルナデットを放置し、俺は天幕の入り口をくぐった。


「――戻ったぞ、中隊長」


天幕に入り、俺は片手を上げて声をかけた。


簡易な執務机で書類の山と格闘していたロラン中隊長は、俺の顔を見るなり、安堵と驚きがない交ぜになった深い溜息をついた。


「戻られましたか、テオドール殿下……帰還予定を過ぎていたので気を揉んでいましたが、余計な心配だったようですね」


ロランは苦笑交じりに俺を迎える。


「道中、少しばかり『拾い物』をしてね。対処に手間取っていた」


「拾い物、ですか?」


「ああ。戦力増強の一環として、女傭兵団の精鋭6名を引き抜いてきた。それと……炎魔法の適性がありそうな孤児を1人、保護した」


俺の言葉に、ロランの目が丸くなった。戦闘に耐えうる元素魔法使いは、1000人に1人と言われる才能だ。もし本当ならば、司令部に話を通さないわけにはいかない。


「……なるほど。軍で保護し、将来の元素使いとして育成するという名目ですか」


「そういうことだ。手続きの方をよしなに頼む」


「やれやれ。殿下にはいつも事後承諾ばかりさせられますね」


ロランは呆れたように肩をすくめたが、拒絶はしなかった。そして椅子に深く座り直し、少し声を潜めて話し始めた。


「それと、殿下……実は、司令部から打診があったんです」


「打診、どんな?」


俺は内心で口角が上がるのを抑える。


(ソフィアノス元帥への直談判が効いたか、あるいは純粋に戦功によるものか)


「私を、大隊長へ昇進させるという話です」


俺はニヤリと笑ってみせた。


「そいつはめでたい。出世おめでとうございます、ロラン大隊長殿?」


「……からかわないでください。まだ返事はしていないんですよ」


ロランは眉間を押さえ、沈痛な面持ちで首を振った。


「今回の戦果、その全ては殿下の献策と、殿下の小隊による働きです。私はただ、貴方の提案を実行したに過ぎない。部下の手柄を横取りして出世など、貴族の矜持に関わります」


(真面目な男だ。貴族社会の掃き溜めのような南部戦線で、この潔癖さは美徳だが、同時に足枷だな)


俺はロランの机に手をつき、身を乗り出した。


「買い被りだ、ロラン中隊長」


俺は彼を真っ直ぐに見据える。


「全責任を負って戦術を実行したのは指揮官のロラン殿だ。だからこそ、俺たちは動けたんだ」


「しかし……」


「それに、考えてもみろ。俺たちが確立したこの戦術を西部戦区に浸透させるためには、ロラン殿が昇進するのが手っ取り早い。それが早ければ早いほど、余計な流血も避けられる」


(これは詭弁じゃく事実。そして何より俺自身のための発言だ。ロランが大隊長になれば、俺が中隊長に上がる目が出る)


ロランはしばしの沈黙の後、覚悟を決めたように顔を上げた。


「……分かりました。兵士の命と、アストリア南方の地を守るため、不肖ロラン、泥を被る覚悟で昇進を受けましょう」


「賢明な判断だ」


話がひと段落したので、俺は隅に置かれた椅子に腰掛けた。


「無論、私が大隊長に昇進したら、中隊長の後任には殿下を指名させていただきますよ。お引き受けいただけますね?」


(これこそ、俺が待ち望んでいた展開だな)


「……悩むふりは無理だな。喜んで引き受けよう、ロラン殿。戦線に余裕が出たら、中隊丸ごとを攻勢部隊にしてもよいかな?」


「ハッハッ! 殿下らしいお考えですね。『多拠点戦術』が効果を発揮すれば、そんなことをする余裕も生まれるやもしれません。そうそう、ここ数日はゴブリン共の襲撃も落ち着いていましてね。この隙に小隊の再編をされるとよろしいかと」


「嬉しい偶然だ。それではテオドール小隊を呼び寄せさせてもらおう」


「ええ、もちろん。皆さん殿下のことを恋しがっていましたよ」


(ロランの表情を見るに、冗談のつもりらしい)


「まさか。小煩い王子が戻ってきたと聞いて残念がるだろうよ」



小隊へ伝令を飛ばした後、俺は待機させていたコレットたちと合流し、救護所へと足を運んだ。


駐屯地の外れにある、少し大きめの天幕だ。中に入ると、薬品の匂いと共に、ブツブツと独り言を呟きながら書き物をしている白衣の背中が見えた。


セシルは中隊付きの癒術師を従え、この救護所の主となっていた。


「急患以外はお断り。忙しいので邪魔しないでください」


顔も上げずに冷たく言い放つセシル。


だが、俺の後ろからコレットが顔を出すと、その空気は一変した。


「あの、セシル様……戻りました」


「えっ!?」


ガタンッ、と椅子が倒れる音がした。


セシルは弾かれたように立ち上がり、満面の笑みで駆け寄ってくる。


「コレット! 無事でしたか!? 予定を過ぎていたので心配していましたよ!」


俺を押し退けてコレットの手を握るセシル。


「ええ、こ、このとおり、元気にしてますよ」


(まるで歳の離れた姉妹だな。一回り年上のコレットの方が押され気味なのが面白い)


俺は咳払いを1つして、呆れ顔で告げた。


「感動の再会中悪いが、仕事の依頼だ」


セシルは名残惜しそうにコレットを離すと、ジロリと俺を睨み、それから後ろに控えていたベルナデットたちに目を向けた。


「……そのガラの悪い連中はどなたさま?」


「あ? 随分な挨拶だな、先生」


ベルナデットが俺の頭越しにセシルを見下ろした。


「彼女らは新戦力の傭兵だ。後で身体検査をしてやってくれ。それと……こっちが優先だ」


俺はコレットの背後に隠れているルネを前に出した。


「ルネだ。見ての通り、少し事情がある」


セシルはルネを見るなり、医師の目つきに変わった。その視線が、ルネのフードの隙間、肌に見える赤黒い痕に吸い寄せられる。


「……見せてください」


セシルはルネの前に跪き、拒絶する間も与えず、素早く、しかし優しくフードを捲り上げた。


そこにあったのは、少女の華奢な身体にはあまりに不釣り合いな、無残な火傷の痕だった。


「ッ……!」


セシルが息を呑む音が聞こえた。次の瞬間、天幕の中の温度が下がったかのような殺気が漂う。


「……火事ですか? 一応の治療は施されているようですが」


「そんなところだ。詳しくは後で話すから、治療にアラがないか確認してくれないか」


「こんな幼い子をどうするのか考えたくもありませんが……分かりました。コレット! 手伝ってください! それと傭兵は後! 殿下も外に出てってください!」


セシルは俺とベルナデットたちを指差して一喝した。


俺は肩をすくめて天幕の出口へと向かいながら、背後のベルナデットに声をかけた。


「……だ、そうだ。ベルナデットたちには駐屯地を案内するとしよう」



夕暮れが近づくころ、前線拠点から帰還したテオドール小隊が集い、全員が駐屯地の隅に集合した。


「――注目」


俺が声を上げると、雑談を交わしていた隊員たちの視線が一斉にこちらへ向く。


小隊長代理を務めているジュリアン、副長のラウル、レオ。そしてガストンら血気盛んな若者たちに、エリナの姿もある。皆自信に満ち溢れた表情をしていて、出発前からさらに逞しくなったようだ。


彼らは俺の無事な帰還を喜ぶと同時に、俺の背後に控える異質な集団――ベルナデットたちに、好奇と警戒の混じった視線を向けていた。


「皆、よく集まってくれた。俺が留守の間、損害なく任務を全うしたこと、褒めて遣わそう」


俺の過度に仰々しい物言いに、隊員から笑いが漏れる。


「紹介しよう。彼女はベルナデット。要塞都市ヴァラリアで幅を利かせていた女傭兵団『ドゥーラ傭兵団』の団長だ。後ろの5名は、その選りすぐりの精鋭たちだ」


兵士たちの間から、どよめきが起こる。


(正規軍の中に女の傭兵を入れるなんて前代未聞だからな。エリナのことは完全な特別枠として認識していたんだろう)


「エリナもいるんだ、今更驚くことないだろう。女だと侮るなよ。その辺の男より余程肝が据わっているし、腕も立つ。今日付けで我が隊へ入隊となるから、仲良くしてやってくれ」


俺の言葉に、ベルナデットは不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当てた。


「そういうことだ。アタシらの邪魔をするなら、味方だろうが容赦しないよ。背中は守ってやるから、精々足手まといにならないことだね」


挑発的な挨拶に、隊員たちの顔色が少し変わる。


その中で、一歩前に進み出た男がいた。副長のラウルだ。短躯の元王宮近衛は、鋭い眼差しでベルナデットを見上げる。


「……殿下の決定に異論はありません。しかし、命を預けるに足る腕かどうか、試させていただきたい。よろしいですかな、殿下?」


「そう言うと思ったよ、ラウル。というわけだ、ベルナデット。訓練剣でラウルと打ち合え。手加減は要らんぞ」


隊員の1人が資材置き場の天幕から、傷だらけの剣を2本担いできた。


(刃が無いとはいえ、身体強化した剣戟を食らえば骨折じゃ済まないだろうな)


「互いに手加減無し、だがしかし相手を殺さないように……はじめ!」


合図と同時にベルナデットが地を蹴った。


長身からは想像できない、踏み込みの鋭さだ。彼女は訓練剣を大上段から振り下ろした。


「ふんッ!」


「……ッ!」


ガィィン!


鈍い音が響き渡る。ラウルはそれを受け止めたが、その足が数センチ沈んだ。


周囲の兵士たちが息を呑む。ラウルの膂力と互角に渡り合う女など、そうそういない。


「やるな、女傭兵!」


「アンタこそ、ただのジジイじゃないようだね!」


ベルナデットは追撃の手を緩めない。横薙ぎ、突き、そして蹴りを交えた乱打。ラウルは冷静にそれらを捌き、いなし続ける。


純粋なパワーとスピードならベルナデットも負けていない。だが、技術の差は歴然だ。


数合の後。


ベルナデットが大振りの一撃を放った瞬間、ラウルがその剣の側面を叩いた。


強烈な衝撃に、ベルナデットの手から訓練剣が弾き飛ばされ、宙を舞って地面に突き刺さる。


喉元に、ラウルの剣先がピタリと突きつけられる。


「……参ったね。完敗だ」


ベルナデットは潔く両手を挙げた。ベルナデットの部下たちは団長が敗れる様を初めて見たらしく、動揺を隠せていない。


「パワーは認める。剣筋にキレもある。だが、技術はまだまだだな。入隊するには十分だが、これからも精進を欠かさないように」


「説教は結構……でもま、アンタが副長なら、背中を預けてもいいかもね」


ラウルが剣を引くと、周囲から拍手と歓声が上がった。


これで『儀式』は終了だ。傭兵たちの実力は証明され、同時に正規軍の格も見せつけられた。


「よし、お楽しみは終わりだ」


俺は手を叩いて場を収めると、次にルネを前に出した。


彼女はコレットの隣で小さくなっていたが、俺に促されておずおずと顔を上げた。


挿絵(By みてみん)


「次に、この娘だ。名はルネ……炎魔法の才がある」


その言葉に、再び場がざわついた。今度は好奇心だけではない。畏怖の念が含まれている。元素魔法使いは、兵士たちにとって憧れであり、同時に恐怖の対象でもあるからだ。


「ただし、魔力制御が未熟でな。過去に暴走の経験がある。この事は他言無用だ」


ざわめきが大きくなる。「暴走」という単語に、数人が露骨に顔をしかめた。


「静粛に!」


俺は声を張り上げた。


「危険なのは承知の上だ。だが、制御さえできれば、彼女は第一中隊……いや、第一大隊における最大火力になり得る。俺が目指す『蛮族の根絶』に欠かせない才能だ」


俺はルネの肩を強く握り、言葉を続ける。


「よって、当面の間、ルネの魔力制御の訓練を最優先とする。俺とコレット、セシル、そしてエリナ。お前たちにはルネの鍛錬に付き合ってもらう」


指名されたコレットとセシルは頷いたが、エリナはあからさまに不満げな顔をしている。


(エリナは武神教流の魔力制御技術をゴーティエ司教から叩き込まれている。この隊から指導役を選ぶとしたら、あいつを置いて他にいない)


「最後に、編成の変更を申し渡す」


俺は全員を見渡した。


「俺はルネの訓練にかかりきりになる。よって、小隊長代理を引き続きジュリアンが務めろ」


「まじですか!? まあ、仕方がない。謹んで拝命します!」


ジュリアンは冗談めかして敬礼をする。


(コイツは相変わらずだな)


「ラウルは副長と第一分隊長を兼任、レオは第二分隊長だ。そして第三分隊長としてベルナデットを任命する。傭兵団の5人に他の隊員を加えて分隊とするように」


「了解。使い潰されないよう、上手くやってやるよ」


ベルナデットがニヤリと笑う。


「以上だ。これで小隊の未充足は解消された。これからは言い訳無用だぞ」


俺はわざと厳しい口調で告げた。


「これまで以上の戦果と、限りなくゼロに近い低損耗率。これを必ず達成しろ……いいか、必ずや俺たちの手で、西部戦区を解放するぞ!」


「「「応ッ!!!」」」


兵士たちの力強い返事が、夕暮れの空に響き渡った。


新しい布陣は整った。依然として前途多難だが、少しずつ道が拓けていくようで、胸の奥から希望が湧いてくる。


――この時の俺はまだ、その先に待つ絶望など知る由もなかった。

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