表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィクターナ戦記  作者: Tasty
第4章 南軍合流
29/40

25話 女傭兵団

挿絵(By みてみん)

※挿絵等に生成AIを使用しております。

※登場人物集&地図は章末に移動しました。ネタバレにご注意下さい。

「それじゃ、ジュリアン。しばらく頼むよ」


「お任せください……と言いたいところですが、俺は不安ですよ。部下を持つようなタマじゃないことはご存知でしょう」


この一週間、分隊長として頭角を現していたジュリアンを小隊長代理に据え、その適性を見極めていたのだ。


結果は――合格だ。


「いいや、部下を持つような器だよ。何より隊員に慕われている。指揮も冷静で、剣術の腕も良い。ま、せいぜい俺の苦労を味わってくれ。これは命令だ」


ジュリアンは少し照れくさそうに、微笑んで答えた。


「そう言われちゃ断れませんね。小隊長代理の任、しかと受け取りました。殿下こそ道中お気をつけください」


こうして後顧の憂いを断った俺は、一時隊を離れることにした。大きな目的は、テオドール小隊の兵員補充だ。


小隊の戦闘員の定員は30名だが、俺の隊は24名と未充足のままだ。余裕が出たこの隙に、人員を充足させておきたい。


俺はコレットを伴い、南部要塞ヴァラリアに向かう定期馬車に乗り込んだ。


「久々に文明的な街に戻れるな。コレットも嬉しいだろう。まともな食事に商店街、前線には無いものばかりだ」


「私はそんなこと考えてませんよ! むしろ、小隊を離れて心配です。隊のみんなはちゃんとごはんを作れるでしょうか……セシル様とエリナも不器用なので、私無しで生活できるか不安です」


コレットはこの三ヶ月の激戦を経て変わった。放蕩王子のお世話をする侍女から、隊員たちの『母』として慕われる存在となっていたのだ。


「安心しろ。連中はコレットに甘えているだけだ。居なければいないでなんとかするさ。現に前線での野営もこなしているんだ、心配無用だよ」


「それなら良いのですが……そうだ、ヴァラリアに着いたらみんなの下着類を新調しましょう! それから食器類も買い足すものがいくつか……」


コレットはこの調子で、母親業が抜けきらないらしい。


(せっかくの大都市なんだ、羽を伸ばすことを考えればいいものを……)



数日の旅を経て、俺たちは要塞都市ヴァラリアに到着した。荒野にそびえ立つ石造りの巨大な城壁。南部戦線を支える最重要軍事拠点だ。


宿に荷物を置くと、俺たちは休息もそこそこに南軍司令部へと向かった。


「……入れ」


重厚な扉の奥から、低い声が響く。執務室に入ると、書類の山に埋もれるようにして、元帥ソフィアノス公爵が鎮座していた。俺は形式上の最敬礼を行い、持参した戦況報告書を提出する。


「ほぅ。西部戦区第一大隊第一中隊……極めて低い損耗率と、安定した戦果だ。殿下が合流した途端、見違えるようですな」


「ロラン中隊長は優秀な指揮官だ。人員が充足していればゴブリンに遅れを取る男じゃない。俺らの隊は彼の指揮に従って駆けずり回っているだけさ」


(実のところ、ロランは無能ではないが優秀でもない、というのが俺の評価だ)


ロランは正義感と部下への思いやりは強いが、柔軟で創造的な戦術を駆使できるタイプではない。


だがそれを明かす必要はない。俺とテオドール小隊が上げた戦果は、すべて上官であるロランという『神輿』を担ぐために使う。


「……なるほど。それで?」


元帥が書類から顔を上げ、俺を値踏みするような視線で見つめた。


「ロラン中隊の損耗率の低さを他の中隊にも反映できれば、西部戦区の慢性的な兵員不足も解消されるかもしれない。今回の功績も踏まえて彼を『大隊長』に昇進させ、その戦術を大隊規模で運用させるのはどうだろうか」


一瞬の沈黙。元帥の目が、鋭く細められる。


「ふむ……ロランが大隊長になれば、中隊長の席が1つ空くな」


「当然だな」


「……くくっ」


元帥の喉が鳴った。


(こいつ、気付いてるな。俺がロランを上に押し出し、その後釜に座ろうとしていることに)


これこそ、今回の行脚の第二の目的だ。俺が最速で昇進するためには、恩を売った直属の上官が出世し、そのまま引き上げてもらうのが最も手っ取り早い。


「小賢しい王子様だ。だが……嫌いではない。結果を出すなら、席を用意するのは私の仕事。前向きに検討しましょう」


「感謝しますよ、閣下」


俺は軽く頭を下げ、執務室を後にした。


「テオドール様! あの態度、いくら王子だからって元帥閣下に失礼ではないですか!? また怒られちゃいますよ!」


後ろからついてくるコレットが耳打ちしてきた。


「分かった分かった。確かに横柄すぎたかもしれない。だが、こちらの要求を通しやすくするために、ある程度は扱い難いと思わせておきたいのさ」


実績を残し始めているとはいえ、ここは王族に当たりが強い南部。蛮族との戦闘だけでなく、貴族や軍属相手の立ち振る舞いにも気を払わなくてはならないのだ。



次に向かったのは、都市の西部に位置するヴァラリア武神教会。


以前は急いでいたため立ち寄らなかったが、王都武神教会のゴーティエ司教からは、「南部は武神信仰が篤く、その信徒から掘り出し物が見つかるだろう」と助言を受けていたのだ。


「これはこれはテオドール殿下! 王都のゴーティエ司教から文があり、殿下がいつ来られるかと首を長くして待っておりました!」


小走りで現れた中年の司教は、俺を恭しく出迎えた。


(さすがの『聖痕』だな。武神教徒への効果は抜群だ)


教会には巨大な孤児院が併設され、多くの戦災孤児たちを保護していた。その裏庭では、まだ十歳にも満たない少年たちが、木剣を持って泥まみれになりながら訓練を受けていた。


「彼らは将来、南軍の精鋭となります」


中年の司教が、誇らしげに言った。


「この子らは兵士の養子となり、自らも最前線の兵士として蛮族を討ち滅ぼす誉れを得るのです」


視線を転じると、建物の奥では少女たちが黙々と布を縫い、あるいは武具の部品となる細工物にヤスリをかけていた。


「この国では女性の正規軍入隊が認められておりませんので、女児は兵器工房や被服工場の働き手となります。彼女たちもまた、国を支える立派な礎となるのです」


(なるほど効率的だ。吐き気がするほどに。つまるところ……男児は南軍の予約済みで、女児はまともな戦闘訓練を受けていない。ここでの即戦力確保は望み薄だな……)


俺は失望を表情に出さず、司教に向き直った。


「司教。俺は優秀な兵士をスカウトしに来たが、南軍の補充員を横取りするつもりはない。なにも将来有望な男子である必要はなく、規格外でもいいんだ。どうだろう、何か心当たりはないか」


「規格外、ですか……」


司教は眉をひそめ、記憶の澱を探るように天井を仰いだ。


「……1人、どうしようもなく厄介なのがおりましたな。もう10年以上前になりますか」


「ほう?」


「身体強化魔法の才能はずば抜けておりました。男であれば、間違いなく傑物になっていたでしょう。ですが、あの子は女でした」


「……」


「軍に入れぬと分かると、あの子は暴れ回り、孤児院を飛び出していきました。今はスラム街の近くで、荒事屋の真似事をしていると聞きましたが……」


司教の苦々しげな言葉に、俺は逆に興味をそそられた。この世界で、女だてらに武力で生きようとする意志。それは並大抵のものではない。


「場所は?」


「……東区の貧民街、古びた宿屋を根城にしていると。ですが殿下、あのような場所、とても王族の方が足を運ばれるような……」


「構わないさ。宝の原石は、泥の中にこそあるものだろう?」


コレットが不安げに俺を見るが、俺の腹は決まっていた。


(並外れた身体強化魔法……間違いなく、今のテオドール小隊に求められる人材だ。なんとしても手に入れてやる)



東区のスラム街。猥雑な喧騒と腐臭が漂う一角に、そのアジトはあった。


かつては安宿だったのだろう。入口の上に巨大な1枚板が打ち付けられ、荒々しい筆致で『ドゥーラ傭兵団』と刻み込まれている。


「……ここですか?」


コレットが不安げに袖を引く。


「ああ。行くぞ」


俺は躊躇なく扉を叩いた。


ドンドンドン、と乾いた音が響く。しばらくの沈黙の後、扉がわずかに開いた。隙間から、鋭い眼光が覗く。


「……何の用だ。ガキに用はない、帰んな」


「仕事の依頼だ。団長に会いたい」


「あぁ? うちは子守りはやってねぇんだよ」


扉が閉まりかけた瞬間、俺は革袋から金貨を1枚取り出し、隙間に指で弾き入れた。チャリン、と重い音が床に響く。


「手付金だ。話だけでも聞いてくれ」


「……チッ。入れ」


扉が開かれた。


薄暗い土間には、安酒と汗の匂いが染み付いている。扉を開けた女が顎で奥をしゃくると、長テーブルに座っていた女たちが、手入れされた武器を磨きながら一斉に俺たちを睨みつけた。


その視線は、獲物を狙う猛獣のそれだ。コレットが息を呑むのが分かった。


「おい、客だそうだぞ。団長」


テーブルの1人が声を上げると、奥の椅子に深々と座っていた人物がゆっくりと立ち上がった。


挿絵(By みてみん)


第一印象は――デカい。身長は優に180センチを超えているだろうか。無造作に束ねた赤茶色の髪、そして露出した腕には無数の古傷が刻まれている。その女は、大剣を杖代わりに床に突き立て、俺を見下ろした。


「アタシが団長のベルナデット・ドゥーラだ。……で? どこのお坊ちゃんだい」


「先に聞かせてくれ。あんたら、腕は立つのか?」


「なめてんのか、ガキ」


ベルナデットが剣を握る手に力をこめる。


「そこらの軍人崩れの傭兵団なんぞ相手にならねぇ。女だてらにこの稼業やるにゃ、男どもを圧倒する力量が必要さ。試してみるかい」


とてつもない殺気だ。周囲の団員たちからも、敵意が膨れ上がる。


(さて……俺が彼女らの力量を測る方法は……1つしかないな)


俺はでき得る限り最小の動作で短剣を引き抜き、床を一歩で踏み切ってベルナデットの首元目掛けて突っ込んだ。


「バカが!」


ベルナデットは即座に右手の甲で短剣の軌道を逸らし、左手の拳を俺の腹にめり込ませる。


「グフッ……」


脇にあったテーブルをひっくり返しながら、俺は無様に床を転がった。


「テオドール様!!」


駆け寄ろうとしたコレットは周りの団員に肩を掴まれる。


「ちょっと! 離しなさい! あなたたち、このお方が何者なのか分かって……」


「メイドは黙ってな!」


ベルナデットが大剣を向けてコレットを威嚇した。


「さてさて……いったいなんの冗談なんだ? その程度の腕でアタシを殺すつもり……ってめぇ! 軍属か!」


殴り飛ばされた拍子に外套が外れ、下の軍服が露わになっていた。


「……俺は西部戦区の……小隊長だ……」


咄嗟に身体強化で防御したが、横隔膜の負ったダメージは大きく、まともに呼吸するのが難しかった。


「そのなりで小隊長? 貴族様のボンボン息子がお遊びで従軍ってわけかい。それがどうしてアタシに剣を向ける? 意味が分からねぇな!」


俺は何とか上体を起こして床に胡座をかいた。


「……ベルナデット……お前の実力はよく分かった……少なくとも俺より遥かに上……俺の小隊の精鋭と張り合うレベルだ……」


「なんだと? アタシと張り合えるやつなんて、南軍にもそうそういねえさ。そんなエリートがいる部隊が西部戦区にあったかねぇ」


「……よし。ようやく落ち着いてきたぞ……ベルナデット、突然剣を向けて悪かった。お前の実力を測る方法をこれしか思いつかなかったんだ」


俺は勢いをつけ、ようやく立ち上がることに成功した。


「俺の隊に、最精鋭を6人欲しい。頼めないか」


「……正規兵の話か?」


「そうだ。配属先は西部戦区の打撃小隊。危険は大きいが、特例で報酬は王宮近衛兵並みだ」


一瞬の呆気にとられた顔。直後、ベルナデットが吹き出し、周りの女たちも合わせて騒ぎ始めた。


「ギャハハハ! とんだ世間知らずの隊長様だ! 女の従軍は認められてねぇ! そんな道があるなら、こんなカビくせえところで傭兵団なんてやってないっての!」


「……そうだろうな。だが、俺ならその道をこじ開けられる」


俺は懐から王家の紋章を取り出し、掲げた。


「俺は『放蕩王子』こと、テオドール・アストレウスだ」


紋章の効果は劇的だった。場が水を打ったように静まり返る。


「南軍元帥のソフィアノス卿には無理を言って規則を曲げさせている。現に俺の隊では、平民出の古参兵が副長を、十三歳の少女が前衛を務めているぞ」


「王子……それに十三の女だと……お粗末な冗談としか……」


ベルナデットは目を丸くして、勢いよく椅子に座り直した。


「それでどうだ。精鋭6人、出せるか? はっきり言って俺の隊のレベルは高いぞ。王宮近衛出身が3名、厳しい選抜を潜り抜けた若者が20名、王都武神教会で古武術を叩き込まれた少女、王宮務めだった癒術師もいる。数合わせに足手まといを増やすつもりはない」


重苦しい沈黙が部屋を包む。女たちは、団長の次の言葉にすべての神経を注いでいる。


「……出せるさ。アタシと、他に腕の立つ奴を5人。護衛任務では野盗やゴブリン相手にもやりあってきた。足手まといにはならねぇ……」


「そうか、じゃあ決まりだな」


「待て!!」


ベルナデットが叫ぶ。


「アタシらが出ていけば、この傭兵団は屋台骨を失ってガタガタになる。アタシにはこいつらを拾った責任があるんだ。ほっぽりだすことはできねぇ」


スラム街の荒事屋に身をやつしても、随分な義侠心の持ち主だ。そのカリスマ性が、行き場のない女たちの光となっているのだろう。


俺は一歩踏み出し、切り札を切る。


「よし、だったらこの傭兵団の後ろ盾に俺の名前を出させよう。建物も一等地に移させる。そうすれば、まともな仕事も入るようになるだろう」


「……正気か? そこまでして、王子様になんのメリットがある?」


「南軍は常に兵員不足で補充もままならない。そして、俺には今すぐ精鋭が必要、ただそれだけだ……どうだ、ベルナデット・ドゥーラ。その武勇、俺の下で蛮族相手に振るってくれないか?」


沈黙が支配した。ベルナデットは俺を睨みつけ、俺もまた一歩も引かずに見つめ返す。


やがて、彼女の口元が三日月のように歪んだ。それは、獰猛で、どこか清々しい笑みだった。


「……ハッ、面白い。とんだ食わせ者だ」


彼女は突き立てていた大剣を引き抜き、俺の目の前に切っ先を突きつけた――かと思えば、そのまま切っ先を反転させ、俺の前に跪いて剣を捧げた。


「いいだろう。アタシらの命、あんたに預ける……はした金で使い潰すようなら、その首、寝てる間に掻っ切ってやるから覚悟しな」


「望むところだ……商談成立だな」


俺は差し出された剣の柄に手を置き、ニヤリと笑った。



数日後。俺たちはヴァラリアを後にし、内地の村々を経由しながら前線基地への帰路についていた。


道中、開けた街道で数匹のグリーンゴブリンの集団と遭遇した。群れからはぐれた野良ゴブリンだ。


「ちっ、雑魚かよ」


馬車の護衛についていたベルナデットが、退屈そうに吐き捨てる。彼女の後ろには、選抜された5人の精鋭が続いていた。


「ちょうどいい。腕前を見せてくれ」


俺の短い命令が合図だった。6つの影が、疾風のように荒野を駆ける。


「オラァッ!!」


ベルナデットの大剣が唸りを上げて一閃し、先頭のゴブリンが両断される。他の5人も無駄のない動きで左右から展開し、槍と剣で的確に急所を貫いていく。


見事な連携だった。お互いの死角をカバーし合い、まるで1つの生き物のように戦場を制圧していく。


悲鳴を上げる暇もなく、ゴブリンの群れはものの10秒とかからず肉塊へと変わる。


「……ふぅ。腕が鈍っちまうな、こんな雑魚相手じゃ」


ベルナデットは濡れた刀身をブンと振って血を払い、背中の鞘に大剣を納めた。その背中は、これ以上ないほど頼もしい。


御者台の隣で見ていたコレットが、呆然と呟く。


「すごい……これほどの練度、正規軍でもそうそうお目にかかれません……」


「ああ……良い拾い物をしたようだな」


俺は満足げに頷いた。


(彼女たちの実力は本物だ。これで数は揃ったし……あとはさらなる戦果を積んでロランを担ぎ上げ、俺自身が中隊長の席に登ってやる)


男1人と侍女1人、そして血の匂いを纏った凄腕の女6人。そんな物騒な一行を乗せた馬車が、土煙を上げて西へ西へと走り去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ